4-1 ワダン拘置所
処々方々、いかなる戦いも必ず、
一握の鉄拳、一閃の刀刃、一発の弾丸から始まる。
この日の戦いは、早朝、
軍事裁判所判事室前を警備していた憲兵八人が、
突如として現れた侵入者どもの刀により、
斬り伏せられたことで幕を開けた。
侵入者どもは、軍服に身を包んだ三十八人。
率いるのは、涼しげな黒目の硬骨漢。
皆、殺気立っていた。
彼らは、錬磨された闘志を刀身に光らせ、
軍事裁判所判事室に突入した。
——軍事裁判所 判事室
血塗られた刀を構えたシグマが、
手勢と共に、赤い絨毯の間に押し入った。
十三人の判事たちは、
この日の公開法廷の準備に取り掛かっていた。
判事長メディクスが、珍客と対峙する。
「どこから入った、無礼者が。
ここは、剣を交える場でなく、法を論ずる場だ。
退くがいい。
暴力に任せた主張など、
我々には、何ら差し迫らない」
シグマは、不敵な微笑を浮かべた。
「お初にお目に掛かります、判事殿。
『ワーマニア島解放軍』参謀官、
シグマ陸軍大佐であります。
判事殿はご存知でしょうか。ここは、
剣を交える場でもなければ、
法を論ずる場でもなく、
我が陸軍が作戦を練るための場でありました。
我らは、我らだけがよく知る勝手口より、
我らの家に帰参した次第。
無礼な客人は、判事殿の方でありましょう」
睨み合うふたりをよそに、
判事室の隅では、手勢が音響機材の設置を始める。
メディクスは、問う。
「何をするつもりだ」
シグマは、答える。
「我らの戦いを貫徹するまでであります。
ですが、どうか、ご安心を。
判事殿に手荒な真似はいたしません。
ただ、暫しの間、
我らの人質となっていただきたく存じます。
我らは、判事殿の命を買っておりますゆえ」
——占領軍総司令部 憲兵隊指揮所
「軍事裁判所、襲撃」
その報せは、憲兵隊指揮所を震撼させた。
「敵襲だと?」
「どこから?」
「解放軍なのか?」
憲兵隊長バッサスが、所内の空気を引き締める。
「狼狽えるな!
敵がどこから湧いてきたかは、後だ!
状況を集約し、第六十一騎兵師団に報告!
ワダン拘置所の警備を固めさせろ!」
憲兵の一人が、首をかしげる。
「ワダン拘置所、ですか?
敵が立て籠もっているのは、軍事裁判所ですが?」
バッサスの顔が、いきり立った。
「アホ! 囮に決まっているだろう!
オーシャニア人の常套手段だ!
この王都港湾には、
敵の潜伏通路があるということだ!
本命は、エドモンド国王の奪還に違いない!」
そこに、新たな報せが。
「大変です! 軍事裁判所の解放軍どもが、
放送局の回線を乗っ取っています!」
一同、驚愕。
「何?」
憲兵の一人が、公共放送受信機を点ける。
砂嵐のような雑音のなか、
鼻にかかったような、しかし、
剛直な漢の声が、轟いていた。
「聞け! 列島の民よ!
一億総決起の刻は、今だ!
ぼくは、この日をずっと待っていたのだ!
忠義と忠節により結ばれた、
真の政治を、真のオーシャニアを、
我らの手で取り戻すのだ!
ぼくは、国王陛下の一臣子として、
陸軍作戦本部より、きみたちに檄を飛ばしている!
剣を執れ! きみたちは臣子だろう!
きみたちが剣を執れば、きみたちが立ち上がれば、
占領軍は追放できる! 列島は解放できる!
我らは勝利できる!
きみたちの護るべきものは、何だ!
きみたちの斃すべきものは、何だ!
我が国の人文を蝕む謀略を甘受するのか!
きみたちが立ち上がらなければ、
我が国は、永久に、だね!
マグナ=ガリアの奴隷となってしまうのだよ!
オーシャニアの再興というものはないのだよ!
きみたちが!
きみたちが立ち上がるしかないのだよ!」
——ワダン拘置所 南門
軍事裁判所の襲撃から七分後、
今度は、解放軍の本隊三二一人が、
ワダン拘置所南門の防護柵に殺到した。
「押し通れ!」
「押し返せ!」
ババババババンッ!
ババババババンッ!
ババババババンッ!
攻め撃つ、解放軍の突撃銃。
迎え撃つ、憲兵隊の散弾銃。
そこに、栗茶の髪の少女が躍り出る。
彼女の右手が握り締めたのは、
〈卵化石の欠片〉の首飾り。
『濡レタ岩窟ノ深層部、這ヒ蠢クハ艶美ノ躯幹』
「おいで、〈妖蛇トゥルナイ〉!」
詠唱とともに、光がはじけた。
瞬発したのは、薄紅の鱗に覆われた大蛇。
艶めかしい長尾をくねらせ、濃紫の毒牙を剥き、
憲兵隊の防衛線目掛けて、突進した。
〈妖蛇トゥルナイ〉、蠢動!
〈トゥルナイ〉は、薄紅の鱗で、
散弾を悉くはじきかえし、
長尾の先端を操って、
前衛にいた七人の首を刎ねた。
さらに、濃紫の毒牙で、
後衛にいた七人の腹を噛み裂き、
軍服から肉体まで溶かしてしまった。
防衛線に、穴が空いた。
「よし、進め!」
すかさず前進。
解放軍は、防護柵を蹴り倒し、
ワダン拘置所の敷地内に突入した。
◆2
占領軍は、一連の襲撃を、
組織的かつ同時多発的な脅威と断定し、
制圧作戦の指揮権を、
憲兵隊から第六十一騎兵師団に移行。
総本部の警備や、主要道路の封鎖、
軍事裁判所の包囲などはすべて、
憲兵隊に任せ、
第六十一騎兵師団は、
総力を挙げて、ワダン拘置所へ急行した。
また、
この日の公開法廷の警備をする予定だった、
青海少年使節団員も、
軍事裁判所からワダン拘置所へ走らされた。
「また使節団員が殺された!」
「これで六人目だ!」
「どうかしている、オーシャニアの少年兵は!」
血の凍るような悲鳴が、
南門に到着したリタを迎えた。
瓦礫と屍の山が燃えていた。
敵も、味方も、焼け焦げていた。
ババババババンッ!
その向こうには、
散弾銃で応戦する兵士たちを、
鋭い瞳孔に怯ませ毒牙で噛み裂く、
〈大蛇〉の影があった。
リタは、首飾りの〈眼魂石〉を構えた。
『万物ヲ見透ス神殿ノ獣ヨ、今無窮ノ眼ヲ開ケ』
「叫べ、〈千眼獣フンババ〉!」
詠唱とともに、金の光の粒子が逆巻いた。
光の粒子が形成したのは、
千の眼をもつ巨人。
赤裸の筋骨は岩盤のごとく、
大地を剛く踏み鳴らし、
仇敵目掛けて、突進した。
〈千眼獣フンババ〉、降臨!
〈フンババ〉の左拳が振り下ろされた。
〈破岩拳・改〉!
〈大蛇〉の頭が振り上げられた。
〈毒牙妖撃弾〉!
大口から撃ち放たれた猛毒液が、
〈フンババ〉の左拳に命中し、
皮から骨まで溶かしてしまった。
さらに、〈大蛇〉は、俊敏にも、
艶めかしい長尾をくねらせ、
巨人の胴体に絡みつき、きつく絞め上げた。
だが、力勝負なら。
リタは、掌中の〈眼魂石〉に念じ、
〈フンババ〉に反撃を命じた。
右手を〈大蛇〉の首へ。
このまま、握り潰せば。
バンッ!
その時、リタの背後の瓦礫が撃ち砕かれた。
尻もちをついたリタは、慌てて、
発砲音に振り向いた。
そこには、瓦礫の陰から突撃銃を構える、
栗茶の髪の少女がいた。
狙いを定められていた。
躱さなければ。逃げなければ。
だが、腰が抜けてしまい、動けない。
どうすれば、どうすれば、どうすれば……。
「……こっちだ!」
左手を強く引かれ、
リタは、あたふたと這うように駆け出せた。
反対側の瓦礫の陰へと、一目散に。
導いてくれたのは、誰か、すぐにわかった。
「レオ?」
「リタ、無事か? 一旦、ここから離れるぞ!」
レオは、先日の決闘で負った傷が治っておらず、
包帯や絆創膏だらけだった。
「離れる、って、今、戦闘中だよ!
それに、あんた、制限処分は?」
「非常事態につき特別解除された!
それよりも、今は、生き延びることを考えるぞ!
おれたち新兵は、あまりにも無力だ!」
逃走するふたりの背後では、
〈フンババ〉の抵抗をものともせず、
〈大蛇〉が、巨人の胴体をへし折り、
屍の山の上に叩き伏せた。
〈千眼獣フンババ〉、撃破!
「これで、七体目」
少年信徒が逃走したのを確認し、
突撃銃の弾丸を再装填したのは、ハナだった。
彼女が反芻していたのは、
ある少年から言い聞かされ、
ある少女から学び取ったことだった。
……〈聖獣兵器〉と戦う時は、
召喚者を直接叩くに限る。
……死線を乗り越えるためには、
恐怖を殺し、覚悟を決めるしかない。
カイなら、冷静に戦う。マヤなら、勇敢に戦う。
深呼吸をし、もう三発。
バンッ! バンッ! バンッ!
外套を被った少年信徒三人を、
〈聖石〉を構えられる前に、連続で撃ち殺す。
けれども、敵は、次から次へと押し寄せる。
今度は、さらに厄介なものが来た。
……ゴゴゴゴゴゴッ!
瓦礫と屍の山の向こうに現れたのは、
ごつごつとした履帯を回し、
鋼の装甲と主砲を唸らせた、
蒸気戦車の大群だった。
第六十一騎兵師団の主力、第六〇五戦車中隊だ。
ワダン拘置所への突入を支えるためには、
あの軍勢を食い止めなければならない。
しかし、打つ手が。
苦慮するハナの前に躍り出たのは、
しなるような上背の少年だった。
彼は、
腕輪の〈羅森の翠玉〉を掲げ、詠唱を捧げた。
『森緑郭大、堅蹄築礎、叡智ノ國ニ繁栄ヲ齎セ』
「駈来せよ、〈シャーレイの羅森獣〉!」
激しくも貴き翠の光が、
ギルの腕輪から、瓦礫と屍の山に充ち満ちた。
翠の光は、球となり、殻となって、
内側から、瑞々しく突き破られた。
現れたのは、人の貌をもつ大鹿。
蹄を携えた四足を地に据え、
毛並みに覆われた体躯を佇ませる。
頭部には、
大樹の幹のような二本の角を戴き、
金色の眼光が、
大路を埋め尽くす蒸気戦車の列を、
鋭く睨み下ろした。
〈シャーレイの羅森獣〉、照臨!
◆3
「ワダン拘置所南門に、新手の〈霊獣〉だ!」
「いいや、ただの〈霊獣〉じゃない!」
「『護国三大霊獣』だ!
〈シャーレイの羅森獣〉がいるぞ!」
「ランディア大陸で暴れていた奴か!」
「いいや、召喚者はもういないはず!」
「では、何者なのだ!」
「まさか!」
「王女は生きていたのか?」
「第六〇五戦車中隊、砲撃開始!
ただちに制圧しろ!」
ズドドドドドドンッ!
赤橙の閃光。劈くような轟音。
蒸気戦車の砲門が、火を噴いた。
ところが、爆裂が届かない。
〈シャーレイの羅森獣〉が放つ光の蔓が、
砲弾を、悉く撥ね返していた。
〈樹光罰〉!
さらに、〈シャーレイの羅森獣〉は、
左前足を振り翳し、蹄で地表を突く。
震動は、大路を伝搬し、
蒸気戦車の大群の真下を波打たせ、
凄まじい地割れを起こした。
〈神葬崩界〉!
地割れの底へと、
蒸気戦車の大群が滑り落ちていく。
「ああ、まずい!」
「第六〇五戦車中隊の前衛、全滅した模様!」
まだまだ。
猛攻は、空からも。
兵士たちは、頭上から迫り来る影を仰ぐ。
「何かが飛んでくるぞ!」
第六〇五戦車中隊の後衛に、一撃を放つのは、
赫き竜の背に跨り天を翔ける少女。
「〈カムラン〉、灼き払え!」
〈赫炎弾〉!
雷を纏った大火球が、風を切り裂き、爆ぜた。
業火が、鋼の装甲と主砲を粉砕して、
地表に舞い広がった。
破れ溶かされた金属の呻きが、
王都港湾に鳴り響いた。
さらに、連撃。
応戦しようとする蒸気戦車も、
火球で、片端から圧砕し、
兵士や銃器ごと燃え上がらせた。
炎の路。炎の車。
低空を旋回する〈カムランの灼天竜〉の猛攻から、
第六〇五戦車中隊の後衛も、逃散した。
黒髪を靡かせるマヤは、
竜の背から、王都港湾の戦局を俯瞰する。
解放軍の本隊の大半は、
ワダン拘置所の混凝土壁の内側に、
侵入することができずにいた。
拘置所を守る憲兵と、
南門から攻める兵士により、
挟み撃ちにされていた。
〈シャーレイ〉と〈カムラン〉の攻撃により、
第六〇五戦車中隊は退けられたが、
この機に所内に殺到できなければ、
作戦の失敗はおろか、全滅もあり得た。
マヤは、後ろに跨るカイに視線を投げた。
「本隊の出動が早過ぎたのだろうか。
敵と真正面からぶつかってしまっている」
擦り切れた外套を靡かせるカイは、
後ろから、マヤの腰を支えていた。
「援護したいところですが、
ここは、戦略目標を優先させましょう。
本隊には、
〈シャーレイの羅森獣〉がついています。
おれたちは、
拘置所の反対側から侵入し、
直接、国王陛下を救出すべきものと存じます」
マヤは、今一度、南門を見下ろした。
瓦礫と屍の山の上に、
〈シャーレイの羅森獣〉が佇んでいた。
光の蔓を放ち、
占領軍の総攻撃を撥ね退けていた。
その後ろには、ハナがいた。
突撃銃を手に、〈妖蛇トゥルナイ〉を従え、
戦場を懸命に立ち回っていた。
信じるしかない、ここまできたのだから。
己のつよさだけを頼りに、
目の前のうねりに挑むしかないのだ。
「カイ、しっかりと掴まれ!」
「はっ!」
カイに腕を回されたのをたしかめると、
マヤは、腕輪の〈灼天の紅玉〉に命じた。
「〈カムラン〉、進め!」
強靭な翼を翻し、急旋回。
〈カムラン〉は、
マヤとカイを背に庇いながら、
占領軍の対空砲火を掻い潜り、
拘置所の上空を、
南から東へ、東から北へと、曲進した。
北門にいた憲兵たちが、散弾銃を振り上げた。
「次の援軍が来るまで、もちこたえろ!」
ババババババンッ!
だが、
〈赫炎弾〉!
雷を纏った火球の連撃で、
北門ごと憲兵たちを圧砕し、
拘置所二階の混凝土壁を粉砕した。
瓦礫がはじけとんだ先に、侵入口が空いた。
「よし、あそこだ!」
「殿下、跳びます!」
〈カムラン〉が侵入口に急迫すると、
カイは、失礼、と一言断り、
マヤを抱きかかえ、竜の背から跳び出した。
宙を舞った、ふたりは、
混凝土の廊下に転げ落ちた。
衝撃は、すべて、カイが背で受け止めた。
「カイ、怪我は!」
「平気です! それよりも、はやく!
国王陛下の探し出さなければ!」
——ワダン拘置所 独房
エドモンドは、床板に座し、
陰った眼差しで吊り電球を睨んでいた。
吊り電球は揺れていた。
爆発音が鳴り響くたびに。
警報音が途切れるたびに。
「果てしなきものか、この荒海は」
すると、
鋼の扉の鍵を開けて、憲兵が中に入った。
「立て、エドモンド。別棟に移動するぞ」
◆4
——ワダン拘置所 二階・北廊下
「急げ! 急げ!」
「敵の侵入を許すな!」
「撃ち殺せ!」
六人の憲兵たちが、拳銃を手に、
混凝土の廊下に押し寄せる。
「さがれ!」
マヤの意思に呼応した〈カムラン〉が、
外から、拘置所に飛びつき、
混凝土壁を突き破った鉤爪で、
六人の憲兵たちを握り潰した。
「敵がいたぞ! あそこだ!」
反対側からも、
六人の憲兵たちが、押し寄せる。
「やられるか!」
カイは、左腰の十字剣を引き抜いた。
剣身は、蒼く光った。
首飾りの〈縞瑪瑙の勾玉〉から、
〈怪鮫ギャレス=ジョー〉の霊力を注いだのだ。
〈超波動武霊舞〉!
カイは、蒼光の十字剣を構え、突進した。
「〈霊剣〉だ! 撃ち返せ!」
ババババババンッ!
六人の憲兵たちが拳銃を連射するが、
カイは、壁を走って躱し、敵の背後へ回り込んだ。
一閃。
蒼光の斬撃が、端の二人の首をまとめて刎ねた。
血飛沫が舞い、混凝土の床を真っ赤に濡らした。
さらに、軽やかな足捌きで、もう一閃。
刃を返し放った二撃目で、
隣の三人の胴体をまとめて断った。
だが、一人、仕損じた。
マヤは、急ぎ、背に提げていた散弾銃を構えた。
「カイ、伏せろ!」
バンッ!
散弾は、身を伏せたカイの頭上を過ぎ、
拳銃を構えていた憲兵の首を吹き飛ばした。
また、
血飛沫が舞い、混凝土の壁の真っ赤に濡らした。
廊下は、あっという間に、血の池と化した。
赤黒い肉片と、黄銅の薬莢が、
脂汁と膿汁の膜に浮かび上がった。
遠のきそうになった意識を、
マヤは、気合で留め、
散弾銃を構え直した。
「カイ、行こう!」
「はっ!」
腕輪の〈灼天の紅玉〉を掲げ、
外にいた〈カムランの灼天竜〉を、
赫き光の粒子として還すと、
カイと共に、駆け出した。
血飛沫を散らし、
肉片と薬莢を蹴飛ばして、
脂と膿の行路を突き進んだ。
前方に、再び、憲兵たちが立ちはだかった。
一人目は、バンッ! マヤが散弾銃で吹き飛ばし、
二人目は、カイが十字剣で斬り伏せ、
三人目は、マヤが銃把で殴り、
四人目は、カイが柄打ちを入れ、
五人目は、マヤが鉤爪の威力で裂き、
六人目は、カイが切っ先を突き立て、
七人目は、マヤが火球の威力で灼き払った。
殺した。殺した。殺した。
殺されそうになるたびに、殺し、
殺そうとするたびに、殺されかけた。
どこまでも、殺し、どこまでも、突き進み、
殺して、殺して、殺しまくった。
もう、無我夢中だった。
斥けるべき敵はいたか。
守るべき命はあったか。
そんなことは、頭からすっとんでいた。
見境なく、
生と死に急かされるまま、
〈力〉を振り翳すだけだった。
藻掻きつづけるだけだった。
混濁した泡沫の波間が、
脳裏に、差し迫るだけだった。
では、この航路の行き着く先は。
恐怖か。失望か。憤怒か。あるいは、虚無か。
殺戮の連鎖がどこまでも続くのか。
「死ね、ガキが!」
「させるものか!」
また一人、前方を遮ろうとした憲兵を、
カイが十字剣で薙いだ。
憲兵の屍は、階段を転げ落ちた。
長い、長い、混凝土の階段だった。
色彩を拒絶するような無機質な踏面が、
下へ、下へと続いていた。
マヤは、混凝土の階段を駆け下りた。
冷え冷えとした寂寥が、湿り、陰っていた。
この先に、何が待っているのだろうか。
待ってなどいるのか。
待っていたところで、何になるのか。
弱さと愚かさを呪う以外に、
つよくありたいと願う以外に、
何の意義があるというのか。
教えてほしかった。
命でも、力でも、誇りでもなく、
それらを包括する、崇高な何かを……。
————
「……マヤ」
突然、呼び声がした。
消えそうなほどに掠れた声だった。
下からだった。
暗がりに、人影が立っていた。
目を疑った。耳を疑った。
まさか、彼なのか。
凍えそうになった。固まりそうになった。
ねっとりとした汗が返り血に混じった。
それでも、
マヤは、一段、二段、三段と下り、
暗がりに立つ人影に近づいた。
「……父上?」
凍結しかけた心を熱くしたのは、
膨れ上がった期待だった。
「……父上!」
四段、五段、六段、七段と下った。
足は、止まらなかった。
止められなかった。
たしかめたかった、大渦の底にある答えを。
To Be Continued.




