第一話
城下町、ダリル。 そこがヒューマンと呼ばれる種族が持つ、最後の街であった。 この世界では前の大戦に置ける領土の奪い合いがあり、特別強いわけでなく、秀でた力も持たないヒューマンはたちまち領土を奪われていった。 大戦が終結した頃に残された街は、僅か三つのみ。 そしてその三つの内、二つはエルフ、ビーストの二種族に奪われ、今では残された領土は一つのみ。 その最後の砦たるダリルも、他種族から標的にされている状態だ。
「へえ、そりゃ大変だな。 で?」
「人事のように……これ以上知りたきゃ情報料、五百ルピルだよ」
カノはこの世界にやって来ると、まずは立場の把握と情勢の把握に務めた。 カノにとってはこの世界の全てが興味を惹くもので、中でも絶望的なこの状況が、堪らなく蜜の味に感じられた。 周囲からの圧力、圧制、それらを受け、今にも潰れてしまいそうな小国が、愛おしく感じていたのだ。
そんなカノがこの世界にやって来てから数時間、カノはある程度の知識を得るために、情報屋と名乗る老婆に様々な質問をしていた。
システム上のことは、この世界では「神の掟」と呼ばれており、それには多種多様なことが含まれている。 街中での攻撃無効可、宣戦布告システム、レベルが上がることで得られる恩恵……など。
「……俺から金を取ろうって? なぁ婆さん、それならあんたが知らない情報を教えてやろうか?」
「ふん、生意気な小僧だね。 このアタシが知らないことなんてないよ、寝ぼけたことを言うくらいならとっとと消えてくれ」
路地裏で情報屋をやっていた老婆は、金を搾り取れないと感じた瞬間、即座に嫌悪感を露わにする。 それはNPCでありながらまるで生きた人のようであったが、カノにとって重要なのはそこではない。 楽しいか、楽しくないか、その二択である。
「この国が未だに潰されない理由。 兵力もなく、どの種族にも対抗できる力がないにも関わらず、数年間無事な理由を知っているかい?」
カノは笑い、老婆の目の前に指を一本立て、言った。 そして、その情報は自ら情報屋を名乗る老婆ですら、知り得ないことであった。
「……宣戦布告のおかげじゃろうが、それは」
老婆が言う宣戦布告というものは、種族間に置ける戦争の開始のことを言う。 それを行うことで、種族が本国とする国……つまり、種族をまるごと支配下にすることが可能というシステムだ。 当然それを受諾するかしないかは宣戦布告を受けた側に権利が発生し、ヒューマンはひたすらそれを回避し、他種族からの支配を避けている現状だ。
「この国だけで大人数の面倒を見るにも限度があるでしょ? 今現在は他種族からの支援を受けている……どう?」
「……確かに。 それはその通りじゃ、支援を受けている事実はある」
老婆は支援と言ったものの、その実態は餌付けと言っても良い。 ヒューマンに残された最後の国、ダリルはとある物に恵まれており、そのための支援なのである。 そんな事実にも既に、得られた数少ない情報からカノは真実に辿り着いていた。 その真実は、このダリルに暮らすどの者よりも、核心に近いと言える。
「だろうね。 これはあくまでも予想だけど」
「予想……? 阿呆! そんなの話にならん! 確かな証拠を持ってして情報というのは役に立つ商品となるのだ!! 馬鹿にするのもいい加減にしろ、小僧ッ!」
カノが言葉を続けようとしたところで、老婆はカノに向け怒鳴り散らす。 老婆にとって情報とは商品で、何より価値あるものの塊だ。 その内容は日々変わり、それ一つで様々なものが動いていく。 老婆はそれを扱うことを誇りに思っていたのだから、そんな誇りを踏みにじるような真似をしたカノを怒鳴ったのは当然だろう。 が、怒鳴られた当人であるカノは、へらへらと笑っているが。
「いやでもね、俺も俺で自分の予想には絶対の自信があるんだよ。 俺は生まれてから一度も予想を外したことがないしさ。 だから婆さん、賭けをしよう。 もしも俺の情報が間違ったものだったら、俺の命を賭けよう」
カノは笑う。 その賭け自体を楽しむように、笑っていた。 それを見た老婆は薄気味悪さを感じ、警戒する。 しかし同時に、それほどまでに言い切る情報とやらに興味が湧いた。 ただの予想を賭けに使い、あろうことか自身の命を賭けるほど、絶対の自信がある情報……それは一体、どんなものかと。
「おばあちゃーん! 言われてたもの、買ってきたよ!」
と、そこに現れたのは一人の少女だ。 カノはその少女に視線を向け、そのまま見続ける。 栗色の髪を肩まで伸ばし、服装は薄い色のシンプルなチェニックで、一目見て庶民だと分かる格好だ。
「あ、え、えーと……な、なにか?」
「うん、君はその辺の女性とは違うね。 とても可愛らしい顔立ちだ」
「へっ!? か、かわ、かわかわかわかわかわいいッ!? わ、わたしがッ!?」
カノに言われ、少女は咄嗟に顔を隠し、その場にうずくまってしまった。 余程褒められることに慣れていないのか、性格はともかく外見は整っているカノに言われたからなのか、とにかく少女は恥ずかしさから、その場で顔を覆い隠してしまう。
「良かった、やっぱり面白い反応が見れたよ。 冗談冗談、嘘さ」
「……は?」
カノはそれきり少女に興味をなくし、老婆の方へ向き直る。 そして話の続きを切り出した。
「さっきの続きだ、情報屋さん。 気が変わったし、タダで良いや。 この国が未だに狙われない理由は、奪い合いをしているからだよ」
「……奪い合い、じゃと?」
カノは続ける。 この国に引き篭もり、この国より外の世界を知らない人のために。 カノ自身、ここから踏み出したわけではない。 だが、カノの頭の中では既に一つの事実が組み上げられていたのだ。
「この国が唯一誇れるところ、水さ。 ここでは水はとても貴重なものだからね。 それが豊富にあるダリル、そして難しくない領土の奪取、ぽつんとそんな土地があったとして、けれどたったそれだけの理由で、他種族が支配せずに放置しておくと思うかい?」
老婆はそれを聞き、まさかと思う。 老婆は今の今まで、それを信じて疑わなかった。 我がダリルには水資源が豊富にあり、それを効率的に得るためにあの種族は取引を持ちかけていて、あくまでも取引だったのだと、思っていた。
「奪おうと思えばすぐに奪える。 取引を止め、内部から崩し、やがてこの国からは人が消えるからね。 けれどそれをしない……できないんだよ。 たった一つしかないデザートを誰がもらうか、それで揉めてる現状ではね」
カノの予想は、的を射ている。 今現在、ダリル周辺には殆どの種族が監視を付けていた。 それはダリルを監視しているのではなく、お互いがお互いを監視している状況だ。 誰かが抜け駆けをしないか、裏切る者はいないか。 その膠着状態は既に数年も続いていた。
「だからと言って楽観視はできないよ。 というかさ、一体ここの国のトップは何をやってるの?」
「国王のことか。 国王は……不在じゃよ。 国を捨て、消えた。 今この国の政治は全く機能しておらんのだよ」
カノはそれを聞くと、一度ゆっくりと眼を瞑った。 考え込んでいるようにも、呆れているようにもそれは見える。 そしてしばらくの間そうしたあと、カノはようやく目を開ける。
「後継者は?」
「おらん。 この現状で、わざわざ国の代表になる奴もおらん。 自ら責任を取って殺されるような真似、誰がするものか」
「要するに責任の押し付け合いか、醜いな」
カノの行動は、そのとき既に固まっていた。 カノのこの世界での目的は、暇潰しと好奇心でしかない。 だから、カノが自ら国王になろうとすることは、必然とも言えた。
「お、まだいたんだ、君。 ちょっと頼みがあるんだよ」
「……」
少女はムスッとし、頬を膨らませてカノのことを睨みつける。 持ち上げられてから落とされたのが余程許せなかったのか、口を利こうとする様子はない。
「……悪かったよ、謝る。 でも、君が可愛らしいというのは俺個人の意見で、そう思うよ」
「本当ですか!?」
少女は一気に笑顔となり、カノの右手を両手で包む。 さながら恋する乙女のような、そんな表情をカノに向けていた。
「褒められたからと言って、その男に惚れるのは悪い癖だ。 で、そんな君に頼みがあるんだけど……」
「惚れてなんかないですッ!!」
ばちん、という小気味良い音が辺りに響く。 少女の平手はカノの頬に迷うことなく命中し、カノはその衝撃で地面へと倒れ込む。 カノとしては全く予期せぬ一撃で、どうして殴られたのかが理解できないものの、それが衝撃だけで痛みがなかったことから、すぐに忘れた。 あくまでもゲームの中、街中であれば全ての攻撃は無効化されるという結論を出して。
「あ、ご、ごめんなさいっ! つい、その、咄嗟に……」
口元を抑え、上擦った声で少女は謝る。 カノはそれを聞き、慌ただしい少女だと認識した。 そして、個性豊かな少女だとも思った。 そして最後にこう思った。
人間らしい、と。
「……ざまぁないね。 それでリーン、頼んでおいた物は? ちゃんと持って来たのかい?」
「あ、は、はいっ! 千五百ルピル、ちゃんと!」
リーンと呼ばれた少女は、巾着袋を老婆の元へと置く。 老婆はその中身を確認し、少女に一つのアクセサリーを手渡した。
「これぞ先代から受け継がれし、治癒のネックレスじゃ。 どのような病気、怪我、不治の病だとしても、そのネックレスを付けている限り、防ぐことができる」
「……わぁ、ありがとうございます!」
カノは先ほどの倒れた姿勢のまま、そのやり取りを眺めていた。 内心、可哀想にと思ったものの、それを口には出さなかった。 それもそう、カノの視界には異なる物が見えていたのだ。
老婆が手渡したネックレス、その上には『アイテム名』が表示されており、更に意識を向けることで詳しい性能が表示されている。 そして、カノが見たアイテム名は『おもちゃのネックレス』というもの。 名前からして、既に性能にも察しがつくだろう。 ただの効果なしのアイテム、存在するだけのような、そんなアイテムだったのだ。
それを見て、カノが取る行動は。
「それはとても良い買い物だね、お嬢さん。 それで良い買い物で良い気分になったところで、お願いがあるんだ」
何も言わず、ただ自分の目的を成すということだった。 カノにとって、少女が騙されている、騙されていないというのは大きな問題ではない。 少女が協力してくれるか、してくれないかのことの方が、余程重要なのである。
「わ、わたしですか? ええと、そうですね……先ほど叩いてしまったのもあるので、わたしにできることなら、構いませんが……」
「大丈夫! 俺は他人に無理難題を押し付けるほど大人げなくはないからさ。 ここだとあれだから、どこかでお茶でもしながら話そうか」
カノはおおらかに、快活にそう言う。 その顔を見た少女は、この人はとても良い人だと素直にそう感じた。 しかしそれがとても安直なことだったと気付くのは、もう少し先の話である。
何はともあれ、二人はこうして出会いを果たす。 表面上は爽やかで、しかし内面は果てしなく黒い少年と、何事も素直に飲み込んでしまう、純粋無垢な少女の出会いの出来事であった。




