第四話
「……同盟?」
「はい、同盟です。 協力し合い、協調し合い、お互いがお互いを助け合い、物資の供給ラインを繋げ、幸せになる。 なんとも夢みたいな話ですが、水源が豊富なダリラと、自然と神秘が豊かなラピュエルが手を合わせれば、とても素敵な国になると思います」
ヴァルキューレが言うと、人々は口々に「おお」や「良い案だ」と声に出して言う。 それはまるで夢物語、先ほどまでヒューマンを見下していたヴァルヴァードのみが異常だったような、そんなことを思わせるセリフだ。 そこでは殆どの人々が喜びの感情を露わにする。 が、それを見せないのは三人だ。 一人はヴァルヴァード、一人はリーン、一人はカノ。 それぞれ思惑は違うだろうが、カノが「良い案だ」と思わなかっただけで、その案が実現されることはない。 それに、その提案はこちらに有利すぎると、カノは感じたのだ。
「ないない、あり得ない。 君の顔は内面の黒さを隠しているように見えるよ、俺みたいにね。 俺たちヒューマンを懐かせろって命令する性悪が、そんな慈愛と慈悲に溢れた提案をするとは思えない。 俺と同類だよ、お前は」
カノは自らの顔を指さし、言う。 表面上の態度が美しければ美しいほど、その内面は醜いほどに見難くなる。 故に黒く、底がない。 それを知っているカノだからこそ、ヴァルキューレが提案した嘘をすぐに見抜いた。
「……そう思われるのも致し方ないことでしょうか。 それでしたら、そうですね」
ヴァルキューレは笑う。 そして、ヴァルヴァードの下へ歩み寄り、跪くその頭を撫で始める。 ヴァルヴァードの顔へ自身の顔を近づけ、息もかかるほどの近さとなり、そこでヴァルキューレはようやく口を開いた。
「この者をあなたたちにあげましょう。 今までいたぶられた分を仕返しするもよし、慰み物にするもよし、見た目で言えば神人族の中でも美しく、気高いプライドも持ち合わせているので……それを折ってしまうのもまた一興。 どうでしょうか?」
「ヴァルキューレ様!? わ、私を売るなど……本気でそのようなことを……?」
「あら? 勝手なことをした罰としては丁度良いかと思ったのですが……あなたの安い命で信頼を得られるのであれば、お得でしょう?」
「そんな……」
ヴァルヴァードは言われ、顔を伏せる。 その目には涙が溜まっているようにも見えた。 それほどまでに悔しいことなのか、人前で弱さを見せず、神人族であることを強く誇りに思っていたヴァルヴァードにとって、それはまさに死の宣告とも呼べた。 自身がもっとも見下し、もっとも無能だと思い、もっとも無様だと思うヒューマンに飼われるなど、そんなことは断じて、断じて受け入れられることではない。
「馬鹿言うなよ、ヴァルキューレちゃん。 どのみち全部俺の物になるのに、どうして一人で妥協しないといけないわけ? 君は「これ全部あげるよー」とか言われて「いえいえ一つで充分です」とか言っちゃうタイプなの? ならそれ損してるからやめた方が良いよ」
カノはその一連の流れを嘲笑うかのように言う。 それを聞いたヴァルキューレは眉をぴくりと動かし、カノに尋ねた。
「一体何を仰っているのでしょうか? 全部とは、どういう?」
「おい見たかリラ。 あの高貴で高潔で知性豊かな神人族様が、俺みたいなヒューマン風情に質問をしてきたぜ」
「わ、わたしに振らないでくださいっ!! 本当にやめてっ!!」
唐突に話を振られ、しかもその内容が神人族を更に馬鹿にするような内容で、リーンは逃げるように顔を隠す。 先ほど、ヴァルヴァードに啖呵を切った姿はそこにはなかった。
「ヒューマンのお方。 わたくしの質問にお答え頂いても?」
ただならぬ雰囲気を放ちながら、ヴァルキューレは再度、カノに問う。 それを受けたカノは口元を吊り上げ、言い放った。 このときカノは「悪くない流れだ」と認識しており、ヴァルキューレのそれはうまく乗せられていると言っても良い具合に、カノの思惑通りであった。
「俺たちヒューマンは、あんたら神人族を支配下に入れる予定なんだよ。 それなのに今更たった一人で同盟という提案をされても、乗れないね。 そうだろ? リラ」
「だからわたしに振らないでーッ!! し、支配下だなんて……わ、わた、わたしは」
「なるほど、そういうことでしたか」
冷たく、突き刺すような声が辺りに響く。 一瞬、誰のものかと皆が視線を彷徨わせるが、その声は他でもない、ヴァルキューレのものであった。 静かなる怒り、それが感じられる声色だ。
「これほどの譲歩がありながら、それを無碍にする志。 さぞ気高き想いを抱いているかと思えば、まさに夢想の如き儚き夢。 良いでしょう、それほどまでにわたくしたちと戦争をしたいのであれば、わたくしたちにはいつでもそれを受ける準備が出来ております」
「さすが、神人族様。 けれどさ、甘く見てるなら気を付けた方が良いぜ? 俺はあんたより頭が良いから、足元には充分注意しておきな」
自身の頭を指さし、カノはヴァルキューレにそう告げる。 それを聞いたヴァルキューレは苦笑し、カノの目を見つめた。
全知全能の加護。 それは対象のステータスパラメーターが自身より上位の場合、その数値を一・五倍にし、自身へ付与する固有スキル。 対象の存在を意識するだけで発動が可能となり、まさしく全知全能な存在と言えよう。 ただし、そもそものステータスが非常に高い神人族にとっては、いざというときの飾りのような力でもあった。 殆ど全ての相手が、自身たちよりステータスは低いためである。
だが、念の為にとカノに向け、全知全能の加護を使用したヴァルキューレは驚愕する。
筋力値、修正なし。 俊敏値、修正なし。 体力値、修正なし。 魔力値、修正なし。 幸運値、修正なし。 魅力値、修正なし。 直感値、修正なし。 知力値……補正開始、現在の知力値に上乗せ完了。
「……これはこれは」
ヴァルキューレはそれを見ると、笑う。 久し振りに面白い相手が見つかったと、そう直感した。 この男が率いるヒューマンとなら、ひょっとすれば退屈しない戦いができるかもしれないと、ヴァルキューレは心の奥底で、数千年振りにそう思った。
「ヴァルヴァード、本国へ帰還しますよ。 今回の件、面白いものを見つけたということで許しましょう」
「……ッ! 勿体なきお言葉ッ!!」
ヴァルヴァードは先に飛んだヴァルキューレの後を追うように、空を飛ぶ。 その姿を見ながら、カノはリーンにこう言った。
「……神人族って、聖人っぽい名前なのに結構エロい下着履いてるんだね。 聖人じゃなくて性人ってこと?」
「……この変態ッ!!」
その直後、カノの体力がまた少し削れ、リーンの経験値が多少増えたことは言うまでもないことである。
「……」
ヴァルヴァードは、本国であるラピュエルの樹、その頂上に居た。 世界を見渡せるほどの巨大な樹は、雲を突き抜け、天へと届かんばかりの勢いである。 その上に佇む神人族の誇り高き少女は、今日起きたことを思い返していた。
もう少しで、自身はヒューマンの奴隷に落ちるところであった。 今までしてきたことを考えると、何をさせられるかは分かったものではない。 足を舐めさせられるかもしれないし、移動の道具とさせられるかもしれないし、更には……ヴァルキューレが言っていたように、慰み物とされることだって、考えられたと。 そう思うと悔しさで胸がいっぱいとなり、とても平常ではいられない。 だが……。
だが、ヴァルヴァードはこうも思った。 これだけ悔しい思いをするというのは、果たして私たち神人族だけなのか? それは、あのヒューマンであっても一緒なのではないか? だからこそあの少女……果敢にも、愚かにも立ち向かってきた少女は、私に歯向かったのではないか? 私に怒りを向けたのではないか? と。
ヴァルヴァードにとって、神人族とは最強の種にしてこの世界を治める種という認識が前提としてあった。 希少な存在と、天使の如き神々しい見た目、そして空を飛べるこの真っ白な翼。 このどれも他にはないもので、唯一無二の栄光でもある。 だから、自分がヒューマンと戯れること自体、ヒューマンは有難がっていたのではないか? 私に罵倒されることも、非難されることも、更に足を舐め上げることも、あいつらにとっては喜ぶべきことで、神人たる私の命令に尻尾を振って従うことこそ本望だったのではないか? そう、何度も何度もヴァルヴァードは思考を繰り返す。
「もしや、私は何かを間違えていたのか……? ヒューマンは、本来誇り高い者たちであるのか……?」
ヴァルヴァードは、誇りと忠誠に名高い神人である。 その気高さは神人族の中でも随一で、同種族であれば、先ほど酷い目に遭わされたヒューマンが見れば、卒倒してしまいそうな優しさも持ち合わせている少女である。 主従というのを絶対と認識しており、自らを従える者であれば、その命令に背くことはまずない。 同時に、同じ程度には道理が通らないことには納得しない人物だ。 最もそれは、同種族、自身と対等に話せる人物に限ってであって、ヒューマンや他種族が含まれることはない。 神人族から見た他の種族は全て、人間とペット、その関係と同一なのだ。
「いや、やはりあり得ない。 あの男と女だけが、私の手に噛み付いてきたのだ。 許し難い屈辱……ムカつくぞ! 私はSだ……私はSだ……絶対にMなんかではない……叩いて喜ぶのが私、叩かれて喜ぶのがその他だ! あの男と女、いつか必ず叩かれて喜ぶ体にしてやる。 私のこの手で、調教してやる」
そして、ヴァルヴァードという神人族の少女は、妙な方向に歪んでいたのであった。




