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僻地の木こり、実は世界最高峰の剣客につき〜かつての弟子に連れ出されて王都で無双する〜  作者: 森羅万象


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第4話:最高師範の初仕事



 ガルドが膝をついた瞬間。


 第一訓練場を包んでいた空気は、完全に変わった。


 先ほどまで聞こえていた嘲笑も、ひそひそとした陰口もない。


 百人を超える騎士たちは、ただ黙ってバルダスを見つめていた。


 辺境の村からやってきた、冴えない中年男。


 その男が、王立騎士団の第2部隊長を――。


 木剣一本で、ほとんど何もさせずに下した。


 それが現実だった。


「……さて」


 バルダスは木剣を肩に担ぎ、騎士たちを見渡した。


「他に、しごいてほしい奴はいるか?」


「…………」


 誰も手を挙げない。


「いないのか?」


 バルダスが首を傾げる。


 すると、若手騎士たちは一斉に背筋を伸ばした。


「い、いえっ!」


「ありません!」


「よろしくお願いします!」


 先ほどまでの態度が嘘のようだった。


 バルダスは少しだけ驚いた。


「そうか。じゃあ、今日は基礎からやろう」


「基礎……?」


 何人かの騎士が顔を見合わせる。


 最高師範として最初に教えるのだから、さぞかし高度な秘伝でも披露するのだろう。


 そう思っていた。


 だが――。


「まず、立ち方からだ」


「…………」


「次に足の位置。剣を振る時は腕だけで動かすな。身体全体で動く」


「…………」


「それから呼吸」


 バルダスは淡々と説明していく。


「息を止めるな。動作と呼吸を合わせる。力を入れるのは一瞬だけでいい」


 騎士たちは拍子抜けした。


 あまりにも普通だったからだ。


 いや。


 普通というより――。


 騎士なら誰もが訓練の初日に教わるような内容だった。


 正しい姿勢。


 無駄のない足運び。


 重心の移動。


 呼吸。


 剣筋。


 どれも特別な技ではない。


 王立騎士団に所属する者なら、当然知っているはずのことだった。


 だが――。


「じゃあ、実際に振ってみよう」


 バルダスが木剣を構える。


「こうだ」


 ゆっくりと息を吸う。


 そして――。


 すっ。


 木剣が落ちた。


 ただ、それだけだった。


 力強く振り抜いたわけではない。


 大きく踏み込んだわけでもない。


 派手な技でもない。


 それなのに。


 ――美しかった。


 剣が最も自然に動く軌道を、寸分の狂いもなく通っている。


 足が動く。


 腰が回る。


 肩が連動する。


 腕が最後に剣を送り出す。


 すべてが一つの動作として繋がっていた。


 そして、剣が止まる。


 音すらほとんどしない。


「……これが、基本だ」


 バルダスは何でもないことのように言った。


「力で振るんじゃない」


 騎士たちは黙って見つめている。


「剣は重いだろう?」


「はい」


「だったら、その重さを利用すればいい」


 バルダスはもう一度剣を構える。


「腕の力を抜く」


 すっ。


「肩の力も抜く」


 すっ。


「身体を落として――」


 一歩。


「そのまま剣を落とす」


 ヒュン――。


「……そう。これだけだ」


「…………」


 誰も口を開かなかった。


 バルダスは不思議そうに首を傾げる。


「どうした?」


「……師範」


 若い騎士の一人が、おそるおそる手を挙げた。


「もう一度……やっていただけますか?」


「もちろん」


 バルダスは頷いた。


 同じ動作を繰り返す。


 一度。


 二度。


 三度。


 何度見ても、変わらない。


 余計な動きが一切ない。


 力みもない。


 速さを誇示するわけでもない。


 ただ、自然。


 それだけなのに――。


 見ている者の目には、これ以上ないほど完成された剣に映った。


「……すごい」


 誰かが呟いた。


「これが……素振り?」


「こんなに静かなのに……」


「俺の剣とは、何もかも違う……」


 バルダスは若手騎士たちの構えを一人ずつ確認していく。


「君は右肩に力が入りすぎている」


「君は踏み込む時に踵が浮いている」


「君は剣を振った後、身体が流れているな」


「君は呼吸が一拍遅い」


 言われた騎士たちは、指摘された箇所を直す。


 すると――。


「……あれ?」


「剣が軽い……」


「踏み込みが……速い?」


「さっきまでと全然違う!」


 一人。


 また一人。


 剣が変わっていく。


 本人たちですら気づかなかった、わずかな癖。


 長年染みついた無駄な動き。


 それらを、バルダスは一目見ただけで見抜いていった。


「す、すごい……」


 若い女性騎士が、自分の剣を見つめる。


「たった一度の指導で、私の癖が……」


「いや」


 別の騎士が剣を振る。


「俺もだ。さっきまでより、明らかに刃筋が通っている」


「ただの素振りなのに……」


 訓練場のあちこちで、驚きの声が上がる。


 しかし――。


 バルダス本人は、そんな騒ぎの意味が分かっていなかった。


「ふむ」


 若手騎士たちを眺める。


「みんな筋がいいな」


「…………」


「やっぱり王都の騎士はレベルが高いや」


 心から感心したように、バルダスは笑った。


 自分などより、遥かに才能のある若者たち。


 その若者たちが、自分の教えたことをどんどん吸収していく。


 それが嬉しかった。


 ――自分にはなかった才能を持つ者たち。


 彼らが、自分より先へ進んでいく。


 それを見ることに、バルダスは不思議な満足感を覚えていた。


 だが――。


 騎士たちは知らない。


 バルダスが「基礎」と呼んでいるものが、ただの基礎ではないことを。


 それは二十年間。


 毎日。


 何千回。


 何万回。


 同じ動作を繰り返し、修正し、磨き続けた結果として生まれたもの。


 本人が「まだ完璧ではない」と思い続けている――。


 人の領域を遥かに超えた、神域の基礎だった。


     ◇


 夕刻。


 長時間の訓練が終わった。


「今日はここまでにしよう」


 バルダスが木剣を下ろす。


「ありがとうございました!」


 百人を超える騎士たちの声が、訓練場に響き渡った。


 その声には、もう先ほどまでの侮りなど微塵もない。


 あるのは、純粋な敬意だった。


「ありがとうございました、バルダス師範!」


「お疲れ様でした!」


 騎士たちは次々と頭を下げる。


 バルダスは少し照れ臭そうに頭を掻いた。


「いやあ、みんなお疲れさん」


 そして空を見上げる。


 夕日が王都の城壁を赤く染めていた。


「……よし」


 バルダスは満足そうに頷く。


「今日は帰って、美味い酒でも飲むか」


「先生……」


 隣で聞いていたシエナが苦笑する。


「初仕事を終えた感想が、それですか?」


「仕事の後の酒は美味いぞ」


「そういうところは、村にいた頃と変わりませんね」


「俺はもう若くないからな」


 そう言って笑うバルダス。


 その背中を見つめながら、シエナは誇らしげに胸を張った。


 ――この人こそ。


 自分が敬愛してやまない師。


 そして、王国が二十年もの間、見逃していた至宝なのだ。


 本人だけが、それを知らない。


 王立騎士団最高師範。


 その初仕事は――。


 誰もが「基礎」と呼んでいたものの価値を、百人を超える精鋭たちに叩き込む一日となった。

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