それぞれの終わり方
「それじゃ、俺先に通信室行ってるな。浩介も、ちゃんと後から来いよ?」
「うん、皆に最後の挨拶しないとだからね。」
午後十時、悠介は先に通信室に向かって、悠治達との最後の通信に向けて準備をしに行った。
浩介は、それを見送って、後から行くと決めて、今は校舎の中を歩いている。
「皆、それぞれなんだね。」
教室を眺めると、祈っている者、泣いている者、語っている者、それぞれがそれぞれの終末を迎えていた。
今日の夕食時に、残っていた酒の類を全て放出した、最期の日位酒を飲んだとて怒られないだろう、と浩介が判断をして、希望者に酒類を提供していた。
と言っても、缶チューハイや梅酒、安いウィスキー程度しか残っていなかったが、それでも酔いたい人間からしたら、それは十分な量だろう。
かくいう浩介も、飲みたいとは考えていた、ただ、発起人の一人である自分が、最期に酔っぱらっていてだらしない姿を晒す、というのは違うだろう、と控えていた。
「副隊長じゃないかー!一緒に呑まないかー?」
「あはは、遠慮しておくよ。悠介に怒られちゃいそうだし、僕も発起人の一人、酔いつぶれて恥かしい所は見せられないよ。」
「なんだよー!いいじゃないかー!」
「あはは……。」
廊下を歩いていると、酒盛りをしている五人の男女に声を掛けられる。
ただ、浩介は飲むとしたら悠治達との通信を終えた後、と考えていた為、今は誘われたとしても飲むつもりはない様子だ。
酒盛りをしている男女は、ここでは新参者に当たる五人組の若者のグループだった、大学を卒業する寸前に、世界滅亡の話が舞い込んできて、そして人生が狂ってしまった、と嘆いていたのだが、しかし悠介と浩介の説得で、この自警団に入隊した五人組だった。
昔からの馴染みだった、という話は聞いていて、男性が三人、女性が二人、仲が良い事は良い事だが、時折問題行動を取る事があり、しかし周りからは若いから、と許されていた五人組、今はもうその縛りもない、最期位羽目を外して楽しんでも、誰も咎めまい、と浩介は考えていた。
ただ、そこに交じって一緒に酒乱になる、という選択肢は浩介の中にはなかった、それはしてはいけない、と浩介の理性が止めていた。
「あら、浩介君。悠介君と一緒じゃないの?」
「尾高さん。今は悠介は通信室です、後から合流する予定なんですよ。」
「そうだったのね。……。貴方達には、感謝してもしきれないわね。本当に、この子と一緒に生きる道を選べて、良かったわ。」
「ふくたいちょー!だっこー!」
また少し歩いていると、廊下を散歩していた尾高と息子の治夫にばったりと会う。
治夫はまだ幼稚園生、これからの事などわからないだろう、尾高もその話はしていないと言っていたし、まだ幼すぎるという事もあって、それを話していないのだろう。
「はいはい。」
「やったー……。」
治夫は眠そうに目をこすっていて、この時間は本来寝ているのだろう、浩介の腕に抱かれると、すやすやと寝息を立てて寝てしまった。
「あら、ごめんなさいね浩介君、治夫は浩介君にとても懐いていたから……。」
「良いんです。治夫君も良い子ですから、だから、こうして懐いてくれた事は、嬉しいんですよ。」
すやすやと眠っている治夫の背中をトントンと叩きながら、浩介は笑う。
尾高は、浩介が優しい事は知っていた、ただここまでしてくれるとは思わなかった、と少し驚いていたが、浩介ならそこまでしてもおかしくはないのかもしれない、と考え直す。
尾高と浩介は、同じ調理班として、良く行動を共にしていた、その息子である治夫も、浩介に良くくっついていた、浩介の料理班での主な仕事、それは幼い子供を育てている母親から、子供を預かって面倒を見る事だった、最初は自分が料理を作るから、と言っていた浩介だったのだが、自警団の所属人数が増えて、子連れの親が増えてきて、そして、浩介一人ではまかなえなくなってきた頃、役割が少し変わった。
悠介もその事は知っていて、それを容認していた、浩介は子供と関わる事も好きだろう、と悠介は話をしていて、浩介は、子守りの傍らで料理を手伝う、というスタイルが習慣になっていた。
治夫も、そんな子供の中の一人、母である尾高が料理を作っている間、浩介が面倒を見ていた子供だ。
「治夫君に、もう少し美味しいご飯を食べさせてあげたかったなぁ。」
「……。良いのよ、この子は、十分色んな事を教えてもらった、それだけで良かったのよ。私がいうもの間違ってるかもしれないけれど……、でも、私はそう思っているわよ?」
「……。そうですね。治夫君は、良いお母さんに恵まれて、優しい子に育って。これからが楽しみだったけど、それも今日でお終い。でも、それでも良かったんですよね。きっと、生きた証は、魂が持って行ってくれる、この子が地獄に行くなんて事はないでしょうから、だから……。きっと生まれ変わった時、またお母さんと一緒になれますよ。」
「浩介君……。ありがとう、私の方が年上なのに、励まされて……。ありがとう、本当にありがとう。この子は、きっと幸せだったわ。私も、生きていて良かった。さ、浩介君、貴方は悠介君と約束があるのでしょう?なら、行ってあげないと。」
尾高はそう言うと、治夫を浩介から受け取り、抱っこして背中をさすっている。
治夫は眠りながら、嬉しそうに笑っている、いい夢でも見ているのだろうか、むにゃむにゃと小さく寝言を言っている、何を言っているかまではわからなかったが、何かを幸せそうに見ている、それはわかった。
可愛らしい子だ、とは浩介は認識していた、ただ、そんな可愛らしい子に、滅びを経験させる事、それは浩介の意思決定で何かが変わる訳ではないが、悲しいと感じていた。
尾高が一家心中をしようとしていた時、止めなかった方が良かったのではないか、滅びにつき合わせる位なら、そこで命を終わらせていた方が良かったのではないか、浩介は、ずっとそれを考えていた。
自分達の在り方、に関しては、納得している、納得して生きてきた、と自負している。
ただ、それに付き合わせる事になった、こんな小さな子供を、と思うと、浩介は、それは良かったのかどうか、と考えてしまうのだ。
「……。それじゃあ、浩介君、さようなら。きっと、来世で会いましょう。」
「はい、きっと。」
浩介の元を離れて、尾高は治夫を寝かしに教室に戻る。
これがお別れ、これが最期、これが決別、しかし、それでも良いのだ、と。
浩介に迷いがあったとしても、それを尾高や他の団員達は知りようがない、浩介が迷いを話さない以上、それを知る者はいない。
もしかしたら、悠介には気付かれているかもしれないが、しかし、それ以外の団員はそれに気付かないだろう。
それだけ、浩介も副隊長として信頼を得ていた、それだけ、全幅の信頼を置かれていた。
だから、そんな浩介が迷っている、というのは、団員達には信じられないのだろう。
それがわかっているから、浩介は迷いを口に出来なかった、悩みを持っている事をうちあけられなかった。
悠介はきっと気付いているだろう、と浩介は感じていたが、それを悠介の方から言ってこないのは、それをしてしまったら、浩介の尊厳を傷つける事になる、と悠介が正しく理解していたから、なのだろう。
「ふー……。」
泣きそうになる、尾高と別れて、浩介は一人、校舎の探索を再開する。
とある教室では、とある宗教に入信していていた者達が集まって、終末へ向けて祈りを捧げている、その宗教自体は、機能しなくなって久しいのだが、十人程度の寄り合いだった現在の隊員達が、半年前に自警団の門をたたいて、そして入団した、という経緯があり、悠介も、他人に押し付けないのであれば、無理な勧誘をしないのであれば、信仰に関しては自由だ、と言っていて、それを団員達は守っていた。
「おや、副隊長。見回りですかな?」
「いえ、最期なので、皆を見て回りたいなと思って。」
「そうでしたか。貴方達が私達を受けいれて下さった事、信仰を自由だと仰ってくださった事、今でも感謝していますよ。誰かにとっては下らない信仰だったとしても、私達にとっては必要な物でしたから。」
浩介が廊下から教室を眺めていると、その宗教団体の支部長をしていた、という、わりかし偉い立場にいた、赤羽が浩介の所によって来る。
赤羽は壮年の男性、今は六十を超えて、定年退職をしてから支部長になった、と言っていただろうか、だからこそ、この自警団の中でも、積極的に他人の世話を焼いていた。
コロコロとした見た目の良い性格をした老人、という印象が浩介の中には合って、悠介もある程度それを黙認しているあたり、適正はあったのだろう。
「悠介が言ってましたよ、信仰は、誰しもが持っているものだ、って。それは、悠介にとっては自分の信念であり、赤羽さん達にとっては、宗教だった、って言うだけだって。だから、必要な人にとっては必要な事だ、って。」
「隊長にはよくして頂きました。私達の信仰を認識して頂いて、尚且つ、こんなご時世の中でそれを許可していただいたのですから。……。私達にとって、信仰とは大切なものだった、それは間違いではないのでしょう。最期まで祈りを捧げ、皆が極楽浄土へと迎える様にと願っている。ただ、それだけでは生きてはいけない、という事も、隊長に嫌という程教えられましたね。」
「あはは……。悠介は現実をいつも見ていますからね。信仰って言うのが、どういうもので、どういう現実が必要で、そう言う事をわかってたんだと思います。」
赤羽は、祈っているだけでは人間は救えない、という悠介の言葉を覚えていた様子だ。
祈りは必要かもしれない、ただ、祈りだけでは人間は救えない、だから悠介は信仰を持たないのだ、と言っていた。
それは、支部長という立場から、悠介にそう言う意味でも指揮を執ってほしいと願った時の話だった。
自分は補佐に回る、ただ、ここにいる信者達を、導いてほしいと赤羽が悠介に懇願した時、悠介はそう言っていた、そう浩介は記憶していた。
祈りがいらないとは言わない、信仰が必要ないとは言わない、ただ、自分がそれに縋ってしまったら、ここで現実に生きている者達へ、示しが付かなくなってしまう、と。
「悠介は、信仰って言うのが大切な事はわかってたと思います。だから、赤羽さん達が信仰者としている事を許したんだろうって、そう思いますよ?」
「そうですね。隊長は、信仰が大切なものであると認識されていたでしょう。ただ、自分には合わないものだとも、そう認識されていたでしょう。彼は、自分自身の信念を信仰していた、それは信念を貫いたという話ですが、それは私達にとっては信仰そのもの、新孤高とは、どんな時であっても、それを信じぬくという事なのですから。……。隊長は、そうですね。己が信念を道として、それが当たり前で、私達の様な弱い人間と違って、仏に縋る必要が無かったのでしょう。信仰と聞こえが良い事を言っているうちは、隊長には敵わない、とも。」
「どうなんでしょう?悠介も、赤羽さんに助けられた事もあると思いますよ?僕だって、赤羽さんの優しさに助けられた事は何度もあります。だから、お互い様だと思いますよ。」
「そう言っていただけると幸いです。与義さんとも話をさせていただいていましたがね、彼はとても優しい、ただ、優しさだけでは人間を救う事は出来ない、それをわかっていたのでしょう。自分が矢面に立って、副隊長が傷つかない様にと、ずっと気を張られてきたのでしょうね。……。良い関係性です、とても良い関係性だ。お互いがお互いを想い合って、そしてお互いがお互いの為に行動をして。信仰と信念という違いはありますが、その行動は、信仰の極致、信仰とは、詰まるところそう言う事なのだ、と昔教わりましたね。それを若くして、そして信仰ではなく信念として持っていらっしゃったお二人が、私には眩しく見えました。……。まだ若い二人組が、与義さんという背景の力を借りていたとはいえ、こんなに素晴らしい自警団を育てて、運営している事、それは誇りに思って良い事なのです。私には、信者の命を預かる事は出来なかった、少数、ここにいる者達は、私を頼ってきてくれましたが、しかし私は、何かをする事も、力になる事も出来なかったのです。それを、隊長と副隊長はやってのけたのです。素晴らしい御手前と、判断力、決断力、行動力だったと、私はそう思っていますよ。」
「……。それが、滅びに任せる事だとしても。赤羽さん達の信仰にはそぐわない事だったとしても、そう言ってくれる事は嬉しいです。僕達は、間違ってなんかいなかった、間違ってたとしても、それでも胸を張って、成した事を誇りたいと思ったんです。それを、赤羽さんみたいな人に太鼓判を押されたら、嬉しい事ですよ。」
赤羽は、己の無力を呪うと同時に、悠介と浩介に、年甲斐もなく憧れていた。
信仰ではなく信念として、それを持っているという事、そして、それを実行するだけの思考と行動力を持ち、曲がりなりのも成功させた事。
それらを評価していた、それらに加われた事を誇りに思っていた。
自分には何も出来ない、と感じていた赤羽は、この自警団に拾われてから、何かが出来ないか、とずっと感じていた、自分に出来る事、それは人の心の重みを取り去る事だ、それしか出来る事はない、と自覚していた赤羽は、悠介と浩介に許可を得て、カウンセラーの様な立ち回りをしていた。
ただ、無理に信仰を広げない事、それが条件として提示された事だった、それは、それぞれの信仰を捨ててここにいる人間がいるかもしれないのだから、不要な争いを起こさない為に、と悠介達が定めた法だった。
現実になぞらえた法律、ではなかったのかもしれないが、自警団を運営していく上で、決まり事は必要だろう、と悠介と与義が協議をして、自警団なりの法を定めた、という経緯が有り、その中に、信仰の自由と、そしてそれを無理強いしないという制約があった。
それは赤羽達が来る前から決まっていた事なのだが、それを決めていた先見の明というのが、赤羽にとっては衝撃だった、という話でもある。
「さて、私は私のやるべき事をやりましょう。それは、意味のない事なのかも知れません、ただ、私、ここにいる皆の幸福を祈りたいのです。それは、最後の役割なのだと、実感していますから。」
「ありがとうございます、入信してるでもない、僕達の幸せまで祈ってもらって。」
「いえいえ、その程度のお礼は、した所で誰も咎めないでしょう。団体を代表して、私から謝辞を。貴方達がいてくれなかったら、私達は自分を見失っていたでしょう。隊長と、副隊長、いえ、悠介君と浩介君がいてくれたから、私達はここまでやってこれたんだよ。本当に、ありがとう。」
「……。それじゃ、お別れです。さようなら、赤羽さん。」
「はい、また来世で。」
赤羽は、教室に戻って、題目を唱えている面々に加わる。
浩介は、赤羽達にとってはこれで良かったのだ、と考えていた、それが自分達にとってだけ良かった事ではなく、誰かにとっても良い事だった、それが嬉しい、と。
「あ、そろそろ。」
そろそろ、午後十一時になる、悠介と待ち合わせをしている通信室に向かわなければ、と足をそちらに運ぶ。
道中、誰かとすれ違う事はもうなかった、皆、それぞれの終わりを迎えている、それぞれの終わり方を、それぞれの最期を、噛み締めているのだろう。
浩介は、それで良いのだと考えながら、通信室へと向かった。




