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夜の二正面作戦

 レイブンフォークのヴァルターを懐柔できないと判断した富士宮は即座に頭を切り替えた。


 ここは二正面作戦で行く

 ヴァルターにはアントニオを当てる

 ネクロスの相手は自分とナビルだ

 ラウルは戦闘の間に廃城内の探索に回す


 恐らくこの作戦が一番合理的だ。ヴァルターは速いが、アントニオなら近接性能の高さとフィジカルで押さえ込める可能性が高い。あの手のスピードタイプで、しかも夜戦特化型のようなユニットは、アントニオみたいに正面から身体能力と野生の勘で叩き潰してくる剣士を嫌うものだ。


 富士宮はラウルに周囲の探索を命じ、彼が風景に溶けるようにいなくなった後、今度はアントニオに対して短く命じた。


「アントニオ、あのレイブンフォークを制圧してください」


 アントニオは口元を歪めて答える。


「いいけどよ、どこまでやる」


「絶対に殺してはいけません。ただし、半殺しは許します」


 赤毛の青年の目が、いかにも面白そうに細くなった。


「はっ、そりゃずいぶん優しい指示だな」


 一方、自分とナビルが組んでネクロスに立ち向かうのにもそれなりの理由があった。ネクロスのような高機動型アンデッド相手でも、狙いの正確でかつ攻撃速度の速いナビルなら中距離から撃ち合える公算が立つ。


 さらにもう一つは、最悪タナトスを使うためだ。ロイヤルナイト戦で一度、ナビルには《タナトス》を使っている場面を見せてしまっている。完全には理解されていないだろうが、富士宮が普通の聖女ではないこと、そして近接戦闘において異質な何かを発動できることは、もう彼の中で理解しているはずだった。


 カッシーニ家にいる間、ナビルはあの時のことを一度も聞いてこなかった。恐らく主人である富士宮に配慮してあえて聞かなかったのだろう。そういう態度は富士宮にとってとても好ましかった。


 富士宮はネクロスから視線を外さないままナビルへ言う。


「ナビル、あなたは銃撃であのアンデッドの気を引いてください。その間に私が介入して仕留めます」


 ナビルはすぐには頷かず、代わりに少しだけ息を飲み込んでから問い返してきた。


「聖女様……また、あれをされるのですか」


 彼はその力の名前を知らない。けれど富士宮が普通ではない力を使っていること、それが何らかの負荷や代償を伴うかもしれないことぐらいは察しているのだろう。


「大丈夫ですか」


 問いは短いが、そこに含まれている心配は十分に伝わった。富士宮は少しだけ声音を和らげる。


「ご心配には及びません。少し疲れるだけです」


 ロイヤルナイト戦では《タナトス》にかなり深く潜ったので、神経ごと削られるような感覚があったし、その後もしばらく体の動きに違和感が残った。だが一度限界近くまで潜ったことにより、《タナトス》レベル2が少しずつ体に馴染み始めている。まだ無理は禁物ではあるものの、短時間なら十分に扱える。


 中庭の一角では、すでにアントニオとヴァルターの間合いが縮まり始めていた。ヴァルターは短槍を構え、翼をわずかに開き、今にも飛び込める姿勢を取っている。アントニオは刀を肩の高さでゆるく構え、露骨に喧嘩腰だ。


「来いよ、トリ野郎」


「そっちこそ、鈍そうな刀で夜を切れると思うなよ」


 富士宮はそちらを一瞥だけしてから、ナビルと共にネクロスの正面へ進み出た。


 この瞬間、富士宮は不思議と高揚していた。恐怖ではなく、焦りでもなく、むしろ胸の奥が静かに熱くなるような感覚。それは前世への憧憬や懐かしさに近い感情かも知れなかった。


 タナトスの黒い視界の中で、朧げなネクロスの輪郭が揺れる。背後でナビルが銃を構える雰囲気が伝わってくる。


 廃城の石畳の上で、富士宮はゆっくりと息を吸った。


「では、始めましょうか」


 その言葉と同時に、夜の中庭で二つの戦いが本格的に始まった。


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