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枯れ木の腕②

 富士宮は射線から外れるように位置をずらしながら、鋭く声を飛ばした。


「ナビル、今です!」


 その声を聞いたナビルは迷わなかった。ダークネスフレアの射線を外すように足を捌き、その横滑りの勢いをそのまま利用して銃を振る。銃口が左右に流れるが、ナビルの手首の振りによってすぐに照準が収束する。


 《クロスファイア》


 左右から重なる射線が、ネクロスの本体――現世へ突き出した腕の位置へと重なる。


 しかし銃弾の直撃よりも先にダークネスフレアが放たれた。黒い炎の奔流が広間の空気を裂いて襲いかかってくる。富士宮は体をひねって斜線から逃れるが、完全には間に合わない。右半身にわずかに黒炎が掠め、焼けるような痛みが走った。


「――ッ」


 息が詰まるが、まだ《タナトス》は切れない。視界の黒はそのままだ。


 富士宮は、右足で壁を蹴り、現界したネクロスの本体に後ろから襲いかかった。


 その直後、銃弾がネクロス本体へ直撃する。枯れ木のような薄黒い腕が、弾けるように揺れた。声はないが、ネクロスが悲鳴を上げただけは分かる。


 そこへ富士宮の黒短刀が左右から振り切られ、枯れ木の腕を十字に切り裂いた。


 ネクロスの存在そのものが歪むように、枯れ木が砕け散る。顔の位置にあった暗闇がぶれ、ローブ全体が大きく揺らいだ。


 通った


 富士宮がそう判断した、その瞬間だった。


 ネクロスの姿がぐにゃりとぶれた。最初はダメージによる単なる揺らぎだと思ったが、違う。


 輪郭が二重になり、ローブの裾が2つへ裂ける。顔の暗闇が黒い水面みたいに分かたれていく。


 そして、ネクロスが二体に分裂した。


「……しまった」


 《タナトス》を解いた富士宮の口から、思わず低い声が漏れた。


 唯一の弱点を突くことに意識を集中しすぎていた。そのせいでネクロス最大の厄介仕様――分裂が思考の外へ押し出されていたのだ。


 何をやっているんだ、私は

 あんなに警戒すべきだとわかっていたのに


 これで戦況は一気に悪化した。1体なら序盤の高火力を耐えて魔術の減衰を待ち、弱点を突く流れが成立していた。だが2体になれば話が変わる。


 2体を同時に相手にするということは、ダークネスフレアの射線が2本になることを意味する。


 クロスファイアで本体を撃ち抜くことを狙うにしても、現世へ腕を出すタイミングを変えれば、もう1体にナビルを狙い撃ちされてしまう。


 黒い輪郭が2つ、ゆっくりと広間へ散る。1体は柱の影へ、もう1体は吹き抜け下の暗がりへと。


 富士宮は右腕の痛みを押さえつつナビルを見た。ナビルも分裂した二体を見て息を呑んでいる気配がある。


 富士宮は、もう一度タナトスに潜りながら、黒くなっていく視界の中で思考を回していた。


 1体を先に潰すか

 クロスファイアはまだ有効だ

 だが対象が2つになればナビルの負担も増える

 私がもう一段深く潜れば、片方は取れるかもしれない

 

 右半身の焼けた痛みが、じわじわと意識の端を蝕む。それでも富士宮の口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。


 最悪だ

 でもだからこそ面白い

 こういう想定外があるからルナリスは飽きないんだ


 白い輪郭のネクロスが2体、ゆっくりとこちらへ向かってくる。玄関広間の闇がさらに深く沈んで見えた。


 富士宮ひとみは歯噛みしながらも、その暗闇の中で次の一手を探し続ける。


 さあ、このあとどうする

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