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第二話

「そう言えば自己紹介がまだだったね」


 それからカノは、少女に連れられ喫茶店のようなところを訪れた。 ようなところ……というのも、そこには店員が居ないからである。 店として機能はしていなさそうな雰囲気だ。


「あ、わたしもです。 わたし、リーン・ライラック・フェレスヘンザーチェルと申します。 一応、このお店はわたしのお店なんです」


 だからか、とカノは思う。 だからこの店は酷く寂れているんだなと、大変失礼極まりないことをカノは思っていた。 そして、そのことは口には出さず、別のことを口にする。


「リラで良いかな? 名前長いから」


「そこまで素直に言われたのは初めてですっ! 別に構いませんが……あの、あなたは?」


 いきなり略されたことでリーンは狼狽するが、すぐに冷静さを取り戻す。 落ち着いた後に自ら淹れた紅茶を一口飲み、上目遣いでカノのことを見た。 リーンにとっては初めて出会う人で、そこまで大勢が暮らしているわけではないダリーンで、見知らぬ人に出会うのは珍しいことである。


「俺は真宮……ああ、カノで良いよ。 今日ここに来たんだ」


「今日……? え、来たというのは、外から……? ま、まさか、他種族の方ですかッ!?」


 勢い良く立ち上がると、リーンはカノから大きく距離を取る。 怯えきった表情となり、今にも叫びだしそうな状況だ。 それもそう、ヒューマンにとって他種族とは、恐るべき力を持った外の者なのだ。 リーンが恐怖を感じるのも無理はないことであるが、さすがのカノもそうされては困るのか、リーンに分かるように状況の説明を始める。


「別の世界から来たって言うのが一番良いのかな? 種族はヒューマンだよ、人間。 伝わる? 一応君と一緒だよ」


「別の世界……?」


 リーンは口を開け、それを手で抑えつつも、驚きが隠せない表情となる。 それを見たカノは「やっぱり理解できないか」と思ったが、現実は違っていた。


「聞いたことが、あります。 数百年に一度、十一の英雄が現れると。 十一の英雄は覇を争い、自ら率いる種族を頂きに立たせる、と。 まさか、あなたは!!」


「そうだよ」


 思考することなく、カノは答えた。 そこで真実を言うということは目的までの道から逸れてしまう、ここで嘘を吐くことこそ、目的を達成するための近道だと、最早条件反射と言っても良いほどの早さで理解をしていた。 リーンを騙すためには、その聞いたことがない英雄の話に乗っかるのが得策。 そう思ったカノがすぐさま答えたのが信憑性を増していたのか、リーンはその言葉を聞くと口を手で覆っていた。 そして同時に、カノはとある操作を始める。 脳内で思考、接続ワールドの人数。


「……十人? へぇ、そういうことか。 でも、ちょっと妙かな」


 このVRMMOのプレイヤーは、たった十人しかいない。 恐らく、先ほどリーンが口にした設定が正しければ、各種族に一人ずつということ。 それを理解し、同時に疑問も湧いてきた。 種族の数は全部で十一、だというのにプレイヤーの数は十人。 一人、欠けている。


 しかし今考えても無駄だと悟り、次にカノはゲームマスターコールを行った。 必要な殆どの操作は脳内で行えることができる、便利なことだと思いつつ。


「か、カノ様? ど、どうか致しましたか?」


 英雄と分かった瞬間、リーンは丁寧な対応となる。 リーンの中では既に平手打ちをしたという事実は消えており、自らは英雄のために頑張るという志を持っていた。 なんとも単純な少女である。


「不在。 管理してる奴はなし、戻る方法はなし、死んだら終わりか。 異世界だね」


 この時点で、カノの頭からはゲームだという認識は消え去った。 もう一つの世界、自分が今居るここは、生まれ変わりの世界だと認識した。 そして、利用できる手は全てを利用する。


「パーティ申請、リーン・ライラック・フェレスヘンザーチェル」


「へっ!? わ、わたしですか!? よ、喜んでっ! パーティというのもちょっとお恥ずかしいですね」


 リーンが答えた直後、リーンのステータスがカノの視界に表示された。 レベル1、HPとMPは初期値、しかし経験値はほんの少し増えている。


「いくつか質問良いかな?」


「答えられることでしたらっ!」


 カノはリーンの答えを聞くと、その質問を始める。 今後の動き方は、それで決まると言っても良い。


「経験値が少し増えてるのはどうして?」


「……あの、もし怒っていらっしゃるなら、私なんでもしますので……どうか、私たちを捨てないで頂きたいです。 英雄様」


 カノの質問に、リーンはそう答える。 カノはそれを聞き、二つの答えを得た。 一つは、リーンの経験値が上昇しているのは、他でもないカノを殴ったことによってということ。 カノが仕入れた情報の中には街中でのシステム保護……所謂PK行為は行えないはずだった。 が、それが出来ており、更に経験値までもが上昇しているということは、同種族ならば例外なのだろうと察した。


 そしてもうひとつは、リーンは見ず知らずの自分に頼らざるを得ないほどに追い詰められているということ。 老婆に騙されたネックレスも、そんな程度のものに縋るしかなかったということだ。 この国の状況は、カノは少なからず把握している。 政府も機能しておらず、街というよりかはただの集落とも言って良い状況を。


「リラ、俺は別に怒ってないよ。 怒る理由もないし、意味もない。 だから次の質問だ」


 カノは言うと、続けた。


「リーンは、この国とここに住む人が好きか? 愛しているか?」


「勿論です! 懸命に生きている人々を愛しています!」


 嘘ではないと、カノは感じる。 何度かの会話の内、殆どをおどおどした態度で話していたリーンが、そのことを話すときは凛とし、カノの目を真っ直ぐと見て言い切ったのだ。


「もうすぐ、近い将来消えてなくなるというのに?」


「だとしても、最後までわたしは愛します」


 迷いがない答えだ。 カノは真意を確かめるべく、自身の答えを見つけるべく、質問を続ける。


「滅びると分かっているのに、なんの対策も立てず、ただただぼーっと過ごしているお気楽馬鹿たちのこともか?」


「……はい、例外などありません。 私が生まれたこの国の人々を愛しています、この国を愛しています。 ヒューマンという種族をわたしは愛しているのです」


 リーンは俯き、しかしはっきりとそう言った。 迷ったわけではない、そのような返し方だった。


「そんな馬鹿が沢山いるから、この現状だろ? 能なしはいくら集まっても所詮は能なしってことだね、他種族様から餌をもらって、それでなんとか食いつなぐ。 まるで奴隷だ、あはは」


「カノ様」


 カノが馬鹿にするようにそう言い、笑ったところで、リーンは顔を上げた。 その瞳には、怒りが灯っているようにも思える。


「いくら英雄と言えど、国を導いてくれると言えど、わたしが大好きなこのダリルを非難することはやめてください。 わたしは、あなたを許せなくなってしまいます」


 リーンは、怯えているようにも見えた。 それは、自らがそれをカノに言うことによって、国が救われなくなるかもしれないという、恐怖だ。 しかし、もしもそうなったとしても、リーンにはどうしても目の前で国を馬鹿にされることが許せなかった。 たとえそれが英雄だとしても、許すことができなかった。 それを言葉にするのに、どれほどの勇気と決意があったのか、少なくともそれは、否定されて良い気持ちではないだろう。


「申し訳ない」


 だからカノは頭を下げた。 リーンがカノに対して言った言葉は正しいものだ。 誇り、熱意、決意、そして意思。 それらを持ち、確かな言葉を重ね、リーンは想いをカノにぶつけた。 そしてそれは、カノが愛すものだった。


「リラが愛す国民を馬鹿にしたことを謝ろう。 リラが愛す国を見下したことを謝ろう。 リラ、君は俺の予想通りに素晴らしい人間だ」


 カノは笑顔をリーンへと向け、右手を差し出す。 急な態度の変化に戸惑いつつも、リーンはその右手を掴んだ。 それを確認したカノは、本来の目的をリーンへと伝えるべく、口を開く。


「民を愛し、国を強く想う。 そういう人が俺は好きなんだ。 これは冗談ではなく、本気でね。 俺って発言が軽すぎるって良く言われるんだけどさ、胸の内では結構熱い想い? も持ってるんだぜ」


 言動とは裏腹に、カノは身振り手振りを使って言う。 恐らくはそのようなわざとらしい立ち振る舞いが「発言が軽い」と思わせているのだろう。 が、事実カノはこのとき、面白いと感じていた。 面白く、自身が全力をかけて導いても良い、力になっても良いと、そう思ったのだ。 そして、確かなるその想いは人々を愛すリーンに届くのは、必然と言えた。


「わたしは、もしもこの国が救えるというのなら何でも致します。 ただ、その力がわたしにはなく……」


「心配ないさ、助けたいと想うことが大事なんだ。 俺は人間のそういうところが、たまらなく好きだよ。 それで、リラ。 今、君は何でもすると言ったね」


 屈託なく笑い、カノはリーンに向けて言う。 その笑顔を見て、リーンは数秒前の自分の発言を少しばかり後悔した。 少なくとも、この男の前でその発言は迂闊だったと思わざるを得ない、そんな空気をひしひしと感じていた。


「適正はバッチリ、だからリラ、俺と結婚しよう。 目指す先は世界征服、小さな喫茶店から始まる、世界征服物語を始めよう。 最低でも君の地位は王妃というナンバーツーだし、文句はないでしょ? ちなみに俺の前で嘘を吐いていたのなら、それ相応の罰を与える」


「け、けっこ……結婚!? か、かかっかかかカノ様!? い、いったい何を!? それに、わたしにだって想いというのもありますしっ!! いきなりそんな……」


「良いじゃん別に、減るものじゃないんだし」


「減るものはありますしっ!! バカノ!!」


 リーンは精一杯の声で言う。 それが、リーンからカノに対する呼び方が様付けではなくなった瞬間であった。 そしてそれを聞いたカノは、先ほどよりも()()()()に笑う。


「これもまた冗談ではなく本気だよ。 悪い夢は見させない、この真宮風乃が約束しよう。 まずは国の建て直し、それが終われば手始めに……そうだね。 俺たちヒューマンを食い物にしようとしている馬鹿共に、立場の違いを分からせようか」


 こうして、ひとつの物語が幕を開けた。 最終目標、世界征服。 最弱の種族からスタートする、最強の人間の話である。

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