第7話:王都武闘大会の幕開け
貴族派による陰謀。
暗殺者による襲撃。
それらを乗り越えたことで、バルダス・グリフの王都における評価は、もはや揺るぎないものとなっていた。
王立騎士団では、彼を疑う者はいない。
むしろ今では――。
「バルダス師範に教わりたい」
「今日の稽古、もう一度お願いします!」
騎士たちが我先にと指導を求めるほどだった。
そんなある日。
「先生」
シエナが一枚の書類を持ってきた。
「何だ?」
「来月、王都武闘大会が開催されます」
「武闘大会?」
「はい」
年に一度、王国中から腕自慢が集まる一大行事。
剣士。
槍使い。
格闘家。
魔法剣士。
さらには周辺諸国からも名だたる戦士たちが参加する。
王国最大の武の祭典。
「そして今年は――」
シエナが少し嬉しそうに笑った。
「先生に、模範演武をお願いしたいのです」
「……俺が?」
「はい」
「何をするんだ?」
「剣を振っていただくだけでも構いません」
「それだけ?」
「はい」
バルダスは腕を組んだ。
「そんなもの、見て面白いのか?」
「面白いですよ」
「ただの素振りだぞ?」
「先生の素振りだからです」
「……そうか?」
どうにも納得していない様子だった。
しかし、シエナが何度も頭を下げるものだから――。
「まあ、そこまで言うなら」
バルダスは渋々引き受けることになった。
◇
そして、大会当日。
王都中央に建設された巨大な闘技場は、観客で埋め尽くされていた。
「すごい人だな……」
控え室から観客席を眺め、バルダスは目を丸くする。
数万の観客。
王族。
貴族。
商人。
各国から訪れた要人。
そして、国内外から集まった名だたる戦士たち。
誰もが、この大会の勝者を見届けようとしている。
「先生、緊張していますか?」
「いや」
バルダスは首を振った。
「人が多すぎて、ちょっと落ち着かないだけだ」
「……ふふ」
シエナが微笑む。
「大丈夫です。先生なら」
「何が?」
「いえ、何でもありません」
◇
大会が始まった。
予選から、激しい戦いが繰り広げられる。
そして――。
「おい、見ろ!」
観客席から声が上がった。
「王立騎士団の新人だ!」
「第3部隊の奴だろ?」
「以前とは動きが全然違うぞ!」
一人の若手騎士が、相手の攻撃を紙一重でかわした。
無駄な動きがない。
踏み込みが速い。
剣筋が正確。
そして――。
最小限の動きで、相手を打ち倒した。
「勝者! 王立騎士団――!」
歓声が沸き上がる。
「すげえ……!」
「いつの間に、あんなに強くなったんだ!?」
次の試合。
また別の騎士が勝つ。
さらに次の試合でも――。
王立騎士団の若手たちが、次々と勝ち上がっていく。
その戦い方は、どの騎士も似ていた。
派手な技を使わない。
無駄に力を込めない。
足を乱さない。
呼吸を崩さない。
ただ、正しく動く。
バルダスが教えた「基本」。
それだけだった。
しかし――。
その基本を極限まで磨けば、これほどの力になる。
「…………」
観客席から戦いを見つめていたヘルマン子爵は、拳を握り締めていた。
「ええい……!」
歯を食いしばる。
「あの男め……!」
今や王都中で、バルダスを称える声が上がっている。
それが気に入らない。
「模範演武だと……?」
やがて、ヘルマン子爵は口元を歪めた。
「どうせ、あのオッサンに大した技などない」
彼は、この日のために一つの策を用意していた。
裏から手を回し、隣国から一人の戦士を呼び寄せていたのだ。
凶悪な剣闘士。
数々の死闘を勝ち抜き、相手を殺すことすらためらわない男。
ヘルマン子爵は、そいつをバルダスの模範演武に乱入させるつもりだった。
「奴が人前で恥をかけばいい」
そうなれば、王立騎士団の最高師範という地位も揺らぐ。
少なくとも、ヘルマン子爵はそう考えていた。
◇
そして――。
「さあ、皆様!」
闘技場全体に、司会者の声が響き渡った。
「大変長らくお待たせいたしました!」
観客席から歓声が上がる。
「ここで、本大会特別企画!」
さらに大きな歓声。
「王立騎士団最高師範――!」
バルダスが控え室から姿を現す。
「バルダス・グリフ殿による、模範演武です!」
――ワァァァァァッ!!
闘技場が揺れるほどの歓声。
「…………」
バルダスは困ったように周囲を見渡した。
「……こんなに人がいるのか」
そして、ゆっくりと闘技場中央へ歩いていく。
王族も。
貴族も。
騎士たちも。
各国の要人も。
そして、数万の観客も。
すべての視線が、一人の男に集中している。
バルダスの手に握られているのは――。
いつもと変わらない。
使い古された一本の木剣だった。
「…………」
観客席の誰かが呟いた。
「木剣……?」
別の誰かが答える。
「最高師範の模範演武なんだ。何か意味があるんだろう」
期待が膨らんでいく。
王立騎士団の騎士たちは固唾を呑んで見守っている。
シエナもまた、静かにバルダスを見つめていた。
そして――。
闘技場の中央で、バルダスは木剣を握り直した。
「さて……」
本人は、ただ素振りをするだけのつもりだった。
「いつも通りでいいか」
その言葉を聞いた者たちは、まだ誰も知らない。
これから披露される「いつも通り」が――。
この世界の常識を、大きく覆すことになるということを。




