↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僻地の木こり、実は世界最高峰の剣客につき〜かつての弟子に連れ出されて王都で無双する〜  作者: 森羅万象


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/12

第1話:最果ての村の枯れた剣

王国最北端。


 鬱蒼とした原生林に囲まれ、街道からも遠く離れた小さな村がある。


 人の往来も少なく、王都から訪れる者など滅多にいない。


 そんな辺境の村に、朝靄が立ち込めていた。


 村の中央にある広場で、一人の男が木剣を握っている。


 バルダス・グリフ、四十二歳。


 白髪の混じり始めた髪を無造作に束ね、粗末な村人用の服を着たその姿だけを見れば、どこにでもいる中年男にしか見えない。


 だが――。


「……ふむ」


 バルダスは静かに木剣を振り下ろした。


 ヒュッ――。


 空気を裂く音が、朝靄の中に響く。


 続けて一歩。


 さらに一歩。


 剣を振る。


 止める。


 踏み込む。


 振り返る。


 それを何度も繰り返す。


 やがてバルダスは剣を下ろし、小さく首を傾げた。


「……やはり、踏み込みの瞬間に、わずかなブレが出るな」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 本人にとっては、真剣な反省だった。


 二十年近く繰り返している基本動作。


 それでも、まだ完璧ではない。


「もう少し腰を落とすか……いや、それでは次の動作が遅れる」


 木剣を見つめながら、バルダスは考え込む。


 その姿を見た村人がいれば、きっとこう思っただろう。


 ――また先生が一人で剣の稽古をしている、と。


 それだけだ。


 彼が一振りするたびに、周囲の空気が僅かに震えていることにも。


 その足運びが、熟練の騎士ですら目で追えないほど洗練されていることにも。


 誰も気づいてはいない。


 そして何より――。


 本人が、最も気づいていなかった。


     ◇


 バルダスがかつて剣を学んでいたのは、王都だった。


 若かりし頃、王立騎士養成所の門を叩いた。


 剣士として名を上げる。


 騎士になる。


 あわよくば、王国を代表する英雄になる。


 そんな夢を抱いていた。


 だが、現実は甘くなかった。


 周囲には、幼い頃から剣を振ってきた者。


 魔力に恵まれた者。


 一度見ただけで技を覚える天才。


 そして――生まれながらにして人並み外れた才能を持つ者たちがいた。


 バルダスは、その中に埋もれた。


 何をやっても一番にはなれない。


 努力しても、天才たちとの差は縮まらない。


 やがて彼は、剣の道を諦めた。


 故郷へ戻り、小さな村で暮らすようになった。


 それから二十年。


 村の若者に剣を教え。


 薪を割り。


 畑を手伝い。


 時には森で獣を狩る。


 そんな静かな生活を送ってきた。


 本人は、自分の人生をこう考えている。


 ――大成しなかった。


 ――才能がなかった。


 ――ただ、それだけだ。


 だからこそ、彼は二十年間、誰に褒められることもなく基礎を繰り返した。


 天才たちのような派手な技など知らない。


 特別な秘伝もない。


 ただ、一つ一つの動作を見直し続けた。


 踏み込み。


 体重移動。


 腰の回転。


 剣の軌道。


 呼吸。


 重心。


 一日。


 また一日。


 十年。


 二十年。


 その結果――。


 本人が「まだまだ未熟だ」と思っている基礎動作は、いつしか人の領域を遥かに超えていた。


 だが、それを指摘する者は誰もいなかった。


 この村には、彼より強い剣士など存在しなかったからだ。


「……もう少しだけ、速くできるはずなんだがな」


 バルダスは木剣を握り直す。


 その瞬間だった。


「――相変わらずですね」


「……ん?」


 背後から声がした。


 バルダスが振り返る。


 そこに立っていたのは、一人の少女だった。


 純白の甲冑。


 腰に吊るされた細剣。


 長い金髪が朝風に揺れている。


 まだ十九歳という若さにもかかわらず、その名を知らぬ騎士はいない。


 王立騎士団所属。


 王都最速の剣士。


 その異名は――。


「……シエナか?」


「はい。お久しぶりです、先生」


 シエナ・アルベルティ。


 王都では「神速の乙女」と呼ばれる、王国最高峰の騎士の一人である。


 バルダスは目を丸くした。


「大きくなったな。最後に会ったのは……いつだった?」


「八年前です」


「そうか。もうそんなになるのか」


 懐かしそうに笑うバルダス。


 だがシエナは笑わなかった。


 むしろ、どこか呆れたような表情でバルダスを見つめている。


「先生」


「ん?」


「どうして、まだご自身のことを凡人だと思っているのですか?」


「…………は?」


 バルダスは間の抜けた声を漏らした。


「いや、何を言っているんだ。俺は昔から大したことはないだろう」


「昔から?」


 シエナの眉が僅かに動く。


「先生が王都を去ってから、二十年です」


「そうだな」


「その二十年間、先生は毎日剣を振っていた」


「まあ……暇だったからな」


「……」


 シエナは深く息を吐いた。


「先生。あなたは昔から、才能のある者には勝てないと言っていましたね」


「実際そうだったからな」


「違います」


 シエナは即答した。


「先生は、才能のある者と同じ土俵に立とうとしなかっただけです」


「?」


 バルダスが首を傾げる。


 シエナは腰の細剣に手を添えた。


「言葉で説明するより、実際に見ていただいたほうが早いでしょう」


「……何を?」


「先生。構えてください」


「俺と?」


「はい」


「いやいや。お前、王都の騎士団で――」


「構えてください」


 有無を言わせぬ声だった。


 バルダスは困ったように頭を掻く。


「……仕方ないな」


 そして木剣を構えた。


 その瞬間。


 空気が変わった。


 シエナの表情から、一切の私情が消える。


 足が僅かに沈む。


 次の瞬間――。


 姿が消えた。


 いや。


 消えたように見えた。


 王都でさえ、防ぐことは不可能と評される神速の突き。


 狙いはバルダスの胸元。


 一直線。


 迷いはない。


 ――速い。


 だが。


「……そこだな」


 バルダスの身体が動いた。


 本人には、考える時間などなかった。


 ただ長年染みついた感覚に従っただけだった。


 木剣が僅かに傾く。


 細剣の軌道を、ほんの数センチ逸らす。


 そして――。


 パキィン!


 乾いた音が響いた。


 シエナの細剣が弾かれる。


 同時に、バルダスの木剣が彼女の喉元で止まっていた。


「…………」


「…………」


 二人の間に、静寂が落ちる。


 バルダスは自分の手元を見た。


 そしてシエナを見る。


「……あれ?」


 本人だけが、何が起きたのか理解していない。


「今の……たまたまだろう?」


「…………」


 シエナは答えなかった。


 ただ静かに細剣を収める。


 そして――。


 深々と頭を下げた。


「やはり……」


「?」


「先生は、何も変わっていません」


 顔を上げたシエナの瞳には、尊敬とも畏怖ともつかない光が宿っていた。


「王都で誰も防げなかった私の突きを、先生は木剣一本で受け流した」


「いや……受け流したというほど大したことでは」


「大したことです」


 きっぱりと言い切る。


「先生。あなたは自分が何者なのか、まだ理解していない」


「何者って……」


 シエナは胸元から一枚の羊皮紙を取り出した。


 そこには王家の紋章が刻まれている。


「王国国王陛下の勅命です」


「……勅命?」


「はい」


 シエナは姿勢を正した。


「バルダス・グリフ殿」


 そして、正式な口調で告げる。


「あなたを王立騎士団最高師範として、王都へ招聘する」


「…………」


「王都へお越しください」


「…………いや」


 バルダスは困ったように頭を掻いた。


「俺はただの村の剣士だぞ?」


「違います」


「薪割りと畑仕事しかしてないぞ?」


「それも知っています」


「王都には俺より凄い奴がいくらでもいるだろう」


「いません」


「……本当に?」


「本当に」


 シエナは即答した。


 そして、ほんの少しだけ微笑んだ。


「先生。二十年間、誰にも知られることなく磨き続けたその剣を――」


 一歩、前へ出る。


「今度は世界のために使ってください」


 朝靄の向こう。


 遠くに広がる原生林から、鳥の鳴き声が聞こえた。


 バルダスは手にした古びた木剣を見つめる。


 これまでの二十年間。


 ただ、自分には才能がなかったと思っていた。


 だから人目につかない場所で、ひたすら基礎だけを磨き続けた。


 それがまさか――。


「……俺が、最高師範?」


「はい」


「王立騎士団の?」


「はい」


「……俺が?」


「先生以外に誰がいるんですか」


 シエナの返答に、バルダスはしばらく黙り込んだ。


 そして。


「……参ったな」


 困ったように笑った。


 こうして。


 本人だけが自らの強さに気づいていない、最強の凡人――バルダス・グリフの、遅すぎる立身出世劇が幕を開ける。


 四十二歳。


 人生の盛りをとうに過ぎたと思っていた男の第二の人生が、今まさに始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。