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第二十二話

『戦争開始のお知らせです。 宣戦布告が受諾されました。 布告側:神人族 受諾側:ヒューマン族。 二種族の戦争を開始致します』


 恐らく、この世界の誰しもがその声を初めて聞いた。 システムメッセージにおける、戦争の知らせだ。 そして、そのメッセージはこの世界が創られてから今日に至るまでの間に一度も起きておらず、初のものであった。


「ふ、ふは、ふはははッ!!」


 ヴァルヴァードは地を蹴り、カノの胸倉を掴み上げる。 今か今かと待ち望んだ出来事がようやくおき、感情を抑えることができなくなったヴァルヴァードは、本能のままに、カノのことを欲する。 これまでに受けた出来事を思い返し、激情とも呼べる感情の赴くままに、ヴァルヴァードはカノを欲していた。


「良いか、よく聞け。 たった今、この瞬間から、私が貴様の主人だ。 私の命令はどんなものでも「ワン」と言え。 犬のように尻尾を振り、犬のように唾を垂らし、私の声がお前の至福だ。 私の姿がお前の栄光だ。 私の存在がお前の誇りだ。 分かったか? 犬」


「これだから変態は嫌なんだよ。 まだ戦争は終わってないでしょ、せめて決着が付いたらにして欲しいね。 心の準備が俺にもあるんだからさ」


「む……立場が分かっていないのか? ふむ、そうか。 調教が必要だな」


 ヴァルヴァードは宙に浮いたカノの体をまるで物を扱うかのように放った。 カノの体は容易く地面へと倒れ、そのHPは少し削れる。 しかし、死ぬことはない。 戦い慣れているヴァルヴァードが、その程度の調整をできないはずがない。


「よい格好だな、犬。 犬は犬らしく地面へ這いつくばるのが良く似合う」


 言い、カノの頭を踏みつける。 もちろんそれもまた、調整をしてのもの。 だが、ヴァルヴァードに踏みつけられたカノは身動きが取れない。 その滑稽な姿を見て、ヴァルヴァードは高らかに笑う。 今までされた様々なことを全て返すと言わんばかりに、カノをいたぶる。


「全く……。 ですが好きにしなさい、ヴァルヴァード。 わたくしは、こちらの女とお話をしましょう」


 既に、神人族でもっとも早いラックランスが飛び立ってから十分程度は経過している。 二時間という制約も、彼女ならば容易く到達できる時間であり、それまでは楽しんでおこうと思い、ヴァルキューレはリーンへと視線を向けた。


「……」


 しかし、面白いことにリーンは未だに祈っていた。 カノが負けたことすら気付かないほど、それに集中をしているというのは褒められたことかもしれない。 が、無益なことをし続けるリーンをヴァルキューレは蔑んだ。


「くだらないですね。 ただの神頼みしかできない無能が、我ら神人族を罵倒したとは。 せめてあなたがもう少しまともであれば、ヒューマンにも希望はあったかもしれませんね」


「ッ……!」


 ヴァルキューレはリーンのことを蹴り飛ばす。 軽い体は数回跳ね、地面へと倒れた。 だが、それでもリーンは祈りを止めない。 それを見て、ヴァルキューレは少々苛立ちを覚えた。 己の負けを知らないのならまだしも、認めないというのは些か往生際が悪いと言えよう。


「まぁ、焦る必要もありませんね。 ヴァルヴァード、わたくしの暇を潰してくださいな」


「……はっ!」


 ヴァルヴァードは、その言葉の真意を汲みとった。 ヴァルキューレはリーンを放置し、その場に丁寧に座り込んだ。 つまり、カノを躾けるところを見せてみろと言っている。 それもそのはず、ヴァルキューレにとっても、カノというのは傲岸不遜な男で、屈服するところを眺めたいというのはヴァルヴァードと同様なのだ。


「だ、そうだ。 まずはそうだな、貴様には印を付けておこう」


 言い、ヴァルヴァードは懐からナイフを取り出す。 主に簡単な作業を行う上で使う物であり、それは武器とは言えない。 そんなナイフをヴァルヴァードは地面へ倒れるカノの髪を掴み、顔を上げ、そこへ近づけた。


「その顔に、私の所有物だという印を刻んでおこう。 どうだ、幸せだろう? 私が自らの手で、印を付けてやるのだ。 傷一つなく端正な顔に刻んでやろう。 ふは、ふははっ!」


 ヴァルヴァードはナイフの歯を立てる。 しかし、傷を付けようとしたその瞬間。


「やだね。 俺は誰の物でもない」


 カノは笑い、ヴァルヴァードの腕を掴む。 そして、そのままその手を使い、自らの顔を斬りつけた。


「なっ……!」


「俺は俺のものだ。 この傷は、俺がお前の手を使って傷付けた。 分かるか? お前は俺のモノっていう証だよ」


 カノは血を流し、笑いながらヴァルヴァードを見る。 その異常な行動と言動はヴァルヴァードの怒りに火をつけた。 自らの物を横取りされ、あろうことか自らを所有物だと宣言する男に、殺意が芽生えた。


「貴様……貴様、貴様貴様ッ!! この私をどこまで愚弄するつもりだッ!?」


 ヴァルヴァードはカノを地面へと押し倒し、その体を踏み付ける。 殺す勢いで行われるそれは、カノのHPを着々と削っていくも、眺めていたヴァルキューレが咄嗟に回復魔法を撃つことで打ち消される。 さすがに、折角得られた奴隷を殺されるのは勿体ないと思ってのことだ。


 HPは治る。 が、傷は治らない。 つまり、痛みはそこに存在する。 ヴァルヴァードの怒りを買うことにより、カノは終わりが見えない拷問とも呼べるそれを受け続ける。 一旦怒りに火がついたヴァルヴァードは、制止されない限り中々収まることはない。 ヴァルキューレに止める気がない以上、その拷問は一時間近く、続いた。




「……」


「反省したか? 犬。 貴様もできる奴だとは思っていたが……ここまで立場が分からない奴だったとはな。 さすがに買いかぶり過ぎていたか」


 ヴァルヴァードはしゃがみ込み、カノの顔を引き上げる。 血は至る所に付いているが、傷は先ほどカノが自ら付けた一つだけだ。


「足を舐めろ。 私に忠誠を誓え」


 その顔の前に足を突き出し、ヴァルヴァードは言い放つ。 このとき、ヴァルヴァードは至福であった。 ようやくいたぶれる快感、そして支配をしていく快感、決して折れぬ心を踏みにじり、破片も残らぬほどに破壊する快感、それらは果てしないもので、ヴァルヴァードの心を満たしていく。 言いようのない幸福感が体を包んでいくのが分かった。


「あは……相変わらずあれだね。 その下着は刺激が強いね」


 しかし、カノは屈しない。 通常であれば死んでいる……それ以上の痛みを受け、尚も笑う。 笑うという以外のことを知らないように、カノは笑う。 苦痛に顔を歪めることもなく、悔しさを表に出すこともなく、笑っていた。 遠目で見ていたヴァルキューレは、その姿に少々の恐怖を感じたものの、何も言わない。 感情が欠落するほどのショックを受けた、そう結論付けた。


「ふは。 こっちが良いか? なら舐めろ」


 ヴァルヴァードは言い、ただでさえ短いスカートをめくり上げる。 神人族にとって、所謂交尾というものは存在しない。 知識こそあれど、それをせずとも快感を得られ、生命は自ずと生まれるからだ。 故に、そのようなことへの関心は皆無と言って良い。


「やなこった。 舐めてくださいの間違いじゃない? 獣クン」


 カノは言い、ヴァルヴァードの足へ唾を吐く。 それを全く想定していなかったヴァルヴァードは、避けることなくそれを受けるしかなかった。 ヴァルヴァードの素足には、カノの吐いた唾液が付着する。


「……」


 ヴァルヴァードは無言で立ち上がる。 そして、今度はカノの顔目掛け唾を吐く。 当然、カノにそれを避けることはできない。 ヴァルヴァードは冷たく、声を放つ。 それは今までのどれよりも冷たく、殺意に溢れた声であった。


「最後だ。 喜べ、さもなければ殺す」


 嘘ではない。 それはその場に居た誰しもが理解する。 たった今、この瞬間にヴァルヴァードの許容範囲を完全に超えた。 カノの行動は、容易くそのラインを跨いでしまったのだ。


 ヴァルキューレは一旦制止しようと考えるも、止める。 元々、ヒューマンを支配した場合はカノの身柄を渡すということは約束してあることで、そのヴァルヴァードが「殺す」というのであれば、止める必要も見出だせなかった。 生きるか死ぬか、あとはその選択をカノが取るだけのことでしかない。


「断る。 最悪の気分だよ」


「そうか、最後まで貫き通すその心意気には、感服するぞ。 誇りに思え、私の手で葬ってやる」


 ヴァルヴァードは右手を天へと向ける。 次の瞬間、ヴァルヴァードの手に出現するのは光り輝く剣だ。


 武器名、クラウ・ソラス。 装備可能種族は神人族のみ。 まさに神秘、まさに神の武器、全能力値がほぼ最大にも及ぶ武器であり、一振りにて全てを消し去る光剣だ。 その計り知れない能力値は、ただの一撃で地形を変えるほどとも言われている。


「雄渾であったぞ、ヒューマン、カノ。 光に飲まれて消え去れ」


 そして、ヴァルヴァードは剣を振り上げる。 膨大な魔力と最大級の破壊力を持ったそれを喰らえば、消し炭一つ残らないだろう。 そのことは、一度間近で見ていたカノは良く知っていた。


「さらばだ」


 ヴァルヴァードは振り下ろす……が、その瞬間、ヴァルヴァードとヴァルキューレの二人に声が届く。 その声の主は、ラックランス。


『ヴァルキュっち、ヴァルちゃん、なんかここ、様子がおかしーんだけど? ヒューマンってもう居ないの?』


「……どういうことだ?」


 その言葉に、真っ先に()()()()を受けたのはヴァルヴァードだ。 彼女の逸脱した直感値は、状況が傾いたことを知らせていた。 そして、ヴァルヴァードが感じる予感というものは、ほぼ十割の確率で的中する。


「未だ大勢居るはずです。 ラックランス、どういう意味ですか?」


『いやいや、だから今言った通りだって。 誰もいないんだよ、ダリラだっけ? 人っ子一人、もぬけの殻』


 それを聞き、カノはその場で立ち上がる。 準備は全て整い、たった今予定調和は行われた。 故に、最弱種族の少年は立ち上がる。 地に足を付け、前を見据え、迷いがなく、濁りのない眼で神人族を視界に入れる。 今この瞬間、全ての準備は整った。


「さて、これにて決着、王手、詰みだ。 蹂躙を始めようか、神人族」


 カノは二人の神人族に向け仰々しく両手を広げ、そう言い放った。

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