第3話 打ち上げの約束
イベント開催まで、一か月半。
「NEXT RISE FESTIVAL」の準備は順調に進んでいた。
出演者との打ち合わせ、スポンサーとの交渉、会場との調整。
ユウキは社長として忙しい毎日を送りながらも、Luminous Fiveの活動は気にかけていた。
ある日の夕方。
彼女たちのリハーサルを見学するため、ユウキはライブハウスを訪れる。
「お疲れさまです!」
アヤネが笑顔で迎える。
「今日は本番を想定した通し練習なんです。」
ステージでは五人が息の合った演奏を披露していた。
前回見たライブよりも完成度が高い。
曲が終わると、ユウキは自然と拍手を送った。
「すごく良くなってる。」
「本当ですか!」
ミユキが嬉しそうに笑う。
「まだまだ課題はありますけどね。」
そう冷静に言ったのはイノリだった。
演奏中も周囲をよく見ていて、メンバーとのアイコンタクトも欠かさない。
ユウキは、彼女がバンド全体を支える存在なのだと感じ始めていた。
◇
練習後。
機材を片付け終えたころには、ライブハウスの外はすっかり夜になっていた。
「皆さん、お疲れさまでした。」
ユウキが差し入れの飲み物を配ると、メンバーたちは口々に礼を言う。
「ありがとうございます!」
「助かります!」
そんな中、イノリがふと声をかけた。
「ユウキさん。」
「うん?」
「イベントのことで、少し相談したいことがあるんです。」
「今?」
「もしお時間があれば。」
他の四人は先に帰ることになり、イノリだけが近くのカフェへ向かった。
◇
店内は静かだった。
注文したコーヒーが運ばれてくる。
「今日はありがとうございます。」
イノリは小さく頭を下げる。
「相談って?」
「実は……私たち、ライブ経験は多いんですけど、大きなイベントは初めてなんです。」
「緊張する?」
「はい。」
少し照れくさそうに笑う。
「失敗したらどうしようって、つい考えてしまって。」
ユウキは微笑んだ。
「失敗してもいいと思う。」
「え?」
「本気で演奏して、その結果なら次につながる。完璧じゃなくても、お客さんには伝わるものがあるから。」
イノリは驚いたような表情を浮かべる。
「そんなふうに言ってくれた人、初めてです。」
少しだけ空気が柔らかくなる。
音楽の話、仕事の話、学生時代の思い出。
気づけば二時間近く話し込んでいた。
「もうこんな時間なんですね。」
「またイベントの準備で分からないことがあったら相談して。」
「……ありがとうございます。」
イノリは安心したように笑う。
その笑顔は、初めて会ったときよりずっと自然だった。
店を出ると、夜風が心地よい。
駅へ向かう途中、イノリが立ち止まる。
「ユウキさん。」
「ん?」
「最初は、社長さんって近寄りがたい人なのかなって思っていました。」
「よく言われる。」
「でも、違いました。」
少し照れながら続ける。
「演奏者一人ひとりのことをちゃんと考えてくれている人なんですね。」
その一言に、ユウキは思わず笑みを浮かべた。
「ありがとう。」
二人は駅前で別れる。
「イベント、成功させましょう。」
「ああ。一緒に頑張ろう。」
手を振って改札へ向かうイノリの背中を見送りながら、ユウキは胸の内に小さな期待が芽生えていることに気づいた。
まだ仕事仲間としての信頼関係にすぎない。
それでも、この出会いが少しずつ特別なものへ変わっていく予感が、確かにそこにはあった。




