第六話
「どうするおつもりなのですか、ライル様。 彼らを牢獄に入れたのが、もしもロッド様に知れたら……」
「問題などない。 どうするか? 決まっているだろう。 直々に私が出向き、場を治めるしかない。 そうすれば、なんの問題も生じていないのと同義だ」
ライル・ハーメリーは、かつてダリラの支柱とも呼ばれた人物である。 ロッド・ロイル、ナーシャ・サンチェス、クロード・モント、そしてライル・ハーメリー。 ロッドが主に外交関係を取り仕切り、ナーシャは国内情勢の精査及び治安管理、クロードは物資管理及び物資調達、最後にライルが取り仕切っていたのは、傭兵隊だ。
若き碧眼の騎士、ライル・ハーメリーとはダリラに暮らす者であれば誰しもがその名を知っている。 かつて、ヒューマンがまだ三つの国を保有していたとき、最後の最後まで鬼神の如く剣を振り続けた男である。 ライルの祖国、ネスポワールという名の街は、今現在エルフによって占領されており、しかしそこがエルフの襲撃を受けた際、果敢にも戦い続けた男が、ライル本人だ。
彼は彼なりに、ヒューマンとしての誇りを持っていた。 そして、自身の腕に絶対の自信も持っていた。 かつてエルフと戦い、優勢とまではいかないが、精霊魔法と呼ばれるものを相手に、引かずの戦いをしたことによって。
「しかしライル様、神人族はとても話が通じる相手では……ロッド様も頭を痛めておりますし……」
ライルの付き人である老爺は言う。 が、ライルは鼻で一度笑ったあとに口を開いた。
「簡単な話であろう? あの馬鹿二人……カノとリーンといったか。 あの者たちのおかげで、既に神人族は我らヒューマンと交易関係を持つ気はない。 が、今日の午後には奴らは再び訪れる」
ライルが断言するのにも理由がある。 つい先日、カノとリーンが神人族に啖呵を切ったその日の夜、一通の手紙が神人族から送られてきた。
『明日、午後六時。 我ら神人族は再び訪れ、会議を要求する。 その場に昼の者二名を同席させよ』
その二名とは言うまでもなく、カノとリーンのことだ。 だが、それを受け取ったライルはすぐさま二人を牢獄へと閉じ込めた。
「くだらん。 数百年に一度訪れる英雄? 神人族を倒す? 馬鹿を言え、突如として現れた者にそんなことができるはずがない」
言い切るには、それなりの理由があってのこと。 神人族には誰も敵わない、それが常識であり一般的な認識であるのは明白で、しかしライルはカノと奇しくも似通っていた。 ヒューマンが獣に負けるはずがないという部分でだ。
「……まさかとは思いますが、ライル様」
「たまには察しが良いな。 私は今日の会議で神人族を討つ。 その首を持ち、恐怖に慄く彼奴らの国を攻め落としてやろう」
傭兵隊を率いるライルは、逃亡した国王の先代の時代から軍を率いていた。 そしてダリラに来てからはずっと、国王の四柱として君臨していた。 その栄誉ある立場故、国の機密に触れることは多々あり、それの一つ、そしてライルが何度か目にした物が存在する。 およそ十数年、その年月の間、大量に備蓄されていた魔力の塊だ。
「奇襲で仕留めるぞ。 城の地下に魔砲台がある、それに全ての魔力を注ぎ込み、消し飛ばせ」
「お待ち下さい、ライル様。 それをしては、我が国の戦力はないも同然となってしまうかと……」
老爺の進言はもっともである。 ヒューマンにおける最後の力が、その地下に貯蔵された魔力の塊であったからだ。 それ以外ではろくな兵装はなく、とても使い切ってから戦える方法はない。 が、当然ライルもそれは計算の内であった。
「彼奴らはその強さに絶対の自信を持っている。 故に、仲間が殺されたとなれば思い知るだろう。 獣本来の特性、どちらの立場が上か、そして神人族を殺す方法をヒューマンは持っている、とな。 それを思わせれば、後はこちらのもの。 多少無理な交渉だとしても通すことは可能だ」
かくして、ライルは神人族を迎え撃つべく陣を作るべく城内を歩く。 周辺住民には避難させ、会議の場である城の離れにある議会塔を消し去るべく。
「思い知らせてやる、人になり損なった獣め」
かつて、ライルは戦い抜いた末に敗れ、その身を引かされたことがあった。 エルフ族との領土の奪い合いは、ヒューマンが一度も勝てることなく、全て敗れたのだ。
しかしその戦いの上で、ライルには確かな手応えがあった。 剣技でのエルフとの一騎打ち、体力差や周囲の状況でジリジリと押されはしたものの、一騎打ちの内容だけで見れば優勢だったのはライルだったのである。
そこでライルは理解した。 最弱と呼ばれ、蔑まれ見下され指をさされて笑われるヒューマンでも、死力を尽くせば他種族を上回れるということを。 しっかりと策を練り、戦力を整えれば勝てる方法もあると。 結果的には敗北したものの、ライルはその戦いで得たものは大きすぎると思えるほど、実感していた。
敵に勝つとは、敵のことを知ること。 総合的に負けているのなら、頭を使い勝つこと。 ライルはそれから、他種族のことを調べあげた。 既に本国であるダリラしか国は残っておらず、情報量こそ少なかったが、そこには大きな情報があった。 当初は役に立たないと思われた物……神人族に関する資料だ。
種族分類:神人
ステータスパラメーターオールSランク、知力値は他に類を見ないSSランクであり、彼女らの知能は突出している。 耐毒、耐魔法、耐火、耐雷、耐物理、耐水を高い数値で保有しており、自己再生機能も有す。 彼女たちを殺害するならば、絶大なる攻撃、彼女らの耐性を上回る一撃を使い、一瞬にして消し去る他ない。
それを見たライルは、すぐさま地下にあった魔力の塊、その出力を計算した。 これほどの魔力の塊は、魔法に特化した種族、ウィザードですら保有していないだろうと思わせるほどのものだ。 そして、数日かけて計算し、それを放ったときに起きることをライルは叩き出した。
結果、魔力の塊を使用し、魔砲を放った場合、発射方向約百キロに渡り、存在したもの全てが消し飛ぶほどの火力を出せる、との結果が出た。 単純計算ではあるが、百二キロトン……原子爆弾を前方にだけ集約させ撃ったとして、約二十発分にも及ぶ絶大なものである。
それからライルは魔力の塊の管理、保存を徹底して行った。 更に、余裕があれば更なる魔力の貯蔵さえも行い、今現在の火力はライルですら把握できていない。
「ライル様! 付近の住民の避難が完了致しました!」
「ご苦労。 念の為、衝撃に備え、バリケードも張っておけ。 何分、今回のは私ですらどれほどのものか分からないからな」
「はっ!」
時刻は夕暮れ。 着々と神人族がやって来る時間に差し迫っている。 準備は既に終わり、後は神人族の到着を待つのみだ。 魔砲は会議塔から建物を更にひとつ挟み、設置してある。 更にそこから城の地下まで管を伸ばし、そうやすやすと悟られはしないよう、最善の注意を払って行われた。
「神を名乗る獣め……私たちヒューマンを甘く見るなよ」
「ライル様、いよいよですね。 あの生意気な奴どもを殺せると思うと……」
ライルの部隊の一人は、言いながら涙を流す。 これまで、数多くの屈辱を味合わされた者たちは、皆神妙な表情をしていた。 ライル自身は未だ、直接会うことはなかったものの、神人族がしてきたことは耳に挟んでおり、それ故許すことはできなかった。
自らを蔑むことを言わされ、更にこの国へ来ていた神人族は足を舐めさせることを好んだと聞いていた。 ライルはそのことを思い出し、歯を強く食いしばる。 人の尊厳を傷付け、踏みにじり、あまつさえ足を舐めさせるなど、騎士であるライルにとっては、とても人がすることとは思えない。 そして、やはり神人族と分かり合うことは未来永劫ないと強く思う。 最早、人ではなくただの獣……人の形をした醜い獣だと。
その点、実のところライルはカノとリーンのことを高く買っていた。 誰しもが屈した神人族相手に、若き二人は正面から言いたいことを言いのけ、一切臆することないその精神は優れたもの。 しかし同時に、神人族を軽く見過ぎはしない方が良いという警告も含め、二人を幽閉したのであった。
「ライル様!」
「ああ、来たな」
遠くの空、夕闇を背中に飛翔する者が二人、ライルの視界に映った。 ライルの位置からでも分かるほどに白く、綺麗な羽を広げ、大空を優雅に飛ぶ者たちだ。 神人族、この世界にて、個としては最強とまで言わしめる絶対の存在。 その絶世独立かつ絶対強者である天使は、圧倒的なオーラを持ち、再びダリラへと舞い降りた。




