第三話
「さー出発だ。 とりあえずロックヘル付近まではヴァルヴァード、頼んで良い?」
「もちろんだ、主。 しかし雌豚、貴様はダイエットも兼ねて徒歩はどうだ? 私からの提案だ」
「お断りしますっ! なんでわたしだけ徒歩なんですか!?」
数日の準備を経て、カノたちはダリラの内門前へと居た。 内門を抜け、更にあるのが巨大な外門である。 その二つの門はかつて開かれることなく、固く閉ざされ続けていた門だ。 しかし今となっては頻繁に開かれている。 そのことが、ダリラがひとつの国家として機能していることを認識させた。 カノの手により、ヒューマンの手により神人族が敗北したという事実は、小さくない変化を与えたのだ。 少なからず自信を付け、少なからずの希望を与えたその出来事は間違いなく歴史の一ページを刻むものであった。
ヒューマン族の士気が上昇したことは言うまでもなく、かつての暗い雰囲気は今となっては皆無と言って良い。 最強の種族と呼ばれる神人族を打ち破ったことは、目に見えない多大な効果を得られたのだ。
そして、貿易関係も盛んになった。 こちらは主にラックランスが世界中を周り、一週間に一回ほど物資を仕入れてきているおかげである。 豊富な食材、資材はヒューマンの生活水準を上げたと言っても良いだろう。
「リーン様、お気をつけて!」
「ダリラは俺たちに任せてください!」
街中から、そんな声が聞こえてくる。 リーンはその一つ一つの言葉を聞き、笑顔で手を振って挨拶をする。 リーンの立場も今となっては王妃であり、リーン自身は未だに慣れないものの、ヒューマンの中では定着しつつあった。 リーン自身も徐々にその自覚を持ち始めたということもあり、そしてダリラの民が好きな身として責任も感じていた。
殆どの国民による見送り、そのどれもがリーンのことを信頼し、リーンに託していたとも言える。
しかし、その言葉の中にはカノに向けられたものはひとつもない。
「……本当に良かったんですか、これで」
「良いも悪いもないさ、こっちの方が分かりやすいしやりやすい」
神人族と決着が付き、ダリラに戻ったカノはまず、リーンを一連の出来事の主役とした。 リーンのおかげで勝てたと国民に説明をしたのだ。 自分は何もしておらず、リーンが全てをやってのけた、と。
結果として国民はリーンを信頼し、逆にカノに対しては何も思わない。 むしろマイナスイメージの方が大きかったと言えよう。 そのことについてリーンは未だに納得できずにいる。 ダリラから内門外へと出たリーンは、心地良い風とは裏腹にそんな燻った気持ちを抱いていた。
「心配するな雌豚、主のことは私だけが信頼していればそれで良い、そういう考えの下、行われたことだからな」
さらりとした髪を手で梳かし、見下すようにヴァルヴァードは言う。 いや、見下していた。
「違うけどね。 なら質問だけどさ、ヴァルヴァードは良いとして、リラは学校とかには行ってた?」
「へ? 学校、ですか? それは行ってましたけど……いきなりなんですか、カノ」
閉じた門、聞こえなくなった人々の声を確認してから、最初に口を開いたのはヴァルヴァード。 その言葉はすぐさまカノに否定され、受け流すようにカノは再びリーンへと向け、口を開く。
「そこでリラが良くしてもらった教師が居たとしよう。 その人がある日突然に「隕石が落ちてきている」と言うのと、街中を歩いていたら見ず知らずの人に「明日は雨が降る」と言われるの、どっちが信頼できる?」
「……言い方とかもあると思いますけど、同じような言い方でしたら、教師の方を信じると思います」
「でしょ? だから要するに信頼ってのは時間なんだよ。 一緒に居た時間、その人を知っている時間が信頼へと変わっていく。 政治家だって長いことやってる人の方が信頼できるしね。 そういうことも踏まえて、信頼されるとしたら俺よりリラの方が楽なんだ」
カノは笑って言う。 その言葉を聞き、真っ先に口を開いたのはヴァルヴァードだ。
「私としては、時間だけではないと思うがな。 この世の中に断言できる事柄など存在しない」
「おお、良いことを言うね、ヴァルヴァード。 そう、この世の中では「そうだ」と断言できることなんてないんだよ。 今言ったことだって、あくまでも俺の考えでしかないからね。 それとは逆にヴァルヴァードみたいに「時間だけではない」と言う奴もいる。 だから愚問なんだよ、リラ」
「ええと……それは、私が質問をしたことに対してですか?」
既に罵倒されることにはなれたのか、リーンは愚問と言われたことに対し特に何も思わず、カノに問い返す。 カノはそんなリーンを見ながら、その言葉を首を振って否定した。
「違う違う。 質問は大いに結構、俺は人に物を教えるのが大好きなんだ、嘘だけどね。 まぁそれは良いとして、俺が愚問って言ったのは質問の内容だよ。 質問自体じゃない」
そして、カノは続けた。
「良かったか、悪かったか、それを決めるのは俺でなければリラでもヴァルヴァードでもない。 最終的にどうなるか、それを見て決めるのは俺か? リラか? ヴァルヴァードか? それはどれも違って、良し悪しを決めるのはこの国を築いている国民だよ。 俺は一人の王として、このヒューマン族を頂点に立たせると決めたんだよ。 民あってこその王、国あってこその王、未だ見ぬものに憧憬してこその王だ。 だから俺は全種族を支配することを夢見ている」
「カノ……」
その言葉を聞いたリーンは、両手を胸へと置き、心の中で言葉を反復させる。 その力強くもあり、強欲とも取れる言葉こそ、ヒューマンには絶対的に足りていないものだとも同時に思った。 ヒューマンだということに引け目を感じることこそが、もっとも大きな足枷だったと気付かされた。 傲岸不遜、唯我独尊、そういったものこそ足りなかったものだ。
「とまぁ、次の演説はこんな感じでやろうと思ってるんだ。 どう? この前ラックランスが持って来た本に書いてあったセリフ」
「ふむ、私感では中々に心を掴めそうなセリフであったぞ、主。 しかしこうもありきたりな言葉では、思慮が足りない者しか欺けないと思うが……」
「……」
一瞬でもカノのことを信じた自分を恥じるリーンであった。 元来騙されやすいと自負もしているリーンであるが、カノと関わりだしてからというもの、その頻度が極端に増えた気がしてならない。 無論、カノはリーンを騙そうとして騙しているわけではなく、殆どリーンの勝手な思い込み、勘違いによるものであるが、カノが誤解をされる言い方をしている、というのもまた事実だ。
「リラ、話を戻そう。 たった今、ビースト族が目の前に現れた。 リラは俺のこの言葉を信じるかい?」
「何を馬鹿な……ここはヒューマンの本国内、神人族であれば別ですが、ビースト族なんて」
外門からは未だ出ておらず、本国内に他種族が入ってくるのは命知らずも良いところだ。 かつての神人族のように絶対的な強さをビースト族は持っているわけでもない。 そのことからリーンは言うも、カノはリーンに顔を向けない。
カノはリーンに背を向けたままで言う。 そして、リーンが全ての言葉を言い切る前に、再度口を開いた。
「俺とリラが付き合った時間はまだ短い。 だから信じてくれないのは仕方ないこと。 けど言ってしまえば、信じるか信じないのかなんて大した問題じゃあない。 問題はソレが真実か嘘か、だよ。 さっきの話だと雨が降るか隕石が降るか、今で言えばビースト族が来たか来ないか。 ヒューマンにとっての真実は「リラがヒューマンを救った」ということに過ぎないんだ。 だから今のままが良い、俺は本来目立つことなんてしないタイプなんだから」
カノは言いながら、振り向く。 そして、どうやらカノの言葉は真実だったようだ。
リーンの視界には、紛れもないビースト族の姿が映ったのだ。 青髪から見えるは狐のような耳、猫のような尻尾、ビースト族の中でも上位種とされる獣人型のビースト。 しかし、どうにも様子がおかしい。
「主、厄介なことになっているようだ」
その姿を見たヴァルヴァードは真っ先にそう告げる。 それは、直感に寄るものだ。 そしてヴァルヴァードの直感は絶対に外れない。
「何かあったみたいだね。 様子がおかしい」
手負い……体のあちらこちらに傷があり、左腕は使えないのか、だらんと下げられたままだ。 だが、それよりも問題視すべきことがカノにはあった。 カノはラックランスの手助けにより、この世界に存在する魔法、呪術、技術、スキル、それらを殆ど頭に入れている。 一部は情報がないものがあったものの、今目の前に居る少女が陥っている状態はすぐに理解することができた。
「精神干渉かな。 ステータスパラメーターもおかしい、自我を失っているようにも見えるね」
「呪術魔法、ダークウィザード族の仕業といったところか。 しかしここはヒューマンの本国領土内、とすれば狙いは……ふは」
ヴァルヴァードは心底楽しげな笑みを浮かべる。 ハッキリ、今の状況を理解してだ。 それは当然カノにも理解ができ、リーンも同様に理解した。 ビースト族が何者かに攻撃を受け、操り人形となり、ヒューマン本国内に立ち入った。 しかし当然、システム保護があるここでヒューマンに攻撃することは叶わない。 だが、例外はある。 ヒューマン族以外であれば攻撃を出来るという例外だ。
つまり狙いは、ヴァルヴァード。 神人族である彼女に対してならば、ビースト族の彼女は攻撃をすることが可能だ。 その事実に即座に行き着いたヴァルヴァードは幸せを感じ笑う。
「ぅぅう、あ、あ」
呻き声のような声を上げ、狐の少女はヴァルヴァードを睨む。 既に戦闘態勢には入っており、右手に持っているのは二本の短刀だ。 人差し指と中指、そして薬指と小指で挟むように持っている。
「主、戦闘許可をくれ。 それと、注文があれば今だ。 始まってからでは聞き逃す可能性がある」
「殺さないように、できれば精神干渉を取って欲しいかな。 できる?」
「容易い願いだ。 聞き届けた」
忠を誓う者の言葉にヴァルヴァードは気持ち良く答える。 そして、目の前の狐の少女と対峙した。




