第10話:王都防衛戦
第10話:王都防衛戦
王都グランヴァリア――外郭平原。
そこは今、地獄と化していた。
空を覆うのは、不気味な紫色の雲。
大地を埋め尽くすのは、数え切れないほどの魔物の群れ。
その数――およそ一万。
ゴブリン、オーガ、魔獣、翼を持つ異形の怪物たちが、地鳴りのような咆哮を上げながら王都へと押し寄せている。
そして、その軍勢の中央。
漆黒の魔力で形作られた巨大な城郭がそびえ立っていた。
その玉座に座るのは――。
漆黒の甲冑をまとい、赤く光る瞳を持つ一体の魔族。
――魔帝ガルーダ。
「ククク……」
ガルーダは眼下の戦場を見下ろしていた。
「愚かな人間どもめ」
その声だけで、空気が震える。
「数百年ぶりに蘇った我が力を前に、いまだ抗おうというのか」
「うおおおおおっ!」
「王都を守れ!」
「絶対に奴らを中へ入れるな!」
王立騎士団が必死に抵抗する。
しかし――。
「ぐあっ!」
「隊長!」
「魔物の数が多すぎる!」
一体を倒せば、十体が押し寄せる。
さらに魔王から放たれる邪悪な魔力が、騎士たちの身体を蝕んでいく。
「くっ……!」
シエナは剣を振るいながら、歯を食いしばった。
これまでバルダスの指導によって鍛え上げられた騎士たちでさえ、押し返すことができない。
「このままでは……!」
じりじりと後退していく騎士団。
王都の城壁は、すぐそこまで迫っていた。
その様子を見て、ガルーダが愉快そうに笑う。
「ククク……そうだ。それでいい」
ゆっくりと片手を掲げた。
「我が復活の贄となるがいい!」
――ゴゴゴゴゴゴゴ……。
空が震えた。
紫色の雲が渦を巻き、その中心に巨大な赤黒い光が生まれる。
「な、なんだ……あれは……」
「空が……燃えている……?」
騎士たちが見上げる。
そこに現れたのは――。
巨大な隕石だった。
「――メテオ」
ガルーダが呟く。
直後。
ゴォォォォォォッ!!
巨大な隕石が、空を燃やしながら王都へと落下を始めた。
「まずい!」
「王都が消し飛ぶぞ!」
「逃げろぉぉぉっ!」
騎士たちの間に、恐怖が走る。
あれほど巨大な隕石が落ちれば、王都そのものが消滅する。
シエナは空を見上げた。
「……先生」
思わず、その名が口から漏れる。
その瞬間だった。
――シュッ。
風を切る、かすかな音。
「…………?」
次の瞬間。
空から落下していた巨大な隕石が――。
――スパァンッ!
綺麗に真っ二つに割れた。
「…………え?」
誰かが間の抜けた声を漏らした。
二つに分かれた隕石は、それぞれ王都を避けるように左右へ飛んでいき、遠く離れた平原へ轟音と共に落下する。
――ズドォォォォン!!
凄まじい爆発。
しかし、王都は無傷だった。
「…………」
魔物たちが動きを止める。
騎士たちも動かない。
そして――。
魔帝ガルーダすら、呆然と空を見上げていた。
「……何だ?」
その時。
平原の向こうから、一人の男が歩いてきた。
ゆっくりと。
何事もなかったかのように。
肩には、使い古された一本の鉄剣。
白髪の混じった髪。
くたびれた服。
どこからどう見ても、ただの冴えない中年男だった。
「やあやあ」
男――バルダス・グリフは、空を見上げて苦笑した。
「景気よく降らせてくれるねぇ」
そして、王都を振り返る。
「でも、あんな大きな石を街に落とされちゃ困るんだよ」
「…………」
シエナは絶句していた。
「先生……」
バルダスは軽く手を上げる。
「お待たせ、シエナ」
「…………はい!」
シエナの顔に、安堵と喜びが浮かんだ。
一方――。
「貴様……」
ガルーダの声が低く響く。
「何者だ?」
赤い瞳がバルダスを睨みつける。
「ただの人間が……我が魔法を斬ったというのか?」
「魔法?」
バルダスは首を傾げた。
「ああ、あれか」
先ほどの隕石を見る。
「……あれは斬ったというより、邪魔だったから避けただけだよ」
「…………何?」
ガルーダの表情が歪む。
「ふざけるなッ!」
魔王の身体から、凄まじい魔力が噴き出した。
大地が震える。
空が鳴動する。
「たかが人間風情がッ!」
――ズズズズズッ!!
漆黒の魔力が地面から噴き上がった。
それは巨大な触手となり、次々とバルダスへ襲いかかる。
「死ねッ!!」
一本。
二本。
十本。
数十本もの漆黒の触手が、あらゆる方向からバルダスを包囲する。
一本一本が、山をも砕くほどの破壊力を秘めていた。
「先生!」
シエナが叫ぶ。
しかし――。
「……慌てるな」
バルダスは、静かに歩き始めた。
――タン。
右へ一歩。
触手が空を切る。
――タン。
左へ一歩。
別の触手が地面を抉る。
――タン。
身体を僅かに捻る。
頭上を黒い刃のような触手が通過する。
さらに一歩。
また一歩。
その動きには、一切の無駄がない。
走っているわけではない。
跳んでもいない。
ただ、歩いているだけ。
まるでバルダスの周囲だけ、時間の流れが違っているかのようだった。
「な……」
ガルーダの目が見開かれる。
「なぜ当たらん……!?」
バルダスは淡々と答えた。
「基本だよ、基本」
「……基本?」
「ああ」
迫り来る触手を、鉄剣の腹で軽く受け流す。
――ガキンッ!
触手の軌道が僅かに逸れ、地面へ突き刺さる。
「相手の攻撃線から、一歩ずれる」
また一歩。
「それだけで――」
最後の触手を紙一重でかわす。
そして。
気づけば――。
バルダスは、魔帝ガルーダの目の前に立っていた。
「――どんな攻撃も、当たらない」
「…………ッ!?」
ガルーダの赤い瞳が、大きく見開かれる。
目の前にいる男の顔には、殺気すらない。
ただ、いつもの穏やかな表情。
まるで村で薪を割っている時と何も変わらない。
バルダスは鉄剣を軽く握り直した。
「さて……」
その声に、初めて僅かな真剣さが混じる。
「弟子たちが随分と苦労させられたみたいだな」
そして――。
魔帝ガルーダは、初めて理解した。
自分が相対しているのは――。
人間ではない。
いや。
人間でありながら、人の到達できる領域を遥かに超えた存在なのだと。
「……貴様は、一体――」
ガルーダの言葉が途切れる。
バルダスは静かに鉄剣を構えた。
「俺か?」
少し考えた後、いつものように笑う。
「ただの村の剣術師範だよ」
その言葉と同時に――。
戦場の空気が、変わった。




