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第二話

「ふむ……そうか、動きがあったか。 大方、筋書き通りではあるな」


「いえす、マイマスタぁ! で、問題があるとすれば奴らですかにゃ?」


 ビースト族が暮らす鉱山。 その鉱山を切り開いた中に存在するのがロックヘルと呼ばれる街だ。 宝石などの原材料となる鉱物が多く採掘されており、ビースト族は基本的にそれと狩猟で生計を立てている。 そして、観光名物として有名なのが温泉だ。 山を切り開いているということもあり、源泉はとても心地良く、疲れた体に良いとは、このワールドではあまりにも有名な話である。


 そんな温泉の中、狐のような耳と猫のような尻尾を持つ青髪の少女は、たった今目の前にやって来た()()の質問に答える。


「奴らが問題? はは、なんの冗談だ。 『あいつら』なんて問題にはならない、ビーストと名乗るのもおこがましい失敗作だ。 良いか、ニャクロ。 お前のような人型は、私同様の上位種だ。 全体的なステータスパラメーターも高くあり、スキルの『闘争本能』でデメリットを負う確率もぐんと低い。 言わば、私たちは上位種なんだよ。 もしも仮に『あいつら』が反逆でもしようものなら、私が全部掃除してやる。 生かしておいてるのは使い道があるからで、使い道から逸れるのなら問題外だ」


「にゃるほど。 それにゃしても、英雄様たる『ニャーライト』様が来てからトントン拍子だにゃ」


 ニャクロと呼ばれたネコの姿をした女は、猫耳をピンと立てて言う。 そして、その言葉は狐耳の少女が英雄であるとのものだった。


 ――――――――英雄。


 砕けた言い方をしてしまえば、プレイヤーだ。 所謂、世界の外からやって来た存在。 カノと同様に、それぞれの種族に割り振られた英雄たちは全てで十一人が存在する。 神人族の英雄は既に殺されており、残りは十人。


 ヒューマンの英雄、カノ。 そしてその十人の中の一人が、ビースト族の英雄だ。


「待て、ニャクロ。 お前が「なにぬねの」が言えないのは分かっているが、私の名前はナーライトだ」


「にゃ、にゃーらいと様……? 難しいにゃ。 にゃにゃにゃにゃにゃ」


 ニャクロは頭を抑え、にゃあにゃあと鳴く。 恐らく「なにぬねの」と言ったのだが、全てが「にゃ」にしか聞こえない。 ナーライトと名乗った少女はそのことを知ってはいるものの、ツッコまずにはいられなかった。 唯一の欠点がそれであるものの、他の面では長けているのがニャクロという人物であった。 戦闘能力、指揮能力、そして何より兵を引っ張れる人格がニャクロには備わっている。


「まぁ良い。 で、ニャクロ。 引き続き監視を続けてくれ。 彼らはどうせ、最初に接触するのは下位種の者のはずだからな。 しばらくは泳がせておいて良い」


「了解にゃ」


 敬礼のようなポーズをし、ニャクロは笑顔を見せたあと、その場から消え去る。 ただの跳躍ではあるものの、その脚力から繰り出される跳躍は、消えたと思わせるほどの速度であった。


「……さて、お手並み拝見といこうか。 神人族を滅ぼしたという腕前、存分に楽しませてもらおう」


 ロックヘルの温泉の中、少女はそこから見える夜空を見上げ、呟く。 心地良い風が頬を撫でる中、ビースト族の英雄ナーライトは始まりの日を思い返す。 彼女がこの世界へやって来たのは、一年以上前のことだ。


 ナーライトは、動物というものが好きだった。 一般的に見て男勝りな性格、そして女性にしては格好いいという部類に入る顔立ちということもあり、高校生である彼女は同性の友達が一人も居なかった。 気が合う男友達も居たものの、やはりどうしても会話が噛み合わない部分が出てきてしまう。 彼女に恋慕などは無縁のことで、一度足りとも考えたことはない。 そういうこともあり、次第に彼女は男友達からも避けられ、孤独となった。 そんなとき、変わらず彼女に接してくれたのは動物だった。


 犬と猫は家におり、月に一度、彼女は近所の動物園へと出かけ、一人で眺める。 そんなことを繰り返す日々の中、彼女はこの世界に巻き込まれた。


 ここへやって来た彼女は、自身の飼っていた犬と猫、ナーラとライトの名前を自身へと付け、そして迷うことなくビーストを選び、ここに居る。


 ナーライトは幸福であった。 自分と同じ見た目、まるで人間と動物が混ざり合い、喜怒哀楽を言葉や顔で表す仲間と出会ったからだ。 猫、犬、狐、鳥、虎、牛、様々な動物が、自分と言葉を交わしてくれる。 それはナーライトにとってこれ以上ない喜びであった。


 最初こそ、先ほどナーライトが言っていたような『下位種』という、人の見た目をほぼ持たない者たちとも友好的ではあった。 が、とある事件によって、ナーライトはそれら下位種を軽蔑するようになってしまっていた。


「いっそのこと、我々は……いいや、違うか。 私は、それでも英雄だ。 みんなを導いてやらないと」


 ナーライトは言い、耳を立てる。 ビースト族として、一人のビーストとして、英雄として、そして動物をこよなく愛する身として。


「……牛乳でも飲むか」


 ようやく立ち上がると、ナーライトは犬のように頭と尻尾を振るう。 そして中へと繋がる扉に手をかけた。


 その瞬間、体が一気に冷えるのを感じる。 ナーライトの体は、ベースが狐で出来ている。 狐が持つ能力、それは磁場を読み取るというもの。 その角度、距離を正確に割り出し、隠れ潜む獲物を捉えるために与えられた能力だ。 当然、狐がベースであるナーライトも、その能力をある程度の強化を得て習得している。 言わば第六感、人では決して踏み込めない六つ目の感覚を保有しているのだ。


 それが告げた。 何者かに見られたと。 それも単純な視線ではない。 体に突き刺さるような鋭い視線、撃ち抜かれたかのような痛み、間違いない、殺気だ。 動物の勘が告げている。


「ッ!」


 ナーライトは振り返る。 視界には映らない、距離がある。 磁場の向きと対象の位置を照らし合わせる。 位置特定、敵は二人か。 ここまで堂々と殺気を向けるということは、挑発なのは間違いないと言って良い。


「何者か知らんが、上等だ」


 臆することはない。 それはビーストにとっての本能だ。 それに、敵の位置はビースト族が持つ領土の中である。 本国ではないにしろ、属国の中に既に足を踏み入れているのだ。 であれば、ナーライトには逃げるという選択肢はない。


「……はぁッ!!」


 ナーライトは手早く着替えを済ませると、その場所から蹴り飛ぶ。 強靭な脚力、そして桁外れな視力、嗅覚、聴覚。 およそ五感の全てはまさに動物のそれで、ナーライトは空を飛ぶように駆け抜ける。 一度の跳躍にして数十キロ、そんな並外れた身体能力こそが、ビースト族の特徴だ。


「貴様らか」


 数十秒、たったそれだけでナーライトは殺気を向けた人物の下へと辿り着いた。 ナーライトの視界に映るのは、フードをかぶった二人組だ。


「これはこれは、まさか種族長自らお出でになるとは。 初めまして、ビースト族の長よ。 ワタシはヒューマンの者、今日は良いお話し合いがしたく、参らせて頂きましたよ」


「……」


 一人は声が高い男、女のものにも聞こえるが、声の震動が微妙に違うことを聞き分け、ナーライトは断定する。 そしてもう一人の小柄な方は、ひと言も発しない。


「ヒューマン、か。 ほお……私を欺けると思ったか、下衆め。 貴様らからは匂うぞ、魔力の匂いだ」


「……だから無理だって言ったのに。 へい、シュベル、賭けは僕の勝ちだ」


「はぁ、少々ビースト族を甘く見ておりましたか。 分かりましたよユラ、千ルピルでしたっけ?」


「馬鹿を言わないで。 一万ルピル、それが約束」


 ナーライトの目の前で、一切の動揺を見せずにフードをかぶった二人組は会話をする。 シュベルと呼ばれたのは、背の高い男で、ユラと呼ばれたのは背丈が小さい少女だ。 顔色は、目深にかぶったフードの所為で伺えず、口元だけが見える。


「雑談ならば死んでからにしてもらおうか。 我らがビースト族の領地に踏み入るとは、覚悟はおよそできているのだろ?」


「覚悟、と仰るか。 そのような覚悟は残念ながら持ち合わせてはおりませんな。 むしろ逆に問いましょう、ワタシに殺される覚悟は出来ているか、と」


 その言葉を聞き、ナーライトを纏う空気が一変する。 威嚇、それにも近い雰囲気だ。 ナーライトの耳はピンと立ち、尻尾がゆったりと揺れ、その瞳には闘争心が宿る。 敵性存在とハッキリ、ナーライトは認識した。 威圧感もさることながら、まさに凶暴な動物そのものがそこに居るかのような存在感だ。


「ビーストの長さん、あなたは強い、だから邪魔。 退場をお願いするよ」


 小柄な少女、ユラは言うと地面へ向け、手をかざす。 そして、とある魔法を解除した。


「呪術解除、パペットナーサリー」


「な……貴様ッ!!」


 そこへ現れたのは、体に傷を負ったニャクロだ。 ナーライトは咄嗟に地を蹴り接近しようとするも、すぐさまシュベルが声を放つ。


「動けば殺しますよ、このネコを。 あなたはただただ黙り、そこに立ち尽くせば良しです。 そこへ立ち、何もせず、ただワタシたちの仕事が終わるその時を待てば良い、簡単なお話でしょう?」


「ぐ……!」


 ニャクロは意識を失っている。 息はしており、死んでいるわけではないとハッキリ分かる。 が、ナーライトは英雄だ。 ニャクロのHPバーが残り僅かというのは、すぐさま理解した。 敵は二人おり、ナーライトの速度を持ってしても、一人の首を落とすだけで精一杯ということは、ナーライト自身が一番良く理解していた。 もちろんそれは『闘争本能』を発動しての結果である。


「あなたは強い、ワタシたちが正面からやり合えば敗北は必須。 よって、足手まといの方を利用させてもらいましょう。 神人族亡き今、我々ダークウィザード族こそが魔王族と並び立つ存在になるべく、ね」


「それが狙いか、下衆め。 我々ビースト族を敵に回し、タダで済むと思うなよ……ッ!!」


 ナーライトの気配は、最早猛獣のものであった。 圧倒的な存在感と闘争心は、少なくとも一瞬でも二人のダークウィザード族を萎縮させた。 だが、それだけで状況が好転するほど、甘くはない。 むしろその逆、暗転こそ運命と言えた。


「呪術詠唱ッ! マリアトリーズン!!」


「がッ!?」


 鎖が現れ、ナーライトの体を縛り上げる。 腕、足、胸部、腹部、首。


 ダークウィザード族が扱う魔法は、呪いが主となっている。 ステータスダウン、行動制限、継続ダメージなどの所謂デバフ系統の魔法だ。 対して、ビースト族は物理耐性こそ高いものの、魔法耐性は高くない。 たった今シュベルが行使した魔法を避ける手立てをナーライトは持ち合わせていなかった。


 もっとも、仮に持っていたとしても、ニャクロが人質として囚われている以上、ナーライトには為す術がなかったのだ。

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