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第七話

 ――数時間前、神人族領土内、ダリラから約三百キロ地点――


「ヴァルキューレ様」


「……探知しましたか、そこは褒めてあげましょう。 ですがヴァルヴァード、今一度言いますが、勝手な行動はしないように。 わたくしの当初の指示通り、その範疇でのみ動いてください」


 空を飛ぶ二人の神人族は、ダリラから約三百キロ地点を飛行していた。 種族平均最大速度千キロを超える速さで飛べる彼女たちではあったものの、それをある程度落としての飛行である。 全速力で飛ぶ理由も、意味も、彼女たちには存在しない。


 そして、ダリラから遠く離れているそこで、ヴァルヴァードは持ち前の索敵能力で異変に気付いた。 ヴァルキューレが知力突出の神人族であるように、ヴァルヴァードは直感値が秀でている。 危険の察知、そして今感じたように、魔力の流れの異変……ヴァルヴァードは三百キロ離れた地点から、ダリラで巧妙に隠された()()()()()()()()()()()()


「あの者共でしょうか?」


「違うでしょう。 カノと言いましたか? アレは。 あの男は恐らくわたくしたちを挑発し、何らかの罠に嵌めるつもりですが……先が読めませんね。 それに、今回設置されているソレは、あまりにも作戦らしい作戦とは言えません」


「……ですね、あの男の罠に嵌った間抜けは私だけでしょう。 この私が、あそこまで取り乱すとは」


 その言葉を受け、ヴァルキューレはヴァルヴァードに視線を向ける。 ヴァルヴァードは従来短気な性格であり、ヴァルキューレとしては怒り狂わないという方が想像できなかったのだ。 カノとリーンの登場は予想外ではあったものの、今回のこれは大筋ではヴァルキューレの予想通りと言っても良い。 しかし、今さっきヴァルヴァードが口にした「この私が、あそこまで取り乱すとは」という言葉は、想定外であった。 一体この子は何を言っているのか……そんな慈悲にも近い目を向け、悔しさから指を噛む若き戦乙女を眺める。


「あ、そういえば」


「どうかしたんですか?」


 すると、突如何かを思い出したかのように、ヴァルヴァードは顔を上げる。 速度が落ちることはなかったが、何かを考え付いた、或いは気付いたような表情を見せた。 それを見ていたヴァルキューレが尋ねると、少しの沈黙のあと、ヴァルヴァードは口を開く。


「ヴァルキューレ様、もし良ければ私のことを一度、叩いて頂いても宜しいですか?」


「……」


 神人族には変わり者がとても多い。 その中でも妙な性格だったヴァルヴァードではあるものの、ここまでおかしくはなかったと、ヴァルキューレは思い返す。 しかし、ヴァルヴァードはこのとき、カノに叩かれた……殴られたことを思い返し、ヴァルキューレにそう依頼をしたのだ。


 ヴァルヴァードからしてみれば、カノに殴り飛ばされたそのとき、顔に走った僅かな痛み、地面へ倒れ、見下されたこと。 その悔しさを忘れたくなくての依頼だった。 が、ヴァルキューレからしてみれば、それはただの変態にしか映らない。


「あのときの悔しさ……痛み……こう、体の中にまるで火が点ったように、全身が熱くなったのです。 あの感覚を忘れたくなく……」


「わたくしはあなたみたいなサディストではないので、他の神人の方に頼んでくださいな。 それと、ヴァルヴァード」


 その言葉でヴァルキューレは、ヴァルヴァードが何をされたのか理解した。 そしてヴァルヴァードの悔しさは、ヴァルキューレにとっても多少は分かるものだった。 ()()()()()()()()だ。 そんな仲間思いのヴァルキューレも、一度はヴァルヴァードを切り捨てようとしたというのに、そのことは二人共に既に忘れている。 神人族は結果を何より大事とし、それまでの過程は過ぎ去ってしまうと忘れることの方が余程、多い。 今回で言えば、ヒューマンを滅ぼすことにあるように、そして万が一それが実現した場合、カノやリーンは記憶から消し去られてしまうだろう。


 それを理解していたヴァルキューレは、ヴァルヴァードのためを思い、告げる。


「あの男、カノはあなたに譲りましょう。 殺すなりペットにするなり弄ぶなり、自由にして良いです」


「……はい!」


 ヴァルキューレの言葉に、ヴァルヴァードは顔を紅潮させて答える。 その口から少量のヨダレが垂れていたことについては、ヴァルキューレは決して触れないようにしたのだった。




 ――現時刻、ヒューマン族本国、ダリラ――


「ようこそ、遠い場所からご足労頂き申し訳ない」


「御託は良い、それに我々が向かわなければ、殺される立場でしかないお前らは外に出ないであろう? 家畜」


 両手を広げ挨拶をしたライルに向け、ヴァルヴァードは冷たく言い放つ。 前回であれば、ヴァルキューレもそれを止めてはいただろう。 が、既にヴァルキューレも手を噛まれた立場というのもあり、何も言わない。 そしてこのヴァルヴァードの行動は、予め指示されていた行動の範囲内であった。 ヴァルキューレが指示した内容はただ一つ。 カノとリーン、あの二名に会えなくなるようなこと以外は、何をしても良いというものだ。 彼女たちにとっての問題は、あの二人に会うことができるかどうか、この一点に集約されている。


「これはこれは失礼致しました、ヴァルヴァード様。 ご案内致します」


 しかし、そんな罵倒を軽く受け流し、ライルは言う。 軽く下げた頭をヴァルヴァードは数秒見つめ、口を開いた。


「おい雄犬、私の足を舐めたそうな顔だな。 良いぞ、舐めてみろ」


「……は?」


 ヴァルヴァードは下げた頭、その視界に映るよう、足を差し出す。 見るからに少女という外見からは想像が出来ない言葉、そしていきなりのことで、ライルは会話の流れを飲み込めない。


「何をしている? 早くしろ。 ご主人の命令が聞けないか? 舐められないならば、我々はラピュエルに帰還する。 話す価値など存在しない。 貴様らも話がしたいのだろう?」


 ヴァルヴァードがけしかけたのには、意味があった。 当然、ただただ自己の性的欲求を満たす目的もあったものの、その大半は魔砲の存在に気付いていたからである。


 一体この者はどれほどの覚悟の上で我々を殺したいのか、どれほど成し遂げたいのか、それは果たして自身のプライド、誇りを捨ててでも遂行することなのか。 その程度を見たく、ヴァルヴァードは足を舐めろと命じたのだ。


「……」


「ふはっ! なんだその顔は? 良いぞ、愉快だ。 家畜としての何たるかを心得ているな」


 ライルにとって、それは到底簡単にできることではない。 騎士として以前の話……人間としての尊厳を踏みにじり、嘲笑う、これが神人族のやり方だ。 だが、これを逃したらチャンスは訪れることはない。 既に魔砲の準備は済んでおり、魔力の塊からは全ての魔力を抜き終わっている。 つまり、次のチャンスは存在しない。 今回だけしかない、最後にして最大の好機。


 決意を固め、ライルは膝を曲げる。 その姿を見て、ヴァルヴァードは再び告げる。


「やはり良い、それをする覚悟があるのならそれでな。 だが貴様、良く覚えておけ。 もしも我々神人族を欺こうとしているのであれば、そのときは覚悟を決めてもらうぞ」


 ヴァルヴァードは言いながら、ライルの顔へ自身の顔を近づける。 傷一つなく、作り物、人形のように美しい顔だ。 そんな顔で、まるで犬に物を教えるような言い方で笑いながら忠告をする。 そんな忠告を受け、間近でその顔を見たライルは恐怖した。 バレているのか、騙していることが。 そんな思いが錯綜する。


「行け」


「……行け、とは?」


 そこへ案内しろと、そう言っているのか。 バレたら何もかもが終わり、神人族は未来永劫討ち取れず、我々ヒューマンは支配されるのも遠くない未来である。 ライルは焦り、そろそろ覚悟を決めなければと、思い始めた。 が、そんな焦燥感溢れるライルを見て、ヴァルヴァードは告げる。


「決まっているだろう? 我々が何のために来たか、あの二名と話をするためだ。 それとも何か、他に案内すべき場所でもあるのか?」


「……いえ、そのような場所は。 ご案内致しましょう」


 ライルの言葉を受け、ヴァルヴァードは口角を吊り上げた。 そのままヴァルキューレの方へ視線を向け、これで良かったかと目で問う。 それを見たヴァルキューレは目を瞑り、小さく頷いた。 肯定……つまり、問題がないということ。


 神人族の二人は、このときライルたちが何をしようとしていたのかを理解していた。 かなり精巧に隠してあるが、探知能力に長け、SSランクを誇る直感値を持つヴァルヴァードがそれを見逃すわけもなく、自分たちに攻撃を仕掛けようとしていることは容易に想像が出来ていた。 その場所、威力ですら把握をできていた。


 ヒューマンの本国であるダリラの中では、神人族の二人の攻撃は全てが無効化される。 が、逆の場合はその限りではない。 本国に無断で侵入してくる他種族に対しては、一切のデメリットなく一方的に攻撃を仕掛けることができる。 その常識は、この『ワールド』に暮らす者ならば誰もが知っているもので、ライルも当然理解していた。 そして、神人族の二人はそれを知りながら訪れている。 そこにあるのは、慢心だ。


 神人族は、自身らの強さに絶大な自信を持っている。 かつて、一人の神人族が百人に及ぶ他種族を蹴散らしたという逸話もあり、事実それを簡単にこなすほどの戦闘能力を有している。 仮に、神人族が敗北する可能性がある種族を挙げるとするならば、それは魔王族くらいのものだろう。 だが、魔王族(彼ら)神人族(彼女ら)は、自身たちの存在がある種のストッパーになっていることを理解しているため、争うことはない。


 そんな神人族に弱点が存在するとすれば、まず挙げられるのは数だ。 三十という他種族と比べ、圧倒的に少ない数、当然神人族にも体力はあり、それを削り切れるほどの数をぶつけることが可能ならば、結果は分からないとも言える。 が、そもそも三十の神人族を削り切れる数を持った種族は、この『ワールド』には存在しない。


 しかし、もう一つの弱点。 それが、神人族のプライドの高さと、余りあるその力だ。 故に傲慢、故に慢心、故に油断が常にあり、付け入る隙があるとすればそこしかない。


「こちらです」


「ほお……どうやらヒューマンでも、住んでいる場所は悪くないようですね、ヴァルキューレ様」


「そうですね。 我々の地は建物という建物はないですし」


 随分と長い廊下を抜けた先には、大部屋が広がっている。 その部屋を見て、二人の神人族は初めて関心を示した。


 ステンドグラスとシャンデリアが設置された巨大な議会塔は、主に国王会議で使われていたものだ。 今現在は国王が不在ということもあり、殆ど使われることはない。 巨大な長テーブルが中央に置かれており、その席数は片側に十席、上座と下座を合わせて二十二にも及ぶ。


 議会塔へ到着した二人は、その光景を見て、感嘆とも取れる声を漏らすとすぐさま席へと腰をかけた。 ヴァルキューレは迷うことなく上座へ、その横へヴァルヴァードが座ることなく立ち尽くす。


「時間を指定したというのに、あいつらはまだか」


「今手配を致しております。 すぐに連れて参りますので、少々お待ちを」


「……ふむ。 それまでの間、話し相手が欲しいな」


 ヴァルヴァードは笑みを浮かべ、ライルの顔を見て言う。 当然、ライルはこの時点で何も手配などしていない。 全てはこの二人を倒すため、殺すためのものであり、それまでの間など存在しない。


 ライルは狼狽えた。 ここに残れば、魔砲を撃てば自分は間違いなく死に、しかし撃たなければ全てが台無しとなる。 少なくともすぐに死ぬということはないが、神人族に勝つことは一生敵わない。


 一瞬の内にライルは葛藤する。 自身の命か、ヒューマン族の未来か。 その二つを天秤にかけたとき、騎士である彼の心は決まっていたと言えよう。


 ……致し方ない。 そう、ライルは決意を固める。 そして、口を開こうとしたそのときだ。


「ふは、やはり良い。 貴様と話したところで得られるものなどない。 とっとと下がれ、不快だ」


「な……く……畏まりました」


 ライルはこのとき、理解した。 この神人族は、自分のことを弄んでいるのだと。 先ほどの「足を舐めろ」という命令といい、今の「話し相手になれ」といい、自分が決意を固めた瞬間に、その決意を無駄にする発言をしてきている。 発言一つで貴様の決意など無駄となる、と言わんばかりに。 決意を貫き通させない、馬鹿にするように、戯れるように。 他者の尊厳を愚弄することこそ蜜の味とする、醜悪極まりない種族だとライルは思いながらその場を後にした。 そして、その動揺がライルに気付かせることを阻んでいた。 普通、ただ話し相手となれと言われただけで決意を固めることなどないという事実に。


 そして同時刻、城の地下牢に幽閉されている二名にも、動きが起きる。

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