↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僻地の木こり、実は世界最高峰の剣客につき〜かつての弟子に連れ出されて王都で無双する〜  作者: 森羅万象


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/12

第2話:王都への旅路と襲撃

 長年住み慣れた開拓村を後にして、数日。


 バルダス・グリフは、王都へ向かう馬車の中にいた。


 窓の外を流れていくのは、見慣れた北方の景色。


 深い森。


 荒れた街道。


 時折姿を見せる小さな集落。


 王都で暮らしていた若い頃なら、胸を躍らせて眺めていただろう。


 だが、四十二歳になった今のバルダスにとっては、どこか落ち着かない光景だった。


「……本当に俺が行くのか」


 ぽつりと呟く。


「本当に行くんですよ」


 向かいに座るシエナが即答した。


 バルダスの荷物は少ない。


 使い古した一本の鉄剣。


 最低限の着替え。


 そして村を出る直前、長年世話になった村人たちから渡された小さな包み。


 それだけだった。


「最高師範になるんだろう? もう少し何か、こう……立派な装備とか必要じゃないのか?」


「必要ありません」


「王立騎士団だぞ?」


「はい」


「俺みたいな田舎のおっさんが行ったら、笑われるんじゃないか?」


「誰も笑いません」


「でもなぁ……」


 バルダスは腕を組み、深く考え込む。


「騎士団といえば、代々騎士の家系だったり、幼い頃から英才教育を受けていたり、魔力に恵まれていたり……そういう連中の集まりなんだろう?」


「その通りです」


「だったら、なおさら俺なんかが――」


「先生」


 シエナが静かに言葉を遮った。


「才能も、血統も、家柄も」


 その瞳には、一切の迷いがなかった。


「先生が積み重ねてきた『時間』の前では、何の意味もありません」


「……時間?」


「はい」


 シエナは微笑んだ。


「先生は二十年間、一日も欠かさず剣を振ってきたのでしょう?」


「まあ……そうだな」


「それだけです」


「それだけ?」


「二十年です」


 シエナは指を一本立てた。


「一日千回なら、七百万回以上」


「……そんなに振ったのか?」


「計算上はそうなります」


「……」


 バルダスは少し遠い目をした。


 言われてみれば、確かに長い。


 だが、本人にとってはただの日課だった。


 朝起きて剣を振る。


 仕事が終われば剣を振る。


 雨の日も。


 雪の日も。


 体調が悪い日でさえ、最低限の型だけは繰り返した。


 特別な才能がなかったからこそ、やめなかった。


「まあ……才能がなかったから、続けるしかなかったんだけどな」


「……」


 シエナは何も言わなかった。


 ただ、苦笑した。


「何だ?」


「いえ」


 ――この人は、本当に自分が何を言っているのか理解していない。


 そう思っただけだった。


     ◇


 それからしばらくして。


 馬車は、険しい峡谷へと差しかかった。


 街道の両側に切り立った岩壁が迫り、空が細く見える。


 周囲には巨大な獣の爪痕のような傷が刻まれた岩肌。


 不気味な静けさが漂っていた。


「……ここは?」


 バルダスが窓の外を眺める。


「黒骨の峡谷です」


 シエナの表情が険しくなった。


「魔獣の生息地として有名な場所です。通常なら王国軍が警戒しているはずなのですが……」


 その時だった。


 ――ゴゴゴゴゴゴ……。


「……ん?」


 地面が揺れた。


 馬車が大きく揺さぶられる。


「な、何だ!?」


 馬が怯えたように嘶いた。


 次の瞬間。


 ――ドォォォンッ!!


 大地が爆発した。


 岩壁の一部が崩れ、土煙が舞い上がる。


 その向こうから――。


 巨大な影が姿を現した。


「……あれは」


 シエナが息を呑む。


 全長五メートルを超える巨体。


 分厚い外殻。


 大地を踏み砕く四本の脚。


 そして巨大な顎。


「地竜……!」


 バルダスが目を丸くする。


「グラン・レックス。Bランク指定の魔獣です」


 シエナが剣に手をかける。


「本来なら複数の騎士で討伐する魔獣ですが……」


 地竜が咆哮した。


 ――グオオオオオオオッ!!


 その声だけで大気が震える。


 馬車の馬が恐怖で後退した。


「ここは私が食い止めます!」


 シエナが細剣を抜く。


「バルダス先生は馬車の中に――」


「いや」


「先生?」


「馬車が壊されたら困るだろう」


 バルダスはそう言って、馬車から降りた。


「先生、危険です!」


「大丈夫だ」


「相手はBランク魔獣ですよ!」


「昔、山で熊に出くわしたことがあってな」


「……熊?」


「そう。ああいうのは、正面から相手をすると面倒なんだ」


 バルダスは周囲を見渡す。


 そして地面に落ちていた一本の木の枝を拾った。


「……これでいいか」


「…………」


 シエナは言葉を失った。


「先生」


「ん?」


「それは……剣ではありません」


「見れば分かる」


「なぜ、それを?」


「剣を抜くほどでもないだろう」


「…………」


 シエナの額に、冷たい汗が流れた。


 地竜が怒り狂ったように突進してくる。


 巨体が地面を踏みしめるたび、大地が揺れる。


「先生!」


「大丈夫だ」


 バルダスは枝を握った。


 そして――。


「昔、熊を追い払った時と同じだ」


 一歩。


 前へ出る。


 たった一歩。


 それだけだった。


 だが。


 その瞬間――。


 空気が爆発した。


 ――ドオオオオンッ!!


「――――ッ!?」


 シエナが目を見開く。


 バルダスの身体が、一瞬で地竜の懐へ潜り込んでいた。


 木の枝を握った右腕が、ほんの僅かに引かれる。


「こういう時は……」


 腰を落とす。


 踏み込む。


 肩を回す。


 腕を伸ばす。


「真っ直ぐ突けばいい」


 ――ズドンッ!!


 次の瞬間。


 木の枝が、地竜の眉間へ突き刺さった。


 いや。


 正確には――。


 枝が触れた瞬間、凄まじい衝撃波が発生した。


 大気が爆ぜる。


 地面が抉れる。


 峡谷を覆っていた土煙が、一瞬で吹き飛ぶ。


 巨大な地竜の身体が浮き上がった。


「…………」


 シエナは声を失った。


 五メートルを超える巨体が――。


 まるで巨大な岩でも蹴り飛ばしたかのように宙を舞い。


 そのまま地面へ叩きつけられた。


 ――ズゥゥゥン……。


 地響き。


 そして、静寂。


 地竜は二度と動かなかった。


「…………え?」


 シエナの口から、ようやく声が漏れた。


 バルダスはというと。


「……よし」


 手元の枝を眺めている。


「馬車は無事だな」


 最初に確認したのは、そこだった。


 それから倒れた地竜を見る。


「しかし……」


 バルダスは首を傾げた。


「最近、木こり仕事をしているせいか、少し力が余っているような気がするな」


「…………」


 シエナは答えられなかった。


 視線を地竜へ向ける。


 次に、バルダスの手元にある木の枝へ。


 枝は――折れてすらいない。


「先生……」


「ん?」


「それは、絶対に気のせいではありません」


「そうか?」


「はい」


 シエナは震える声で答えた。


 今、目の前で起きたこと。


 それを理解するには、彼女自身が積み上げてきた騎士としての常識を、一度すべて捨てる必要があった。


 Bランク魔獣。


 地竜グラン・レックス。


 王国の騎士たちが、命懸けで討伐する存在。


 それを――。


 木の枝一本で。


 一撃。


「…………」


 シエナは改めてバルダスを見る。


 本人は何事もなかったかのように、馬車の様子を確認している。


「先生」


「何だ?」


「王都に着いたら……」


「うん」


「絶対に、勝手に剣を振らないでください」


「……?」


 バルダスは不思議そうに首を傾げた。


 シエナは確信した。


 この男は――。


 まだ、自分の強さを理解していない。


 いや。


 理解していないどころか。


 自分が何をしでかしたのかすら、分かっていない。


 そしてシエナは、この時まだ知らなかった。


 この程度の騒ぎなど。


 バルダス・グリフという男が王都で巻き起こす騒動の――。


 ほんの始まりに過ぎないことを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。