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狂犬の育て方

 富士宮ひとみは、今日も真顔で悩んでいた。


 聖女の個室の机の上には上質紙が広げられ、羽ペンが置かれている。緩くなった紅茶が豪奢なティーカップの中で揺れる。

 それらと一緒に、どう見ても祈りでも神託でもない育成メモが広がっている。


【イニゴ:ビルド方針 保留】

【ナビル:基礎能力上げ継続】

【アントニオ:要検討/超危険】


 字面からして、聖女らしさがどこにもない。


 外から見れば、黒髪の聖女が静かな朝に思索を深めているように見えるだろう。侍女たちが時々、扉の外で気配を殺して「聖女様が神秘的なお仕事を……」と勝手に感動しているのも知っている。


 実態は完全にパーティ編成会議である。


 富士宮は羽ペンの先で紙の端を軽く叩きながら、目の前に立つアントニオの円柱表示を見つめていた。


 武力だけなら、もう今でもイニゴより上

 そこは間違いない

 踏み込みの鋭さ、攻撃への反応、攻めに入った時の爆発力、殺意の濃度

 どれを取っても一級品


 だが――。


「実戦だと、今はイニゴに勝てないのよね」


 ぽつりと呟く


 アントニオの現在値は、潜在ほど発現していない。知力も精神も、まだ平凡寄りだ。だから武力で押しても、経験差と搦手でイニゴにいなされる。要するに、強いけれど雑なのだ。


 富士宮は紙に書き込む。


【アントニオ:個の武力は上】

【ただし、現時点ではイニゴ<実戦力】

【要因:知力・精神不足/狂犬すぎる】


 書きながら、心の中ではだいぶ愚痴っぽかった。


 いや本当に狂犬なのよ

 強いし、才能は眩しいほどあるし、ライバル枠としては理想的なんだけど、扱いづらさがすごい

 なんであんなに噛みつくの

 まあ、経歴を見れば当然なんだけど

 でも、あのままだと強さが全部、ただの衝突にしかならない


 そこで彼女は、改めて考えた。


 知力を上げれば、判断が良くなる

 知力が伸びれば、精神の伸びも促しやすい

 精神が伸びれば、ユニークスキル『悪来』の制御も少しは楽になるかもしれない


「……なら、やっぱりナビルと一緒に訓練させるのが妥当か」


 ナビルは、アントニオとは真逆だ。


 静かで、我慢強くて、理詰めで、自分を低く見積もりがち。

 アントニオは、うるさくて、反射で噛みついてきて、力で全部を押し切ろうとする。


 真逆だからこそ、ぶつける価値がある。


 しかも、同じイニゴに鍛えられることで、比較対象として機能するし、育成効率も上がる。


 富士宮は満足げに頷きかけたが、そこでふと、アントニオのヘイト表示に目をやった。


「……九十七?」


 思わず声が出た。


 ユニークスキル『悪来』

 初期ヘイトは百のはず

 なのに、いつの間にか九十七に下がっている


 富士宮は少し考えて、結論を出した。


「どうやら、怖がられてるのね」


 そうとしか考えられない。


 アントニオは、富士宮に対して本能的な恐怖を抱いている。それが、ほんのわずかだがヘイトを削っているらしい。


 失礼な話である。


「私はこんなに優しいのに」


 目の前に立つアントニオには聞こえないよう、小声で言った。


 言った後、自分で少しだけ首を傾げる。


 いや、優しい、わよね?

 ちゃんと衣食住を整えてるし

 殺す時はまあ殺してるけど、それは必要経費というか、盤面整理というか……

 ともかく、少なくともアントニオに対して理不尽なことはしていない

 たぶん


 実際、アントニオにはかなり優遇措置を取っていた。


 その最たるものが、隷属の首輪である。


 主君に危害を加えようとすると爆発して死ぬ

 字面だけ見るとかなりひどい

 異世界のチート拘束アイテムである


 ただし、この首輪には妙な制約がある。


 「本人に隷属の意思が必要」


 その仕様を知った時、富士宮はしばらく無言になった。


 何そのヘンテコ仕様

 従う気があるなら首輪いらないでしょう

 いやでも、意思確認つきの絶対拘束って考えるとシステム的には美しい……のか?

 ちょっとわからない


 とはいえ、アントニオはなぜか素直にそれを受け入れた。


 看守も、教会騎士も、イニゴですら少し驚いていた。


 「あの狂犬が、隷属の首輪を拒絶しない」

 「普通なら暴れるはずなのに」


 富士宮だけは、理由がわかっている。


 単純に、自分が怖いからだ。


 ひどい話だと思う

 ほんとうに失礼だ


     *


 訓練は、予想どおりの結果になった。


 場所は大聖堂裏手の訓練場。

 イニゴが長槍ではなく木刀と訓練用の棍で様子を見て、アントニオにも似た長さの練習用武器を持たせる。


 最初の一合から、富士宮は小さく息を呑んだ。


 やっぱり武力はすごい


 アントニオの踏み込みは鋭い。

 迷いがなく、重い。

 振り抜きも速く、殺意が濃い。

 たぶん今まで、生き延びるために本気で殴り、斬り、壊してきたのだろう。技というより本能に近い強さがある。


 だが、


「単調だな」


 イニゴはそれを軽く流した。


 踏み込みを半歩ずらし、間合いをずらし、わざと腕を打たせて体勢を崩す。

 アントニオは何度も食いつくが、そのたびに崩される。


「くそっ」


 アントニオが唸る。

 イニゴは淡々としていた。


「力はある。だが、力があるからって正面から殴るだけなら読みやすい」


「うるせえ!」


「ほら、そこだ。頭に血が上る」


 結果、全敗。


 アントニオは額に汗を浮かべ、舌打ちを隠そうともしない。

 イニゴは、そんな彼を見て少しだけ口元を緩める。完全に教官の顔だった。


 富士宮は内心で感心していた。


 やっぱりイニゴ、良い

 アントニオみたいな反射型にも感情で潰しに行かない

 ちゃんと勝ちながら教える

 ほんとえらい


 次はナビルも交えての基礎訓練だった。


 ここで、相性の悪さが露骨に出た。


 アントニオは、動きが大きい。

 ナビルは、無駄を嫌う。


 だからすぐにぶつかる。


「今の振り方、無駄が多いです」


 ナビルが木刀を構えたまま言う。

 声は小さい。だが、はっきり言っていた。


「は?」


 アントニオがすぐ噛みつく。


「踏み込みも雑ですし、体が流れてます。あれだと次に繋がらないです」


「お前、さっきからちょこちょこうるせえな」


「うるさいのはそっちです」


 富士宮は目を瞬いた。


 ナビルが、言い返した。


 いつもなら、少し飲み込んで遠慮する。

 言いたいことがあっても、まず相手を立てる。


 なのに今回は違う。


 アントニオが相手だと、珍しく感情が表に出る。


 アントニオもアントニオで、素直にむきになる。


「てめえみたいな細っこいのに、俺の何がわかる」


「わかります。無駄だからです」


「言ったな」


「本当のことです」


 そのまま、掴み合いの喧嘩になった。


 イニゴが片手で二人の額を押さえて止める。


「はいそこまで。仲良しかお前ら」


「どこがだ!」


「どこがです!」


 声が揃った。


 富士宮は、そこで少しだけ口元を緩めそうになった。


 へえ

 案外、悪くないかもしれない

 相性最悪に見えるけど、こうやって真正面からぶつかれるのって、むしろライバル向きなのよね

 ナビルが感情を出すなんて珍しいし

 もしかして、結構仲良しになるのでは?


 そう思った矢先、《鑑定眼・宵》の表示でアントニオのヘイトがぴこんと動いた。


【ヘイト:100】


 戻った。


 富士宮は内心で頭を抱える。


 ああもう!

 早い!

 戻るの早い!

 ちょっと喧嘩しただけで全快するの何なの!?

 面倒くさい!

 でもそういうところも含めて性能なのよね、わかる、わかるんだけど。


     *


 一ヶ月が経った。


 訓練、食事、睡眠、基礎教育。

 生活はすっかり整い、三人の動きもだいぶ噛み合ってきた。


 その日の夕方、富士宮は個室で改めてナビルを鑑定した。


 円柱表示が立ち上がり、現在値を確認する。


【統率:D】

【武力:D】

【知力:D】

【精神:D】

【魅力:D】

【幸運:D】


「……オールD」


 富士宮の目が、少しだけ細くなった。


 内心は完全にお祭りだった。


 早い!

 早い早い早い!

 成長が早い!

 やっぱりライバル枠を入れたの正解だった!

 ナビル、真面目だから競争相手ができると伸びるのよ!

 いやあ、すごい

 えらい、最高

 イニゴもちゃんと機能してるし、アントニオもむちゃくちゃだけど刺激としては最適

 ありがとう、囚人ガチャ


 ナビル本人は、聖女がじっと自分を見ているので少し緊張しているだけだった。

 富士宮はそれをよそに、心の中で思いきり拍手していた。


 よし

 この調子

 奴隷ジョブ卒業も見えてきた

 まずは最低限の武力をつけて、そこから一般ジョブへ

 順調順調


     *


 その翌日、富士宮は教皇の間へ呼ばれた。


 いつものように高い天井と重たい空気の部屋で、教皇は上機嫌でも不機嫌でもない、仕事の顔をしていた。


「ヒトミ・フジノミヤ。来週、勇者一行がこちらへ参る予定です」


 富士宮は一瞬、目を瞬かせた。


「勇者」


「ええ。魔王領で獲得したアイテムの鑑定を希望しておりましてな」


 その言葉に、富士宮の内心が静かにざわつく。


 勇者、いるんだ


 いや、そりゃ異世界だからいてもおかしくはない

 でも実在するのね、勇者

 しかも魔王領とか普通にあるのね

 思ったよりファンタジーのど真ん中だった


 教皇は続ける。


「この世界はご承知の通り、魔王との対立だけでなく、大国同士の戦争も絶えませぬ。勇者一行もまた、その狭間で働く者たちです」


 ご承知の通り、と言われても、そんなの今初めて具体的に知ったのだが、富士宮はそこは流した。


 魔王がいる

 大国同士も戦争している

 思った以上に世相が物騒である


 けれど、それよりも勝った感情があった。


 勇者一行

 鑑定してみたい


 ものすごく見たい


 どういうジョブなの

 ステータスは

 パーティ構成は

 魔王領アイテムとか、絶対面白いでしょう


 富士宮は表面上、落ち着いて頷いた。


「……承知しました」


 それだけ言ってから、少しだけ視線を伏せる。


 教皇から見れば、黒髪の聖女は世界の命運に関わる来客を前に、静かに思索を深めているように見えただろう。


 実際の内心は、だいぶ違う。


 勇者一行が来る

 やばい、絶対見たい

 主役級個体の鑑定、初では?

 最高に楽しみ


 富士宮ひとみは真顔のまま、胸の内だけで少しわくわくしていた。

 世界は今日も物騒らしい。

 でも、その分だけ、見たいものも増えていくのだった。


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