支援職ネクロス
黒いローブの人型に表示された【ネクロス】の文字を見た瞬間、富士宮ひとみの意識は一瞬だけ現実から切り離された。
霧に沈む廃城の月明かりの下で白い輪郭となって躍動する有翼人と人型。その光景を《タナトス》越しに見つめながら、富士宮の脳裏には前世で幾度となく味わった嫌な感覚が蘇る。
Argon、前世で富士宮やルイ・ムラサメと共に【セブンス】と称された、世界トップ七人のプレーヤーの一人。死霊系統ユニットの使い手として広く知られており、派手ではないがじわじわと、そして確実に敵の息の根を止めに来るスタイルの持ち主だった。戦っていて心底嫌だった相手の一人だ。
そのArgonが愛用していたのが、プレーヤースキル【不活性領域】である。ルナアリスのプレーヤーは戦闘中に一つだけプレーヤースキルを発動できる。どれも強力だが、Argonの【不活性領域】はことアンデッドの運用との相性が抜群に良かった。
その領域内ではまずアンデッドの弱点である爆発と火炎の効率が落ちるので、火薬を用いた砲撃や銃撃、魔法使いの扱う火炎魔法や爆裂魔法、錬金術師たちの得意とする燃焼反応などの威力・精度・範囲に大幅なデバフがかかる。さらに厄介なのが範囲内の酸素の希薄化だ。生体ユニットは活動の前提条件としてフィールドに満ちている酸素による呼吸を必要とするのだが、その生存条件を厳しく設定することで、領域へ踏み込んだ瞬間から生体ユニットの稼働効率が目に見えて低下することになる。だがアンデッドには酸素の有無や濃度は基本的に関係がなく、むしろ死霊系ユニットの耐久は(理屈は富士宮にもよくわからないのだが)低酸素状態になればなるほど上がっていく。つまり、生者に不利で死者に有利な戦場がプレーヤースキル一つで完成するという、まさに死霊使いのための異能なのだ。
だがここまでだとArgonが世界最強の一角とは言いづらい。不活性領域はたしかに強いが、欠点もある。自身の扱えるユニットがどうしても物理特化になりがちなのだ。また火炎や爆発へ依存しない高位の魔法ユニットを複数抱えたレギオンの餌になる可能性がある。富士宮も、その一点を突くために何度もダークエルフのアーチャーや亜人の精霊使いを編成してArgonに挑んでいた。
なのにその弱点を単体で覆してしまったのが、ネクロスという異能のユニットだった。
富士宮は廃城の中庭で戦うネクロスを見ながら、前世の記憶の中へずるずると引きずり込まれていく。
ネクロスを一言で表すと、前線でめちゃくちゃ動けて強力な広範囲物理攻撃もできるくせに、不活性領域下でも高い攻撃力を持つ闇魔術高適性持ち、である。
正直言って、意味がわからない。どうしてそんな全部乗せが許されるのかと当時の富士宮は思っていたし、今でもその感想は変わらない。
さらに凶悪なのが分裂能力だ。ネクロスは任意の三回までに限り、性能を一切落とさずに分裂する。一体が二体になり、二体が四体になり、四体が八体になる。つまり不活性領域というアンデッド優位の戦場に、反則級のステータスを持つアンデッドが八体も発生するのである。
ネクロスの脅威はまだ終わらない。このアンデッドは運営の公式分類上、何と支援職にカテゴライズされていたのだ。最初に見た時にはどう考えても理解ができなかった。前線での殴り合いも魔法の撃ち合いも平然とこなす個体が何で支援職なのか。
ネクロスが支援職たる由縁、それは個体数分だけ他ユニットの編成コストを下げる特殊能力にある。
ルナアリスは3×3の9マスに各ユニットをコスト制限の中で配置してレギオンを編成する。基本の数値は1だが、ルナアリスのコスト設定は非常に細かく小数点まで設定がされている。基準としては個体の質量によって大小が変化し、例えば細身のナビルなら0.8、筋肉質で大柄なイニゴなら1.2と設定される。小型の個体であっても、魔力が膨大なキャラであれば1体で2〜5もコストがかかる場合もあるものの、巨大ユニットは当然押し並べてコストがでかい。そしてアンデッド系統には、コスト8というルナアリスでも最大コストを誇る巨大ユニットが存在した。
【黄泉の神城タルタロス】
それはHPと防御力だけを極限まで盛ったような化け物で、他ユニットの盾となることに特化したタンクの極地だった。守ることに関しては文字通り城と呼んで差し支えない。けれど守備しかできない残念性能でもあり、攻撃力は悲しいほど低く、機動力も皆無だった。普通に使えば邪魔な高コスト壁でしかなく、守備偏重の愛好家以外からはほとんどネタ扱いされていた。
だが、ネクロスが八体にまで増えると話は大きく変わる。




