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絶海の皇女マヤ -PRINCESS:ABYSS-  作者: 久坂下臈
第1章 王女初陣
3/21

1-2 戦艦ユーゲスト=ネーゲル

ある海洋国家が戦争に敗れた。

その国の名は、『オーシャニア列島連合王国』。


鋼鉄と蒸気の大艦隊と、

神秘の化身たる〈霊獣兵器〉をもって、

大青海に版図を広げた軍事大国だったが、


その力をも遥かに凌ぐ「超大国」と激突し、

潰滅してしまった。


『オーシャニア』は降伏した。


国土は、占領軍に踏み荒らされ、

国王は、戦争犯罪容疑者として捕らえられたが、

王女は、ひとり、夜の海を追われていた。



「報告します。


トレビオ准将率いる先行群は、

王女を乗せた敵駆逐艦を撃沈しました。


しかしながら、

王女は、〈カムランの灼天竜〉を召喚し、

その背に乗って、沈没する艦を脱出。


現在、撃墜が試みられていますが、

〈カムラン〉の激しい抵抗により、

巡洋艦一隻が中破させられたとのことです」


副官の報告を、

男は、一口の珈琲と共に呑み込んだ。



男は、

『オーシャニア』の大艦隊を、

手ずから滅ぼした張本人だった。


無敵の超大国、『マグナ=ガリア民政新国』。


その海軍大将の座に就き、

最前線にて、大青海戦争を勝利へと導いた、

智勇兼備の艦隊司令。


名は、ガイウス。

齢は五十二。


黒い軍服に静かな気迫を醸しつつ、

鷹のような目で、暗い水平線を見据えていた。



「さて、

逃れられるものかな、この荒海から」


呟いてから、珈琲をもう一口。


彼が腰を下ろすのは、

『戦艦ユーゲスト=ネーゲル』、

第一艦橋・艦隊指揮所。


彼の旗下の全艦隊が統制されるこの場にて、

現在、幕僚たちは、

『王女追討作戦』に躍起奔走。


他方、指揮を執る彼は、

珈琲を片手に、悠然と構えている。



そして、傍らにはもうひとり。


彼の横顔をそっと見つめる、

銀髪と黒い水兵服をひらめかせた少女。


「提督、外、何か見える?」


名は、シルヴァ。

齢は十三。


流れ模様の〈白石〉が、

首を飾り、揺らめいていた。


「いいや、海が、どこまでも暗いだけだ」

「暗いね、海、どこまでも」



ガイウスとシルヴァは、

この艦橋から、幾多の海に臨んできたが、

今、思い起こされるのは、半年前の戦役。


「ヴォルホア沖海戦以来か、

〈カムランの灼天竜〉と相対するのは」


「うん。そうだね。また、墜とさないと」


「ああ。だが、あの時は、

奴を打破することまではできても、

封殺することまでは叶わなかった。


〈灼天の紅玉〉だ。あれを奪取しない限り、

奴の脅威は幾度でも甦ってしまう」



水平線を見据えたまま、シルヴァは尋ねる。


「王女は、殺すの?

また、ケイネス王子みたいに」


ガイウスも水平線を見据えたまま、答える。


「生死問わず。

それが、占領軍総司令部からのお達しだ。


拉致されたという王女には気の毒だが、

〈霊獣兵器〉を使役している以上、戦闘員だ。

殺す気で掛からなければ、こちらが危うい。


シルヴァ、遺憾なく〈力〉を発揮してくれ」



頷いたシルヴァの瞳は、また、夜の海へ。


そこに、再び、副官の報告が。


「先行群より、続報です!

〈カムランの灼天竜〉に乗った王女は、

七隻の包囲陣を強行突破!

現在、逃げている方角は、南南西!」


鋭く開かれた、ガイウスの鷹の目。

合流は間に合わなかったか。

だが、支障はない。

十二分に対応可能な状況だった。


「トレビオ准将たちは、よく抑えてくれた」



珈琲の残りを飲み干し、

ガイウスは、立ち上がる。


「提督!」

奮い立つ幕僚たちから向けられる、熱い眼差し。


「さて、

全艦、『作戦行動・乙』と伝えろ。


先行群より逃げた〈カムラン〉を、

南へ先回りし、迎撃する。


暗雲と乱気流が空を塞いでいる、今が好機だ。


進め。勝利の常道を完遂せよ」



『戦艦ユーゲスト=ネーゲル』、驀進!


波を蹴散らす八八〇 呎(フィート)の長躯には、

十六 吋(インチ)連装砲、三基、

五 吋(インチ)高角砲、八基、

それから、三段階の艦橋が聳え立つ。


艦橋の機能は、下段から順に、

第一艦橋・艦隊指揮所、

第二艦橋・航行指揮所、

第三艦橋・戦闘指揮所。


ガイウスの発した命令が、

第二と第三の指揮所へ伝えられると同時に、

無線機で、全十八隻の直卒群へも送信される。



針路は南へ。総員、戦闘配置。


「第三艦橋に行ってくるね」


首飾りの〈白石〉を握り締め、

シルヴァは、防水扉へ向かう。


「無理はするな」


ガイウスの声に振り向くと、

澄んだ瞳を交わし、こくりと頷く。


それが、ふたりの、いつも通りのやりとりだった。


「わたし、提督のために戦うから」










◆2










真っ暗な水平線に、重々しい波の声。


連なる響きが、追われるように、逃れるように。


闇夜の荒海に臨むのは、

〈カムランの灼天竜〉の背に跨る、

『オーシャニア』の王女マヤ。


マヤは、黒々とした闇にのしかかられ、

混濁した泡沫の波間に堕とされつつあった。


行く当てがなかった。

どちらに岸があるのかもわからなかった。

ただ、殺戮の砲火を免れるために、

炎上する甲板から飛び立っただけだった。



それでも、願いはあった。


つよく、つよく生きたかった。

命を弄ばれたくなかった。

弄ぶ奴らを斥けたかった。


その願いは、

腕輪の〈灼天の紅玉〉を介し、

〈カムランの灼天竜〉と共鳴していた。


〈カムラン〉の赫き翼は、

マヤの小さな体を受け支え、

空をどんよりと覆う暗雲と、

暗波がさざめく海の狭間を、

ひたすらに、前のめりに、突き進むのだった。



しかし、障壁が現れた。


前方に、怪光が、ぽつり、ぽつり、ぽつり。


軍艦の探照灯か。


額の傷が疼きだした。

血が溢れ、唇へ伝い、舌先に沁みれば、

唾液が錆びつくような苦々しさが。


けれども、怖気づいてはいられない。


「〈カムラン〉、右だ!」

腕輪の〈灼天の紅玉〉が煌めくとともに、

赫き竜は、急旋回。右へ切り返す。



だが、またしても前方に、

怪光が、ぽつり、ぽつり、ぽつり。


そればかりではない。


右方にも、ぽつり。左方にも、ぽつり。

後方にも、ぽつり、ぽつり、ぽつり。


軍艦どもは、あちらこちらから迫り来ていた。


十数隻だろうか。

囲いは、直径一〇〇〇〇 碼(ヤード)程に及んでいた。


怪光は、白い刃の群れとなり、

マヤと赫き竜を惑わすように舞踏を始めた。



第一弾幕、開始。


後方の軍艦どもが一斉に火を噴き、

赤橙の筋が、漆黒に伸びた。


「曳光弾」だった。


ゆるやかに弧を描きながら、

低く曲進し、

マヤと赫き竜の頭上まで差し掛かった途端、


ズドドドドドドドンッ!


連続炸裂。

爆炎と爆風が拡散した。



硝煙が膨らんだ。弾片が撒かれた。


大気を焦がす鉄火の波が、

頭上から、猛烈に打ち寄せた。


赫き竜は、平衡を乱され、

マヤは、竜の背に張りつかされる。


「〈カムラン〉、左だ!」

慌てふためき、急旋回。左へ切り返す。


額の傷が、また、疼きだす。


標的から一定距離で起爆する「近接信管」など、

マヤは、知らなかった。



続く、第二弾幕。


降下するマヤと赫き竜を目掛け、

今度は、右方から、「曳光弾」が続々と放たれる。


上、下、また上、また下と、

赤橙の筋が、翼を掠める。


しかも、狙いがだんだんと正確に。

混迷の空に、殺気だけがはっきりと尖っていた。


ズドドドドドドドンッ!


質と量を増す砲火に圧されて、

マヤは、針路を折り曲げるしかなかった。



次第に、マヤと赫き竜は、

海上のある一点へと吸い込まれていく。


それは、

前方にぽっかりと空く、

怪光と怪光との間隙。


不穏な違和感があった。


だが、他に突破口を見出せず、

腕輪の〈灼天の紅玉〉に命ずる。

「〈カムラン〉、進め!」


水平線が開けることを信じ、全速力で。

マヤは、竜の背に身を委ねるが……、



刹那、その判断の愚かさを咎められることに。


影は光へ。正は負へ。希望は失望へ。


すべてがたちどころに反転し、視界が覆った。


黄ばんだ閃光だった。

「照明弾」だった。

至近から打ち上げられていた。


……誘き寄せられたのだ。


彷徨う囚徒を断頭台へと誘うべく、

暗がりで息を殺していた鋼鉄の処刑者が、

眼下に、その長躯を明らかにした。



『戦艦ユーゲスト=ネーゲル』、起動!


海上に輪郭を現したのは、

大きな十字の帆柱と、

電波探知機を担いだ三段艦橋。


靡く旗には、

「天秤を掲げた黒騎士」の艦隊章が。


そして、

十六 吋(インチ)連装砲、

五 吋(インチ)高角砲、

堅牢なる砲門の列が、

漆黒を舞う赫き竜に、

一点集中、照準を合わせた。



ズドドドドドドドンッ!


轟音とともに、第三弾幕、開始。


砲火の柱が、暗雲を穿つ。


拡散する、爆炎と爆風。

翼を焦がす、鉄火の波。

悲鳴すらも上げさせない衝撃が、マヤを襲う。


さて、戦わなければならない。

活路を切り開くためには。


闇夜の荒海に臨む少女に、

今一度、その勇志を試される時が来たのだった。










◆3










『戦艦ユーゲスト=ネーゲル』、

戦闘指揮所の展望台から、

シルヴァは、対空砲火の経過を仰いだ。


見逃しはしなかった。


「照明弾」の黄ばんだ光が薄れ、

硝煙が立ち込めていくなか、

上空三〇〇〇 呎(フィート)の煙中に揺らめいた影を。


首飾りの〈古の白石〉を掌中に、

捧げたのは、聖なる〈力〉を導く詠唱。


『薄明、静謐ナル神林ニ宿リシ古ノ力、顕現ス』

「来て、〈伯焔龍フォルティナ〉」



艦橋から、白光が昇った。

耀きが、上空三〇〇〇 呎(フィート)の煙中へ。


傷ついた〈カムラン〉の背にしがみつき、

震える体を繋ぎ止めていたマヤは、

その光芒に、新たな脅威の接近を察した。


「〈カムラン〉、躱せ!」


体躯を捻った〈カムラン〉の右脇を、

耀く飛翔体が、

高速で突き抜けた。


立ち込めていた硝煙がはじきとばされ、

暗雲と暗波の狭間に、闇が暴かれた。



何者か。

マヤは、高速の飛翔体の正体を見とめた。


白き龍だった。


鋭く引き絞った翼を背に、空を疾走。


研がれた大理石のように滑らかな胴体には、

鉤爪を携えた両手と両足が、凶暴性を添える。


頭部には、紫色の眼を冷徹に光らせ、

牙を剝き出しにした大口で、

闇に、猛々しく咆えていた。


〈伯焔龍フォルティナ〉、襲来!



交差した殺気が切り返し、

再び、急迫する。


白き龍と赫き竜の眼光がかち合う。


〈フォルティナ〉の大口が青白い焔を湛えると、

張り合うように、

〈カムラン〉の尖った口も灼熱の炎を湛える。


蓄えられた威力が撃ち放たれたのは、すぐだった。


〈白熱伝導弾〉対〈赫炎弾〉!


超高熱の破壊光線と雷を纏った大火球が、

真正面から激突し、爆ぜた。



凄まじい烈光。

だが、マヤには唖然とする間も与えられない。


焔と炎が絡み合う大爆発を、

高速の〈フォルティナ〉が貫通し、

赫き竜の眼に向け、鉤爪を突き立てる。


対し、〈カムラン〉は翼で大風を起こし、

白き龍の突進を払い退けると、

その背後へ回り込もうとするが、


〈フォルティナ〉も胴体を回し、

尻尾を振り上げ、猛進を阻止。


逆に、〈カムラン〉の背後を取ろうとする。



目まぐるしい格闘のうちに、

〈カムラン〉は、

〈フォルティナ〉に追われる恰好となる。


旋回を繰り返し、

敵を死角から外そうとするが、

鋭い翼が、執拗に追尾し離れない。


それどころか、徐々に間合いを詰められていた。


機動力に差があったのだ。


マヤの小さな体を背に庇い、

傷ついた翼で羽搏く〈カムラン〉には、

〈フォルティナ〉を振り切ることは難しかった。



高速の〈フォルティナ〉が、さらに仕掛ける。


〈カムラン〉を上回る機動力を利かせ、

その旋回を圧迫し、軌道を、

『戦艦』の砲列の前へと押し込んでいく。


十六 吋(インチ)連装砲と、

五 吋(インチ)高角砲が、

じりじりとマヤの視界に。


挟み撃ちにされてしまう、このままでは。


蒸した風が、傷を抉る。

眩暈と嘔気で、呼吸が裏返る。

どうすれば、どうすれば、どうすれば……。



他方、シルヴァは、形勢を見切った。


「すごいね、ケイネス王子よりも、

〈カムラン〉と、ちゃんと共鳴できて。


でも、これでお仕舞い」


戦闘指揮所の展望台から、

掌中の〈古の白石〉に強く念じ、

共鳴する〈フォルティナ〉に、

駄目押しの一手を命じた。


高速の白き龍が、

大口に青白い焔を湛え、

再び、破壊光線の構えに移った。



同時に、戦闘指揮所内も、

作戦の最終工程に入った。


垂直距離も、水平距離も、

より近づいた〈カムラン〉に合わせて、

「近接信管」の標的検知距離を、

一二〇 呎(フィート)から七〇 呎(フィート)に変更。


致命打の機会を窺った。


その上、水平線にも、

怪光が、ぽつり、ぽつり、ぽつり。


〈カムラン〉を誘導していた軍艦一同が、

『ユーゲスト=ネーゲル』の元に集いつつあった。



緊張がはしるのは、艦隊指揮所。


「報告します。

外周駆逐艦十二隻、内周巡洋艦六隻、

いずれも、

本戦闘水域五〇〇〇 碼(ヤード)以内に、

無事、到達したとのことです。


これより、『作戦行動・丙』の通り、

全艦による最終包囲陣形成に取り掛かりますが、

よろしいでしょうか、提督」


副官の報告に手ぶりで返すと、

ガイウスは、

両腕を組み、上空の二体の格闘を仰いだ。



決着が間近だった。


所内の幕僚たちが固唾を呑むなか、


ビーッ!

艦長直通回線の着信音。


反射的に、ガイウスは、手前の受話器を掴む。


「こちら、第一艦橋、ガイウス」


「提督、第二艦橋より、臨時の報告です」


受話器越しに告げられたその内容に、

彼の視線が引かれたのは、壁の気圧計だった。










◆4










絶体絶命。夜は、深く、窮まった。

暗雲と暗波の狭間に、闇が飽和した。


傷ついた翼で羽搏く〈カムランの灼天竜〉よ。

その背にしがみつくマヤよ。


前方には、堅牢なる砲門の列。

後方には、凶暴なる白き龍。


ここまでか。

敵は桁外れに強大か。

死を免れることはできないのか。


がむしゃらに飛び立っただけの少女の前には、

知恵と、力の、絶対的な壁が聳え立っていた。



どうすれば、打破できる?

どうすれば、生きられる?


襲い来る敵は、おそらく、百戦錬磨だ。

それでも、

この巨壁を越えなければならないのなら、

……まだ、武器はあった。


奴らを、打ち負かすことができるもの。

奴らに、打ち負かされてはならないもの。


それはきっと、決死の覚悟の先に!

戦え! 戦え! 戦え! 戦え!


「〈カムラン〉、上だ!」



〈カムランの灼天竜〉、急上昇。


マヤは、上を目指した。

唾液が錆びつくような苦みを噛み締めた。

額に疼く傷にも堪えた。


やぶれかぶれにも思えた。


赫き翼を〈フォルティナ〉に一直線に捉えられ、

今にも、破壊光線で撃ち抜かれそうに。


それでも、怖気づいてはならない。


天高くまで昇った〈カムラン〉から、

マヤは、その身を投げ出してみせた。



急転。

塵紙のように宙を舞ったマヤと、

自在な機動力を取り戻した〈カムラン〉。


奇しくも、暗雲に稲妻が。


〈フォルティナ〉の反応が停まった瞬間だった。


灼熱の炎の威力を全身に帯びた〈カムラン〉は、

眼下の白き龍目掛けて、噴進、急降下。


〈烙隕星弾〉!


凄まじい烈火の衝突で、

暗波まで、〈フォルティナ〉を叩き落とした。



水柱が、高く、舞い散った。


〈カムラン〉は素早く切り返し、

海面すれすれにマヤを右足で拾い上げ、

急速離脱へ。


ズドドドドドドドンッ!


これを逃がすまいとして、

『戦艦ユーゲスト=ネーゲル』、一斉砲撃。


ところが、爆裂が届かない。


「近接信管」の高周波が海面を検知してしまい、

標的の遥か手前で、悉く誤爆してしまうのだった。



ズドドドドドドドンッ!


包囲陣は、完成間際だった。

間隙をすり抜けられた。


ズドドドドドドドンッ!


ひとり、戦闘指揮所の展望台から、

シルヴァは決着を諦めない。


「〈フォルティナ〉、墜として」


暗波を逆立たせ、

波飛沫ごと飛び上がった白き龍が、

即座に、破壊光線を撃ちまくった。



〈白熱伝導弾〉、三連発!


凄まじい耀光と圧力波に、

空と海が割れるように呻き、

波飛沫が、瞬時に、蒸発しはじけた。

だが、

一発目、翼の横をかすめ、

二発目、腹の下をくぐり、

三発目、斜め上をすっとんでいった。

命中はさせられなかった。


標的は射程外へ。

展望台からは、とうとう見えなくなってしまった。


————



艦砲射撃、停止。

残されたのは、静寂と、闇に浮かぶ艦隊のみ。


シルヴァは、なおも、掌中の〈古の白石〉に念じ、

〈伯焔龍フォルティナ〉への騎乗を図るが、


「待て、シルヴァ、奴を追わなくてもいい」

引き留めにきたのは、ガイウスだった。


「でも、〈灼天の紅玉〉が」


ガイウスは、首を横に振った。

「いいや、作戦は中止だ。

第二艦橋より報告があった。

ここには嵐が迫っている。熱帯低気圧の本体だ」



「低気圧……」


「気象局の予報よりも早かったようだ。

暴風雨となれば、まともな継戦は不可能だろう。

我が艦隊に無用な被害を生むだけだ。


ここが引き際だ。勇戦、ご苦労だった」


「……ごめんね、提督」


しゅんとするシルヴァの銀髪を摩り、

労をねぎらったガイウスは、

鷹のような目で、稲光る水平線の彼方を見据えた。


「さて、今しばらく荒海のようだ」



————


雷雨が、来る。


マヤと〈カムラン〉の元にも。


空をどんよりと覆う暗雲から、

一雫が零れ落ち、

マヤの、火傷していた頬を跳ねた。


雨脚が強まっていく。稲妻が走る。


一つの嵐をやり過ごしても、

次の嵐がやって来ることを、

彼女には、肌で察せられた。



はやく備えなければ。


しかし、心は限界を越えていた。


恐怖を殺していた分の澱んだ痛苦が、

堰を切ったように、胸の内に。


視界が潤んだ。唇が震えた。


ずぶ濡れになっていく体をくねらせ、

彼女を把持する〈カムラン〉の右足に、

淡く、頬を摺り寄せた。


今だけはどうしても、

温もりと、傷を慰め合いたかった。










To Be Continued.

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