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涙は、ここに置いていきなさい

「……。こちら自警団本部。マーケット、聞こえてますか?」

「はい、こちらマーケット千葉支部、聞こえていますよ。」

「良かった、時間通りですね。」

 午後三時半、通信室で無線が繋がるのを待ってると、ザーって言う音が聞こえたから、声を入れる。

 向こうからの応答が来て、流石自衛隊員なだけあって、時間にはきっかり間に合わせてくるんだな、って言うのが最期まで好印象だ。

「お別れを言った手前、こうして通信をするのも、違和感がありますね……。与義教官はどうされてますか?」

「与義さんは家に戻ってますよ。さっき会ってきました、最期は自分の家で、煙草を吸って酒を飲んで、そう言う終わりを迎えたいって言ってました。」

「あはは、教官らしい言葉ですね。しかし、悠介さんはそれでよろしかったので?与義教官がいない場、というのも違和感がありますが。」

「良いんです。与義さんには最期まで世話になりっぱなしでしたから、最期位好きな事をさせて上げたいんですよ。」

 通信の相手は、与義さんが教官になってから最初の教え子だった、って言う、松野さんだ。

 二等陸佐まで上がった人で、幹部の中では中堅位の人、っていう話はどっかで聞いた覚えがあるけど、そう言う肩書に執着が無い人で、俺相手でも敬語を使ってくれたり、与義さんの事を良く知ってたり、やりやすい人だ。

 自衛隊側の崩壊の後、最初に与義さんが連絡を取った人で、残った隊員達を各地に派遣して、マーケットを開いてくれてた人でもある。

 ある意味恩人って言うか、そうだな、同士とでも言えば良いんだろうか、そう言う間柄の人だ。

「松野さんはいつも忙しいから、こういう時にしか話せないと思いまして。迷惑でしたか?」

「いえいえ、悠介さんに、最期のご挨拶も無しにお別れは、私としても寂しいものでしたから。良いのです、個人的感情で通信設備を使うのは少し気が引けますが、隊員達が是としてくれましたので、それも心置きなく、ですね。」

「松野さんは真面目ですね、ホントに。伊達に与義さんが育てたってわけでもない、それに、二等陸佐なだけありますね。」

「いえいえ、隊員の前では、上官らしくしなければならない、と思っていただけです。示しが付きませんからね。部下の手前、気を張っていたという意味合いでもあります。」

「それも今日でお終い、ですからね。松野さんはご家族はいらっしゃらないんでしたっけ?」

 松野さんは二等陸佐なだけあって、真面目なのは知ってたけど、最期までこんなに真面目だとは思わなかった。

 俺だって、この自警団を纏める人間として真面目じゃなきゃならなかった、って言うのはあったけど、今はこうして自由に通信設備を使わせてもらってる、誰かに許可を求める事が無ければ、誰かの許可もいらないと思ってた。

 でも、松野さんからしたら、そうだな、家族がいても一緒に居られない隊員さんがいる中、こうして個人的用事で通信設備を使う、って言うのは、少し居心地が悪いんだろうな。

「私は独り身ですから、家族もいません。それより、与義教官はあれを吸ったのでしょうかね?」

「吸ってるかもしれませんね。死ぬ直前になったら、コイーバの一番高いのを吸うのが夢だ、って言ってましたから。もしかしたら、今頃吸って酒でも煽ってるんじゃないですかね?」

「想像が出来ますね。まったく、悠介さんは与義教官と対等な立場でいらっしゃる、私はどうしても、教官と教え子、という立場から離れられませんでしたが、悠介さんは、もしかしたら、与義教官からしたら家族のような存在だったのかもしれませんね。」

「……。与義さんは、こういってました。松野さん達に伝えてたかどうか、までは知りませんけど、今更隠す必要もないでしょうし。与義さんは、教え子達を家族の様に思ってた、そう言ってましたよ。教え子達は、俺の大切な家族だ、って。松野さんは、与義さんが教官になってから一期目の教え子だった、って言う話でしたし、俺より長く付き合いがあったのも知ってます。そんな松野さんの事を、与義さんは家族だと思ってたんですよ。あの人、照れ隠しをして言いたがらないかもしれないですけど、俺はそう聞いてますよ。」

 家族の様に思ってる、それは与義さん本人から聞いた事だ。

 教官として、沢山の教え子達が隊の中で出世をして、それで驕る事もなく、皆謙虚で良い子達だ、俺の自慢の息子達だ、って与義さんは言ってた。

 それを伝えるか一瞬悩んだけど、そこを伝えずに終わりを迎えるよりは、聞いてから終わりを迎える方が良いだろう、と思って話をする。

「与義教官が、そんな事を……。それを悠介さんに言っていたという事は、きっと悠介さんの事も、家族だと思っていたのでしょうね。息子や孫の様に想われていたのではないでしょうか?」

「……。息子に重ねてる、そう言う話を、ちょうど今日しましたね。なんでも、息子さんが俺達と同い年なんだとか。だから、俺達の事を構ってくれてたんだ、って言ってましたよ。」

「そう言えば、与義教官が婚姻された、という噂は何時だったか聞いた事がありましたね。その頃には、私も三等陸曹でしたので、結婚式への参列は出来ませんでしたが。そうでしたか、息子さんが……。しかし、与義教官は独り暮らしをされていたはずでは?」

「息子さんが幼い頃に、奥さんに離婚されて出て行ってしまったんですって。……。なんとなく予感がしてるんです。与義さんは、最後に息子さんと再会出来たんじゃないか、って。なんでそんな予感がするのか、って聞かれたらわからないですけど、なんとなくですよ?何となく、再会をはたしてる気がするんですよ。」

 それは、ただの予感というべきか、願望と取るべきか。

 与義さんは息子さんと再会してて欲しい、って言う願望から、そう言う憶測を立てたに過ぎない。

 実際の所がどうなのか、息子さんがそもそも生きてるのか、なんて事もわからない、ただ、なんとなく再会をしてる気がする。

「悠介さんは予見能力に長けていますからね。悠介さんがそうおっしゃるのであれば、もしかしたら与義教官は今頃ご子息と再会されているのかもしれませんね。……。最期の最期に、いい夢を見れたのではないでしょうか?私はずっと独り身ですので、家族がいるという感覚もなくなって久しいですが、そう言った方の感覚と言うのは、悪くはないものだ、と聞きます。……。与義教官が、再会出来ている、そう信じましょう。」

「そうですね。そうだ、手紙は読んでくれましたか?」

「はい、拝読させていただきました。それを、各隊に通信で音読もさせていただきました。悠介さんの一言から始まったこの大がかりな作戦、その最後にふさわしい手紙だった、と私は認識しておりますよ。与義教官だけでは出来なかった、そして悠介さんの想いがなければ、浩介さん達がいなければ、ここまで大きくはならなかった。マーケットも、与義教官が鶴の一声を上げてくださらなかったら、無かったでしょう。しかし、その発端は悠介さんであり、与義教官でもないのです。悠介さんは、瓦解した自衛隊の面々をもう一度纏める為に、それだけの事をされたのですよ。誇りに思ってよろしいでしょう、まだ二十代の若者が、瓦解した自衛隊すらまとめて見せたのですから。勿論、与義教官の力は偉大でしたが、その言葉一つをとっても、悠介さんの行動の賜物だと思いますよ。」

「作戦って言う程、たいそうなもんでもないですけどね。でも、俺の我儘に皆が付き合ってくれて、嬉しかったです。与義さんが声を掛けてくれたお陰で、自衛隊に残った方々がマーケットをやってくれて、まさか武装までして守ってくれるとは思いませんでしたよ。結局、実弾は発砲しなかったんでしょう?」「はい、日本の方は銃に慣れておりませんので、構えているだけで効果があったのでしょう。アメリカに行った場合、民間人も銃を所持していますから、事情は変わってきた、という話は、空港が閉鎖される前に言っていましたね。」

 松野さんは、二等陸佐として実績がある人で、実際に残った自衛隊の指揮系統を担ってくれてた、この人がいなかったら、もう少し食料に関して不安が強かっただろうな。

 そんな松野さんが、俺の我儘に付き合ってくれた理由、それはきっと、与義さんに対する恩義なんだろう。

「……。さ、今日はもう浩介さんとお過ごしになられてくだされ。私と会話している時間は、勿体ないですよ?」

「今は浩介はご飯作ってますから、結局手が空いてないんですよ。」

「おやおや、左様でしたか。」

 思い出せば、松野さんと初めて出会ったのも十何年前か、与義さんの家に遊びに行った時に、隊の人間関係について悩んでた松野さんが話をしてた、って言うのが始まりだった。

 当時まだ小学生だった俺達は、松野さんの悩みって言うのはわからなかった、でも、わからないなりに励ましてた覚えがある。

「まったく、あの頃のコロコロとしたお子さんが、こんなにも立派になって。ご両親が健在でしたら、誇らしかったでしょう。」

「どうでしょう?壊滅的に意見の合わない家族でしたから。それなりの関係性は築いてた、と思ってますけどね、でも、意見は全く合わなかったですよ。」

 俺の両親、は五年前に亡くなってる、交通事故で亡くなって、その頃には俺は浩介と一緒に暮らしてて、ただ、壊滅的に意見が合わない人達だった。

 ただ、それはそれで意見の交換はしてた、信頼関係はあった、と思ってる、だからこそ、俺はこうして生きてるんだと思う。

 そんな親父と母ちゃんが、俺の事を今どう思ってるか、についてはわからない、どう思ってて、何を言ってくるのか、予想が付かない。

 ただ、賛成はされてなくても、付き合ってはくれたんだろうな、とは思ってる、俺がやりたい事を、なんやかんや言いながら見守ってくれた人達だから、きっと文句を言いながら付き合ってくれたんだろう。

「俺の両親は、何を思って死んでいったのか、何を思って俺が作家になる事を受け入れたのか、それに関しては知っておきたかったですね。」

「立派なご子息を持たれて、誇らしく思われていると思いますよ。私は家族がいませんので、そう言った家族同士の悩み事、というのもわかりませんが……。そうですね、私の両親が存命していたのであれば、悠介さんには紹介をしていたかもしれませんね。」

 松野さんの両親、って言うのは、松野さんが生まれてすぐに亡くなってしまったって言う話で、松野さん自身家族に対する思い入れがない、とは言ってた。

 施設で育って、それが当たり前で、家族の愛って言うのがわからない、って言ってたっけ。

「……。きっと、俺のやる事には口を出さずに見守ってくれてたでしょうね。そう言う親でした、なんやかんやと言いながら、最終的には俺の決断をちゃんと慮ってくれる、そんな親だった記憶があります。」

「そうでしょうとも。千人規模の自警団を作り上げた、立派な御仁の親御さんなのですから、それはもう、立派な方でしょう。」

「褒められたら恥かしがりそうですけどね。」

 松野さんは、くすくす笑ってる。

 与義さんもそうだけど、基本的に感情を表に出す事を許されたない人達、って言うのが自衛隊な印象があるから、こういう時に素が出てくると、少し安心する。

 与義さんは俺達相手には普段から優しかったけど、やっぱり隊の人相手になると、嫌だったとしても上下関係とかをしっかりしないといけなかったんだろう、与義さんも松野さんも、部下の前では凛とした人で、俺達の前では優しい人で。

 松野さんとは敬語で話す様にしてるけど、それも昔は違った、怖いもの知らずだった俺達は、身長が百九十を超えてる巨漢だった松野さん相手にも、平然とためぐちを使ってた。

「懐かしいですな、悠介君達があの頃、私に遊び相手になってほしい!言ってきた時は、偉く驚いたものです。」

「あはは……。俺達、松野のおじさんの事、大好きだったから。迷惑だった?」

「いいえ?私も大好きだったよ、悠介君と浩介君の事。二人は、純真で愛らしい子達だった、それは今でも変わらない、今でも純粋な子達である事に変わりはないね。色々と、お互い背負うものが増えてしまったけれど、私達は友達だからね。」

「そうだね、あの頃から、ずっと友達だ。」

 ふと、昔話に華が咲く。

 松野のおじさん!って言って遊んでもらってた頃、ちょいちょい松野さんが与義さんに相談事をしに来てた頃、よく遊んでもらってたなって。

 与義さんからしたら、息子達が戯れてる感じだったんだろうか、年の離れた子供だけど、それでも、与義さんにとっては同じ子供だったんだろう。

 丸眼鏡に糸目、でかい体って言う、与義さんとは対照的な松野さんだったけど、俺達は遊んでくれて嬉しかった。

 後々に、自衛隊で指示を出す側の人だ、って言う話を聞いて、偉く驚いた覚えがある、それ位、俺達にとって、松野さんは友達って言う感覚だったから。

「松野のおじさん、おじさんは結婚しなかったって言ってたけど、それでも良かったの?」

「……。滅びにつき合わせる事になるのであれば、結婚しなくて正解だったのかもしれないね。私の様な者を拾ってくれる奇特な女性がいる、とも思えないしね。」

「って言って、悠治は結婚したって言ってたよ?報告受けたの今日だけど、結婚したって。」

「悠治君が?おやおや、あの小さかった子が、大きくなったものだねぇ……。おじさんとして、嬉しいよ。お相手は九州の拠点にいる女性なのかな?」

「うん、綾ちゃんって子。さっきって言うか、昼過ぎに話したけど、溌溂としてて良い子だったよ。悠治には勿体ない位、良い子だと思う。……。それこそ、悠治にピッタリな、素敵な子だとも思うよ。」

 松野さんは、悠治には怖がられてたっけ。

 って言っても、大人になってから再会した時には、悠治が歩み寄って話をしてた覚えがあるから、松野さんとしても、昔のショックからは立ち直ったんだろうな。

「会ってみたいものだけれど、それは叶わない願いなんだろうね。この後悠治君と通信する予定はあるのかい?」

「夜の十一時に皆で通信しよう、って話をしてるよ。」

「そうか。なら、おじさんからもお祝いの言葉をと話をして貰っても良いかい?昔怖がっていたあの子が、大きくなってくれた事が嬉しい、と。」

「分かった、伝えておくよ。」

「ありがとう。」

 これで通信はお終い、松野さんとの関係も、今日限りで終わる。

 それは松野さんに限った話じゃない、すべての関係は今日終わる、それで良い、そう決まっているのであれば、それに従うしかない。

「松野二等陸佐、お勤め、ご苦労様です。」

「坂入本部長、そちらこそ。共に戦えた事、何よりの勲章です。」

「こちらこそ、貴方がいなかったら、俺達は餓死していたでしょう。それでは、通信を終わります。」

「はい、ご武運を。」

 通信が切れる、ため息をついて、これで良かったんだなって、改めて考える。

 今は浩介も料理中でいない、思考を纏めるには丁度良い時間だろう、って。


「松野二等陸佐!通信は終わりましたか?」

「終わった、これにて全隊員の任を解く、後は各自、好きに過ごしなさい。」

 松野は、悠介と通信を終えると、隊員を全員集め、その任を解いた。

 これで世界が終わる、そこまでつき合わせた部下達、自衛隊、日本を守る為に訓練をしてきた人間達の本懐を遂げた部下達への労い、その言葉を言おうとして、一旦通信を全隊へと繋げる。

「各隊、通信班へ。こちら、マーケット千葉支部隊長、松野二等陸佐。……。本時刻をもって、全ての隊員の任を終了とする。残された時間、それは各自家族や大切な者達と過ごすと良い。……。皆さん、良く付き合ってくれました。こんな話に、与義教官の呼びかけがあったとはいえ、まだ若い子供の話によく耳を傾けてくれましたね。感謝しています。」

 通信を終える。

 これで、このマーケットの役割も終わる、八か月間という短い間だったが、マーケットの運営と護衛という仕事は、自衛隊で経験したどの訓練よりも大変で、実感があって、槍ごたえがあった、と松野は感じる。

「松野二棟陸佐!よろしいでしょうか!」

「松野で良いのですよ。もう、皆任は解かれたのです。陸佐も何もないのですから。」

「いえ!我々にとって、陸佐は最期まで陸佐であります!」

「……。それは、また難儀な。ただ、嬉しい言葉ですね。こんな私についてきてくれた酔狂者達、成る程貴方達らしい。」

 松野は、ため息をつく。

 ここにいる隊員達は、家族を連れてきている者が多い、家族でマーケットを支えて、という人間が多い。

 だから、ではないが、マーケットで最期を過ごす事に関して、疑問すら抱かなかった様子だ。

 これもひとえに与義の人脈、とでも言えば良いのだろうか、ここにいる隊員の半数は、与義が教育隊で教鞭を取った、そんな隊員達だ。

 だからではないが、恩義を感じているのだろう、与義に、そして松野に、恩義を感じているのだろう。

「では、本日のメニューを最期の食事としましょう。何か缶詰は残っていましたか?」

「はい!ツナ缶とコーン缶、鯖缶が残っております!」

「ふむ……。何か出来る料理が無いか、隊の中で料理が得意な方に聞いてきてもらってもよろしいですか?」

「了解しました!」

 通信室から、直属の部下だった者が去っていく。

 松野は、独り考える、これで良かったのだろうか、自分達の我を通す為に、隊員達に多くの犠牲を強いてしまったのではないか、と。

 しかし、隊員達がいくら自衛隊として訓練を積んでいた、と言っても、こんな状況では生き残れかっただろう、そう考えると、このマーケットの運営も、悪くない任務だったのかもしれない。

 今日来た客達に、生鮮食品の冷凍品は全て渡す様に伝えてあった、だから、缶詰程度しか残っていないだろう、しかし、ひもじい思いをしながら耐え忍んできた隊員からしたら、それもご馳走になるのかもしれない、だから、今日位は贅沢を、という事らしい。

「最後の一本を吸いますか。」

 与義から渡されていた煙草、松野が吸っているのはわかばだったのだが、それをこの事態に陥ってすぐに、与義から渡されていた。

 それを何時吸うのかは誰も咎めない、自由になりたい時に吸うと良い、と言われ受け取ったそれを、最期の時間、任を解いて自由になった時に吸う、それは最初から決めていた事だった。

「ふー……。」

 だいぶん吸っていない期間があったから、吸えないと思っていた、きつい煙草な為、吸えないだろうと感じていた、そんなわかばを肺に入れると、懐かしい感覚がする、と松野は考える。

 これを吸い始めた頃、まだ価格が今の半分以下の頃で、安煙草としていわれていたものだった、だからこそそれを選んだ、という経緯があったのだが、令和という元号に入った頃から旧三級品の特別税率が撤廃されて、他の煙草と変わらない値段になってしまった、ただ、松野からしたら、今までが安すぎだだけであり、その頃には三等陸佐になっていた為、給料で困る事も無かった、だから吸い続けた、という経緯があった。

「安煙草、ですねぇ……。」

 煙草の中でも一等臭い、と言われているわかば、ただ、何故か松野はこの匂いが好きだった。

 昔嗅いだ事があるような、朧気にある両親の後姿を思い出す様な、そんな感覚になる、と松野は表現していた、ただ、松野の両親は五歳の頃に亡くなっている、それももう四十年以上前の話だ、記憶にないと言えば無いのだが、松野は不思議とこの匂いを覚えている、気がしていた。

「ふー……。」

 自由、と言っても、今日をもって世界は終わってしまう、家族もいなかった、友達もろくに作ってこなかった松野からしたら、それを分かち合う相手がいない、というのが正直な所だろう。

 孤独なまま、それを是としてきた人生なのだから、受け入れなければならないだろう、そして、松野は、それでも良いと言うのだろう。

 悠介や浩介が仲良くしてくれていた、というのもあるが、松野は生来自分は人間関係を構築するのが苦手だ、と感じていた、だから、必要以上には人間関係を構築してこなかった、その結果が、独りで迎える終焉なのであれば、受け入れるべきなのだろう、と。

「松野二等陸佐!」

「はい、何でしょう。」

「……。陸佐殿は、これで良かったのですか?」

「これで良かった、とは何を持っていうのでしょうかね。私は、出来る事はしてきた、それで満足なのですよ。悠介君の口車に乗って、このマーケットの隊長を務めた、指示系統しか出来なかった私でも、それ位の事は出来るだろう、と。その結果多くのではなくとも、多少なりとも存命の手助けが出来た、それは自衛隊員として、矜持をもって挑んだ作戦として、満足のいくものでしょう。」

 通信室を出ようとした松野の所に、通信班の新入りである、前田がやってくる。

 前田は、高校を卒業してすぐに入隊した若者で、まだ二十歳なのだが、立派に役割を果たしてくれた、という印象が松野の中にはあった。

「前田君はまだ若いですからね、後悔ややりたい事もたくさん残っていたのでしょう。……。私はね、最期まで人々の為に生きれた事を、誇りに思っているのですよ、前田君。結局、自衛隊は終末を前に何かを隊として成す事は出来なかった、しかし残された私達は、人々の食料を確保するという役割を成し遂げた。それを最期まで果たした事、それが私にとっては嬉しいのです。」

「しかし……、しかし……!」

「……。涙は、時として必要でしょう。前田君、君は泣いても良いのです。二十歳という若い年齢で、まだまだこれからの人生があったはずなのに、こんな事になってしまって、地球ごとなくなってしまうのですから。……。涙を流しても変わらない事はある、ただ、涙を流す事にも意味がある。私は、そう思いますよ。」

 前田は、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、松野の話を聞いている。

 それもそうだろう、覚悟を決めていた悠介達の方がおかしい、本来であれば、まだまだ生きたいと願うのが当たり前のことで、これからの未来があったはずの子供なのだ。

 恐怖と悔しさで泣いてしまう事、それは当たり前だろう、と松野は感じていた。

「これで最期なのです。涙は、ここに置いていきなさい。共に戦った仲間達と、健闘をたたえ合うのに、涙は似合いません。ここには、今は私と君しかいません。だから、良いのですよ。涙は、嗚咽は、ここに置いていきなさい。」

 松野は、前田を抱きしめて、頭をさすりながら言葉を紡ぐ。

 前田は、年甲斐もなく涙を零し、嗚咽しながらその言葉を聞いていた。

 恐らく、隊の半数以上の面々は、こうして泣きたいのだろう、ただ、最年少である前田が泣いていないのに、自分達が泣くわけにはいかない、と堪えているのだろう。

 だから、ではないが、その健闘、その根性、その尊厳を守る為に、前田にここで涙を捨てろ、と松野は言った。

 今は泣いても良い、ただ、他の隊員の前では泣くな、それは、尊厳を傷つける事になるから、と。

「陸佐……!」

「良いのです。これ位しか、私に出来る事はないのですから。今はここで、たくさん泣くと良いのです。……。その後、皆の元に戻った時には、健闘を讃え合って、最期まで自分達が正しい事をしたのだ、と誇るのです。」

「……、はい……!」

 前田は大声を出して泣き続ける、松野は、それを拒むでもなく、咎めるでもなく、ただただ肩を貸して、涙を受け止める。

 これで良かった、と言える様に、隊員達が、これで良かったのだと、誇れるように。

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