自警団の長として
「ただいま。皆、それぞれなんだな。」
「お帰り、悠介。そうだね、皆それぞれ過ごしてるよ。……。寂しいけど、お別れなんだなって。与義さんが言ってたでしょう?僕達は、最期まで人間らしく在ろうとした、それは間違いじゃない、誰が何と言っても、後世にどんな伝えられ方をしたとしても、僕達の生き方は間違ってないって。」
「そうだな。それぞれの生きた道があって、そして失われていく道があって、もしかしたら生き残りがいるかもしれない、その生き残った人達が、俺達人類の事をなんて伝えるか、それはわからない。ただ、俺達は俺達らしくあるしかなかった、それが営みだから、それが俺達の生き方だから。……。寂しいな、確かにそうだ。寂しい、今日で人類の歴史が終わって、そして次に何があるのかはわからない。地球って言う星が終わって、そしてその後に何が待ってるのか、もし俺達が生まれ変わったとしたら、何になるのか、そんな事は誰にもわからない。だから、これで良いんだ。きっと、俺達が生きた意味は、ここにある。」
地球っていう星を、人間という文明を、誰かに遺そうというプロジェクトがあった。
そんな大それた事をするわけでもない、ただ、人間の歴史、そしてこの星の歴史を、一枚のディスクに記録して、そして宇宙に送り出そう、というプロジェクト。
人間の生きた証、種全体としての、生きた痕跡を宇宙に遺して、そしていつか、って言う少しロマンチックでもあるプロジェクト。
「俺達の声を、宇宙人が聴いたりしてな。」
「ありえない話ではないんじゃない?だって、宇宙人がいる、と思ってるから、悠介は録音に参加したんでしょう?」
「そう言う浩介は、宇宙人とか信じてないのか?俺と一緒だから、って言って、録音会に参加してくれたけど、でも少し恥かしがってただろう?」
録音会、って言うのは、そのプロジェクトに民間人の声を入れよう、各国に派遣されたプロジェクトの人間が、残っている理性的な人間に依頼をして、声を録音した、って言う内容だ。
それに俺達も参加した、って言っても、大仰な話でもないけど、でも、各国数十人の中の二人なんだから、後世に残すに当たっては驚きだろう。
「あ、悠介君お帰りなさい。今日の食料は……、って言って、今日が最期なんだものね。今までありがとう、私達だけじゃ、何ともならなかったわ。幼い子供と一緒に心中しようとしてた所に、最期まで生きる意味がある、なんて言ってもらって、その言葉に救われたのよ。結局は滅ぶ運命って言うのかしら?結局死ぬ事に変わりはない、死んでしまう事に変わりはないけれど、でも、子供達を自分の手で殺して、なんて事をしてしまったら、死んでも死にきれなかったと思うのよ。」
「尾高さんは優しい人ですからね。今日の晩餐って言うか、マーケットの人達が、最期の日だから、って言う理由で、豪華にしてくれましたよ?」
「……。馬鹿ね、若いって言うのに、そんなに達観していても良い事は無いでしょうに。って言って、貴方達の言葉があったから、与義さんは私達を纏める事を選んだんでしょうね。貴方達二人が、世界が滅んだとしても、自分達の生きた意味は確かにある、ここにある、自分達の中に、あり続ける、そう言って人を纏め始めて、何時しかそれがあんなにも大所帯になって。ここに居た人達は、皆貴方達の言葉に救われたのよ?だって、その言葉が無かったら、他の人達みたいに、ああなってたとしてもおかしくは無いんだから。」
買った品物を浩介と運んでると、料理班だった尾高さんが話しかけて来る。
尾高さん、まだ俺達とそう変わらない年齢のシングルマザーで、子供は五歳だ。
滅びに付き合わせるのも申し訳ない、って言って、一家心中をしようとしてたところを、俺達が見つけて、それを保護したのが九か月前だったかな。
その頃には、世界はおかしな方向に向かってた、滅びが確定したかどうかわからない、けれど滅んでしまうのなら、って言う話が世界中で広まって、犯罪だらけになって、そして自警団が結成されて、あっという間に断絶が起こって。
まずは空が閉じた、空港や飛行機が意味をなさなくなって、空での移動が出来なくなった。
そして次に海が駄目になった、海運に関しては持ちこたえた方だと思ってるけど、それも三か月前位に全滅して、いま日本は完全に孤立してる。
大陸からの話は入ってくる事は殆どない、アメリカがどうこうしてて、って言う話だけは入ってきた事があったけど、声を残すプロジェクトの話が日本で上がって、それのエージェント達が派遣されて、って言うのが四か月前、それ以降、アメリカの話でさえ聞かなくなった。
多分だけど、治安が壊滅したんだろうな、とは想像がつく、、治安が壊滅的に悪くなって、日本よりも早く、断絶が起こったんだろう、って。
「マーケットの人達も、これで一安心、なのかしらね。あの人達、後から冷静になろうとして、また狂った人達からも狙われていたんでしょう?」
「そうだろうね、安心してるって言うか、これで役目を終える事が出来るんだ、って言ってたかな。誰が定めたわけでもないけど、自分達の役割を全う出来た、って。」
今は午後十二時半位、なんだけど、マーケットはもう閉まる、それ位の家族の時間や自分の時間は取った方がいい、ってずっと言ってたからって言うのもあるんだろうけど、あの人達はあの人達なりに役割を果たした、って言う責務からの解放の時間も必要だろう、と思って、普段は午後に行くマーケットを午前中に変えて、最期の挨拶をしてきた。
ここの人達からの手紙も渡した、それを今頃読んでくれてるか、それとも解放された喜びから羽目を外してるか、それはわからない。
ただ、今日でお終いですね、って言う話をしたら、寂しそうにはしてた、この状況が続いても良いから、もうちょっと生きていたい、もう少しだけ、誰かと触れ合いたい、って。
それは俺達も一緒だった、こんなご時世の状況が続いたとしても、こんな不幸な世の中だったとして、もう少しだけで良いから、人と触れ合いたかった。
人の繋がり、関わり、そう言ったものを、もう少し大事にしておけば良かった、なんて話を浩介ともしてたりした。
「尾高さんはこの後はどうするんですか?」
「そうね、最期までここに居ようと思ってるわ。子供達も、世界が終わってしまう事にについては理解しているから、今は友達と遊んでいるけれど。最期位、自由にやらせてあげたいのよ。」
「そうでしたか。」
「そう言う二人は?発起人として残るって言っていたけれど、一緒に立ち上げた与義さんでさえ、自分独りの時間が欲しい、っていって、ご自宅に戻ってるんじゃなかったかしら?」
与義さんは、退役軍人というか、元自衛隊の偉い人で、このあたりの統括をしてた人だ。
その人となんで関わりがあったのか、って言われると、小さい頃からお世話になってて、それが二十何年経った今でも続いてる、としか言い様が無いんだけど、与義さんは、俺達が自警の組合を作ろうとして、何をどうすれば良いのかを相談しに行ったら、その場で自分も参加する、と言ってくれた人だ。
人望が厚くて、色んな所に顔が届いて、それこそマーケットは元自衛隊の人達が発起した役回りで、自衛官としてはレジェンドだった与義さんは、そっちの方にも顔を出してた、それに、世話を焼いてた。
自衛隊として、最期まで国の為に民の為に何かがしたい、その為にインフラに携わってきた人達、その人達がいなかったら、俺達ももう少し早く滅んでたかもしれない。
それこそ、武装した自衛隊の人達が食料を守って、電力を守って、っていう風にマーケットを回してきた、それには感謝してもしきれない。
「……。与義さんは、与義さんらしい最期を迎えたいんだと思ってます。俺達に出来る事、それは最期までここが間違って無かったって伝え続ける事、今からでも、入りたいと願う人がいるのかもしれない、もしかしたら、犯罪に手を染めて生きていたんだとしても、最期の最期位人間として死にたいって言う人が、いるかもしれない。だから、俺達の終わりはここで良いんです。」
「うん。僕は、ずっと迷いながらやってきた、ここにいて良いのかここを作った事で、変な分断を産んでしまったんじゃないか、ってずっと悩みながら過ごして来ました。ただ、それが間違って無かった、って言うのを証明出来るのも、僕達だけだと思うんです。だから……。だから、最期までここを見届けようって、決めてたんです。それだけは、始めた人間として、ここを立ち上げた人間として、果たすべき役割なんだろう、って。」
「本当に貴方達は……。そうね、確かにそうだわ。滅んでしまうのかもしれない、最終的に、何も遺らないのかもしれない。でも、それでも人間らしくありたい、そう願ってここを立ち上げたんだものね。」
尾高さんは、俺達の言葉を覚えてたみたいだ。
俺達は、最期まで人間らしくありたい、そして、後世に何か残るんだとしたら、それに恥じない生き様でいたい、って言う話をして、それを伝播させて今がある、それについてきてくれた人達、ただ単に流れで交わった人達、色々いるけれど、それでも俺達はそうありあいと願ってた、その為にここを組織したんだ。
与義さんに付き合ってもらって、俺達は芯を通したかった、心の赴くままにやってきた人生だったけど、最期位そうしていたいと願ってた。
最初からそうだったのか、って問われると、違うと答えるだろうな、俺達も、最初っからそう言う考えで行動してたわけでもなければ、怖かった時期もあった。
ただ、それから復帰が早かったってだけで、死ぬのが怖いと今でも思ってる、それを表に出さないだけで、死ぬのは怖い。
「じゃあ、夜ご飯は楽しみね。また食事を作りに来るわね。」
「はい、ありがとうございます。……。最期まで付き合ってくれて、ありがとう。」
「良いのよ。」
尾高さんは、寂しそうに笑って、その場を一旦立ち去る。
お子さん達と過ごしたいだろうし、友達とあってるって事は、夜は一緒になのかな?なんて考える。
今日が最期の日になる、明日の朝には隕石が到達してるって言う話だ、今日眠ったら、そしたらそれで終わりなんだろう。
それを理解してるから、最期の日位は一緒に居たい、と願ったんだろう。
「悠介は強いね、本当に。」
「ん?そんな事ないぞ?俺の方が現実逃避してるだけかもしれない、本当は怖くてたまらない、怖いんだ。でも、俺は人間らしくありたいと願った、それについてきてくれたけど、浩介はどう思ってた?本当は、もっと早く死んでおきたかったとか、そう言う事を思わないのか?」
「思わないよ。僕は、悠介と一緒に居られればそれで良かった、だから、これで後悔はしてないんだ。だって、悠介は最期まで人間らしくあろうとした、世界が混沌としてしまって、治安が維持出来なくなってきたっていう時に、自警団を結成して、それでも最期まで生きていたいっていう人達を保護して。それって、とても素敵な事だと思うんだ。誰かがやらなきゃならない事だったんだろうけど、誰にも出来なかった事、それを悠介はやってのけたんだと思う。……。僕は誇らしい、そんな悠介の隣にいられる事が、まるで僕まで勇気をもらって、いろんな人に勇気を与えられてるみたいで、凄いと思ったんだ。」
浩介らしい答えだ、それを聞いて少し安心する。
浩介が無理をして俺に付き合ってくれてたんじゃないか、本当は世間の人間みたいに、混沌とした世界に身を投げてしまいたいと思ってるんじゃないか、そんな事を、今日の今日まで考えてたから。
そうじゃなかった、その言葉が浩介の口から出てきた事、そう思っていた事、それは嬉しい誤算だった。
「それじゃ、今日の定例通信しちゃおうか。って言ってもこれで最後なんだよな。」
「行ってらっしゃい、悠介にしか出来なかった事、それを証明する為にも、ね。」
定例通信、って言っても、拠点同士の無事を通信で確認する、程度の通信、俺がこの活動を始めてから、賛同してくれる人達が全国各地に拠点を作って、って言うなんちゃってレジスタンス、なんちゃって自警団の定例通信。
毎日午後一時過ぎに通信をして、各拠点の状況報告をし合って、そして最後に励まし合って、終わる会。
それも今日で最後、今日でお終いなんだ、って思うと、少し寂しくもある。
なんて事を考えながら、通信室に向かう、これは、学校の設備の一部を改修して、通信室として機能するだけの設備を整えた、そんな場所だった。
「……。聞こえますか、こちら坂入、聞こえますか?」
「はいはーい!こちら坂崎、悠にぃ、浩にぃは元気?」
「はーい!こちら国枝ー!今日で最後だって言うのに、悠治は元気ねぇ。」
「こちら前野、皆は元気?」
坂崎、浩介の弟であり、俺にとっても弟みたいな存在である悠治、そして俺達と同級生だった国枝春、悠治の同級生だった、前野良太。
この四人、この四人に浩介と与義さんを加えた五人で、最初は始まったんだ。
最初、居場所を求めてる人達がいるだろうな、って与義さんが話をして、そこから全国各地に分かれて、分担してこの活動をする様になって。
でも、最初の最初は浩介と二人っきりだった、そんな俺達の話に乗っかってくれて、尚且つ拠点の長を勤めてくれてる皆には、感謝してもしきれない。
「最後の定例通信を始めようか。……。皆、こんな馬鹿らしい話について来てくれて、付き合ってくれて、ありがとう。皆がいなかったら、今頃俺達ものたれ死んでただろう、それ位、皆のおかげでやってこれた。……。これでお終い、それはわかってる、わかってるんだ。でも、この気持ちは永遠になくならない、来世なんてものがあって、また何かに生まれ落ちるんだとしても、この事は忘れないだろう。」
「……。悠にぃは、ずっと僕達を支えてくれてた、それは変わらない事だと思うよ。だから、僕達も悠にぃの為に何かがしたい、と思って、こうして拠点長をしていたんだから。悠にぃが発起してくれなかったら、それこそ僕達は死んでたと思う、それだけの絶望で、それだけの悲しみで、それだけの現実で。……。でも、悠にぃと浩にぃは、最後まで前を向いていた、前を向いて歩いて生きたい、そう言ってたよね。僕達は、その言葉に救われて、こうして拠点長をしてただけ。悠にぃの言葉が無かったら、浩にぃの言葉が無かったら、僕達もいつの間にか死んでいたと思うな。」
「そうだよ。悠介が自警団を作るって言って、皆に話をした時、希望が見えたんだよ?それは、滅びに向かう足なのかもしれない、それはそうだよ。でも、悠介が、最後まで人間らしくありたい、そう願っている人達が、他にもいるはずだ、って言ってくれてさ。私達、その言葉に支えられてきたんだよ。」
「僕も、悠治から話を聞いて、素敵な事だと思ったんだ。悠介先輩は少し変わり者ではあったと思ってたけど、最後まで人の面倒を見ようって言ったのを見た時は、本当にこの人には敵わないな、って思ったんだよ?」
それぞれ、最期の日だって言う自覚はあるんだろう、普段は言わない事を話す、それは間違いじゃないと思うけど、定例通信っていう体でこれをやってるんだから、まあ最後位良いか。
「……。皆のおかげで、俺達の活動を広げられた、皆がいなかったら、俺達も早晩崩れてただろうから。本当に、馬鹿な話に付き合って貰って、それぞれ生きたい道があっただろうに、それを押し殺して拠点長をやってくれて……。感謝してもしきれないな。本当に、皆のおかげで、俺達は胸を張って行ける。」
「そんな事、考えなくても良いのに。そうだ、悠にぃ達に紹介したい人がいるんだけど、構わない?出来れば浩にぃにも紹介したいんだけど。」
「ん、ちょっと待っててな。」
悠治が何やら話があるみたいで、俺は館内放送を使って浩介を呼び出す。
普段はこういう事には使わないんだけど、もう殆どの人は残って無いわけだし、発起人として少し位自由に使わせてもらっても良いだろう、と思って、浩介を待つ。
「悠介、何か用事?」
「ん、俺じゃなくて、悠治が用事があるんだと。」
「悠治が?」
三分位話をしてて、浩介が放送室にやってくる。
悠治から話がある、って言うのが珍しい事だからか、浩介も何を言われるかはわからないみたいだ。
「悠治、浩介だよー。」
「あ、浩にぃ。暫く声聞いてなかったけど、元気そうで良かった。」
「それで、お話って?」
「……。結婚したんだ、僕。って言っても、証人がいたりするわけでもない、結婚届を出したわけでもない、そんな感じなんだけど、でも、結婚しよう、って伝えられたんだ。」
悠治が結婚、それは意外過ぎる話だ。
確かに、浩介には伝えたい話だろう、浩介の両親が亡くなってから、ずっと二人でやってきたんだ、だから、報告したかったんだろう。
それは俺も嬉しい、ただ、悠治が結婚するとは思って無かったから、こういう時に気の利いた言葉が出てこない。
「……。素敵だね、悠治。どんな人なの?僕も、お兄ちゃんとして挨拶がしたいな。九州と関東じゃ会える距離でもないから、ここでお話でもしたいかな。」
「良いよ、ちょっと待っててね?」
そう言って、悠治が離席する。
「悠治が結婚ねぇ、あのちんちくりんがいつの間にか大きくなってたんだねぇ。」
「春先輩は、悠治は絶対に結婚しないと思う、って言ってましたもんね。」
「そうだねぇ、悠治が結婚する姿って、想像が付かなかったよ?私も結婚はしてないけど、でもそれは仕方のない事じゃない?なんだかそれを抜きにしても、悠治が結婚だなんて、歳を感じるよー。」
「って言っても、俺達もまだ二十代だけどな。春ちゃんは引く手あまただっただろう?結婚はしない、って宣言してたけど、そう言うお誘いも多かったんじゃないか?」
悠治が結婚を言い出す、とは俺も思えなかった、それだけ悠治は結婚願望が無いと思ってたし、そう言う気配を見せなかった、って言うのもそうだし、この地球が終わるって言う時に、結婚する意味を、って考えると、それもしない様な気がしてたから。
意外って言うか、驚くっちゃ驚く、まあ、悠治らしい選択ではありそうな気もするけど、でも、どんな子なんだろう。
「えーっと、悠治、ここに話しかければ良いの?」
「そうだよ、綾ちゃん。ここに向かって話しかけると、皆に聞こえるんだ。」
「わかった。えーっと……、えーっと……。綾って言います。悠治と結婚、って言っても、お役所とかにそう言うのを出したって事でもないんですけど……。契りを交わしたい、って悠治に言われました。私も、それが良いのかなって思って、こんな素敵な人が、こんなことを言ってくれるんだから、うんっていうしかないのかな、なんて思いました。」
「……。綾ちゃん、悠治をありがとう。俺は悠治の兄貴分っていえば良いのかな、悠介だ。この団体の発起人って言えば発起人だから、知ってるかな?」
「はい、悠介お兄さんと、浩介お兄さんが、二人でこの団体を興したんだ、って聞いてます!それに、悠治も乗っかって、ここで通信をされてる方達は、古参に当たる人達ですよね?」
溌溂とした声、どんな容姿か、についてはわからないけど、溌溂とした声の持ち主だ、とは印象に残る。
浩介もそう思ってるのか、くすくすと笑いながら、マイクに向かって声を掛ける。
「僕は浩介、悠治のお兄ちゃん。綾ちゃん、悠治がお世話になってるね。敬語なんて使わないで?どうせ今日でお終いなんだし、気軽に行こうよ。……。悠治の事、ありがとう。僕達は、悠治の傍にいてあげられなかったから、悠治の傍にいてあげたかったけど、それ以上にやらなきゃならない事があったから、寂しい想いをさせていたと思うんだ。……。結婚、って言っても、何がどうなるわけでもない、それはわかってる。でも、悠治がそう言ったって事は、綾ちゃんは悠治を支えてくれていたんだろうね。ありがとう、悠治を支えてくれて。きっと、悠治も寂しかったんだと思う。僕達が傍にいてあげなきゃいけなかった時に、拠点長をやる事になって、不安でいっぱいだったと思う。でも、きっとそれを支えてくれていたんだね。」
「そんな……。支えたなんて、大仰な事はしてないよ?私は、救われたから救いたかっただけ。悠治が寂しそうな顔をしているのが嫌だったから、一緒に居ただけなんだもん。浩介お兄さんみたいに、立派な志があるわけでもない、ただ救われたから、そのお返しがしたかっただけ。」
「それでも、俺達が出来なかった事、悠治の傍にいて、支えてくれた事、それは変わらない。……。俺からもお礼をいうよ、綾ちゃん。ありがとう、悠治を支えてくれて、傍にいてくれて、助けてくれて。俺達は、悠治に甘えてばっかりだった、拠点長の話だって、本来は俺と浩介が別々になって行くはずだったのを、悠治が代わりに行くから、二人は一緒に居てほしい、なんて言ってくれてな。……。その言葉に甘えて、悠治を独り送り出す事になった、それを後悔してるのかと問われると、俺も一人じゃここを運営出来なかっただろうから、浩介がいてくれて助かった部分が大きい。ただ、その我儘に悠治をつき合わせて、寂しい想いをさせてきた、それだけが心残りだったから。だから、綾ちゃんが傍にいてくれるのが、嬉しいよ。」
拠点長として、誰かを送り出さないと行けなかった時、それを話した時に、申し出てくれたのが、今通信をしてる三人だ。
悠治は九州、春ちゃんは東北、良太は近畿、それぞれの地域を受け持って、ここのやり方を広めていく、って言って、旅立って行った、それがもう何か月か前か。
自警団を作ってから一か月位が経った頃だった、最初からいてくれた三人は、快くそれを快諾してくれて、それぞれの在り方を残す為に、それぞれの地へ飛び立った。
それ以来、こうして定例通信を行ってる、それは、それぞれの在り方が間違って無かった、俺達の在り方は、決して間違いなんかじゃない、と認識し合う為にも、必要な事だった。
「そう言えば、まだあの頃はテレビが生きてたからね。僕達も取材を受けたりしたよね。浩介先輩はそれでもそれによって人が増えてくれるなら、って言ってたけど、本当にここまで増えるとは思ってなかったな。」
「全拠点合わせて千人、それだけの規模になるとは俺も思わなかったな。……。馬鹿げた話だってのに、乗ってくれる人が多かったんだろうな。そのきっかけを作ってくれた皆には、感謝してるよ。」
「そうだ、綾ちゃんは悠治になんて告白されたのー?私、それ聴いてみたいな。あの堅物悠介と浩介から生まれた二人の弟な悠治が、どんな言葉で愛を語ったのか、それって気になるじゃない?」
確かに気になるな、悠治が何を伝えて告白としたのか、何をもって結婚としたのか、それについては気になる。
って言っても、悠治の事だから、って言う言葉は想像がつく、これでも悠治の兄貴分として二十年以上関わってきたんだ、それ位の事はわからないと。
「僕も聞きたいな、悠治、どういう風に綾さんに告白したの?今日でお終いなんだから、白状したって誰も怒らないと思うよ?」
「あはは……。綾ちゃん、言っても良い?」
「うん、私は大丈夫。」
良太の言葉を聞いて、悠治は苦笑いをしてから、綾ちゃんに許可を取ってる。
綾ちゃんの許可を取った所で、少し通信が静かになる、皆悠治の言葉を待ってるんだろう。
「えっとね……。別れがあるとしても、今い一緒に生きたい。言ったのって、それだけだよ。」
「なんだか悠治らしい言葉だね。僕、悠治がそう言う事を言ってる所、想像つくな。お兄ちゃんとして、誇らしいよ。悠治が、そう言う事を言える様になった、そう言う事を誰かに言う事が出来る様になった、それが嬉しい。」
「あはは……。そう言う浩にぃは、悠にぃとお付き合いし始めた時はなんて話したの?僕だけ言わなきゃなんて言うのは、ずるいよね?」
こっちにカウンターが返って来るとは思わなかった、って浩介は驚いてる、俺は、そう言う質問をした時点で、その返しが来る事はなんとなくわかってた、悠治はそう言う子だ、意地悪じゃないけど、天然な子だ。
そう言う返答が返ってくるだろう、って言うのは、なんとなくわかってた。
「僕?もう十何年前の話だからなぁ。」
「って言って、浩介なら覚えてるんでしょ?私も聴きたいなぁ、浩介が悠介になんて告白したのか。」
「うーん……。ちっちゃい頃の話だから、そんなに凝った事を言ってもいないよ?大好きだから、お付き合いしたい!って言っただけ。そんなに大仰な事もしてないし、何より悠介と一緒に居るのは、もう当たり前になってるから。改めて、何かをいうって事もないかなぁ。」
「可愛らしいね、浩介先輩らしい、愛らしい言葉だと思うな。でも、僕は悠介先輩が告白したんだと思ってたから、違ったんだ?」
「そうだぞ?俺から告白したんじゃなくて、浩介が俺に告白してくれたんだ。皆勘違いするけど、俺ってそんなに強引に見えるか?」
「あーでもそれわかるかも。悠介の方が押しが強いって言うか、物事をメインで進める人っていうイメージがあるから、勝手に悠介から告白したんだと思ってたよ。ほら、この自警団を始めたのも、悠介が発端だったでしょう?発起人としては、与義さんと浩介も一緒だけど、本当に始まりの始まりは、悠介の一言から始まったからね。私達は、その言葉を信じて、その言葉が正しいって、それが世の中に通用しない言葉だったとしても、私達の中では正しい事なんだって、信じてたから。……。それが、滅びに任せる事なのかも知れない、滅びを受け入れた結果だったのかもしれない。でも、それでも私達は、胸を張って生きたといえる様に、そうやってきたのは、悠介の言葉があったから。だから、じゃないけど、悠介が告白したんだと勘違いしてたよ。」
滅びに任せる事になったとしても。
それは、俺がずっと言っていた言葉だ。
例え、それが終わりだとしても、滅びだったとしても。
胸を張って来世に生きる自分に伝えたい、それは、無駄なんかじゃなかったって。
来世があって、人間に生まれるのかどうか、なんて事は関係ない、ただ、俺達はそうありたい、って言う話だ。
「例え待つのが滅びでも、自分達の生きた事を誇りたい。それが、悠介先輩がずっと言ってた事だもんね。僕達は、それに乗っけられて、手伝いをして。ここまで大きな組織になるとは思っていなかったけれど、でも僕達のやってきた事は、きっと間違いじゃない。最期まで人間らしくありたいと願ったその想いは、間違いじゃないと思うよ。」
「悠介お兄さんって、凄い人なんだね。私、悠治から話は聞いてたけど、思った以上に凄い人なんだなって、今更になって感じてるよ。もっと早く出会えてたら、違う未来もあったのかなって。」
「……。それぞれの生きた道があって、それぞれの死んでいく道があって、交わる事があれば、避けられる事もある。そんな俺達が、こうして巡り合った事、こうして共に何かをする結果になった事。それが、俺は嬉しいよ。綾ちゃんとも、出会うきっかけが無かっただけで、きっとずっと縁は結んでたんだと思う。それが、今になって表に出てきたって言うだけで、それに違いはないと思うんだ。スピリチュアルって言うか、電波みたいな事を言ってるかもしれないから、これは忘れてもらって構わない。ただ、俺はそれを信じてる、人間は巡り合うべくして巡り合う、星々や神様なんて言うのがいなかったとしても、それでも、巡り合う事を魂が知ってたんだと思う。俺達は巡り合った、それには何か必ず意味がある、とも言えるね。ここにいるメンバーがそれぞれの拠点長をやってくれる様になったのも、浩介だけがここに残ったのも、与義さん達と出会ったのも、ある意味必然だった、と言えるかもしれない。綾ちゃんとの出会い、それも悠治にとっては必然だったのかもしれないね。それは俺達にとっても変わらない事、それが、俺達の定め何だと思うよ。」
難しい事を言ってる、よく言われてた事だ。
俺の言葉は難しい、難読な事が多い、って色んな所で言われて、それでも俺はこの言葉を伝える事を止めようとは思わなかった。
それが俺の役割、定め、そういった物なんだろう、俺にとって、それが大事だから持っておく、って言う感覚なんだけど、周りからしたら、何に固執してるんだ?って言う事、それが、俺にとっては大事な事。
それを、皆にも伝えてた、皆もそれに賛同してくれた、だから、こうして千人規模の団体に育った、それは滅びというきっかけがあったからかもしれない、でも、その言葉が、少なくともその千人にとっては必要な物だった、そう俺は認識してる。
必要な物だった、それは俺達にとって必要な言葉であって、世間一般では必要とされていない言葉だった、それでも良かった。
例え、世間的に俺達がずれていたとしても、俺達は俺達の道を、筋を、道理を、通したかったから。
「悠介お兄さんの想いって、素敵なんだね。私達が出会ったのが偶然じゃなくて、必然だ、って言う事でしょう?そう言ってくれる事って、中々無いからね。悠治がついて行って、拠点長をやるきっかけになった、って言うのも何となくわかるなぁ。だって、こんな風にまっすぐに言われたら、そうだって思っちゃうもん。」
「悠介先輩の言葉って、皆は難しいっていうけど、それって、難しく考えてしまうからだよね。シンプルに捉えれば、シンプルに回答が出てくる位、そういうわかりやすいお話をしてる、って僕は思うよ。難しいって言ってる人は、そもそも聴く気が無いか、それとも理解するつもりが無いか、どっちかだと思うな。」
良太はこういう時毒舌だ、って言うか、言いたい事を素直に言う子だから、敵は多かった、って言ってたな。
俺達も関わり初めてから十年以上が経つけど、良太は素直で良い子、って言う印象しかなかったから、嫌われることがある、って言う話を聞いた時は、えらく驚いた覚えがある。
こんな人畜無害な子を嫌う人がいる、って言う事にも驚いたし、良太は良太でそれで良い、って言ってた事にも驚いた覚えが、懐かしい記憶として残ってる。
「悠介、そう言う話も良いんだけど、今は綾ちゃんと悠治のお祝いの言葉が先じゃない?」
「ん?それもそうか。って言っても、俺も気が利いた事は言えないしなぁ。感謝してる、って言ったのは伝えたし……。何を言えば良いのやらだ。」
「悠にぃ、こういう時こそ普段の調子でいれば良いのにね。」
「普段の調子か……。って言って、俺は普段何を言ってたかなぁ。こういう時って、何言えば良いのか、わからなくなるもんだよ。……。そうだな。綾ちゃんも悠治も、本当におめでとう。死が二人を別つのは、それは今日かもしれない、明日の朝には、全てが終わってしまっているのかもしれない。ただ、健やかたれ。健やかに、病める時も健やかなる時、二人が幸せである様に、俺達は祈ってる。それが、滅びの前の日だったとしても、それが、全ての終わりの前だったとしても、二人が二人らしくあれる様に、二人が幸せでいられる様に、ずっと俺達は祈ってる。二人に祝福を、誰が何と言ったとしても、二人に幸あらん事を。俺達は、ずっとそれだけを祈ってる、それだけを願ってる。来世なんてものがあって、また出会えるのなら、また二人が結ばれる様に、その為に道しるべがあります様に。」
ちょっと恥かしいけど、こう言う事を言うのは慣れてる、何時だったか、後輩の結婚式に呼ばれた時にも、こんな話をさせて貰った覚えがある。
その後輩は、今は悠治の拠点で悠治を支える立場をやってくれてる、それも感謝してもしきれない事だ。
まあ、そんなこんなで、こういう事を言うのは少しだけ慣れてる、って事だな。
「私からも、死が二人を別つまで、幸せでありますように。」
「僕からも。」
「僕達の想いは変わらない、悠治が幸せでいてくれる事、それが大事だと思うんだ。だから、そこに綾ちゃんが加わってくれる事、それは嬉しいんだよ。」
「皆……。ありがとう、皆に祝福されて、嬉しいな。僕の行動が間違ってなかった、って思えるから。」
悠治は、少し泣きそうになってると思う。
声が泣きそうって言うか、そんな感じがする、でも綾ちゃんの前では泣きたくないんだろう、涙声になってるのを必死に堪えて、普段通りでいよう、って装ってるんじゃないかな。
「悠介お兄さん、素敵だね。貴方とも、もっと早く出会えてたら良かったのに。そしたら、悠治と私のお祝いの言葉を告げてもらって、それで……。それで、結婚式なんてしちゃって、ほら、悠治ってのほほん筋肉お兄さんって感じでしょう?だから、タキシードは似合わないと思うけど、袴を着たら似合うと思うの。だから、神前式でもして……。なんて言っても、困らせちゃうだけだよね。出来ないってわかってる、もう地球が終わっちゃうって事はわかってる。でも、夢見ちゃうんだ。」
「……。それは、人の性だ。どんな苦難な状況でも、夢を見る事を辞めない、それは素敵な事でもあると思うよ、綾ちゃん。それは、俺達がし続けた事でもあるな。俺達は、世界がどうなったとしても、人間らしくありたいと願った、世界が滅んでしまうんだとしても、それでも最期まで人間らしくありたい、そう願った。夢を見た、って言い換えても良いかもな。俺達は夢を見て、夢を追い続けて、それで、最後まで生きていく。それが今日でお終いなだけであって、それが何時終わる事だったとしても、俺の願い、夢は変わらないと思う。……。それで良いんだ、綾ちゃん。それで良い。人間らしくありたい、それを願った俺達だから、それで良いんだ。」
こういう話をすると、大概は煙たがられる、それを煙たがらなかった奇特な人達の集団がこの自警団なわけだけど、我ながら説教くささは最後まで治らなかったな、なんて思う。
でも、それで良いんだ、って皆は言ってくれてた、その言葉に救われて、ここまでやってきたんだから、俺は変わる必要はない、って。
それで良かったんだ、最後まで、俺は俺らしくあった、それは間違いなんかじゃない、それを皆が教えてくれた。
これが、世界の終わりじゃないとしても。
もしも、個人的な命の終わりだったとしても、俺は考えを変える事はしなかっただろう。
最期まで人間らしくありたい、それが俺の根底にある願い、想い、夢、憧れ、そう言った類なんだろう。
思い返せば、ずっとそう願ってた気がする、世界が滅ぶ云々の前から、ずっと人間らしく、自分らしくありたいと願ってきた。
「悠介お兄さんって、元々は小説家だったんだよね?悠治が言ってたけど、今は書いてないの?」
「それは、捨ててしまった肩書だからね。今は生きる事に専念しないと、って思ってからは、書いていないね。それがどうかしたかな?」
「ううん、素敵な表現をする人だから、きっと小説も素敵なんだろうなって、そう思っただけ。」
俺の元々の職業、って言えば良いのかな、この世界滅亡なんていう話が出てくる前の職業は、作家だった。
小説作家、それが俺の選んだ道で、そんなに売れてはいなかったけど、浩介の支えもあって、食っていける程度ではあった。
でも、それは過去の話、それを思い出したところで、それは帰っては来てくれない。
小説家として、世界に夢を届けたい、そう願ってた事もあった、懐かしい過去になってるけど、それは出来ない、そんな未来が来てしまったから。
それでも、筆を折らない事は出来なかった、こんな状況になって、俺一人が夢の為に悦に浸って、なんて事を出来る程、俺は無責任ではないと思ってる。
「表現が綺麗だったとしても、この世界では生きてはいけないんだよ。……。この世界が終わらないとしたら、世界が滅亡するなんて話が無かったら、俺は今でも書いてたのかな、とは思うよ。ただ、それが許される未来ではなかった、それは俺も想定外だったな。大概の事は想像が出来る方だとは思ってたけど、世界の滅亡なんて話になるとは、露ほども思わなかった。……。俺は、後悔してるのかもしれないな。もっと書いておけば良かった、もっと伝えられる事があったんじゃないか、ってね。」
「悠にぃが後悔、嘘でしょう?あの前しか向かない悠にぃが、過去の事を振り返って悔いるなんて、浩にぃ、悠にぃに変な薬でも飲ませた?」
「そうだよ、悠介が後悔だなんて、似合わないよ?悠介は何時だって前を向いて、私達を導いてくれて、ずっとまっすぐに未来を見てる人じゃなかった?だから、私達はここまでやってこれたんだよ?」
「……。悠介先輩が後悔してる事って、何だろう。もっと書けば良かった、伝えられたら良かった、っていうけれど、あれ以上にを求めるのは、ちょっと欲張りかもしれないよ?悠介先輩の文章は、とっても素直でわかりやすいと思うから。もっと書けば良かった、って言うのも、ちょっと違う様な気がするし……。」
後悔が一切無いのか、と問われると、細かい話沢山ある。
ただ、それを皆には話して来なかったその結果が今なんであって、皆の反応は可笑しい
ものじゃない。
ただ、俺には後悔するって言う選択肢は残されてなかったんだな、とは改めて実感する。
「……。悠介だって、後悔する事はあるかもしれないよ?僕達に話したくなかった、僕達に話して来なかっただけで、後悔の一つや二つあるのかもしれない。僕達は、悠介にいつも頼ってばっかりで……。だから、言えなかったんじゃないかな。」
「浩介……。いや、俺は後悔してないよ。たとえ後悔をしてたとしても、それは今に対する事じゃない。今の現状で、皆が頑張ってくれてる中で、俺が後悔の渦に飲み込まれてたら、意味がなくなってしまうから。後悔って言うのは、言葉のあやだな。悔いている、って言うよりは、もう少し書ける事があったんじゃないか、って言う疑問だ。」
「……。ならいいんだけど……。悠介って、言いたがらないでしょ?なんだか、ベールに包まれてるって言うか、小説を読んでから、初めて知った想いがある位だったからさ。もしかしたら、悠介には悠介にしかわからない苦しみがあるのかなって。」
それは間違いじゃない、俺は浩介にすら行ってない悩みもあった、今は何でも話す様になったけど、当時の話で言えば、言ってる事の方が少ない位だった。
作家になるってなった時も、浩介と悠治以外には話もししなかった、良太と春ちゃんは、後々に話をした覚えがある、それ位、俺は秘密主義的な面がある、って浩介はわかってるんだろう。
ただ、それを言った所で話は好転しない、と思ってるから話さないんであって、現状が良くなるのであれば、俺は話をしてる方だと思う。
「苦しみ、それは個人の感情として、あるにはあるな。ただ、今は個ではなくて群として生きる道を選んだ、だから俺の悩みは些末なもんなんだよ。取るに足らない話、と言い換えても良いな。群として生きる事を決めた以上、個人の悩みは捨て去らないと駄目だ、そう思った。そこからは、悩むとしても、ここの活動やらなにやらの話だけだな。」
「……。悠にぃって、やっぱり強い人だよね。僕達は、それぞれの悩みがあって、それぞれの苦悩があって、なんて事を考えてたけど、悠にぃは違う。悠にぃは、僕達を導く為だけに活動を続けてきた、それが尊厳を守る為だった、って言ってたけど……。でも、僕達の為に個を捨てた、それは間違いじゃないんだね。……。独りで背負わせちゃったね、いつもこうだよ。僕達は、悠にぃに何時だって助けられて、救われて、何のお返しも出来ないまま、悠にぃはケロっとしてて。僕達がずっと恩返しがしたいと思ってたの、悠にぃは知らないって顔してて、それが当たり前って言う感じでさ。……。ごめんね、悠にぃ。何もかもを背負わせる形になって。」
「そうだね。私達、悠介に甘えすぎたのかもしれないね。ずっと悠介が守ってくれてて、ずっと助けてくれてて、それが当たり前になっちゃって。私達も悠介を助けたい、と思って拠点長の話を引き受けたけどさ、それも結局、悠介に救われてたって言う証拠になってるだけなんだもんね。」
「そんな事、考えなくても良いのに。俺は俺のやりたい様にやってきた、俺は、俺の心の赴くままにやってきた。その過程で、皆を助けられてたんだとしたら、それは僥倖だ。ただ、感謝される様な事をした覚えが無ければ、当たり前の事しかしてない、って言う自覚もある。……。俺はね、これで良いのか、ずっと悩んでたと言えば悩んでた。それは、この自警団を立ち上げた事、皆を拠点長にした事、俺達は正しかったのか、それがわからなかったから。ただ、それを証明出来るのは俺達だけで、誰でもない俺自身が証明しなきゃならない事で。こんな話に乗っかってくれた千人の同輩に対する責務、責任って言えば良いのかな。俺は、それを証明し続けなきゃならないと思ってたんだ。それだけは迷わなかった、それだけは悩まなかった。この自警団を作ったこと自体を疑問に思った事もあった、他人を巻き込んで、そんな我を通す真似をして良いのか、について悩んだ事はあった。ただ、やってしまった以上は、始めた以上は、俺は最後まで責任を果たさなきゃならない、とも思ってたな。」
責任感は強い方だ、とは思ってる、頑固だとも思ってる。
俺の性格、がさつでおおざっぱ、って言うのはあるけど、それでも責任から逃げない事、に関しては自負してる、それだけは譲れない事だから、それだけは、己の誇りとして持っていないといけない事だ、って思ってたから。
誇り、それは何も難しい話じゃない、これだけは自分の人生で捨てられない、そんな事を一つだけ、持っておく事なんだ。
この考えを何処で拾ってきたのか、それに関しては俺も覚えてない、誰かが言ってたのか、それとも自然とそう言う思考に至ったのか、それに関しては俺自身わかってない、誰かが言ってたんだとしたら、それを覚えてるだろうし、ってなると自然とそう言う考えを持った、って言う事になるんだろうけど、こんな考えを二十歳そこいらのガキンチョが思いつくとも思えない。
だから、謎だった、ずっと謎だった、そんな考え。
ただ、それを捨てる着にはならなかった、むしろ、小説を通して色んな人に伝えていきたいと願った位だ、それ位、俺にとってそれは大切な事柄だった。
「悠介お兄さんって、本当に凄い人なんだね。プレッシャーとか、無かったの?」
「プレッシャーか……。それよりも、やらないといけない事、って言う意識の方が強かったって言うのもあるけど、俺は元来プレッシャーには強い方でな。何でもかんでも、やってみないとわからない、って言って飛び出すタイプだったって言うのもあるかもしれないな。……。その事に関して、浩介達には苦労を掛けたかもしれないな。猪突猛進、って程でもないけど、冒険家な類ではあると思ってるから。」
「悠介先輩は、探求心が強いからね。だからこそ、小説家になれたんじゃないかな。」
「あはは……。そうだな、それがあったからこそ、俺は小説家足り得たんだろう。その性格じゃなかったら、多分作家なんて目指しもしなかっただろうしな。何事もやってみてから決めよう、そう考えて生きてきて、結果として俺は作家としての道を選んだ。それに付き合ってくれた皆には、本当に感謝してる。こうして、今でも拠点長をやってくれてるのだって、俺がやってみないと未来はわからない、って言って始めたのが事の始まりだったから。やってみた結果、未来は変わらなかった、明日の朝には世界は滅亡する。ただ、それでも、俺は皆の事を誇らしく思う。最期まで人間らしくありたい、って言う俺の言葉についてきてくれて、皆人間らしい最期を迎える、これが誇らしくなくて何なんだ、って言う話にもなってくるな。」
そんな話をしてると、作家だった頃を少し思い出す。
売れない作家、食っていけるかどうかはぎりぎりの所で生きてた俺は、浩介と同棲してて、浩介が生活費を半分負担してくれてたから、何とか生活が出来てるレベルの作家だった。
浩介がいなかったら、俺は今頃筆を折ってたと思う、それ位売れてなかったし、年収換算でも、同世代よりだいぶん低い額しか受け取ってなかった。
でも、それでもやる意味があると思ってたから、やり続けた、売れない作家だったとしても、俺の言葉に心を奪われた、って言ってくれる人が独りでもいるのなら、それはやる意味がある、と思ってた、頑固って言うのかな、愚直と言い換えても良いかもしれない、そう言う感情で、俺は作家としてやり続けてきた。
それは、誇りだった。
誇り、って言って通じるかどうかは人それぞれ、誰かには通じる話でも、誰かには通じない話。
「悠介はずっと、頑張ってきてたよ。それは僕達が良く知ってる、最期まで人の面倒を見ようって言うのも、悠介らしい事だと思うな。僕達は、それに集った人達、仲間だと思うんだ。仲間が欲しい、そう思ってずっと行動してきたけれど、悠介のあの言葉は間違ってなかったんだ、って皆は知ってたんじゃないかな。」
「あの言葉?悠介お兄さんは何か言ってたの?」
「最期まで、前を向いて生きたい。終わりだったとしても、それがお終いだったとしても、最期まで、前を向いて歩いて行きたい。それが、僕達の合言葉だったんだよ、綾ちゃん。……。僕達の合言葉って言うか、悠介の金言だった、って言う方が正しいのかな。僕達は、それに乗っかる形で、この自警団を広めたんだ。悠介がいなかったら、今頃それぞれが朽ちていたかもしれない、生きていたとしても、前なんて向いてなかったと思う。……。僕達の責任は俺が負う、なんて言っててね、悠介は。僕達は、その言葉に甘えてばかりだった、悠介の言葉、行動に甘え続けて、それで……。だから、僕達は悠介を助けたかった、助けたかったんだ。でも、悠介にとって、それは当たり前の事だった。当たり前すぎて、感謝される様な事じゃない、ってずっと言っててね。僕達はずっと、悠介の陰に甘えて来た。……。だから、最期位は素直でいてほしいんだ。悠介の本心、ずっと黙ってた事とか、ずっと言いたかった事とか、今聞かないと全部終わっちゃうから。」
浩介の言葉を、黙って皆は聞いてる。
きっと、その通りなんだろう、浩介達にとって、俺って言うのはそう言う存在で、俺の中では、浩介達を支えたり助けたりするのは当たり前の事で。
そんな、いらないすれ違いがあったんだろう、浩介はずっと、それを蟠りとして持ってたんだろう、それを言い出せなくて、ずっと何時言おうか悩んでたんだろう。
「……。黙ってた本心、って言うのであれば、そうだな。もう少しだけで良い、皆と一緒に居たかった。一年前、突然世界の終幕を告げられて、それからずっと、人間らしくあろうとし続けて。そんな俺が思う事、それはな。一緒に過ごしたい、最期位、一緒に居たかった、それだけなんだよ。……。我ながら、欲のない人間だとは思ってる、ただ、俺は我を通し続けた、その結果が千人を超える自警団なんだから、これ以上を求めるのも間違いだと思ってるんだ。最期の最期まで、皆は責任を放棄する事はなかった、それは誇らしい。ただ、……。ただ、最期に一回で良いから、直接顔を合わせてお礼が言いたかった、顔を合わせて、よくやったってハイタッチして、ハグしあって。子供っぽいって言われそうだけど、俺はそうやってお礼を言いたかった。それだけが心残りだよ。」
「本当にそれだけなの?もっと作品を書きたかったとか、そう言うのは悠にぃは無いの?」
「作品か……。それは違う未来だったら、の話だな。俺は納得して、筆を置いたんだ。世界の終末にかけて、小説なんて書いたところで何にもならない、それを理解したから、納得して筆を置いた。それに関しては、後悔もへったくれもないな。強いて言うのであれば、綾ちゃんに会ってみたい、位だよ。」
能天気に小説を書いてた頃、懐かしい過去で、懐かしい未来を想像していた頃。
もしかしたら、がある世界だったから、もしかしたら俺の作品が世間に認められて、映画なんかになったりするのかな、なんて思ってた頃はあった、でもそれは、昔見た夢であって、現在の夢じゃない。
現在の夢はなんだ、って言われたらわからないけど、なんとなく思うのはそれだ、一度で良い、もう一度で良い、皆と会って、直接お礼を言って、ハイタッチをして、そして世界の終わりを一緒に眺めながら、あーだこーだと言いたかった。
それは叶わない願い、拠点長をお願いした時点で、それは叶わない願いだ、それはわかってる、ただ、唯一後悔する事があるとすれば、最期を共に過ごせない事だろう。
それだけが唯一の後悔、悔いる事なんて、それだけだ。
細かい事を言われると、また色々と出てくるんだろうけど、概ね、俺の人生は満足のいくものだった、とも言える。
「そろそろ通信の時間が終わっちゃうな。そうだ、日が変わる頃、もう一度だけ通信をしないか?最期位、俺達も好きにやっても許されると思うんだ。皆、それぞれが誰かの為に頑張ってきた、命を賭してきた、その見返りにしては小さな事だけどさ。もう一度だけ、通信をして話をしないか?」
「良いの?悠にぃは浩にぃと二人で過ごしたいと思ってると思ってたけど。」
「そうだよ。悠治の言う通り、浩介との時間を大切にしてあげなよ。」
「うん、僕もそう思う。浩介先輩がいちばん傍で頑張ってきてくれたんだから、最期位気を遣わないとね。」
良い子達、優しい子達だ。
最期の最期、不安だろうに、怖いだろうに、俺達の事を気遣って。
本当に良い子達だ、最期まで嘆きではなくて、希望を灯そうとして、だからこそ、拠点長を任せるに足る子達だとも、そうも思う。
「……。これは俺からの我儘なんだ。最期の最期、終末の瞬間は、恐らく浩介と迎える事になるんだろう、だから、最期の役割を果たした後、最期の最期に皆と話がしたい。……。俺の我儘、聞いてくれないか?」
「悠にぃ……。うん、わかった。詳しい時間は?」
「そうだな、午後十一時にしよう。皆寝てる時間だろうし、その時間であれば、通信をしてても咎められないだろうから。」
「わかった、二十三時ね。じゃあ、私も皆に話して来るから、一旦バイバイ。」
「そうだね、そろそろ皆に話をしに行く時間だね。」
気が付いたら午後二時を回ってて、一時間は話してた事になる、この後は、普段は拠点の人員を集合させて、点呼と安否確認の時間だ。
それも今日でお終い、って言っても、それをやらない訳にもいかないんだろう。
「さて、俺達もやるべき事をやろうか。浩介、ちょっとだけここを任せても良いか?」
「うん、良いけど、何かするの?」
「与義さんの所に行ってこようと思ってるんだ。あの人、俺が食料を買い出しに行ってる間に家に戻っちゃっただろ?だから、最期の挨拶がまだ済んでなかったなって。あの人にはだいぶお世話になったから、挨拶のひとつでもしないと、罰が当たるよ。」
「わかった。与義さんの家って、この近くだったもんね。なら、道中も安全かな?」
与義さんが家に戻るって言う選択をした事を咎めてるわけじゃない、ただ、発起人として、同じ発起人である与義さんには、感謝の言葉位告げておかないと、やり逃げなんて許さない、って言う感情だ。
駐車場まで行って、車のキーを回して、与義さんの自宅まで五分ちょっとでつくかな。




