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さらばです、教官殿

「与義さーん、俺だよー!」

 与義さんの自宅、こじんまりとした一軒家、そこに到着する頃には、街のあれ具合は酷くなってる、って言う認識をした。

 ここいらに来るのも久しぶりだって言うか、

最近はマーケットと自警団の活動場所である学校跡を行ったり来たりだったから、ここいらに来るのは珍しい事だった。

「悠介か。なんだ?」

「何って、お礼の一言位言わせてもらってからバイバイじゃないと、俺は嫌だよ?」

「……。まったく最期まで律儀な子だねぇ、お前さんも。入りなさい、電気は通ってない、ただ酒と煙草は残ってる。悠介は煙草は吸ってたかな?」

 与義さんが玄関で出迎えてくれる、インターホンは押しても意味が無かったから、大声を出してみたけど、それが正解だったみたいだ。

「お邪魔しまず。」

「おう、上がりなされ。」

 少し埃っぽい、暫く誰も入ってなかったんだろうな、って言うのがわかる家に入れてもらって、リビングに通される。

 まだ昼間、今は十月だから気温も丁度良い位だ、少し肌寒い気もするけど、でもそんなにそんなに取りざたする程でもない。

「煙草、どれが良いかねぇ?」

「煙草かぁ……。懐かしい、浩介の前では禁煙したふりしてたけど、って言うかここ一年間は共生的に禁煙してたけど、ここに来て吸えるとは思わなかったな。ありがとう、頂きます。」

 煙草の種類を聞いてくる、って言うのも、与義さんは超が付く程のヘビースモーカーで、複数の煙草の銘柄を吸って、どれが一番かを常日頃試してる、って言う人だった。

 だから、俺の吸ってたハイライトもある、懐かしい見た目、一年間見ないだけで、こんなにも遠くなった様な気がしてた、そんな煙草。

「ハイライトか。そいつはラムの風味が美味くてな。ゴールデンバット、に関しては悠介が吸い始めた頃には無くなっちまってたかねぇ、それを少し高級にした様な味わいで……。おっと済まんねぇ、オタクの血が騒いでなぁ。」

「あはは……。現役時代から変わらないって言ってたからね。与義さんの唯一の楽しみだ、って言ってなかった?」

「そうだねぇ。俺の唯一の楽しみ、引退する前から、隊にいた頃から、ずっと煙草の研究をし続けた。その結果、この歳まで生きられたんだから、俺は運が良い方なんだろうねぇ。」

 与義さんは今年で七十になるんだったか、俺達と知り合った頃には、自衛隊の偉い人だった与義さん、確か、教官って言われてた人だった覚えがあるけど、その頃から、俺達が遊びに行くと、どの煙草がどんな煙で、なんて話をしてくれてて、俺はそれに影響を受けて煙草を吸い始めた。

 周りからしたら無責任な大人、って言うレッテルを張られそうな気がするけど、俺達は、与義さん程義理人情に厚くて、責任感のある人も少ない、と思ってる。

 その証拠に、自衛隊の頃のコネクションを使って、通信機器を揃えてくれたり、そもそもが避難所として機能してなかった学校を貰い受けて、それを自警団の拠点にした、それも与義さんあっての事だ。

「ふー……。煙ってさ、フワフワと何処かに行ってしまいそうで、でもそこに確かにいるもんだ、なんて思ってたけど、こう久しぶりに吸うと懐かしいね。」

「悠介は我慢してたからなぁ。俺は時折帰ってきて、吸ってたけど、そうだなぁ、ストックが無くなる前に終わって良かったのかもしれんなぁ。……。俺が隊にいた頃、教官としてやってた頃だったか、お前さんと出会ったのは。懐かしいな、趣味の煙草と酒で一服してたら、窓ガラスがパリン、謝りに来た小学生達が、お前さんと浩介だった。あの時、何人もいたたはずなのに、二人で謝りに来た、それは勇気がいった事だろうねぇ、それをやった、しかも俺みたいな厳つい人間相手に、ペコっと頭を下げて、ごめんなさい!なんて素直に言える子ってのは、そんなにいやしない。俺の観察眼も、衰えてなかったんだろう、お前さんはいつか、大きな事を成す気がしてたんだ。それが世界の終わりの寸前だった、ってのはちと悲しいがねぇ。しかし、それでも俺の目に狂いはなかった、お前さんはやってのけた、それは周りの助けがあったからこそだったんだろう、それは忘れちゃいけないなぁ。……。、負け惜しみを言うのであれば、そうさなぁ。お前さんが大きくな所を見れて良かった、って事にしておこうか。」

 一年ぶりの煙草を満喫しながら、与義さんはバーボンをストレートで飲んで、話をする。

 俺は思い出す、そう言えば与義さんと出会ったのは、二十年位前、隣の公園で野球をやってたら、与義さんの家のリビングの窓を割っちゃって、それに謝りに行ったのが始まりだった。

 近所でも怖がられてた人、って言うか、子供達の中では怖い人、だった与義さん相手に、俺と浩介はなんとも普通に謝りに行った、そう言う類の噂を気にしない子だった、って言えばそうなんだろうけど、そもそも悪い事をしたんだから謝らないと、って言うのが優先だったから。

 与義さんは当時から厳つくて、でも身長はそこまで大きくなくて、当時で五十歳って言ってたかな?謝りに行った俺達が気に入った、なんて言って、俺達を家に上げてくれて、色々と話をしてくれた。

 それ以来、与義さんとは交流を続けてた、よく遊んでた公園の隣に家があった、っていうのもあるんだけど、不思議と与義さんに懐いて、よく遊びに来てた。

「懐かしいね。あの頃、与義さんにいつか煙草の似合う男になるぞ、って言われたけど、どうなんだろう?そんなに渋いタイプにはなれなかったと思うんだけど。」

「ははは、そんな事も言ったなぁ。懐かしい記憶、と言えば良いのかねぇ。親御さんには悪い事をした、と思っとるよ。昨今は煙草を吸うなんて害だらけで良い事が無い、なんて言われてる、そんな中でせがれに煙草を吸う事を勧めるってのがいる、って言うのは、親御さんにとっては目の上のたん瘤だろうにねぇ。」

「俺は両親とは折が悪かったからね。なんとなくだけど、そう言う事を言ってくれる大人、って言う人が与義さん位だったから。……。結局、親父達は最期まで俺とは相容れなかった。それは仕方のない事なんだと思う、親子だったとしても、相容れない事なんてのも、あると思うから。」

 与義さんは、バーボンを傾けながら、俺の話を聞いてる。

 こうして話をしてるだけなら、好々爺って言うか、気軽なおじいさんなんだけど、伊達に自衛隊で教官をやってた訳じゃない、与義さんは怒ると怖い。

 ただ、普段とはメリハリをつけて動いてる人だから、だからこそ、隊の中にも与義さんに恩を感じてる人が沢山いて、その人達が、最期の役割として動いてくれたんだと思う。

 人望が厚い人、って言うのが正しい認識なんだろう、与義さん程、人間として完成された人を、俺は見た事が無い。

 人間性って言ったらいいのかな、飴と鞭を使い分けて、人に慕われて、多くの人が与義さんを頼ってる、そんな与義さんだからこそ、俺達と一緒に自警団の発起人になってくれたんだろう、俺が突拍子もない事を言ってる、狂ったって言われてもおかしくなかったのに、与義さんは真剣に話を聞いてくれて、崩壊した自衛隊を纏めて、マーケットを作って、通信設備の設営とかも依頼してくれて、拠点を増やすって言う時には、隊の人を紹介してくれて、派遣する人材を増やしてくれたり。

 そう言った諸々の積み重ね、そう言うものに報いたいと思ってたけど、それも出来ずにこの世界は終わる。

「悠介、覚えてるかねぇ?悠介は、俺に憧れる、なんて言ってくれたなぁ。こんな爺で良いのかい?って言ったら、そんな爺になりたいなんていってなぁ。結局、自衛隊には入らなかったけど、俺も悠介の役に立てて嬉しかったよ。」

「与義さん……。俺の方こそ、ずっとお礼を言いたかった。ありがとう、今まで面倒を見てくれて、家族との折り合いが悪かった俺を見放さないで、入り浸っても嫌な顔一つせずに受け入れてくれて。そして、道を示してくれて、ありがとう。与義さんがいなかったら、俺達は今頃くたばってたよ。」

 家族との折り合いが悪かった、別段仲が悪い訳ではなかったけど、とにかく相性が悪い家族だった俺を、与義さんは黙って受け入れてくれた。

 俺が懐いてたって言うのもあるんだろうけど、自衛隊として教官まで行った人が、こんな子供の相手をしてくれる、それは奇跡に近い事だろう、とは思ってた、それはずっと考えてた、与義さんはなんで、俺達によくしてくれるんだろう、って、なんで、俺の居場所でいてくれたのかなって。

 不思議って言えば良いのかな、わからないと言い換える事も出来るかもしれない、なんでなんだろう、って言う純粋な疑問。

「そうだ。与義さんは、なんで俺に構ってくれたの?あの頃はまだ教官だったって言ってたし、与義さんに挨拶しに来た人達に遊んでもらったりもしたけどさ。なんでそこまでしてくれるのかなって。」

「……。対した話じゃないさ、ただ、俺も会ってないだけで、悠介と同い年のせがれがいてな。せがれは嫁さんが引き取って久しいんだが、悠介を見てると思い出すんだ。せがれは、自衛官としての俺に憧れてくれてた、ただ、嫁さんがそれを嫌がってな。離婚して、親権が向こうになって、それ以来会う事を許されてなくてな。そんな頃だったか、悠介が

うちに謝りに来たのは。浩介と一緒だったお前さんを見てるとな、俺のせがれも、悠介達と仲良く出来てたんじゃないか、なんて思うんだよ。爺もな、爺なりに守りたい存在はいたんだ。ただ、それを取り上げられて、独りぼっちになってなぁ。そんな時に出会ったのが悠介と浩介だった。俺は運命を感じたなぁ、この子達を、親に冷遇されてるこの子供達を守らずして、何が自衛官か、何が教官か、ってなぁ。だから、だよ悠介。それだけだ。」

「そっか。息子さん、立派に育ってくれてると良いね。与義さんに憧れてた、って言うのなら、変な道にはいかないだろうけどさ。」

 与義さんの身の上話は聞いた事がなかった、語りたがらない人だったし、独りでこの家に暮らしてる姿が当たり前すぎて、子供がいるとも思わなかった。

 きっとそれは、俺に重ねてる部分があるんだろう、息子さんと俺達を重ねて、それで寂しさを埋めてた、って言う理由があるんだろう。

 ただ、なんでだろう、不思議と嫌な気持ちにはならない、そうだったとしても、例え理由が何だったとしても、俺は与義さんに良くしてもらったのは事実だし、浩介だってそうだ、与義さんには世話になりっぱなしだ。

「……。まあ、浩介は煙草は吸わなかったけど、でも、与義さんの話は興味を持って聞いてたと思うな。浩介、面白そうにしてたから。与義さんの話聞いてる時の浩介って、探求心が強い子になるっていうか、ここに来てた自衛隊の人達と遊んでもらってた時も、浩介は質問攻めだったでしょ?だから、与義さんの言葉って、無駄じゃなかったと思うな。」

「そう言ってくれるのは、悠介位のもんだなぁ。……。俺の言葉、って言うのは、難しいってよく言われてた、教官時代、教え子達は頭を捻って捻って、俺の言葉を理解しようとしててなぁ。悠介は、そんな俺の言葉を、素直に受け取って、理解して、なんて事をやってのけた。賢い子だ、とは思ってたけど、まさかここまで利口な子だとは思えなかったなぁ。せがれも、俺の言葉を理解してくれたのかねぇ。」

「きっと、与義さんの想いは伝わってるよ。」

 与義さんのグラスが空いてるから、バーボンを注ぎながら、俺は与義さんの息子さんってどんな人なのかな、なんて想像をする。

 与義さんは、ちょっと強面な感じがするけど好々爺、って言う感じの人だから、それに似てるとしたら、どうなんだろう。

 そもそも、俺と同い年のせがれがいる、って事は、今が七十歳だとして、四十代で子供を育んだことになる、俺の親父達が若かったから、だいぶん遅いな、とは思う。

 ただ、ライフプランなんて人それぞれだし、誰かが口を出す様な事でもない、だから、与義さんの子供がどんな子なのか、どんな人に育ったのか、それを少し考えてみる。

「せがれはなぁ、嫁さんによく似ててなぁ。俺と違って、イケメンって言うのかい?俺みたいな顔はしてなかったなぁ。それが六歳の頃の話だから、今はどうかはわからないけどねぇ。でも、そう育ってほしいとは願ってるな、俺みたいになっちまったら、苦労をする事になると思うからなぁ。」

「……。見た目がどうであれ、与義さんみたいな人だったら、俺は仲良く出来そうだけどね。与義さんと気が合うんだから、与義さんに似てる息子さんなら、意気投合してそうだよ。きっと、浩介だってそうだ。」

「嬉しい事を言ってくれる子だねぇ。」

 与義さんは、元来が涙脆いんだろう、目を潤ませて、少し泣きそうになってる。

 ただ、自衛隊で教官をやってたって言うだけあって、人前では泣く人じゃないんだろう、涙を引っ込めて、笑う。

「こういう時位、泣いたって誰も咎めやしないのにね。」

「ん、そうだねぇ、俺の癖って言えば良いのかねぇ。人前で泣くって言うのは、出来ないもんだねぇ。」

「泣いたって良いんだよ、与義さん。今は俺しかいない、誰も見てないと思って、泣いたって良いんだ。」

 与義さんが涙脆い事は知ってた、って言うのも、俺達が遊びに来て、そのたびに泣きそうになってる顔を見てるんだから、そりゃ分かるだろう。

 逆に、そこまで見ててわからない方がおかしい、とも思う、それなりの関係性を築いてきたんだから、それなりの事は知ってる。

「悠介は、本当に大きくなったねぇ。……。爺は嬉しいよ、あの時の子供が、こんなに大きくなって、こんなに立派になって、爺は嬉しいよ。……。爺はね、泣かないんだ。俺は、涙を流す事を諦めた、って言えば良いのかねぇ。泣いたところで、何かが変わる事はない、だから、涙に意味はない、なんてねぇ。悠介達からしたら、涙脆い爺なのかもしれないけどねぇ、俺なりにプライドって言うのかな、そう言うのもあるんだよ。」

「プライドね、なら俺から言える事もないのかな。男って言うのは、プライドを捨ててしまったら生きて行けない存在だ、って与義さんが言ってたもんね。俺もそうだよ、なけなしのプライドがあって、それに従って生きてきたんだ。与義さんが教えてくれた、男としてのプライド、男って言うのは、誰かを守る為に生きるべき存在なんだ、って言う言葉。俺は、それに従って生きてこれたのかな。」

 男って言うのは、誰かを守る為に存在しているんだ、それは与義さんがずっと言ってた事だ。

 家族、友達、恋人、子供、そう言う人達を守る為に、男って言うのは力を持ってなきゃいけないんだ、って。

 その言葉を真に受けた訳じゃないけど、その言葉は一理ある、と思ってたから、俺は武力ではなくて、知力で人を守れる様になりたかった。

 武力で人を守るって言うのは、痛みを伴う、だから、俺は好きじゃない。

 だから、知力、言葉で戦う術を身に着けようと思った、それが正解だったのか、そもそも武力行使をしないと話が出来ない相手、に関してはどうするのか、って聞かれたら、それはそれで困るけど、でも、話が通じない人なんてごく少数だと思ってるし、思いあがるわけでもないけど、馬鹿にも通じる様な言葉をこっちが覚えれば良いんだ、って思ってたから、今の所問題は起こってない。

「そうだ、悠治がさ、結婚したって言ってたよ。あの悠治が結婚だなんて信じられないけど、相手の子も良い子だと思う。」

「悠治がかい?そうかそうか、あの子もそう言う歳になった、っていう事だねぇ。爺として会ってみたかったけどねぇ、悠治は九州だからねぇ。」

 そう言えば、と思って悠治の話をする、悠治も与義さんとは仲が良かったし、その報告は本当は自分でしたかっただろうけど、でもまあ、それは仕方のない事だと思う。

 こうして俺から報告する、それも定めだったのかなって、なんとなく感じる。

「結婚、悠介は最期まで浩介が好きだ、って言っていたからねぇ、あの頃はまだ付き合っただのなんだのは無かったけど、二人が付き合い始めた、って聴いた時、爺はなんとなく

納得したねぇ。この二人はお似合いだ、ずっと付き合い続ける事になるだろう、なんてねぇ。俺の見識の力も、まだまだ衰えてはいなかったのかねぇ。悠介と浩介が、俺の所に着て、自警団を作りたい、って言い出した時は、驚いたどころの騒ぎじゃなかったからねぇ。

……。あの時、俺は話に乗っかって良かったと思ってるよ。皆そうさ、春ちゃんや良太、あの子達もきっと、悠介の言葉に乗っかって良かった、って思ってるだろうねぇ。じゃなかったら、今頃自警団は崩壊してただろうから。誇りに思うと良いよ、あれだけの事をしてのけたのは、悠介の決断があったから、だからねぇ。」

「決断、なんて大仰な事でもないよ。俺は太だ、最期まで人間らしく在りたいと思っただけ、願っただけ。それに乗っかってくれた皆がいてくれたから、与義さんがいてくれたから、俺は自警団を大きく出来たんだ。そもそも、与義さんが自衛隊の人達に働きかけて、マーケットを営業してくれてなかったら、自警団をやってたとしても、早晩崩れてただろうから。与義さんの力って凄いんだな、って実感したよ。伊達に教官をやってた訳じゃないんだなって、人望と人脈がしっかりある人だから、そう言う事が出来たんだろうなって。」

 本当に、与義さんの力が無かったら、俺達はここまで出来て無かったと思う。

 与義さんの人望、人脈、そう言ったものをフルで活用してくれたから、だからこそ俺達は自警団を大きく出来た、だからこそ、俺達は生き延びる事が出来た。

 国家としての体裁を保てなくなって、自衛隊の上の方が解散した直後、与義さんはそれを聞いて、残った自衛隊の人達に働きかけて、マーケットの運営や、自警団の警備をしてくれる様に、って導いた。

 その言葉があったから、あの人達もやってこれたんだろう、与義さんの言葉が無かったら、今頃あの人達も、駄目になってたと思う。

 与義さんって言うパイプが無かったら、俺達も倒れてただろう、だから、全てを叶えてくれたのは、与義さんの力、って言う事になるかな。

「与義さんがいてくれたから、俺達は頑張ってこれたんだ。それは、何もマーケットや通信設備だけの話じゃない、精神論、って言えば良いのかな、与義さんの精神的な強さに、俺達は支えられてきたんだ。」

「それを言うのであれば、悠介の、だよ。俺はね、最初はここまでする気はなかったんだよ。なんとなく人脈があるから声をかけてねぇ、それでお終いだと思ってた、それで何にもならずにお終いになると思っていた。でもねぇ、悠介や、若い隊の子達がね、ずっと頑張ってくれてたから、こうして最期まで見届ける事が出来たんだよ。感謝するっていうのであれば、こちらこそだねぇ。悠介がいてくれたお陰で、最後まで見失わずに済んだんだ。」

 煙草に火を点けて、俺が吸い終わったからって、ハイライトをもう一本渡してきて、一緒に吸いながら、これまでの事を思い出す。

 与義さんとの出会い、それは小学生の頃、一年生の頃にここの隣の公園で野球をやってたら、だった。

 それ以降、小さな子供だった俺達の居場所になってくれた、周りの子達は怖い人だから、って近寄ろうとしなかったけど、俺と浩介は、不思議とそう言う気にもならなくて。

 昔から好々爺って言うイメージの人だったから、懐いて。

 それが、結果として俺達の願いである、最期まで人間らしく在りたいって言う願いを叶えるきっかけになった、その為の助力をしてくれる事になった、だからこそ俺は、運命って言うのを信じてた。

 さっき悠治達に話した、人と人とは会う定めにある、縁には意味がある、って言うのは、与義さんとの関係性の中で気付いた事だ。

「俺達、出会う運命だったんだろうね。きっと、与義さんと出会ったのも、浩介達と出会ったのも、意味があった事なんだろうね。……。俺は嬉しい、それを証明する事が出来て、俺の書いた事は、間違いなんかじゃない、って証明が出来たんだから。それが、世界の滅びの前だったとしても、それが証明出来た事は嬉しい。勿論、色んな人にそれを伝えたかった、それを伝え続けるのが俺の役割だと思ってたから、それが出来なくなるのは悲しい。ただ……。ただ、俺は満足だよ。皆と出会えて、それを証明出来て、満足だ。」

「悠介が書いてた事、人と人との縁には何かの意味がある、そして、人間はいつか、前を向いて歩いて行かなきゃならない生き物だ、それを出来るだけの力を持ってる生き物だ、って言う事だね?そうさなぁ、確かに、悠介はそれを証明し続けてきた、人生を掛けて、それを証明し続けてきた。それはきっと、悠介にしか出来ない事だったんだろうねぇ。俺でもなく、浩介でもなく、悠治でもなく、春ちゃんや良太でもなく、他の誰でもない、悠介が成さなければならない事だったんだろうねぇ。……。凄い子だ、俺はそう言う未来なんて見えなかったよ。色んな子達を見てきて、一応は見識眼も持っているつもりだったけどねぇ、ここまでになる、とは思えなかったなぁ。」

「だから、そんな大仰な話でもないってば。俺は俺のやりたい事をしてただけ、その道のりに重なった人達がいて、それが運命だった、って思ってるだけだよ。……。宿業、と言い換えても良いのかもしれない。俺達は、出会うべくして出会った、じゃなかったら、こんなにかみ合わせが良い事が起こるはずがない、そうじゃない?」

 俺の信条、この時代に生まれてきて、令和って言う、現代に生きて、俺が伝えたかった事、人と人との繋がりが希薄になってて、繋がりを感じられない人達がいる中で、それを伝えたいと願った、それは、きっといつか、前を向いて歩いていける、その為に、誰かが手を貸してくれる、きっと、必ずと言っても良いだろう、生きてる限り、希望はそこにある、っていう事だった。

 生きてる限り、そこに希望はある、どうしようもない絶望の中にいたとしても、そこに希望は残ってる、深い深い闇の中、深淵にあったとしても、光はきっとある。

 そういう事を伝えたくて、作家をやり続けたんだ、高校を卒業してから十年、どんな人間だって、希望を持つ権利はある、と思って、書き続けたんだ。

 二十七歳まで、ヒットする事はとうとうなかった、デビューの時に少し記事にしてもらった事はあったけど、それ以降は鳴かず飛ばずの作家だった、でも、それでも読んでくれる人がいる、信じてくれる人がいる、それだけで俺は満足だった。

 それが今では自警団のリーダー、運命って言うのは、どこでどうなってるのか、本当にわからない。

 ただ、やり切った人生ではあった、満足のいく人生ではあった、それは間違いじゃない。

 俺は、俺の書いていた事、俺の書きたかった事、生涯を掛けて証明したかった事を、ちゃんと証明出来た。

 それは滅びなのかもしれない、人類という生命体全ての滅びなのかもしれない、ただ、それでもやる事はやりきった、って。

「悠介、今日位は飲んでも良いんじゃないかな?」

「って言っても、俺下戸だからね。浩介なら飲めるし、与義さんの相手には丁度よかったんだろうけど、俺は遠慮しておくよ。酔っぱらっちゃったら、この後の事も出来なくなるしね。」

「この後の事?今日で世界が終わるって言うのに、何かあったかねぇ?」

「最期まで、俺達は間違ってなかった、ってあそこにいる人達に伝えないと。それが、俺の最期の役割、俺に与えられた、最期の最期の役割だから。」

「そうかぁ。悠介らしいなぁ、そう言う責任感が強い所、変わらないみたいで爺は嬉しいよ。」

 与義さんは、少し酔っ払いながら、でも俺の頭を撫でてくれる、そんな与義さんの手が、俺は大好きだった。

 だから、最期にお別れが言いたかったんだ。

「……。与義教官、今までありがとうございました。貴方がいてくれなかったら、俺達は息絶えていたでしょう。それを、拾ってくださった事、最期まで見捨てずにいてくださった事に、四つの自警団の長として、貴方に育てられた者として、感謝します。」

「……。お勤め、ご苦労だった。下がりなさい、最期まで、君が君らしくあれた事、それを幸運に思う。最期の務めを果たしていらっしゃい。そして、胸を張って逝くんだ。」

 煙草を吸い終わって、俺は立ち上がって敬礼をする。

 自衛隊方式かどうかはわからない、これが正しい敬礼なのかはわからない。

 ただ、そうしたかった、自衛官として生きていた与義さんに、教官に、最期位お礼を言っておきたかった。

「……。さらばです、教官殿。」

「あぁ。さようなら、私の愛しい教え子よ。」

 敬礼を終えて、与義さんの家を出る。

 俺にはまだ残された役割がある、それを果たさないと、死んでも死にきれない。

 与義さんは、そんな俺の背中を、どう見ていてくれていたのか、それはわからない。

 でも、きっと最期まで見守ってくれている、そう信じてた。


「まったく……。あの悠介に、教官と呼ばれる日が来るとはねぇ……。」

 悠介が家を出て、車が去ったのを音で確認しながら、与義は葉巻に火を点ける。

 この葉巻は、死ぬ前に一度で良いから吸ってみたかった、という高級銘柄、コイーバの中でも最上級の銘柄、それを最期の一本に選ぼう、と若い頃から考えていて、それを実行する日が来た、という風だ。

「……。爺はね、涙脆いんだよ。」

 与義は、静かに涙を流す。

 それは、悠介が息子の颯太と同い年でありながら、あれだけ立派な人間として、自警団を育て上げた事、そして、それに携われた事が、嬉しかったのだ。

 最期位息子に会いたいと願っていた、それは叶わない願いなのかもしれない、しかし、やるべき事はやった、後は任せて逝ける、と。

 ぽろぽろと涙を流しながら、コイーバをふかし、肺に入れない様に気を付けながら吸う。

「……。誰かな?」

 酒を飲みながら考えていると、ふと足音が聞こえてくる。

 外から家の中に入ってきた音で、玄関を静かに開ける音、恐らく、周囲にここに誰かがいると気付かれない様に、と配慮したのだろう、そんな事をせずとも、この周辺の人間は大体が亡くなってしまったか、自警団へ編入したか、なのだが、足音の持ち主は、それに対して神経質になっている様子だ。

 かといって、強盗とも違うだろう、と与義は考えていた、強盗であれば、鍵を閉めて侵入するはずだ、と。

「父さん……?」

「……、颯太かい……?」

 声の主、リビングに入ってきた男性は、どことなく与義に似ていた。

 それだけで分かった、それだけで良かった、与義は、普段は我慢している涙を流しながら、息子の名を呼ぶ。

「颯太……、会いに、来てくれたのかい……?」

「……。一年前から、ずっと探してた……。父さんがここに住んでるって、ずっと知ってたけど……。でも、家にいなかったから……。」

「颯太……。ごめんよ……?会いに来てくれたんだね……?父ちゃん、嬉しいよ……。」

 葉巻を吸いながら、酒を飲んで泣いている姿、というのもだらしないか、と感情を整えて笑おうとする与義だったが、二十数年ぶりの再会に、涙が止まってくれない様子だ。

 ぽろぽろと涙を零しながら、葉巻を灰皿において、息子の颯太に抱き着く。

「颯太……。会いたかったよ……!」

「父さん……、俺も、会いたかった……!」

 世界終末の前日、そんな日に再会して何になるのか、と誰かが笑うだろう、ただ、二人にとっては、それは些末な問題だった。

 最期だったとしても、それでも会えた事、それが嬉しいのだ、と。

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