第一話
ビースト族、半人半獣の種族であり、その種族は基本的に攻撃性が高く、好戦的だ。
縄張り意識が強いとも言われており、それぞれベースとなっている動物によって能力値は異なってくる。 種族固有スキルは『闘争本能』というもので、一定確率に置ける身体能力の劇的な上昇である。
ただし、それにはデメリットが付属する。 その確率に失敗した場合、自身の総HPの七割を損失するというものだ。
「さすがに詳しいね。 それに、神人族ほど万能じゃあないか」
「ああ、そうだ。 だが、奴らは自陣であれば能力値にいくらかの補正も得られる。 地形は見ての通りの山、地の利はあいつらにあると考えて良い」
今現在、カノとヴァルヴァードはダリラの王室へと居た。 ヴァルヴァードは最初こそ、何をされても良い覚悟で相応の罰は受けるつもりで来たのだが、意外にもそれはなかったのだ。 人々は思いの外寛容であったと言えよう。 曰く、確かに酷いことではあった、食物が少なかったことは。 曰く、辱めを受けたことはむしろ嬉しかった。
それを聞いたヴァルヴァードは引いた。 心底引いた。 そして、リーンから『ヴァルヴァード様に踏まれる為に』という本が出回っていることを知り、更に引いた。
「ところでヴァルヴァード、なんで俺の膝の上に座るわけ?」
カノの言う通り、ヴァルヴァードは王座に座るカノの膝の上、それも向かい合うようにちょこんと腰を掛けている。 ちなみに今のダリラ近辺は夏であり、気温は三十度近い。 汗による気持ち悪さを顔に全面に出し、カノは言う。
「ふは、決まっているだろう? 私のこの細く小さな体を抱き締めたい衝動にいつ駆られるか、というのを確かめているのだ」
「……へえ、そっか。 少なくともこの暑さでそれをしようとは思わないね」
「そうなのか。 いや、だが主よ……こう暑いと、もうどうにでもなれと思い、私を求めたくはならないか?」
ヴァルヴァードは言い、カノの顔を包むように、両手で挟み込む。 心なしかヴァルヴァードの瞳はとろんとしており、その銀色の髪は頬へと張り付いており、ひと言で表すならば妖艶だ。
「あー外の暑さとても凄いですよ……って何してるんですかっ!?」
そこで部屋に入ってきたのはリーンである。 何故外からやって来たのかというと、どうやらリーンは未だに喫茶店経営はやっており、現在は昼休みのある11時から13時までの時間のみだが、経営をしている状態であるため、この時間は基本的に喫茶店の方へと回っている。 そんなリーンは部屋へ入ると同時、慌ててヴァルヴァードへと声を放った。 一見すれば不倫現場である。
「ふは! 良いざまだな雌豚め。 貴様が妻としての責務を果たさない以上、私が果たすしかあるまい? こう言えば恐らく貴様は言うのであろう「ご飯も作ってるし洗濯物もしてますっ!」とな」
余談だが、ヒューマン族が貧困に喘いでいるのは変わらない。 物資こそ豊富にはなったものの、次に出てきた問題は人手不足だ。 神人族で確保できたのはヴァルヴァードのみという結果で、さすがのヴァルヴァードでも数百人の仕事を補えるわけではない。 何より彼女は短気で、問題を起こすのは目に見えていた。
そんな状態なおかげもあり、人手不足は城内でも同じことである。 この巨大な城で現在働いているのは、僅かに数人程度でしかない。 よって、家事はリーンの仕事というわけだ。
「だ、だからなんですかっ! しっかりやってるじゃないですかっ!」
「貴様には愛が足りない。 主を愛し、主の声で至福を得られてこその妻であろう? 貴様には、圧倒的に愛が足りん。 その点、私はこの身全てを捧げている」
「こんなバカノに愛なんて要らないですっ! 見てくださいあの顔! きっと今全く関係ないこと考えてますよっ!」
そんなことはないんだけどな、とカノは思う。 どちらかと言えば、二人が言う愛が極端過ぎることに関して考えていた。 ヴァルヴァードのは最早、愛というレベルを超えている。 対するリーンは、愛が全くないと言っても良い。 二人が合体でもしてくれれば丁度良いのにな、と思うカノであった。
「旦那を馬鹿扱いとは見上げた度胸だな、雌豚。 主に対する侮辱は私に対する侮辱と同義だぞ」
「さっきから雌豚雌豚って、わたしは豚じゃないですっ!! こう見えても痩せましたっ! そっちこそどうなんですか、寸胴鳥」
「……寸胴鳥、だと?」
言われたヴァルヴァードはカノの膝上から落ち、その場に倒れる。 どうやら余程気にしていたらしく、そのまま床へ倒れたまま、胎児のように丸まった。
「両方可愛いんだし良いじゃん。 俺は別に体型とかどーだって良いけど……豚に鳥ねぇ」
カノが頬杖を突きながら言うと、二人ともに一瞬だけパッと顔を上げる。 そして、お互いを睨み合う。 その動作を見て、カノは困りつつも思考した。 そして、一つの道が見えた。
「二人とも朗報だ、良いこと思い付いた。 ビースト族を倒す方法」
笑顔でカノは手を叩き、言い放つ。 その時点でリーンは嫌な予感を嫌というほどに感じる。 そして何より、カノが楽しそうなときは大体自分に災難が降りかかるということを理解していた。
「それで、これですか」
数日後、呼びだされたリーンとヴァルヴァードがカノの下を訪れると、用意されていたのは衣装だった。 俗に言うコスプレと呼ばれるものである。
「……」
ヴァルヴァードはしかめっ面である。 一応その用意された鳥……白鳥の衣装は着たものの、ただふざけているようにしか見えない。 さすがに神人族が持つ翼までは仕舞えないこともあり、白鳥から大きな天使のような翼が生えている、といった具合だ。
「なんでわたしは豚なんですか……」
「そりゃヴァルヴァードには鳥を着てもらってるんだし、それしかないでしょ。 でも一応、選択肢は裸というのもあるよ」
「豚で良いですっ!!」
そして、カノは犬の着包みである。 最早一目で着包みだと分かるレベルであるが、カノは大して気にしている様子はない。
「主が、犬……ふふ、ふはは……」
それを見たヴァルヴァードはヨダレを零しそうな顔となり、カノのことを見る。 所謂両面がある彼女にとって、本来であれば裏の状態を出すカノが、今現在は犬という表の方も出る状態であり、その二つが同時に出てきていると言っても良い。 今のヴァルヴァードはSでありMでもある。
「ですが、一体これを着て何をするんですか? まさかとは思いますが、対ビースト族の練習を?」
「馬鹿かね君は? やってみる? ワンワン、ビースト族だワン」
「……カノにそういう言い方をされると腹が立ちますね。 というか既に殴りたいです」
そこでカノはようやく説明をしようとする。 リーンの手が今にも動き出しかねないという危険を察知してのことだ。 既に数度平手を見舞われているカノであるが、そろそろ見切れても良い頃だというのに、その平手はどうしても避けることが敵わないでいた。 恐らく、リーンとのレベル差による確率が影響を及ぼしているのだろう。
が、カノが口を開く前に声を発したのはヴァルヴァードだ。
「分かったぞ、これでビースト族の中へ紛れ込むのだな。 そして内部から撹乱させ、崩壊をさせ、疑心暗鬼に持ち込み、そして……殺し尽くすッ!!」
「最後以外は大体合ってるけどね、殺し尽くす必要はないよ。 奴らは身体能力が高い、つまり肉体労働向きだ。 俺たちの国に不足してるのは人手で、だから打って付けってわけだよ」
「いやいやちょっと待って下さい! こんなのどう見たってコスプレじゃないですかぁ!! すぐにバレますよ!?」
リーンが言うのも無理はない。 カノたちの格好は、それこそ「中に人入ってますよ」と言わんばかりの格好だ。 遊園地などに居る着包み、そこから顔だけが出ている状態だ。 バレない方が不思議なくらいのものである。
「そうなの?」
カノはリーンの言葉を聞き、現状居る中でもっとも他種族に詳しいであろうヴァルヴァードに尋ねる。 すると、ヴァルヴァードは数秒考えたあと、口を開いた。
「まぁ……ビーストとは似ても似つかないが、問題ないだろう。 あいつらは馬鹿だ」
これにて作戦決定。 目標、ビースト族の支配。




