第6話:暗殺者との対峙
翌朝。
王立騎士団の一室では、重苦しい空気が漂っていた。
昨夜、バルダスを襲撃した三人の暗殺者。
彼らは拘束され、現在は騎士団による事情聴取を受けている。
そして――。
「……ヘルマン子爵、ですか」
報告書を読み終えたシエナの声は、冷え切っていた。
「はい。昨夜の暗殺は、ヘルマン子爵からの依頼だったと供述しております」
「……」
シエナの手が、ぎゅっと握り締められる。
「我が師に対して、なんという不敬を……!」
怒りに震える声。
「直ちに騎士団を動かします。王国騎士団の最高師範を暗殺しようとしたのです。これは明確な反逆行為――」
「まあまあ」
「まあまあ、ではありません!」
横から口を挟んだバルダスに、シエナが振り返る。
「先生、あなたは昨夜、命を狙われたのですよ!?」
「そうは言っても、別に怪我もしてないしな」
「問題はそこではありません!」
シエナは頭を抱えた。
昨夜の出来事を、バルダスは本当に「少し物騒な客が来た」程度にしか考えていない。
「先生……ご自身の立場を、もう少し自覚してください」
「立場?」
「王立騎士団最高師範です!」
「……ああ」
バルダスは少し考えた。
「そうだったな」
「そうだったな、ではありません!」
シエナの叫びが部屋に響いた。
◇
事態を重く見たシエナは、その日からバルダスの護衛を大幅に増員した。
宿舎の警備を強化。
外出時には騎士を同行させる。
さらに、王都内での行動にも護衛をつける。
だが――。
「先生。今日は私も同行します」
「いや、いい」
「……え?」
「ちょっと一人で散歩したいんだ」
「ダメです」
「でもなぁ」
「ダメです」
「少しくらいなら――」
「ダメです!」
「……分かったよ」
数分後。
バルダスは一人で城下町を歩いていた。
「…………」
シエナは騎士団の詰所で頭を抱えていた。
「……どうしてこうなるんですか」
もちろん、バルダスは護衛を撒いたつもりなどない。
ただ単純に、散歩に出ただけだった。
◇
王都の城下町は賑わっていた。
色とりどりの露店。
行き交う商人。
子供たちの笑い声。
焼いた肉の香ばしい匂い。
「おお……」
バルダスは足を止めた。
「串焼きか」
故郷の村では、こんな屋台を見ることはほとんどなかった。
「一本もらえるか?」
「へい、毎度!」
焼きたての串焼きを受け取り、バルダスはその場で一口頬張る。
「……うまい」
思わず顔が緩む。
「王都も悪くないな」
その時だった。
「…………」
バルダスの視線が、ふと路地裏へ向いた。
人の気配。
――いや。
正確には、気配がない。
それが妙だった。
「…………」
バルダスは串焼きを食べながら、路地裏を見る。
「誰かいるのか?」
返事はない。
だが――。
殺気がある。
先日の三人とは、明らかに違う。
もっと深い。
もっと静かな殺意。
バルダスは串焼きをもう一口食べた。
「……腹が減ってるのかな」
そんなことを呟いた、その瞬間。
「――貴様が、バルダス・グリフか」
路地裏から男が現れた。
黒衣。
顔を覆う装備。
その立ち姿には一切の隙がない。
「……」
男の名は、クロード。
裏社会では「無音のクロード」と呼ばれている。
暗殺組織『黒い影』の首領。
これまで数多くの要人を葬ってきた、世界最高峰の暗殺者だった。
「先日の部下たちの不覚は聞いている」
クロードが腰の短剣へ手を添える。
「奴らは確かに一流だった。しかし、私が同じ失態を犯すことはない」
「そうなのか?」
バルダスは串焼きを頬張った。
「……」
クロードの眉が僅かに動く。
「貴様……」
「ん?」
「私を前にして、その態度か」
「いや、串焼きが美味しくてな」
「…………」
クロードの殺気が膨れ上がった。
周囲の空気が凍りつく。
道を歩いていた人々が、理由も分からないまま足を止める。
鳥が飛び立つ。
風すら止まったように感じられた。
「ならば――」
クロードの姿が消えた。
音もない。
足音もない。
衣擦れすらない。
気配。
匂い。
視線。
そのすべてを消し去る。
『神隠し』。
王宮直属の影すら欺いたとされる、クロード最大の暗殺技。
「死ね」
一瞬。
バルダスの首筋へ、鋭い刃が迫る。
だが――。
カキンッ!
「…………!?」
クロードの目が見開かれた。
刃が止まっている。
バルダスの首筋まで、あと数センチ。
その刃を止めていたのは――。
「…………」
串焼きの竹串だった。
「……え?」
クロードの口から、思わず間の抜けた声が漏れる。
バルダスは竹串を握ったまま、不思議そうに首を傾げた。
「危ないな」
「な……」
「いい技だ」
「……何?」
「気配を消すのは完璧だな」
バルダスは感心したように頷く。
「俺には、最初の一歩までほとんど分からなかった」
「…………」
クロードは戦慄した。
――ほとんど分からなかった?
ならば、なぜ止められた?
「ただ……」
バルダスが続ける。
「踏み込む直前、ほんの少し足に力が入った」
「…………!」
「音がしたんだ」
「あり得ん……」
「いや、ほんの小さな音だぞ」
バルダスは竹串を軽く回した。
「薪を割る時も同じなんだ。力を入れる瞬間に余計な音がすると、良い薪は割れない」
「薪……?」
クロードの顔が引きつる。
自分が長年磨き続けてきた暗殺術を――。
この男は、薪割りと同じ感覚で分析している。
「そんな……」
クロードが後退しようとする。
だが。
「まあ、悪くない」
バルダスが一歩踏み込んだ。
「ただ、ここを直したほうがいい」
竹串の先が――。
ちょん。
クロードの額に触れた。
「――――」
次の瞬間。
全身から力が抜けた。
「な……」
膝が崩れる。
短剣が地面へ落ちた。
ドサッ。
「ば……化物……」
クロードは地面に倒れながら、震える声を絞り出した。
「竹串一本で……私の『神隠し』を……」
「化物?」
バルダスは首を傾げた。
「失礼なことを言うなぁ」
そして、食べ終えた串焼きの竹串を眺める。
「……これ、なかなか使えるな」
「…………」
「また明日も買おうかな」
そう呟くと、バルダスは竹串を近くのゴミ箱へ放り込んだ。
そして――。
「さて、次はどこを見ようかな」
何事もなかったかのように、城下町の人混みへ消えていった。
その背中を、クロードは呆然と見送るしかなかった。
世界最高峰の暗殺者。
その男の人生で初めて――。
暗殺に失敗したことよりも。
「自分の技を、薪割りと同じ感覚で評価された」
その事実のほうが、何よりも屈辱だった。




