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絶海の皇女マヤ -PRINCESS:ABYSS-  作者: 久坂下臈
第3章 軍事裁判
14/21

3-3 アーコンプール軍事裁判

占領軍総司令ラッサリウスより、開廷宣言。


「我々は、極めて重大な刻にある。

すわわち、……、青海最大の罪を裁く刻だ。

大青海戦争の未曽有の惨禍と、

人間存在に対する深刻な罪を、

我々は、看過してはならない。

ここに、『自由の法理念』を掲げるのだ。

侵略戦争などという極悪は赦されないのだと、

青海に悉く知らしめるべく、

判事たちが、確固たる証拠に基づき、

オーシャニアの戦争指導者十八名を、

公正かつ厳正に裁くことを確信している。

ここに、

『アーコンプール軍事裁判』の開廷を宣言する」



万雷の拍手。

軍事裁判所の大講堂に、

称讃の嵐が巻き起こった。


壇上のラッサリウスは、

傍聴席に、沸き上がった将校と記者たちを、

判事席に、不機嫌な面をした法官たちを、

被告席に、痩せこけた十八人を見やると、

鼻で笑い、背を向け、階段を下りた。


彼が諳んじた原稿は、

事前に、判事長から、

自粛と短縮を要求されていたが、

あくまで、列島の支配者として、

最低限以上の矜持を示してみせたのだった。



「高慢な男ですな」

判事の一人が、小声でぼやく。


メディクスは、

眉間に皺を寄せつつ、法廷の空気を引き締める。


「静粛に。静粛に。


被告人らは、『青海平和連判状』に署名してから、

マグナ=ガリア民政新国に降伏するまでの、

三十年間に、

『国家侵略罪』、『残虐行為罪』を犯したとして、

青海連盟の検事団により起訴されている。

これらの罪状は、

極めて重大なものだと言わざるを得ない。



ただし、ここで銘記してほしいことがある。

当軍事裁判は、復讐でなく、正義のためにある。

『自由の法理念』に基づく正義だ。

したがって、被告人らには、

迅速かつ適正な裁判を受ける権利が保障され、

また、検事団も、真実の追究のために、

誠実に立証責任を果たすことが求められる。


それでは、起訴状の朗読を始める。

首席検事は、前へ」


判事団から見て左手の検事席から、

首席検事が起立し、登壇して、宣言した。


「起訴状を朗読します」



……その後、朗読は二日間に及んだ。


青海の軍事的、政治的、経済的支配を目論む、

『侵略謀議』の存在と、

ランディア大陸への侵攻から、

大青海戦争の終結に至るまでの、

具体的な残虐行為の数々が読み上げられた。


ガリア語の朗読が一段落するたびに、

オーシャニア語の翻訳が続き、

時に、微妙な言葉遣いの差異が、

法廷にざわめきを呼んだ。


他方、ラッサリウスは、

さっさと占領軍総司令部に退散していた。



……公開法廷、三日目。


判事団と検事団、そして被告人は、

再び、法廷に着席する。


判事長メディクスが、

木槌を片手に、被告席を見下ろす。

「それでは、被告人に、罪状の認否を問う」

伝声器を持った書記官が、

被告席へ行き、順に申立てを確認していく。


「承服できません。無罪です」「無罪」

「無罪」「無罪」「無罪」「無罪」「……」

「無罪」「無罪」「無罪」「無罪」「無罪」

「無罪」「無罪」「無罪」「無罪」「無罪」



続々と罪状の否認が申し立てられた後、

いよいよ、伝声器が、

陰った眼差しの元国家元首に回される。


「エドモンド氏、あなたの申立ては?」


メディクスの問いに、空気が張り詰める。

だが、掠れた声が返した答えは、

法廷の誰もが予想だにしないものだった。


「……有罪です。全ての起訴事実を認めます。

全国民の、全決定と、全行動に対し、

責任を負います。

死罪も受け容れる所存でございます。

どうか、平和のためのご裁決をお願いしたい」



傍聴席がざわめいた。

判事団も、検事団も、顔を見合わせた。


まもなくして、

被告席から、悲鳴と怒号が。


「お待ちくださいませ、陛下!」

「陛下に非はございません!」

「戦争責任をお認めになるなど!」

「これは、嘘です! 嘘です! 判事長!」

「陛下は、嘘を仰っております!」

「陛下!」「陛下!」


乱れた空気に焦り、メディクスは木槌を叩いた。

「静粛に! 静粛に!」



……公開法廷後、判事室。


「これで、エドモンド国王については、

量刑のみを審理することとなったわけか」

「彼の自白に驚くことはない。

たとえ、軍部が増長していたとしても、

彼による開戦阻止の期待可能性は、

否定し得ないのだから。彼は、有責だ」

「となると、弁護団は、

主に、情状立証で争ってくるのでしょうか。

彼が元々開戦を望んでいなかったこと。

降伏を決定し戦争の終結を図ったこと。それから、

戦争が生んだ惨禍に対し深く反省していること。

これらの情状には、

十分に酌量の余地があるようにも思われますが」



「いいや、死刑だろう。罪が重過ぎる。

彼は、

侵略謀議に加わり、軍部に裁可を与えていた。

残虐行為を知り得た上で、それを阻止しなかった。

また、ランディア大陸や南青海諸島への侵攻は、

当然に、防衛や避難の域を逸脱するものだった。

構成要件に該当するし、違法性も甚だしい。

死刑とするしかない」

「いいえ、死刑とするには責任の程度が低いかと」

「いいや、彼は、他でもない最高責任者だ」


判事長メディクスが、割って入る。

「諸君、待ちたまえ。

被告人質問や証人尋問も残っている。

結論を急ぐことはない。落ち着いてくれ」



別の判事が、挙手する。

「判事長、ここで確認させてください。

当軍事裁判における責任とは、何でしたか」


判事長メディクスから。

「続けたまえ」


同判事から。

「当軍事裁判は、戦争責任を、

戦争指導者個人に問うことを前提としています。

これは、国家行為全体を還元させるものでなく、

あくまで、個人行為単体を直視するものです。

すり替えてはならないでしょう。

さもなければ、

被告人らの罪が不当に重くなってしまいます」










◆2










……公開法廷、四日目。


軍事裁判所の混凝土壁の内側で、

判事団の議論が続けられる一方、

その安全の確保と円滑な進行のために、

敷地内外では、

憲兵隊による厳重な警備体制が敷かれていた。


裁判所入口や周縁道路には、

検問地点や防護柵が設置され、

憲兵たちが、被告人の逃走や襲撃を警戒していた。


また、『青海少年使節団』のリタも、

敷地の西側の防護柵に配置されていたが、

彼女の前には、ある厄介者が現れていた。



「リタちゃんは、喘鳴症だったんだよね。

バッサス憲兵隊長から聞いたよ。

まだ、咳とか、熱とか、出るの?」

ダミアヌスの蒼白い顔が、にたにたと嗤う。


「いいえ、出ません」

リタは、なるべく視線を合わせない。


絡まれるのは、これで三日目。

この青年は、暇なのか何なのか。

持ち場もあるはずだろうに、

離れる様子がまったくない。


こちらに背筋を曲げ、

無理矢理、顔を覗かせてくる。



「喘鳴症って、ゲホゲホする病気だよね。

どれくらい苦しかったの?」

「べつに」

「隠さなくてもいいよ。正直に答えて」

「隠していないです」

「ふうん。そう。

喘鳴症の子って、軟弱で過敏な印象があるけれど、

ひとから蔑まれることもあったんじゃないの?」

「ないです」

「ふふ。そんなに隠さなくてもいいのに。

わかるよ。ずっと苦しんできたんだよね、きみは。

病床で何もできない自分自身に。でも、

それは、〈大聖神〉に課せられた試練だったんだよ。

きみの苦しみは、〈大聖神〉が決められたこと。

つまり、きみには、心の罪があったということ」



リタの吊り目が、ぴくりとする。

「それって、どういう意味ですか」


ダミアヌスの口角が、ずるりと引き上がる。

「ああ、わかっていないね!

ぼくに反抗しようとするその目!

やっぱり、ぼくの指導が必要みたいだ!

〈大聖神〉は、ちゃんとひとを観ておられた!


きみの心の罪、それは、疑い。だから、

〈大聖神〉は、きみに喘鳴症を患わせたんだよ。

ぼくを信じられないようじゃ、

きみの喘鳴症は再発するだろう。

いいや、もっと苦しいことが待っているかも。

まずは、その猜疑心から治さないとね」



リタの吊り目が、睨む。

「猜疑心って、何ですか。

仰っている意味がわからないのですけれど。

あと、あたし、任務中ですから」


ダミアヌスの歯茎が粘つき、糸を引く。

「もしかして、怒った? 嫌な気持ちになった?

でも、これが、ぼくの仕事だから。

あえて憎まれ役を演じているだけ。


本国でも、ぼくは、

こうやって部下を成長させているんだよ。

辛い気持ちを味合わせるのは、

皆の立身を願っていればこそ。そこに、

教戒の核心があるということ。うんうん」



粘ついた口内から、腐った臭いが漂ってきて、

リタは、さすがに堪え切れなくなった。


「教戒士さま」

「うん?」

「やめてください。やめないと、

バッサス憲兵隊長に報告します」


ダミアヌスは、一瞬、固まったが、

すぐに、にたにたと嗤いを戻した。


「言っておくけれど、ぼくは、

憲兵隊長とも、総司令とも、仲良しだから。

お二人とも、ちゃんと、

ぼくの人格をこそ評価してくださっているよ」



「……」


腐臭から顔を逸らそうとしたリタに、

ダミアヌスは、また、無理矢理、顔を覗かせると、

礼服の裏から、

〈琥珀に飾られた鉄鍵〉を取り出してみせた。


「見なよ、これ、〈螂獄の鍵〉。

封じられているのは、

『大聖教』でも最上級の聖獣、

〈奈落蝗エル=バ=ドゥ〉。

わかる?

ぼくは有能なんだよ。きみみたいな、

ゲホゲホして寝込んでいた弱虫とは違う。

知恵でも、力でも、勝負にならないから」



「……」


リタは、押し黙るしかなくなった。


「ふふ。余裕がなくなったね。

ぼくの教戒が効いている証拠。

ちゃんと向き合いなさいよ、きみの心の罪に。

でないと、ぼくがいる高みには立てないから。

まずは、

病み上がりのオツムでよく覚えておくといい。


むやみにひとを疑うなんて、

絶対にしてはいけないこと。

部下が上官に逆らうなんて、

絶対にあってはならないこと」



ダミアヌスは、ひしゃげた声で引き嗤い。

口角から垂れた唾液を啜り、礼服の袖で拭うと、

また、腐臭を吐き出そうとする。


……だが、

「やめろ」

威圧感が、彼を遮った。


まっすぐなギョロ目の少年が、

〈眼魂石〉を手に、彼を睨みつけていたのだ。


「おや、レオくんじゃないか。何か用?」

「おれの仲間だ。侮辱するな。

彼女につきまとうつもりならば、

おれが、ただでは済まさない」



——軍事裁判所 大講堂


その頃、法廷では異変が起きていた。


ハラルド元陸軍大将を担当する弁護人が、

昂然と、異議を申し立てたのだ。


「判事長。当軍事裁判所には、

『残虐行為罪』も、『国家侵略罪』も、

お裁きになる権限はございません。


『残虐行為罪』につきましては、

違反者を交戦国が裁く慣習はありますけれども、

違反者をかかる国際機関が裁いた事例は、

どこにもないからでございます。



『国家侵略罪』につきましては、

そもそも、

違反者を交戦国が裁いた事例すらなく、

処罰根拠は、大青海戦争後に公布されました、

『軍事裁判所憲章』のみとなります。


当然、認められません。


行為時に、明確に、違法でなかったものを、

『自由の法理念』は咎められません。

したがって、当軍事裁判所の管轄権は、

被告人十八名には及ばないことと相成ります」


再び、ざわめく傍聴席。

メディクスは、木槌を固く握り締めたのだった。










◆3










——ザンベオルグ高地 統帥府地下壕


「エドモンド国王、戦争責任認める」

王都港湾から傍受したその内容は、

『解放軍』を震撼させた。


会議室に集った一同に、

シグマが、黒目を熱く滾らせる。


「諸君、虚妄の演劇が催されている。

演目は、正義と称されているが、

演者どもの素顔は皆、陳腐な復讐者でしかない。

奴らの卑劣な陰謀は、陛下と、我らが精神とを、

永久に引き裂こうとするものに他ならず、

ここに、我らの真の忠義が試されているのだ。



怖れるな。

陛下を解放し奉る手筈は再構築されつつある。

各自、己の職務に精励し、闘志を錬磨せよ」


彼らが戦慄した事象は、ただ一事、

「国王の喪失」に尽きた。

それが、彼らの限界をも示していることを、

マヤは肌で察していた。


国王が戦争責任を認めた事実も、

降伏を決定した事実も、開戦に反対した事実も、

ひいては、

大青海戦争の犠牲も、大敗も、

彼らにとっては、忠義が結ばれなかったがゆえの、

精神史上の「悲劇」でしかないのだ。



シグマが語っていた「忠節」とは、

この図太く、獰猛で、血生臭い忠義の在り方を、

一方向的でなく、双方向的に、

能動的だけでなく、受動的に、

補助あるいは補填するための概念だったのか。


しかし、国王を、一個人として捉えず、

『森羅万象との契約主』として絶対視し、

陶酔と恍惚の道を邁進しようとしている時点で、

一方の質量が、他方のそれを上回り、

望むことの価値が、慎むことのそれを凌ぐことは、

火を見るより明らかだった。


これは、彼らが直面し、許容した、

一つの真実なのだろう。



では、マヤは。

王女として詰襟を着飾り、やがては、

彼らと共に戦うことになる、彼女自身は。


ただ、暖炉の傍にいる影を蘇らせていた。


冷えた体で、ずっと、

あの面差しをたしかめることを怖れていたが、

影は、

もう二度と、現れなくなるのかもしれなかった。


何かが、毀れそうな気がした。


命でも、力でも、誇りでもなく、

それらを包括する、崇高な何かが。



そうか。たしかめることも怖ろしかったが、

たしかめられなくなることも怖ろしかったのだ。


胸の内に、臆病な期待があった。


期待は、気づかないうちに膨張し、

張り裂けそうになっていた。

自分にとって崇高な何かを、

あの面差しの正体に懸けていたのだ。


何なのだ、崇高なものとは。

この闇夜の荒海で、

弱さと愚かさを呪う以外に、

つよくありたいと願う以外に、

何の意義があるというのか。



脳裏に、混濁した泡沫の波間が差し迫った時、


「会議、終わったよ?」


目覚めたように視線を上げると、

右隣には、詰襟を着たハナがおり、

一同がぞろぞろと退室を始めていた。


「……」

「顔色、悪いよ? 大丈夫?」

「……いいや、大丈夫だ」

「本当に?」「本当に」


ハナの瞳は、動揺を見透かしたようだったが、

それ以上は聞かずにいてくれた。



左隣には、詰襟を着たカイがいた。


「殿下、凶報が続きますが、

どうか、御心を乱されませんよう。

このアーコニア島には、

一五〇〇名の友軍が控えています。

ワーマニア島の残存部隊が到着すれば、

十分な戦力となります。朗報を待ちましょう」


そのワーマニア島の残存部隊からは、

昨日から連絡が途絶えていた。

島内の占領軍による追撃が続いているらしい。


その実、朗報を望むべくもないことを、

マヤも、ハナも、カイも、わかっていた。



ハナが、視線を向ける。

「ね。カイもこの後、御座所に来ない?

浴室もあるし、寝台もあるし、すごく快適なの」

カイが、視線を逸らす。

「いいや、いい、おれは。見張りの仕事がある」


三人は、退室する列に並ぶ。


前に並ぶ兵士たちは、一声も発しない。

後ろ姿が石像のように無愛想だった。


さらにその前に並ぶのは、ギルだった。

ひとりだった。

しなるような上背で、むすっと俯き、

腕輪には〈羅森の翠玉〉を煌めかせていた。



「カイは話したこと、ある? あの子と」

「ミストン海峡で、すこしだけなら、な」


ふたりの声に耳を傾けながら、

マヤは、ギルの後ろ姿を見つめた。


あの少年は、『公爵家』の嗣子だ。

瞳は、高貴に満ちているだろう。

しかも、王籍に復帰した。


……そういえば、おかしい。


御座所へ歩く自分と、詰所へ歩く彼。

自分が目にした真実と、他者が目にした真実。

マヤの脳裏で、何かが結びつかない。



「カイ、尋ねてもいいだろうか」

「何でしょうか」

「あのギルとやらの父、ユリック公は、

今、どうしているのだろうか」


カイは、一呼吸置き、答えた。


「王国が降伏してから、

あらゆる情報が錯綜していますから、

はっきりとしたことはわかりませんが、

……自決した、との噂が」

「自決?」


物々しい響きに、

マヤも、ハナも、息を呑んだ。



「ユリック公が宰相を務めていた十年前、

ランディア大陸で戦端が開かれました。

彼は、その戦争責任を担う者として、

青海連盟の検事団に起訴されたそうです。そして、

戦争犯罪者の汚名を着せられることに堪えかね、

拳銃で自決した、と……」


マヤは、黙ったまま、ギルの後ろ姿を見返した。


彼は、何に堪え、何を背負っているのだろうか。

恐怖でも、失望でもないのだろうか。

結びつけなければ。

しかし、この衝動は、

やわらかな配慮からでなく、

こわばった憂慮からきているようだった。










◆4










——王都港湾 軍事裁判所 判事室


「従来、戦争とは、

国家という抽象的主体の行為とされ、

賠償や謝罪、主権制限により処理されてきました。

当軍事裁判は、この伝統に部分的修正を加え、

戦争指導者個人に責任を問うものと解されます」


「戦争指導者とは、

第一級戦争犯罪容疑者の十八名と、

第二級戦争犯罪容疑者の六六四一名だな」


「国家行為と個人行為とを分離し、責任を問う。

ですが、これは、社会の構造的問題を曖昧にし、

非難の矛先を捻じ曲げるものにも見えますね」



「また、軍部が増長していた話か」


「いいえ、ここで目を向けるべきは、

軍国主義を支持していた国民でしょう。

彼らは、軍部の世論操作を超えた領域で、

王家という絶対的存在や、

尊大な排外活動に熱狂していました。また、

『征覇することでのみ成される平和がある』、

『勝利の先にしか見出せない安寧がある』、

このような思想を一般化し、

戦争の惨禍を美化、喜劇化したような娯楽作品が、

多数、民間から出版されてもいたようです」


「後者は、他の青海諸国においても見受けられる」

「自由民政社会の害悪でしょうね」



「諸君、社会の構造的問題はさておこう。

これは、賠償や外交により解決されるべきものだ。

今この瞬間、我々が考えなければならないのは、

弁護団の異議への返答だ」


「考えなければならないのでしょうか?

当然、棄却でしょう?

認諾すれば、裁判を閉めることになりますよ?」


「棄却するにしても、理由を考えるべきだ。

黙殺は、『自由の法理念』に反する」


「では、理由を何としましょうか?

行為時に、明確に、違法でなかったものを、

『自由の法理念』はどう咎められるのですか?」



「やはり、遡及処罰的側面は否めないのだよ」

「『侵略謀議』の定義も、曖昧なままだが」

「そもそも、国家行為が違法ならば、

国家責任を問えば十分ではないのか?」

「国家責任と個人責任を共に問うことは、

『国家主権の尊重』も……」


「……おい、きさまら、正気か!

大陸や諸島の侵略を企てた連中は、

確実に、存在しているのだぞ!

国家責任は、実質、無責任だ!

ここで戦争指導者どもを裁かなければ、

奴らは、必ず、

暴力の歴史を無かったことにする!

そんなイイカゲンが赦されると思うのか!」



「静粛に。静粛に。

当軍事裁判を復讐の場に貶めるつもりかね。

手続の適正を軽んじた時、

我々は、『自由の法理念』を裏切ることになる。

議論を放棄してはならない」


「判事長、一つ、提案が。

エドモンド国王は全ての罪状を認めました。

弁護団の異議と方針が一致しません。

まずは、弁護団に、

当該不一致の説明を求めてはいかがでしょう」


「それは、また、小手先だな」

「異議の法的効力自体は揺るがないだろう」

「論点をはぐらかしているだけではないか」



「では、事後法の適用を認めましょうか」

「『自由の法理念』を裏切ることになりますが」

「法の進化をもって説明すればよいだろう」

「青海の共通認識こそが、正義を導き出す。

オーシャニアの悪行を看過してはならない」

「いいえ、根拠が曖昧に過ぎましょう」

「そもそも、青海諸国は、本当に、

侵略戦争の違法性を認識しているのですか。

なぜ、『青海平和連判状』が締結された後も、

南青海諸島の植民地を手放さないのですか」

「手放すも何も、あれは領土だ」

「安全保障上の問題もあるだろう。それに、

未開の地に文明をもたらしたことは功績だ」

「言っておくが、マグナ=ガリアは、

インスーレ領の将来の独立を約束しているよ」



「待ちたまえ。

当軍事裁判における被告人は、

拘置所に収容されている十八名だけだ。

これを上回る政治的、歴史的問題の解決は、

後世の市民に託す他ない。

我々は、ただ、将来の侵略戦争に楔を打つべく、

今この瞬間と向き合うべきだ」


「つまり、未来志向を重んぜよ、と。

しかしながら、いいえ、だからこそ、

我々は、歴史と向き合うべきでは。

当軍事裁判は、あらゆる点において異例です。

その上で、我々は、

『自由の法理念』を掲げることができるのか、

歴史に試されているのです」



「……管轄権の異議を認諾するか、棄却するか。

手続の適正は担保されているか、否か。

なるほど、大事なことだ。

だが、やめよう。議論は徒労に終わるだろうから」


「何と?」

「先に言ったはずだ。議論を放棄してはならない」


「占領軍総司令部より公布された、

『軍事裁判所憲章』をお忘れかな。

当軍事裁判所の管轄権は、

『軍事裁判所憲章』が明示的に付与している。

『軍事裁判所憲章』自体が適用法だ。以上。

……異議を却下することに、

鼻から、理由など必要ないのだよ」



——王都港湾 占領軍総司令部 最高執務室


ラッサリウスは、窓掛けの隙間から、

侘しい占領地の夜を覗く。

黒眼鏡は、軍事裁判所の混凝土壁を映している。


「判事たちは、真面目過ぎるようだね。

メディクス判事長を呼び出してみようか。

罪状認否の時から、混乱が続いているようだから」


煙管を手にする後ろ姿に、バッサスが語る。


「いやはや、エドモンド国王が罪状を認めるとは。

敬意を払うべきでしょうか、彼の潔さに。

一国の主としての器量を感じました」



ラッサリウスは、鼻で笑う。

「どうかな。ぼくには、彼が、

他の被告人どもを道連れにしようとしている、

そう見えてならないが、ね」


煙管を吹かし、

混凝土壁に灰の影を重ねる。


気にせず、バッサスが続ける。

「彼の言動を受け、

『解放軍』をはじめとする抵抗活動は、

どうなるのでしょう。

国王の諦念を悟り、失速しますか。

それとも、

国王の喪失に焦り、加速しますか」



ラッサリウスは、振り向く。


「前者を期待しない方がいいよ。


それと、『アンブラム』からまた報告があったよ。

先日、この島の北部から中部へと、

怪しい集団が移動していたとのことだ。


シグマ大佐かもしれない。

ザンベオルグ高地の辺りに潜んでいるのかな。

第六遠征軍に捜索させている。


やれやれ。本当に、洪大なうねりが、

この王都港湾を中心に渦巻いているようだよ。

きみ、警戒を怠らないように、ね」










To Be Continued.

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