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プロローグ

週に数回程度の投稿となります。

『電子脳隔離保管実行中……完了。 名前を入力してください』


 男は何もない、真っ白な空間に居た。 男の視界に映っていたのは宙に浮かぶ文字だ。 今現在は『Name:』と表示されており、その文字の下にはキーボードのようなものが浮いている。


「……」


 男の名は真宮(まみや)風乃(かの)。 高校は途中で行くのを止めた、俗に言う不登校というものだ。 原因は、真宮が起こしたとある事件に寄るものである。 独りが好きだった真宮は常に独りで、同級生ともつるむことはしなかった。 それが浮いて見えたのか、集団行動において飛び出た釘は打たれる運命なのか、ある日、真宮は複数の生徒から呼び出されることとなった。 人気の全くないそこで、真宮は一時間ほどの間、暴行を食らうことになる。 理不尽なそれは、真宮にこう思わせた。


 力があれば、人を殴っても良い。 人の上に立つのにもっとも有効なのは、原始的方法とも呼べる暴力だ、と。 それが人を従える方法なのだと。


 だから真宮はその場に居た生徒の内、一人のみを執拗に攻撃した。 五、六人ほどの人間がその場には居たが、真宮の突然の反撃に、誰もそれを止めることができなかった。


 結果として、反撃を受けた生徒は全治半年と診断される。 真宮は停学処分を受け、それから学校に行くのをやめていた。 力で人を従わせることができるのなら、勉学など無意味だと感じたのだ。 力で抑えつけることは、きっと容易いこと。 だからもっと複雑で、面白いやり方で人を従わせてみたい。 次第に真宮は、そう思うようになった。


 学校に行かなくなり、真宮が得たのは多大な時間だ。 朝は決まった時間に起きなくても良い、本を好きなだけ読むことができる、体を動かしたくなればジムに好きなときに行けるし、昔大ハマリしていたVRのゲームでさえ、好きなだけ遊ぶことができる。 電子世界では、真宮は常に人を従える側となった。 だが、それではとても満足はできない。 退屈な日々は、続いた。


 親が死に、膨大な量の遺産を手にしていた真宮にとって、金銭面の心配はなかった。 これからは好きなだけ、好きなことをできるのだ。 そう思い、充実しつつも退屈する日々を送っていた真宮は夢を見る。


『名前を入力してください』


 夢、と断言するには些か現実感のある夢だ。 光景こそは非現実的だが、意識や体の動き、眼の動き、呼吸、関節の動作、それらは全て、ここが現実であると言っているように自由が利く。


「……どうするかな」


 最後に真宮が覚えているのは、何かのアニメソングを聴きながら寝たことだ。 膨大な量の曲を入れ、それをシャッフルで流していた所為もあり、睡眠に入ったときにどの曲が流れていたかまでは不明である。 しかし、いつも通りにそうして寝たのが最後の記憶だ。


 仮定として、ここが現実だった場合、何がどう起きてここに居るのか、というのが当然の疑問だろう。 自分はどうしてここに居るのか、どうしてこんなことになっているのか、どうして夢のようで夢ではないのか――――――――。


 そのような疑問を抱くのは当然で、自然である。 殆どの人間は身に覚えがない状態に陥ったとき、自身の安全と状態を確認することに従事する。 理解をしなければ進めない、歩いて行くことができない。 地図がある迷路をわざわざ地図なしで進むような馬鹿な真似は、大抵の人間はしないことだろう。


 が、当然それにも例外は存在する。 この世には、その地図を必要とせずに歩いて行く人間もいる。 例えばそう、先ほどから文字を凝視し、悩み頭を抱える真宮風乃を見て頂きたい。


「どーしよーかなぁ」


 腕を組み、唸り声をあげながら真宮は考え込む。 彼は既に一時間ほど、ここでこうして思い悩んでいる。 黒い髪は目に掛かるほどに長く、しかし彼はそんなことは気にせずに延々と思い悩む。


「まーいっか」


 彼は呟くと、キーボードのようなものに触れ、文字を入力した。


『Name:カノ』


 そう。 彼が思い悩んでいたのは現在の状況や、理解不能な場所などではない。 彼は名前というものを決めるのに、この一時間を費やしていたのだ。 彼はここへ来るなり、ろくに周りも見ずに画面を見た。 そして名前を入力しろと言われ、延々と悩み続けていたのだ。


 その悩み抜いた末の答えが本名とは、少々安直な気もするが。


「オーケーオーケー。 さて、何が始まるのかな」


 真宮……カノは言い、画面を見る。 ローディングという文字が表示され、やがてそれは消えた。


 直後、辺りの景色が一変する。 先ほどまでの真っ白な部屋から、黒いトンネルのようなところへ移り変わった。


『ようこそ、平行世界VRMMO、World to World へ。 プレイヤー様の歩行速度に合わせ、自動音声案内を開始致します』


「歩けってことね」


 カノはここでも全く疑問を抱かなかった。 そうあるべきものだと認識し、ならばそれに従おうと認識したからだ。 彼の中には、興味のあるものとないものが大別されている。 自身の興味がないことは、たとえ自身に影響を与える事象だったとしても、無関心である。 しかしカノは予感していた、この先にあるものは、世界は……自身の好奇心を満たしてくれるものであると。


『まずはじめに、現在プレイヤー様の存在は前世界から消滅したものとなっております。 弊社のウィルスソフト「脳隔離型制御」と呼ばれるものは、偶然プレイヤー様の音楽再生デバイスに入り込み、電子をプレイヤー様の脳に送り、プレイヤー様が保有する脳機能の全てを管理下に置かせて頂いております。 同時、その細胞の全ては一度破壊され、世界の理を保管する書庫からも、プレイヤー様の存在は消し去られました』


「どうでも良いさ、そんなの。 それで、これから何をするの? 面白い物があるんでしょ?」


『……では、その辺りの説明は省略致します。 少々お待ちください……』


「なんだ、自動音声案内とか言うわりに、しっかり俺の言葉聞いてんじゃん」


 カノは見下すように笑う。 その間も歩みを止めることなく、やがて再び機械音声が響き渡った。


『今からプレイヤー様が旅立つのは、現代とは全く別の形で発展した世界、魔法や技術、そしてモンスターが溢れる「ワールド」と呼ばれる場所です』


 機械音声が聞こえたあと、カノの右側の壁に映像が映し出される。 そこには街や城、広大な草原、砂漠、モンスターなどが映し出された。 カノは横目でちらりと見たあと、興味をなくしたように前を向く。


『プレイヤー様にはご自由に、そこで生活をして頂きます。 プレイヤー様が現実世界へ帰ることは恐らくありません。 私たちがしましたのは舞台の用意のみなのです』


「お前らも管理できないってことだろ? んで、お前は傍観者か。 関与できない傍観者、一番つまらない席だ。 あはは」


『……ご想像にお任せ致します。 では、そろそろプレイヤー様の生き方の指標を見せて頂きましょう。 今から私がいくつか質問を致しますので、直感的にお答えください』


 機械音声はそう告げたあと、カノへ向けての質問を始めた。


『問一、問題に直面した場合、どういった方法で解決をしますか?』


「力ずくで」


『問二、拳、剣、魔法、短剣、大剣、刀、弓、槍、治療、召喚、これらの言葉の中で、もっとも好きなものはどれですか?』


「ないよ」


『問三、ヒューマン、エルフ、ウィザード、サモナー、ウォリアー、マーメイド、ビースト、ダークウィザード、ダークエルフ、神人、魔王、もっとも好きなものはどれですか?』


「ない。 生きているモノは全部好きだ」


『問四、あなたの前に人が倒れています。 その倒れていた男は詐欺師として有名でしたが、見るからに衰弱しております。 あなたに助けを求めてきた男をどうしますか?』


「助けるさ。 もしも嘘だったらその後に殺せば良いし、嘘じゃないならそいつは人を騙していくんだろ? その物語にも興味があるから、面白い話だね」


『問五、多種多様な職業、俗に言うクラスと呼ばれるものですが、ご希望のクラスはありますか?』


 言葉と同時に、カノの左右には文字列が並ぶ。 ヒューマン、エルフ、ウィザード……先ほど、機械音声がしてきた質問に出た名前が羅列されていた。 それを見ることなく、カノは言い放つ。


「ゲームマスターがいいな、俺」


『……そのようなクラスはご用意されておりません。 適正診断の結果でいきますと、カノ様はウォリアー

 またはエルフ、ウィザード、ダークエルフに適正があります。 詳細な説明がご必要でしょうか?』


「いや、良いや。 ならさ、お前の独断でも良いからこの条件に合うのにしてくれよ」


 カノは笑い、どこから聞こえているのか分からない声に向け、言う。 その笑顔はとても楽しそうであり、まるで小さな子供のようだった。


「この世界で一番弱い種族、弱いクラスにしてくれ。 能力的にも、勢力的にも」


『種族はヒューマン、クラスはシーフとなりますが宜しいですか?』


「良いよ。 それのが俺らしいし、そっからやってく方が楽しそうだし」


 かくして、一人の男は異世界とも呼べるVRMMOに降り立つ。 カノの中では、この時既に目標が定まっていた。 最弱から始め、全てを掌握してみせると。 単純な暴力ではなく、知と策略を持ち、世界をこの手に収める。 それこそが、カノが異世界で夢見る目標であった。

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