勇者がつまらなかった件
富士宮ひとみは、真顔で忙しそうにしていた。
聖女の専用個室内。磨き上げられた机の上には、上質紙が何枚も広げられている。羽ペン、インク壺、少し冷めかけた紅茶、そして一見すると神託の記録にも見えなくはない文字の列。
ただし、書いてある内容は神託からだいぶ遠かった。
【ナビル 初回通常ジョブ選定】
【多系統育成・必要経験分類】
【イニゴ ビルド保留】
【勇者一行 来訪前確認】
富士宮ひとみは今、完全に脳内パーティ編成会議の最中だった。
「……たぶん、近いうちにCね」
小さく呟く。
視線の先には、ナビルの円柱表示が浮かんでいる。《鑑定眼・宵》によって見える透明な情報の柱。今ではずいぶん扱いに慣れた。正面だけではなく側面も背面もあり、意識すれば回転し、スキルや履歴や派生条件まで見られる便利すぎる代物だ。
ナビルの現在値は、着実に上がってきている。オールDを達成したばかりだが、すでに次の段階が見え始めている。特に知力は、もうすぐCに届きそうだった。
そこが最初の節目だと、富士宮は考えている。
「知力がCになったら、通常ジョブにチェンジね」
羽ペンで派生候補を書き込む。
奴隷ジョブのままでも育たないわけではない。だが、ナビルの最終到達点はそこにはない。彼に必要なのは、多系統のジョブ経験だ。【神々の執事】に至るには、広い土台がいる。
大まかに必要なのは、五系統。
物理攻撃系
攻撃魔法系
政治系
軍事系
密偵系
富士宮は紙の上にそれらを書き並べ、線でつなぎながら考え込んだ。
この五つを、どの順番で踏ませるか。
最終的には全部必要。
でも序盤から理想だけで動けるほど、今の編成は厚くない。
イニゴはビルド保留中で、アントニオは危険物。
戦力に余裕があるとは、とても言えない。
「……序盤に火力を減らす余裕はないのよね」
紙の端をトントンと叩く。
政治系や密偵系から先に入ると、どうしても即戦力としては薄くなる。攻撃魔法系も魅力的だが、ナビルの今の地力では、まず物理側の土台を持たせた方が安定する。
決めた。最初は、物理攻撃系。
ただし、近接大剣や重戦士みたいな真っ向勝負は違う。ナビルは補助適性が高い。戦況を見ながら、後方から理詰めで戦う形が合う。しかも知力を活かしたい。
「となると……遠距離武器」
弓、投擲、クロスボウ。
そのあたりを検討して、富士宮はスキルツリーをさらに回した。
そこで見つけたのが、予想外の系統だった。
「……ガンナー?」
思わず声に出た。
銃火器があるの、この世界?
かなり真剣に驚いた。
剣と魔法の世界っぽさ、すごいのに
教会あるし聖女いるし勇者も来るし、かなり王道ファンタジーの顔してるのに、ここで銃が出てくるの
いい意味で裏切ってくるじゃない
《鑑定眼・宵》を通して見える説明を追うと、どうやらこの世界に銃火器の概念はある。ただし、普及してはいない。理由も見えてくる。
1 扱いが難しい
2 魔力と火薬の両方に知識が要る
3 剣や弓のように感覚で使えない
4 世界観的にも、泥臭くて扱いづらくて、あまり「英雄っぽく」ない
だから使い手が少ない、と。
だが、だからこそ、富士宮は確信した。
「……ナビル、これ、かなり合うのでは?」
ナビルは論理で戦うタイプで、観察眼が他人よりもある。そもそもは補助向きの性格だし、無駄を嫌う合理性や知能を持ち合わせている。
ガンナー系統は、戦力的にかなり相性がいい、と富士宮は確信した。
何より、その言葉から連想された絵面が強すぎた。
「二丁拳銃を撃ちながら守ってくれるイケメン」
富士宮は無表情のまま、内心で少しだけ天を仰いだ。
普通に萌える
知的で静かで黒髪で、二丁拳銃
絵としてかなり強い
しかも設定的にもちゃんと合う
最高では?
そこで富士宮は、すぐに紙へ書き込んだ。
【ナビル初回候補:ガンナー系統】
【理由:補助適性+知力活用+序盤火力維持】
【副次効果:すごく良い、色々な意味で】
最後の一行は、だいぶ趣味が出ていたが、本人はそのことに気づいていない。
*
アントニオに関しては、大きな変化はない。
富士宮は次の紙へ視線を移した。
【アントニオ 現況】
武力は相変わらず高い。だが、扱いづらさも相変わらずだった。
訓練では、アントニオは今でもイニゴに勝てない。踏み込みの重さも、振りの速さも、単体の爆発力もアントニオが上なのに、実戦形式になると経験差と搦手でイニゴに転がされる。そこは変わらない。
ただ、最近少しだけ様子が変わってきたのは、ナビルとの関係だった。
一見、相性は最悪である。
アントニオは感覚で殴るが、ナビルは理屈で止める。
アントニオはうるさいし、ナビルは珍しく言い返す。
結果、文句の応酬から掴み合いの喧嘩に発展することもしばしばだった。
だが、富士宮はその様子を見ながら思う。
「……男の子って、よくわからないわね」
喧嘩しているし、明らかに揉めている。でも前よりお互いの動きは見えているし、相手の癖も覚えている。
仲が悪いのか、仲良くなっているのか、判断に困る。
ナビルがあそこまで感情を表に出すのは珍しい。アントニオがナビルの指摘を全部無視せず、ちゃんと噛みつき返しているのも、ある意味では相手を認識しているからだ。
案外、仲良くなるのかもしれない
もちろん、そう思った直後にアントニオのヘイトが百に戻っていて、富士宮は少し頭を抱えた。
ほんとに扱いづらい
でも、まあ
伸びてるなら、いいか
*
富士宮が「ナビルには拳銃系を考えている」と何気なく口にした翌日、教会図書館で小さな事件が起きた。
事件といっても、富士宮の内面にだけ起きた事件である。
ナビルが、銃火器の図鑑を読み漁っていた。
教会図書館の奥まった棚の前、古い技術書や兵装解説書が並ぶ一角で、彼は真剣な顔をして分厚い図鑑を開いていた。銃身の構造、撃鉄の仕組み、火薬の配合、整備手順、運用上の注意といった細かな項目を、一ページずつ丁寧に追っている。
かわいい
富士宮は率直にそう思った。
真面目
とても偉い
ちゃんと予習してる
指示されたわけでもないのに、向いてるかもしれないと言われただけで、ちゃんと調べに行ってる
もちろん表面上は何も出さない。ただ静かに本棚の影からナビルを見て、そのまま静かに去った。
*
数日後。
教皇の間は、いつもより少しだけ緊張感があった。
来訪者が、勇者だからだ。
富士宮ひとみは、正直少し楽しみにしていた。
勇者
この世界の主役側
それも魔王領で戦う、本物の勇者一行
さぞかし濃い個体が並ぶのだろうと期待していた。
ところが、実際に来たのは一人だけだった。
勇者レナート・カール。
他のメンバーは「用事がある」とのこと。
富士宮は、内心でかなり素直に思った。
この勇者、人望ないな
いや、まだ決めつけるのは早いかもしれない
でも普通、聖女に挨拶ってパーティで来ない?
主役の一行でしょう?
なのに一人?
どう考えても空気が良くないでしょう
富士宮はそんなことを考えながら、持ち込まれた魔王領アイテムを見ていった。
たしかに便利な武器だった。
耐久補正のある短剣。
魔物素材の軽盾。
簡易浄化が乗った腕輪。
どれも実用性はある。だが、格別注目すべきものはない。
ふうん、という程度だ。
富士宮が本当に見たかったのは、その持ち主の方だった。
視線を向け、《鑑定眼・宵》を起動する。
レナート・カール
ジョブは【勇者】
ジョブランクA
ステータス表示を見た瞬間、富士宮は少しだけ感心した。
武力Sで、他は全部A。
実力は本物だ。
すごくわかりやすく強い
主人公っぽい
うん、なるほど、これは勇者だ
だが次の瞬間、富士宮の熱は少しだけ引いた。
スキル構成が、思っていたよりずっと単純だったからだ。
光の剣
光の連撃
光の斬波
光の大斬撃
光の突撃
要するに、光属性の火力技ばかり。
富士宮は無表情のまま、内心でかなり辛辣だった。
火力だけかあ
いや強いよ?
でも、それだけ
もっとこう、シナジーとか、裏分岐とか、ビルドの妙とか、そういうのないの?
光、光、光、火力、火力、火力
真っすぐすぎる
悪くはないけど、面白みが薄い
これならアントニオの方が百倍エモい
勇者に対して「エモさ」で評価を下す聖女もどうかと思うが、富士宮の中では大事な基準だった。
そうして、わりと本気で興味を失いかけた、その時だった。
レナート・カールが、いきなり口を開いた。
「聖女ヒトミ・フジノミヤ」
「はい」
「俺と結婚してくれ」
場が止まった。空気が、びしっと固まる。
教皇が苦笑した。
「勇者殿、お戯れを」
さすがに教皇であっても、これは流すしかない。
「聖女は教会に属する身。まずは本日の――」
「戯れではない」
勇者は真顔だった。
「俺は本気だ。国王に直訴する」
そう言い放った次の瞬間、本当に大聖堂を猛ダッシュで出て行った。
無駄に速い。教会の者たちが止め損ねる程度には速かった。
富士宮は、その背を見送りながら、数秒だけ黙った。
そして、心の中でだけ呟いた。
アホなの、アイツ?
いやほんとに
何?
会って数分でしょう
どこに求婚の要素があったの
勇者ってもっとこう、落ち着いたりしないの?
全部光属性の火力スキルで脳まで光ってるの?
そこで、背筋に冷たいものが走った。
《タナトス》が、わずかに疼く。
消したい
ものすごく面倒だから
未来の火種になりそうだから
静かに、きれいに、消してしまえば楽になる
富士宮は真顔のまま、内心で慌てた。
あ、これ、まずい
タナトスがわりと本気で反応してる
いやでも、勇者を消すのはさすがにまずいでしょう
それはものすごくまずい
国家規模でまずい
教会的にもまずい
世界観的にもまずい
教皇が「……困りましたな」と小さく息を吐く。
周囲の聖職者たちも呆気に取られている。
富士宮だけが、別の意味で固まっていた。
消したい
でも消せない
面倒ね
すごく面倒
そう思いながら、黒髪の聖女は静かに目を伏せた。
表向きには、求婚という異例の事態に困惑しているようにしか見えない。
だが実際には、勇者を暗殺しないために必死で理性をつなぎ留めていただけだった。




