第5話 二人きりのディナー
イベントから一週間。
「NEXT RISE FESTIVAL」の成功は、音楽関係者の間でも少しずつ話題になり始めていた。
出演したアーティストたちからも感謝の連絡が届き、ユウキは忙しくも充実した日々を送っていた。
そんなある日の夕方。
スマートフォンが小さく震える。
イノリ:『お約束していた食事、今週でしたら金曜日はいかがですか?』
ユウキは思わず笑みを浮かべた。
『もちろん。楽しみにしています。』
◇
金曜日。
二人は落ち着いた雰囲気のイタリアンレストランで待ち合わせをした。
「今日はありがとうございます。」
私服姿のイノリは、ライブのときとは少し違う柔らかな印象だった。
「こちらこそ。改めてイベント、お疲れさま。」
グラスを軽く合わせ、食事が始まる。
話題は自然と音楽へ移った。
「実は、バンドを続けるか迷った時期があったんです。」
イノリは少しだけ視線を落とした。
「生活との両立も大変で、ライブをしてもお客さんが数人だけの日もありました。」
ユウキは静かに耳を傾ける。
「でも、あの日のイベントで、『もっと演奏したい』って思えたんです。」
「そう思ってもらえたなら、開催した甲斐があったよ。」
「ありがとうございます。」
イノリは穏やかに微笑んだ。
◇
食事も終盤。
デザートを前に、ユウキが切り出す。
「実は、第二回のイベントも考えているんだ。」
「本当ですか?」
「まだ企画段階だけどね。」
イノリの表情がぱっと明るくなる。
「もし決まったら、また出演したいです。」
「その前に、メンバー全員とも相談しよう。今回はもっと出演者同士が交流できる企画も入れたいと思ってる。」
「それ、楽しそうですね。」
仕事の話は尽きない。
だが、その合間には趣味や休日の過ごし方、好きな映画の話も交わされる。
いつしか二人は、主催者と出演者という立場を越えて、一人の男性と一人の女性として自然に会話を楽しんでいた。
◇
店を出ると、夜風が心地よかった。
駅まで歩く道すがら、イノリが立ち止まる。
「ユウキさん。」
「ん?」
「最初は、少し怖い社長さんだと思っていました。」
「よく言われる。」
二人は顔を見合わせて笑う。
「でも今は違います。」
イノリは少し照れながら続けた。
「一緒にいると落ち着く人だなって思っています。」
その言葉に、ユウキは驚きつつも素直に答えた。
「ありがとう。僕もイノリと話していると、肩の力が抜けるよ。」
少しの沈黙。
イノリは小さく息を吸い、まっすぐユウキを見つめた。
「もしよかったら……これからは仕事だけじゃなく、お友達としてもお付き合いしていただけませんか?」
突然の申し出だった。
だが、その表情に打算はない。
ユウキは穏やかにうなずく。
「もちろん。こちらこそよろしく。」
イノリは安心したように笑顔を見せた。
その笑顔は、ライブハウスで初めて出会ったときよりもずっと自然で、温かかった。
こうして二人は、新たな一歩を踏み出す。
それは恋人ではなく、互いを知るための、小さくて大切な始まりだった。




