そこに愛はあった
「ふー。」
自警団九州支部、悠治は、最期の通信を終えてから、妻である綾の元に戻っていた。
学校を改造した、という点では拠点に差はない、拠点ごとの通信室は、放送室を改造したものだ、それは四つの拠点で変わりはない。
悠治は、自分達が住まいとしている教室に戻りながら、人々を見ていた。
皆、静かに終わりを迎えようとしている、普段のがやがやとした喧騒は、今ここにはない。
寝ている者、起きている者、それぞれいるのだろうが、皆教室を出る事もなく、静かに生活を終えようとしている。
拠点ごとのルールに関して、ある程度黙認をされていた悠治は、この拠点においては、夜は静かに、をルールとしていた。
子供達が寝る時間になったら、静かにする事、それをルールとして定めていた、それを最期まで守っているのだろう、廊下は静かで、悠治の足音と、何処からか聞こえてくるいびきの音だけが聞こえる。
「綾ちゃん、戻ったよ。」
「お帰りなさい、悠治。」
教室に戻ると、綾は一人、ランタンの明かりで本を読んでいた。
「お兄さん達にお別れは言ってきたの?」
「ううん、僕達はお別れをいうタイプじゃないから。綾ちゃん、その本……。」
「貴方の荷物の中に会ったんだけれど、駄目だった?」
「ううん、大丈夫だよ。」
きっといつか、前を向いて歩いていこう、そう帯に書いてある本、それは、悠治が持ち込んでいた、悠介の著書だった。
それを読むと勇気を貰える気がする、悠介が傍にいてくれる気がする、と九州拠点に持ち込んでいたものだった、時折読み返しては、悠介の考えが変わらない事を安心していたその本、それをを綾は読んでいた様子だ。
「悠介お兄さんって、凄い人だね。」
「そうだね、悠にぃは凄い人だよ。勿論、浩にぃと二人で一人な感じはあるけどね。」
「そうだね、お兄さん達は、二人で一人なんだろうね。この本を読んでると、それがよくわかるよ。」
悠介の本には、浩介が登場する事が多々ある。
というよりも、悠介は、浩介との話しか書かない、それを矜持としている、と言っていただろうか、とにかく、悠介と浩介、という二人の青年が出る事、だけは確定していて、そこから派生していくのが、悠介の作品の書き方だった。
時折悠治や春、良太も小説に登場する事があるが、基本的には悠介と浩介、この二人の物語である事に違いはないだろう。
「……。ねえ綾ちゃん、星を見に行かない?よかったら、だけど。」
「え?……。うん、素敵ね、行こうよ。」
「ありがとう。」
手を繋いで、二人で教室を出る。
校庭に行けば、座る場所がある、そこに行こう、と悠治が綾の手を引いて、連れ立って歩く。
「あ、先客がいたんだね。」
「や、拠点長。お邪魔ですかな?」
「いえいえ、一緒に眺めようよ。」
校庭に星空を見に行くと、先客である榎本が独り、星を眺めていた。
悠治と綾は、独りでいたいのであればそうしたい、という素振りを見せたが、榎本も、
悠治達と一緒に星を眺める事に関しては、肯定的な様子だ。
榎本は四十代の男性、悠治が身長も体も大きい、という事を除いても、身長が小さく、頼りなさげに見られがちな男性だ。
ただ、その芯はしっかりとしていて、九州拠点では、警備の仕事をしてくれていた、護身術をいくつか習っている、という話を悠治は聞いていて、ならば警備をお願いしたい、と依頼したのだ。
ただ、その警備の仕事ももうお終い、今日は自由に過ごしてほしい、と悠治が言っていて、それでこの時間に星を見に来た様子だ。
「星はいつでも綺麗ですな、心が洗われる様です。……。我々も、いつかあの星々に生まれ変わり、そしてまた生きていくのだ、と拠点長が仰られてから、星を眺めるのが好きになりましたよ。私はどの星に生まれ変わるのだろう、どの様な生命として生まれ変わり、そして生きていくのか、希望すらあると。」
「それは、本部長である悠にぃの言葉ですよ、榎本さん。悠にぃが、いつかこの星々の何処かに生まれ変わるだろう、そして、皆で生きていくのだろう、って言ってたんです。僕は、それを伝えたにすぎません。」
「本部長、私は会った事がありませんが、素晴らしい方だとは認識しておりますね。私などより年下、まだ若いにも限らず、自警団を作り上げた御仁、そんな御仁がいらっしゃるのですから、一度はお目にかかりたいと願っていましたが……。や、それは叶わぬ願い、それは縁が無かったのでしょう。さ、拠点長、私は戻ります。……。一年間、お勤めを果たしてくださり、ありがとうございます。それでは、さらばです。」
「はい、さようなら。」
そう言うと、榎本は校舎に戻っていく、悠治と綾の時間を邪魔したく無かったのだろう、空気を読んで、というのは少し違うのかもしれないが、退席した。
「……。綺麗だね。」
「うん、とっても綺麗。悠治は、星を見るのが好きだったの?」
「うん。星を見てると、世界って一つなんだなって、そう思えるから。離れていても、皆見える空は一緒、だから、皆と一緒にいられる気がするんだ。」
二人で星を眺めながら、悠治は語る。
本来、悠治は独りを好まない、臆病と言える程に、孤独を嫌がっていた。
ただ、それでは悠介と浩介の役に立てない、それでは報われない、と感じ取って、何人彼のメンバーを連れて、拠点長として九州にやってきた。
それが半年前、拠点を広げたいという話が出てからすぐに、悠治は拠点長に志願した、それは、良太や春が共に拠点長をしてくれるという約束があったから、というのもあったが、純粋に、悠介と浩介の役に立ちたい、自分も何か出来る事はあるか、と自分自身に問いただした結果、だ。
そして、それ以来半年、ここ九州拠点の拠点長を務めてきた、それに後悔はない、なにも後悔する事はない、と悠治は考えていた。
事実、後悔があるのか?と問われると、無いと断言出来るだろう、その程度、悠治流行り切ったと感じていた、それは間違いではない。
恐怖があるのか、と問われれば、あるのだろうが、それは本部に置いてきた、が正解なのだろう、悠介が捨てた恐怖、浩介が捨てた恐怖、ならば自分達も捨てよう、と悠治達は拠点長になるにあたって決めていた、恐怖は足をすくませる、だから、恐怖ではなく、勇気を、と。
それを実行出来ていたかどうか、に関しては、悠治はわからないと答えるだろう、本当に恐怖を消せているか、本当に恐怖はないのか、と問われると、わからないと答えるだろう。
しかし、それでもいいと悠介達は言うだろう、それでも、勇気を持ってくれた事を喜ぶだろう、と。
「……。本当に、この星が終わってしまうんだもんね。私、心のどこかで信じられてなかった。朝起きたら、今の状況が全部夢か間違いで、隕石なんて落ちてこなくて、皆が日常に戻って、って言う事をずっと夢見てた。」
「それは間違いじゃないよ。現実だから、なんでも見なければならない、なんて事はないんだ、って悠にぃが言ってたよ。現実だからって、全てを受け入れる必要はない、ただ、受け入れた先にしか見えない未来はある、きっと、そこに未来は存在する、って。未来がどうなってるのか、僕達は何に転生するのか、そもそも転生なんて事をするのか、それはわからない。ただ、悠にぃは信じてた、自分達が報われる為には、人間らしく在る事が大事なんだ、って。僕達は、それに乗っけられて、ここまで来たんだ。」
綾の手を繋ぎながら、悠治は星空を見て、今頃他の拠点長達は何をしているか、と考える。
もしかしたら、こうして星を眺めているかもしれない、遠い空で、同じ星々を眺めているかもしれない。
そう考えると、心の底にある寂しさが少し、緩和される気がする、と。
綾が結婚までしてくれた手前、それを表に出す様な事はしなかったが、しかし、心の中にあった寂しさ、それを埋めてくれるのは、何時だって兄弟達だった、悠介と浩介という、最高の兄達がいてくれたから、自分はここまでやってこれたのだ、と悠治は考えていた。
「……。本当に、綺麗だね。明日世界が滅ぶなんて、信じられない位に。」
「そうだね。」
空を見上げる。
二人は、満天の星空を眺めながら、最期の時を過ごした。
夫婦として共に過ごした時間は少なくとも、そこに確かな絆はあったのだ、と。




