4-2 無限螂獄
「父上!」
マヤは、階段を駆け下りていた。
駆け下りた先に、独りの男が待っていた。
はやく、辿り着きたかった。
なのに、辿り着けなかった。
隔てていたのは、
数十 呎の「空間」だけではなかった。
あの眼差しをたしかめられなかった、
たしかめることすらも怖れていた、
白々とした「時間」だった。
「時間」は、降り積もるものだった。
しんしんと精神の迷路に横たわり、
執拗に、足を取るのだった。
けれども、今の彼女には、〈翼〉があった。
たしかめることへの怖れだけでなく、
たしかめられなくなることへの怖れも知った。
怖れの裏側に、臆病な期待があることも知った。
その臆病さと向き合う覚悟ができた。
たしかめたかった。
たしかめなければならなかった。
この目で。この耳で。交わす言葉で。
もうすこしで。あとすこしで……。
————
「……殿下、上を!」
引き留めたのは、カイの左手だった。
右腕を掴まれ、
マヤは、階段の上へ振り返った。
混凝土の踏面に、礼服の青年が立っていた。
整髪剤を塗りたくった髪の下には、
蒼白い顔がにたにたと嗤っていた。
彼は、礼服の裏から、
〈琥珀に飾られた鉄鍵〉を取り出した。
粟立つような、禍々しい気配が。
腕輪の〈灼天の紅玉〉が警告を発した。
「〈聖獣〉か」
睨み上げるマヤに、
青年は、にたにたと嗤い、語り出した。
「まさか、本当に生きていたとはね。
ふふ。よくも、まあ。
初めまして、亡国の王女さま。
ぼくの名は、ダミアヌス。
『ガリア大聖教』より遣わされた『教戒士』です。
『大聖神判』の裁定に則り、きみに罰を与えます」
言い終える前に、
カイが、蒼光の十字剣を構え、突進した。
「くらえ!」
〈超波動武霊舞〉!
ダミアヌスの口角が、ずるりと引き上がった。
「行儀の悪い子だね」
〈邪悪なる反射鏡〉!
〈鉄鍵〉を翳した先の空が、歪み、
光をも屈折させる重圧と化し、
突き立てられた十字剣の切っ先を粉々に砕いて、
カイを、階段の下へ撥ね返した。
「カイ!」
マヤは、転げ落ちるカイを追おうとした。
だが、
『底ナシノ淵叢ヨリ来タレ、邪悪ヲ餮ル蟲ノ主』
「亡国の王女さま。きみの罪は格別だから、
ぼくが、一対一で、特別な教戒を施してあげるよ。
きみが、涙ながらに罪を詫び、
正善の心構えを知ることができるようにね。
さあ、戒めよ、〈奈落蝗エル=バ=ドゥ〉!
〈無限螂獄〉にご案内だ!」
ダミアヌスの〈螂獄の鍵〉が、激しく輝いた。
マヤの足元の空が、歪んだ。
歪みは、裂け目に変換され、
混凝土の踏面を、
遥か彼方の暗闇に、
「異次元」に接続した。
「カイ! 父上!」
足場を失ったマヤの体は、
「異次元」に落下した。
光が遠ざかり、影が近づき、
視界が覆り、聴界が翻り、
何もかもが反転した。
落ちつづけた。落ちつづけた。落ちつづけた。
底が見えなかった。
ただ、暴風に煽られ、
塵紙のように舞い落ちた。
騒々しい翅音が聴こえた。
暗闇の中に、何かがいた。
翅音が増した。翅音が迫った。
何かに、左肩と右足を抉られた。
煮えたぎるような熱さとともに、
血が溢れ、宙に散り、暗闇へと消えた。
すでに、敵の攻撃は始まっていた。
マヤは、腰を捻り、体勢を立て直して、
腕輪の〈灼天の紅玉〉を構えた。
すると、暗闇のどこかから、
ダミアヌスの声が響いた。
「おや? おやおや? おや?
ぼくに反抗するつもりかい?」
マヤは、
どことも知れない声の主に向け、叫んだ。
「きさま、ここはどこだ! われを出せ!」
ダミアヌスは、ひしゃげた声で引き嗤った。
「底なしの淵叢、断罪の奈落、
〈無限螂獄〉へようこそ、亡国の王女さま。
きみは、ここからは出られないよ。
きみが正善の心構えを知らない限り、
この暗闇は、永遠に続くから。
いいや、もっと苦しいことが待っているかも。
ああ、きみが憐れだ。ああ、きみが可哀想だ。
本当は、こんなことをしたくない。
でも、きみがぼくに抗うつもりなら、
せいぜい味わってほしいと思うんだよ、
とびっきりの痛みを、ね」
『烈火昇天、靭翼旋空、精悍ノ誉ニ不滅ヲ謳ヘ』
「ならば、抗い、打ち破ってやる!
飛翔せよ、〈カムランの灼天竜〉!」
激しく煌めいた、マヤの腕輪の〈灼天の紅玉〉。
一縷の赫き光が暗闇を穿ち、
球となり、殻となって、
内側から、力任せに突き破られた。
現れた赫き竜は、マヤを背に乗せ、
強靭な翼を翻し、
暗闇に荒れ狂う暴風を打ち払った。
〈カムランの灼天竜〉、激発!
◆2
——軍事裁判所 判事室
オーシャニア陸軍が仕込んでいた、
非常用通信回線は、
憲兵隊により、外から切られてしまった。
壁にもたれかかり葉巻を炙るシグマに、
椅子に縛られたメディクスが、視線を投げた。
「とんでもない命知らずのようだな、貴殿は」
シグマは、葉巻を吹かし、視線を返した。
「王家のため、王国のため、国民のため、
我が国の軍人が命を惜しむことはない」
外からは、爆発音が鳴り響いていた。
「それが、貴殿の大義かね。
だが、大青海戦争の顛末を振り返るがいい。
犠牲ばかりの、虚しいものだっただろう。
命の重さを量り違えていた、とは思わないのかね」
「今、判事殿が語られた命とは、
権利の主体であるとか、
生まれながらにして自由であるとかの、
形而上の、小綺麗なものでありましょう。
ですが、本物の命には、
清くも穢れた血が通っております。血は、
時に、必至の争いを呼び、
時に、究極の救いをもたらすものであります」
メディクスは、眉をひそめた。
「必至の争いに、究極の救い、かね。
貴殿の語るそれが、
価値相対主義に類するものだとすれば、
稚拙な主張だと言わざるを得ない。
あらゆる正義を受容することは、
あらゆる戦争を許容することに等しい。
何が正で、何が不正か。
この議論の放棄が意味するところを、
貴殿は、わかっているのかね」
シグマは、不敵な微笑を浮かべると、
軍服の胸物入れから、
新しい葉巻を取り出した。
「小官は、価値相対主義者ではありません。
価値相対主義の本質とは、
物事を有耶無耶に済ませることであり、
それこそが、判事殿の厭うところでありましょう。
言葉に命を懸けない者こそが、
小官の、最大の政敵であります。
美辞麗句を並び立て、中道を装い、
他者に対し横柄に振る舞いながらも、
自分が傷つくことだけは回避する。
このような輩に、正義を導き出せましょうか」
シグマは、手元の葉巻を、
メディクスの顔の前に差し出した。
「では、貴殿にとっての対話とは、何だね」
メディクスは、差し出された葉巻を咥えた。
シグマは、着火具でその先端を炙った。
「対話とは、決闘の一形態でありましょう。
剣客が、己の剣技に命を捧げるように、
論客も、己の論法に命を捧げなければ、
何事もはっきりとはせず、
結末は、欺瞞で塗り潰されるのが必定。
正義を導き出す過程には、
命を懸けた者同士の、
決闘の精神がなければなりません」
——軍事裁判所 正門
「報告します。
大講堂にいた書記官や記者たちは、
全員、北門前に避難させました」
「報告します。
判事室は、内側から施錠され、
家具で防護壁が築かれている模様。
立て籠もっている解放軍どもは、五十人前後」
部下たちの報告を受けたバッサスは、
頷き、次の指示を出した。
「よくやった。引き続き、
判事室周辺の様子を監視。突入の機会を窺う」
そこに、黒眼鏡の最高指揮官が現れた。
「バッサスくん、何をもたついている。
はやく中の解放軍どもを片づけたまえ」
バッサスは、びくりとした。
「ラッサリウス総司令! なぜ、こちらに!
今は、総本部にいらっしゃらなければ!」
「執務室にいたってどうにもならないよ。
はやく中の解放軍どもを片づけたまえ。
事態は一刻を争う。
きみたち憲兵隊に、悠長に遊んでいる暇はない」
「ですが、判事たちが人質に。
むやみに突入すれば、どうなるものか」
ラッサリウスは、黒眼鏡をぎらつかせた。
「きみらしくないね。今更、人格者気取りかい?
多少、手荒でもかまわないから。
ワダン拘置所で、
〈シャーレイの羅森獣〉が召喚されたそうだ。
きみの古巣、第六十一騎兵師団が苦戦しているよ。
癪だが、第三艦隊にも応援を要請した。
市民が一斉蜂起するようなことがあれば、
きみたち憲兵隊の戦力が、治安確保の要だからね」
——ワダン拘置所 大階段
カイは、
折れた十字剣を踏面に突き立て、
体を起こした。
階段の上を見た。
マヤの影も、ダミアヌスという青年の影も、
すっかりと消えてしまっていた。
「やられた」
おそらく、敵の〈聖獣〉の能力だろう。
姿を透化したのか。異次元に転移したのか。
「卿、大事ないか」
呼び声に振り向くと、
ひとりの男が立っていた。
星紋章の軍服に身を包み、
陰った眼差しでこちらを見ていた。
首と肩が力んだ。冷や汗が伝った。
王国の一軍人として絶対視してきた、
『森羅万象との契約主』の本物が、目の前にいた。
カイは、慌てて跪いた。
「お初にお目に掛かります!
カイ特任兵と申します! 助けに参じました!」
エドモンドの声が、語りかけた。
「卿は、解放軍とやらか」
「はっ」
「卿は、余をどうしたい」
カイは、一呼吸置き、答えた。
「……、一刻も早く、ご脱出を。
外に、我が軍の本隊がおりますゆえ」
彼の脳裏に蘇っていたのは、
孤島の断崖で交わした言葉だった。
今は、少女のつよさを信じるしかなかった。
◆3
——〈無限螂獄〉
「〈カムラン〉、上だ!」
〈カムランの灼天竜〉、急上昇。
マヤは、上を目指した。
暗闇に差す光明を見上げた。
だが、辿り着けなかった。
どこまで羽搏かせても、
どこまで風を刻ませても、
「異次元の大穴」が永遠と続き、
気力と体力を消耗させられるだけだった。
また、ダミアヌスの声が響いた。
「ちゃんと向き合いなさいよ、きみの心の罪に。
でないと、ぼくがいる高みには辿り着けないから」
マヤは、叫んだ。
「何が、罪だ! 姿を現せ!
われと戦うのが恐いか!」
この「大穴」が敵の〈聖獣〉の能力だとすれば、
物理的な脱出ができない以上、
召喚者か〈聖獣〉を直接叩くしかなかった。
しかし、周囲の暗闇には、
騒々しい翅音が鳴るだけで、
人影などは、まったく見当たらなかった。
再び、翅音が増した。翅音が迫った。
〈カムラン〉は、尖った口に灼熱の炎を湛え、
翅音目掛けて、撃ち放った。
〈赫炎弾〉!
雷を纏った大火球が、翅音を吹き飛ばした。
瞬く火の粉が、
暗闇に潜む伏兵の正体を暴いた。
〈大針を携えた蝗の大群〉だった。
触覚を振るわせ、複眼を光らせ、
「大穴」一杯に蠢き、飛び交っていた。
ダミアヌスのひしゃげた声が、引き嗤った。
「きみを戒めるための〈破戒教蝗軍〉だよ。
きみの心の罪を、チクチクしてもらうといい。
痛いかな? 苦しいかな?
でも、これも、
きみの改悛を願っていればこそ。
あえて憎まれ役を演じているだけ。
そこに、教戒の核心があるということ。ふふ」
マヤは、共鳴する〈カムラン〉に、
〈蝗の大群〉を躱させながら、
今一度、周囲の暗闇を見回し、声の主を探した。
「きさま、どこにいる!
何が言いたい! 何がしたい!」
「ふふ。
ぼくは、きみを抱き締めてあげたいだけだよ。
正善の心構えを知る者だけが辿り着ける、
特別な高みで、ね。
できないことをやれ、なんて言っていないから。
ただ、きみが、罪を詫び、
ぼくに服従を誓えば、すべてが救われるから」
「きさまに詫びる罪など、知らない!」
「ぼくじゃない。〈大聖神〉だよ」
「〈大聖神〉とやらも、知らない!
きさまの言っていることも、
きさまのやっていることも、わけがわからない!
へらへらと嗤っているが、何がおかしい!」
「おかしいよ、そりゃ、
きみの言っていることも、やっていることも。
きみは、どこまで罪を重ねるつもりなんだい?
占領軍の管理下を脱け出し、
第三艦隊の包囲網を掻い潜り、
保養地を灼き払い、
犠牲の上に生き長らえ、
今日も、また、人殺しに興じている。
きみの心の罪は、もはや、きみの心そのものだ。
きみは、存在そのものが罪なんだ」
「何?」
「穢らわしい存在だ、ってことだよ。
きみのせいで、何人死んだと思っているんだい?
きみのせいで、何人悲しむと思っているんだい?」
「われには、……、救いたかった者たちがいた!」
「ああ、バカだね! バカ!
きみ、オツムが足りないんじゃないのかい!
きみたち列島の民は、
侵略戦争に加担した屑どもなんだよ!
殺されて当然だし、
殺されたくないなんて思う方が間違いなんだよ!
これが、『大聖神判』を下されるということ!
こんなこともわからないきみは、もはや、
救いようがない! 生きている価値がない!
死んだ方がいい!
死ね! 死ね! 死ね! 死ね!
死んじまえ!」
……対し、マヤの思考は、冷静に保たれていた。
罵倒など真に受けていなかった。
敵の大声を引き出し、
彼女は、耳を澄ましていた。
ひしゃげた声は、重なり、反響していた。
音は、直進するだけでなく、
「大穴」に反射してもいた。
反射音が直進音よりも強く鼓膜を打つから、
声の主の位置を誤認させられていたのだ。
声は、降ってなどいなかった。
声は、昇った後、撥ね返っていた。
つまり、敵は、……下にいたのだ。
「わかったぞ、……、この穴の出口が」
「え? わかった? 何の冗談?
本気で出られるとでも思っているのかい?
この、断罪の奈落から、きみが?」
「断罪の奈落だと? 笑止な!
きさまは、そのどん底にいるのだろう!
〈カムラン〉、下だ!」
〈カムランの灼天竜〉、急降下。
マヤは、下を目指した。
光明の届かない暗闇の深奥を見下ろした。
突進で、〈蝗の大群〉を撥ね飛ばした。
ダミアヌスのひしゃげた声が、引き攣った。
「ま、待ちなよ! 待って!
この穴の底を目指すということは、
心の罪を償うどころか、
開き直ることと同じなんだよ?」
「ほざけ!
この穴は、ひとを裁くものでもなんでもない!
きさまが逃げ隠れするためだけのものだ!
きまさの卑劣な心そのものだ!
そうやって、自分が傷つかないところから、
誰かを謗り、嘲り、弄んできたのだろう!
待っていろ、害虫!
その醜く歪んだ面を炙り出してやる!」
暗闇の深奥へ下っていくと、
大蝗の怪人〈奈落蝗エル=バ=ドゥ〉と、
その召喚者ダミアヌスの影が見えた。
「な、何とかしろ、〈奈落蝗エル=バ=ドゥ〉!」
〈邪悪なる反射鏡〉!
敵は、重圧の障壁で防ごうとするが、
「無駄だ! 灼き払え!」
〈赫炎弾〉!
撃ち放たれた特大火球は、
〈邪悪なる反射鏡〉を叩き割り、
〈奈落蝗エル=バ=ドゥ〉に直撃して、爆ぜた。
「ひえええええええ!」
◆4
——ワダン拘置所 一階・南廊下
足音がふたつ、混凝土の廊下に響く。
「卿は、カイといったか」
エドモンドは、カイの後ろにつく。
「ええ、カイ特任兵です」
カイは、力んだ足取りで、エドモンドを先導する。
廊下には、誰もいない。
一階の憲兵隊は、
外に出払っているようだった。
ふたりは、慎重に、
静まり返った廊下を急いでいた。
「卿は、幾つだ」
「十二です」
「少年練兵場の卒業生か」
「はっ」
「大したものだ。
文武に秀でた者にしか、
あの門をくぐることはできないはずだ」
「恐縮至極に存じます。
小官のような若輩者には、身に余る御言葉です」
「若輩者、か。謙遜は美徳だ。
だが、実力相応の自信も持ち合わせるといい」
「……はっ」
「時に、卿は、あの子の友だちか」
「……はっ?」
「マヤの友だちではない、か」
「小官は、……、王女殿下の忠実な僕です」
「……」
「陛下?」
「いいや。すまない。
気になってしまったのだ。
あの子も、もう十二だ。
気の置けない友人でもいればよいのだが」
「……」
「あの子には、今、友だちがいるだろうか。
養育係には、
あの子に学をつけさせるよう、
厳格な指導を命じてきたが。
あの子には、
傍にいてくれる誰かや、
傍にいてほしい誰かが、
いるのだろうか。
卿は……」
刹那、手前の混凝土壁を突き破って、
廊下に、〈妖蛇トゥルナイ〉が侵入した。
「ハナか!」
カイが呼びかけると、
混凝土壁に空いた穴から、
突撃銃を手にしたハナが駆け込んできた。
「カイ!」
ハナは、突撃銃を放り捨て、
カイの胸に跳び込んだ。
カイは、ハナを抱き留め、
あやすように撫でてやった。
ハナの頬は、萎れていた。
気力と体力を消耗し切っていた。
カイは、死線を乗り越えた妹を労った。
「ハナ、よくやった。戦況は」
「……わからない。
力もなくなっちゃったし、
弾もなくなっちゃったから、
こっちに来たの。
でも、敵を何十体も倒したの。
すごいでしょう? カイ」
「頑張ったな。もう大丈夫だ。
国王陛下は、こちらにいらっしゃる」
「……じゃあ、はやく、
〈シャーレイの羅森獣〉のところへ。
予定通り、地下道まで、ね」
〈妖蛇トゥルナイ〉は、光の粒子となり、
ハナの〈卵化石の欠片〉の元へと、還った。
カイは、ハナに肩を貸し、
エドモンドを先導して、
混凝土壁に空いた穴から、外に出た。
外には、
瓦礫と屍の山が燃えていた。
敵も、味方も、焼け焦げていた。
生き残った解放軍の兵士たちも幾人かいた。
そして、その向こうには、
人の貌をもつ大鹿、
〈シャーレイの羅森獣〉が佇んでいた。
カイは、思わず、気圧された。
〈シャーレイの羅森獣〉は、光の蔓を放ち、
憲兵たちを叩き潰して、
南門の戦線の強者として君臨していた。
その陰には、
腕輪の〈羅森の翠玉〉を煌めかせた、
しなるような上背の、あの少年が立っていた。
「……あれは、ユリックの」
エドモンドは、ギルの存在に気づいた。
「……エドモンド、国王」
ギルも、エドモンドの存在に気づいた。
ギルの、高貴だった瞳が黒ずんだ。
拳をぎちぎちと握り締め、
食い込んだ爪先から、血を滲ませた。
彼を逆立たせたのは、
抑え切れないほどの負の感情だった。
呼応した〈羅森の翠玉〉が、
ぎらぎらと煌めき、
深緑の光が、瓦礫と屍の山に充ち満ちた。
「何なの?」
ハナは、声を震わせた。
「何か、やばい!」
カイは、折れた十字剣の柄を握った。
溜められた威力がはちきれたのは、すぐだった。
〈樹光罰〉!
光の蔓が、光の鞭となり、
解放軍の兵士たちに打ちつけられた。
容赦など、微塵もなかった。
鞭打たれた肉体は、
次々と、肉片と化し、昇華してしまった。
カイは、ハナを背後へつきとばした。
〈超波動武霊舞〉!
蒼光の十字剣を振り上げ、一打目を薙ぎ払うが、
折れた剣身では二打目を防ぎ切れず、
衝撃に、拘置所の混凝土壁まで吹き飛ばされた。
「ああ!」
ハナは、震える手足で、
倒れ伏したカイのところまで這い寄った。
「……」
カイに、意識はなかった。
「カイ! カイ! そんな! 起きて!」
ハナの悲痛な叫びをよそに、
ギルは、黒々とした瞳で、
『森羅万象との契約主』を睨みつけ、
渦巻く負の感情をぶちまけはじめた。
「陛下に、上奏したき儀がございます!」
To Be Continued.




