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囚人ガチャを回したらラスボス級を引いた

 聖女の個室は、今日も静かだった。


 窓の外では、昼の光が中庭の石畳を白く照らしている。磨かれた机の上には、上質紙が何枚も広げられ、羽ペンとインク壺が並び、ついでに紅茶もある。見た目だけなら、黒髪の聖女が神託でも書きつけている場面に見えなくもない。


 実際には、上質紙の上には、かなり俗っぽい文字が並んでいた。


【イニゴ・マルティネス 暫定ビルド再考】

【ナビル成長ルートとのシナジー】

【追加戦力候補探索】


 神託どころか、完全に育成メモである。


 富士宮ひとみは羽ペンをくるりと回し、無表情のまま考え込んでいた。


 イニゴのビルドを詰めるには、やっぱりナビル一人では足りない。


 ナビルは本命だ。補佐型としての最終到達点は明確で、育てがいもある。だが、イニゴの真価は「誰かを育てること」にある。となると、ナビルだけを相手にさせていては、ビルドの方向性が狭くなる。


 もっと別タイプの才能が欲しい。


 できればナビルと競い合ってくれるような、正反対の個体ならなおいい。


 そう考えたところで、富士宮の脳内に前世の知識が蘇った。


 「ルナアリス」


 人材育成シミュレーションゲームの名作にして、彼女の人生からだいぶいろいろなものを奪った罪深いオンラインゲームである。


 そのルナアリスには、ひとつ有名な俗説があった。


 「囚人枠には時々、とんでもない個体が混ざる」


 普通の酒場や騎士学校や地方都市では出ないくせに、なぜか地下牢や処刑待ちの囚人名簿にだけ、人格破綻気味の化け物が混ざるのだ。性能は最高、運用難度は最悪。だが刺さる時は刺さる。


 富士宮は、そこで顔を上げた。


「……囚人ガチャ」


 声に出してしまった。


 部屋の隅に控えていた侍女が、きょとんとした顔になる。


「聖女様、何か」


「いえ。何でもありません」


 何でもないことはない。かなり大事なことだ。


 富士宮は机の上の紙に、新しく見出しを書いた。


【囚人慰問=囚人ガチャ】


 見た目が完全に駄目だった。


     *


 教会の務めの一つに、罪人の慰問がある。


 もちろん、誰もやりたがらない。


 湿っぽくて暗くて臭い場所に行き、反省しているかどうかも怪しい連中に「神の慈悲がありますように」みたいなことを言う仕事だ。人気が出るわけがない。


 だからこそ、富士宮が「行きたい」と言った時、教皇は大喜びした。


「おお、なんと慈悲深い……」


 上位聖職者たちも感動していた。


 黒髪の聖女は、罪人にまで救いの手を差し伸べる。これで教会の評判はまた上がる。何と素晴らしい。


 そういう感じで、話はものすごく美しくまとまった。


 富士宮の内心だけが、だいぶ俗だった。


 はい、囚人ガチャ会場へ来ましたー

 ありがとう教会

 ありがとう「誰もやりたがらない仕事」

 こういうの、だいたい当たりが埋まってるのよ

 頼むから一人くらい来て

 できればナビルと真逆のやつ

 イニゴの教官適性が活きるタイプ


 同行者にはイニゴとナビルが選ばれた。


 イニゴは当然護衛として、ナビルは富士宮付きの従者見習いとしてそれぞれ同伴している。


 三人で王国騎士団管理の地下牢へ向かう。


 大聖堂の明るい回廊から、王国騎士団管理の地下牢へ入ると、空気はすぐに変わった。


 富士宮が感じたのは、まず湿気。次にそれと相反するかのような石の冷たさと鉄の匂い。そして、遠くで水が垂れる音。

 総じて感じるのは、人が長く閉じ込められている場所特有の澱んだ気配だ。


 ナビルは少しだけ肩を強張らせた。

 イニゴは顔色ひとつ変えないが、目つきが少しだけ険しくなる。


 富士宮だけが、外から見ればいつも通りだった。


「聖女様、どうか足元にお気をつけて」


「ええ」


 返事は静かだが、富士宮の内心は別にある。


 うわ、雰囲気ある

 いいですねこういうの

 囚人テーブルって大体この湿った感じだもの

 頼むわよ地下牢

 私の期待を裏切らないで


     *


 最初の区画から、富士宮は《鑑定眼・宵》を回し始めた。


 囚人A

 小悪党、盗みと脅しに少し適性あり、将来性なし。


 囚人B

 暴力癖あり、武力D止まり、伸びしろ薄い。


 囚人C

 元兵士、恨みだけで生きている、精神が磨耗していて論外。


 囚人D

 口は回るが、器が小さい。


 富士宮は無表情のまま奥へ進み、内心ではだんだんぼやき始めていた。


 いない

 いないいない

 囚人ガチャ、渋すぎる

 ここハズレテーブルでは?

 いやでも、こういうのは最後の最後に変なのがいるのよ

 私の廃課金時代の勘を信じろ


 地下牢の奥へ行くほど、看守の態度も緊張してくる。収容されている囚人も徐々に凶悪になっていくのか、看守が解錠する鍵は増え、囚人たちに巻き付いている鎖は太くなる。


 そして最後に通された区画で、富士宮は足を止めた。


 今まで見た中で一番重く分厚い鉄格子だ。壁につながれた鎖も、これまでのどの囚人の物よりも太く、そして重たい。その暗い牢の闇の中に蠢く影があった。


 ひとりの青年だった。


 かろうじて視認できるのは、赤毛と思われる色合いのぼさぼさ髪と長身であること。

 恐らく痩せてはいるのだろうが、肉が削がれただけで骨格の強さは消えていないと一目でわかる。

 何よりこちらを睨む目に、獣みたいな荒さが残っている。


 看守が、やや早口で説明した。


「アントニオ・カッシーニ。貴族の末子です。ですが、十二の頃からスラムに出入りし、十五で王国最大級のギャングを率いました。二年前の浄化作戦でようやく捕縛……死刑判決も出ておりますが、執行のたびに暴れて怪我人が出るため、現在は永久投獄扱いで――」


 富士宮は途中からほとんどその話を聞いていなかった。


 《鑑定眼・宵》を向けたからだ。


 表示が立ち上がる。


【アントニオ・カッシーニ】

【年齢:18】

【現職:ギャングマスター】

【ジョブランク:A】

【ジョブレア度:A】


 十代で上級ジョブ取得者か

 普通にすごい

 すでに十分当たりだ


 さらに視線を深める。


【現在ステータス】

【統率:C】

【武力:A】

【知力:D】

【精神:C】

【魅力:D】

【幸運:E】


 この時点でも、かなり強い

 牢獄送りでこれなら、環境補正がひどいのに武力Aを維持していることになる


 だが、問題はその先だった。


【潜在ステータス】

【統率:C】

【武力:S(Ex)】

【知力:S】

【精神:S】

【魅力:C】

【幸運:D】


 富士宮の内心が、一瞬で爆発した。


 来たあああああああ!!


 何これ!

 なにこれなにこれ!

 武力S(Ex)って何!?

 知力S!? 精神S!?

 囚人ガチャから何が出たの!?

 ちょっと待って、これもう終盤ボス級では?

 いや違う、仲間にしたら最強格

 しかも多分ナビルと真逆の性能

 最高!最高すぎる!


 だが、表示はまだ続いていた。


【潜在取得可能ジョブ:前衛系全般】

【特記:魔剣士系統に極大適性】

【特異派生候補:URジョブ「破壊神の槌」「救世主の剣」※どちらか一方のみ取得可】

【URジョブ取得時の取得可能スキル:「破壊か救済か」 ※効果:一定条件で武力Exに到達】


 富士宮は危うく顔を覆いそうになった。


 だめ、強すぎる

 困る

 困るけど欲しい

 破壊神の槌と救世主の剣!?

 分岐名がもう主役なんだけど

 何それ

 そんなの拾ったらパーティの色が変わるでしょう


 さらに最後に、現在取得済みのユニークスキルが出た。


【ユニークスキル:悪来】

【全主君との初期関係値:ヘイト100】

【ヘイト減少は困難】

【ヘイト100維持時、主君へ叛逆行動】

【ただしヘイト50未満時、①パーティメンバー武力+1ランク、②自身攻撃極大バフ、③スキル獲得効率1.75倍】


 富士宮の内心が、そこで一気に冷えた。


 あ、これ駄目なやつだ

 性能は最高

 でも育成難度が高すぎる

 初期ヘイト100って何

 最初から反逆前提じゃない

 こんなの普通は手を出しちゃ駄目でしょう

 でも強い

 すごく強い

 うわ、やだ

 こういう「危険すぎるけど魅力が勝つ」個体、一番困る


 富士宮はしばらく黙った。


 ナビルは、聖女様が珍しく長く沈黙していることに気づき、不安そうにアントニオを見る。

 イニゴは、相手が危険物だと空気で察している。


 牢の中のアントニオは、そんな三人を睨み返していた。


 いつもなら、こういう綺麗な服を着た連中は嫌いだった。

 貴族、聖職者、騎士。

 どいつも同じだ。自分を檻の中の獣として眺め、恐れて、蔑み、必要なら処分する。


 だが、この黒髪の女だけは違った。


 目が合った瞬間、わかった。


 こいつはおかしい。


 怖い。


 アントニオ・カッシーニは、生まれてから今まで、誰かを怖いと思ったことがほとんどなかった。殴られることも、閉じ込められることも、処刑台に引かれることすらあった。だが、それらは不快でも屈辱でもあって、恐怖ではなかった。


 なのに、今は違う。


 この女は、檻の中の自分を、赤毛を、鎖を、傷跡を、そういう表面を見ているのではない。


 もっと奥を見ている。自分の中の、まだ自分でもちゃんと名前のついていない何かを。


 そして、それを恐れていない。理解しようとしている。


 アントニオの背中を、冷たいものが這った。


 なんだ、こいつ

 聖女?

 そんなわけがない

 聖女なんて、もっと綺麗で、優しくて、救いだ何だとほざくものだ

 こいつは違う

 もっと大きくて、もっと冷たい

 もっと壊れている


 アントニオには、大きすぎる力の使い道が破壊しかわからない。

 だから、自分をこんなふうに恐怖させる存在も、同じようにしか認識できなかった。


 ――あいつは聖女なんかじゃない

 ――世界を壊す化け物だ


 それが、アントニオの人生で初めて感じた、本物の恐怖だった。


 一方の富士宮は、その恐怖に気づかないまま、内心でひどく悩んでいた。


 どうする

 これ取る?

 取っちゃう?

 いや危ない

 でも欲しい

 でも危ない

 ナビルのライバルとしては完璧

 イニゴの教官適性とも相性抜群

 パーティの上限が一気に跳ねる。

 こんなの見逃したら一生後悔するでしょう

 ……だめだ、負けた、性能の魅力に理性が負けた


 富士宮は、静かに看守へ向き直った。


「この者に、恩赦を」


 看守が目を剥く。イニゴが眉をひそめ、ナビルは息を呑む。


 富士宮は続ける。


「完全な自由ではなくて構いません。教会騎士の牢へ移送してください。監督下で扱います」


 教会の権威の聖女の意向を動員すれば、死刑棚上げ中の囚人を移すくらいは可能だろう。


 看守はかなり困った顔をしたが、断りきれなかった。


     *


 移送の日


 アントニオは鎖につながれたまま、王国騎士団の地下牢から引き出された。


 本来なら、この時点で大暴れするはずだった。

 手近な相手を殴り、鎖ごと引きずり、運ぶ人間の何人かに怪我を負わせる。そういう男だ。


 だが今回は違った。暴れられなかった。


 前方に、黒髪の聖女がいたからだ。


 富士宮ひとみは、ただ静かにこちらを見ていた。

 無表情

 何も言わない

 なのに、アントニオは動けなかった


 「怖い」


 その感覚だけが、ずっと胸の奥で重く膨らんでいる。


 「逃げたら駄目だ」

 「暴れたら終わる」

 「なぜかそうわかってしまう」


 鎖の音だけが、重く鳴った。


 イニゴはその様子を見て、不思議そうだった。

 あの手の問題児が、ここまで素直に運ばれるものなのか。

 ナビルは、もっと単純に戸惑っていた。あれほど危険そうな人間が、聖女様の前では妙に静かなのだ。


 富士宮だけが、内心でひどく騒がしい。


 取っちゃった

 とうとう取っちゃった

 これ絶対面倒

 でも絶対面白い

 ナビル、ごめん

 ライバル候補来た。

 イニゴ、ごめん

 教官仕事、増える


 アントニオは移送されながら、何度も富士宮を見た。


 「怖い」

 「目を離したい」

 「なのに、目が離せない」

 「あいつは何なんだ」


 「聖女なんかじゃない」

 「救いなんかじゃない」

 「もっと別の、壊すためにあるものだ」


 彼はまだ知らない。


 力は、使う者によって形を変える。壊すしか知らない自分には、今は壊すものにしか見えないだけだということを。


 教会騎士の牢へ向かう一団を、午後の光が長く照らしていた。


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