第五話
「一体どうするつもりなんだ!?」
「勝手な真似をしやがって!」
「責任取れ! 責任!!」
それから、神人族がいなくなった広場では、今回の問題の張本人であるカノとリーンに矛先が向いていた。 いずれはこうなっていたかもしれないと、その場に居た誰しもが思いはしたが、その誰しもが責任を押し付けるために、行き場のずっとなかった責任を押し付けるために、カノとリーンを罵倒する。
「この国がここまで衰退した理由を垣間見ている気がするね」
「か、カノ……ど、どうするんですか、この状況」
「なるようになるさ。 世界はリーンが考えているより単純かつ明快なんだよ。 だから俺は、ここでひとつ、ご高説を垂れてみよう」
カノは小声でリーンに言うと、笑って人々に向けて言う。 その笑顔を見た時点で、リーンは嫌な予感しか感じなかった。 短い付き合いではあるものの、カノがこうして笑うときは、決まって何かをしようとしているときなのだ。 そしてその何かは、必ず悪い方向へと向かっている……そう、リーンは感じた。 本当にこの男に付いて行き、大丈夫なのか? この男は信用に値するのか? いくら英雄と言えど、こんなにも胡散臭く、人間らしくない人間に全てを任せて大丈夫なのか。 そんな思考を繰り返すも、止めることはできなかった。
「黙れッ!! どの道滅ぶ国、消え去る命だ! この俺がそれを引き受け、お前らの道筋を照らしてやるッ!! 信用できない者はいらない、付いてこれない奴は一生その場で吠えていろ。 俺が連れて行く世界を見たい奴だけ、黙って俺に付き従えッ!!」
「ッ……」
それを聞いた住民は、一様に黙り込んだ。 カノは自身が積み重ねてきた様々な経験、主にゲーム内ではあったものの、人の心を掌握する術を身に着けている。 いつの時代も人は、力強く突き進む男に憧れ、付き従い、同じ夢を心に灯す。 そして、その条件として絶望的な状況であればあるほど、騙される。 無論、カノには騙す気などは微塵もない。 本気でその光景を見せるつもりで口にしたのだ。 真宮風乃という男は、見た目で受ける印象よりも余程、熱い心を持つ男であった。
だからこそ、その言葉は心に響く。 嘘偽りなき本音、ありったけの声量で放たれた言葉は、消えかかっていた人々の心の炎を灯していく。
「……本気ですか? 本気で、あの神人族と戦うつもりなのですか?」
一人が口を開く。 先ほど、ヴァルヴァードの対応をしていたヒューマン、ロッドだ。 彼は一歩前へ出て、カノに問う。
「戦う? 違う違う、俺がするのは戦いなんかじゃあない。 戦いってのは、実力が見合ってこそ行われるものなんだからさ。 今回のこれは、こっちに分がある」
「……分かりました。 何者かは存じませぬが、他に縋るものも、頼れる者も、導いてくれる者もなし。 掴めるものが例え頼りない紐だとしても、今の私にはそれを掴むしかない。 このロッド・ロイルが全力でお手伝いを致しましょうぞ」
「悪かったね、頼りない紐で。 けれど、もしかしたらその紐はとても頑丈かもしれない」
そして、カノは続けた。 俺が今からするのは、戦いでも争いでも戦争でもないと。 俺がするのは、あいつらのプライド、領土、人心、その全てを蹂躙することだ。 そう愉快に告げたのであった。
次の日、カノとリーンは城へと連れられることとなった。 これを予期していたカノは、予めリーンが暮らす喫茶店兼自宅を勝手に寝床とし、朝起きてすぐに迎えに来た衛兵と共に、城へと連行されたのである。 長い坂を上り、巨大な広場を通り、やがて目の前には城がそびえ立つ。
「……カノ、カノ。 これ、どう考えても招待ではないですよね」
小声でリーンは言う。 カノは耳元で囁かれたことをくすぐったいと思いつつ、空気を読み、小さな声で返す。 その間にも歩みは止まらず、城内へと入ったカノたちは衛兵によって奥へ、奥へ連れて行かれた。
「……間違いなくね。 けど問題はないよ」
「……そのお気楽さは羨ましいです」
突然馬鹿にされたこともあり、カノはムッとなりつつリーンを睨む。 が、リーンは素知らぬ顔で歩くのみ。 前後左右は衛兵で取り囲まれており、さすがにこの場で喧嘩をするわけにもいかない。 その判断から、カノは後で何かしらの仕返しをすることとし、そのことは忘れることにした。
「入れ」
やがて、巨大な扉の前でその行進は止まる。 カノとリーンの手縄はそのままに、中へ押し込められるように入れられた。 その中は鉄の匂いがキツく、窓が存在せず、鉄格子の扉で……。
「……あれ? カノ? これ、どういう状況ですか?」
その中に押し込められたあと、ようやく手縄は外される。 そして閉じられる鉄格子、ガチャリという鍵を掛ける音が室内に冷たく響き渡る。
「まさか、知らなかったの? これは牢屋っていうものだよ。 結構有名だと思うんだけどな。 この世界にはないのか?」
「……」
言われたリーンは目をぱちぱちとし、笑う。 最早、笑うしかなかった。 とても数時間、数日で出られるとは思えない。 何も告げられず、無言で押し込められたということはそうでしかない。
「全然大丈夫じゃなあああいいいいいいいいいいい!!」
リーンは叫びながら、カノの体を揺することにしたのだった。
その日、カノとリーンが投獄された日の夜、各地で動きが起きた。
神人族が暮らす天空樹ラピュエル。 エルフが暮らす精霊の森エルヴンガーデン。 ウィザードが暮らす魔術都市アルガナハイム。 サモナーが暮らす孤島ライローン。 ウォリアーが暮らす溶岩地帯レッドグラウンド。 マーメイドが暮らす海中都市アクアキャッスル。 ビーストが暮らす鉱山ロックヘル。 ダークウィザードが暮らす湿地オケノス。 ダークエルフが暮らす暗闇洞窟ダーカーロード。 それら魔王を除く九つの種族は、その日に起きた出来事を耳にしたという。
最弱種族であるヒューマンが、最強種族とも言われる神人族に喧嘩を売ったと。
ある種族の者は言う。 所詮戯言、宣戦布告などは起きない、戦争など起きないと。
ある種族の者は言う。 ついにヒューマンも絶滅か、と。
ある種族の者は言う。 あいつらを囮に神人族を倒せないか? と。
全ての種族の者は言う。 神人族が今回の件に関わってくるならば、我々は手を引く他ない、と。
そのどれも、神人族が敗北する未来はない。 それほどまでに卓越した戦闘能力を持つ神人族は、たった一人で他種族の国家と渡り合えると目されるほどなのだ。 最強にして最悪の種族、気分で戦い気分で殺す、まさに災厄とも言える自然災害の類。 そんな災害に見舞われたヒューマンが生き残る道など、ほぼ全ての者は見出すことができなかった。
だが、そんな状況でも勝利を疑う者が一人居た。
「……あり得ない。 わたくしの加護が、発動するなど」
他でもない、そのヒューマンと対面したヴァルキューレその人だ。 彼女は実際に目で見て確認した。 自身の加護が、紛れもなく発動したということを。 つまり、知力に限って言えば自身のものがあの人間よりも劣っていると。
ヴァルキューレが戦慄したのは、ただそれだけの事実からではない。 他でもないヴァルキューレこそが、自身の知力には絶対の自身があったのだ。 類まれなる才能を持つ神人族、その中でも突出した知力値を彼女は持っていた。 だが、それでもあの人間に数値では負けた。 あの瞬間、ヴァルキューレは自身のプライドを踏みにじられた気分になったのだ。
「あってはならない」
ヴァルキューレは言い、天空樹に向かい祈りを捧げる。 その木の根元に置かれる王座、そして種族の指輪に祈りを捧げる。 あの一瞬、ヴァルキューレは寒気を感じていた。 ただの馬鹿で愚かで無礼な者が、恐怖の対象に一瞬だけでもなったのだ。 ヴァルキューレの嘘が容易く見破られ、そしてあろうことか神人族を支配すると言いのけたカノに。
「もう容赦はしませんよ、ヒューマン。 情けをかける必要も、慈悲も慈愛も与えはしません」
となれば、動きは当然決まっている。 まずは、ヒューマンに宣戦布告を受諾させなければならない。 そして、動きはなるべく早いほうが良い。
「神人たちに告ぐ。 わたくしとヴァルヴァードは明日、再度ダリラを訪れます。 不在の間、五名以上でラピュエルを守りなさい」
念話と呼ばれるそれは、ヒューマンでなければ使用ができるコマンドだ。 ヴァルキューレの飛ばした念話に十人ほどの神人が返答をし、通常ではあり得ないその命令を受け取った。
そう、通常あり得ない命令である。 神人族は一人にして軍と呼ばれるほどの戦闘能力を有す種族であり、個体差こそあれど、生半可な気持ちで相手をできる種族でもない。 つまり、護衛など一人が居れば充分すぎるほどであり、神人族が一人立つだけで、そこは絶対無敵の要塞ともなり得るほどだ。
そんな神人族を五人、ヴァルキューレは本国の防衛に当たらせる。 これは要するに、神人族がヒューマン族を敵として認識したことを意味していた。




