聖女の寄り道
富士宮が内心でビルド研究モードへ入り込んでから1時間ほど経った時だった。
「聖女様、本日はあの村で宿泊してはいかがでしょうか」
ナビルの声に顔を上げると、前方に村が見えていた。日がだいぶ傾いていて、橙色の光が屋根や柵を照らしている。遠目に見ても、それなりに人の出入りがありそうな規模の村だった。
「あの規模であれば宿もありそうです」
「そうですね、日が沈む前にお部屋を確保したいところです」
富士宮がそう答えると、御者台にいるラウルも同意するように軽く手を上げた。
村の近くまで来ると、門前に妙な人だかりができているのが見えた。門の脇には半壊した馬車と、その周囲に疲れ切った顔の隊商と思しき一団が見える。何やらかなり騒がしい。
門番の詰所には魔族の警備兵が立っていた。その警備兵に向けて、人族と思しき商人が大声で訴えかけていた。
「だから!本当にここから二十キロほど先の廃城で襲われたんだって!積荷も奪われたし、護衛もやられたんだぞ!何とかしてくれ!」
警備兵は露骨に迷惑そうな顔をしていた。こんな夜間に差し掛かろうという時間に面倒ごとを持ち込まれて、辟易している者の表情だ。
「この村にそんな人助けをしている余裕はない。村への滞在は認めるから、まずは中へ入って落ち着け」
「落ち着けるか!あの連中、もしかするとここまで来るかもしれないんだぞ!」
言い合いはまだ続いていたが、最終的に警備兵は舌打ち交じりに他の兵へ伝令を依頼していた。どうやら完全に無視するわけでもないらしく、念のため村の上層部に図るようだ。だが富士宮から見ても、この村が潤沢な兵力を持っているとは思えなかったから、恐らく商人向けのアリバイ対応なのだろうと推察できた。
この事態に興味を惹かれた富士宮は馬車を降り、近くにいた魔族の老人へ声をかけた。
「失礼いたします。その廃城というのは、何か曰くのある場所なのですか」
老人は富士宮の顔と、その後ろに控えるナビルたちを見比べ、それから少しだけ声を低くした。
「あそこはこの辺りの元領主の城さ。と言っても、もう何百年も前のことになるがね。中央から派遣された討伐隊に討たれて以来、ずっと打ち捨てられたままだ」
「なぜ討伐されたのですか」
「相当な悪徳領主だったらしい。最終的には魔王様の逆鱗に触れたって話だよ」
富士宮はなるほど、と頷く。
魔王領ってもっと無秩序なイメージがあったが、治世の評判が悪い領主が政治的に粛清されるとは、しっかりと国家機構が機能しているということなのだろう。ここでも富士宮は魔王領全体に対する評価を若干改めることにした。
そのまま門を通り過ぎて村に入ろうとした富士宮だったが、まだぶつぶつ文句を言っていた商人の言葉がふと耳へ飛び込んできた。
「くそ!貴重な銃火器を運んでいたんだぞ!そのためにA級冒険者まで雇ったのに。あの連中を放っておいていいはずがない!」
富士宮の足が止まる。
取り残された貴重な銃火器に、A級冒険者を倒した実力者?
いやいやいや
かつての悪徳領主の居城に、貴重なアイテムに、ただの野盗ではありえない戦闘力を持った何者か
はい、サイドクエスト確定でーす
富士宮はゆらっと体を揺らすようにして、背後のナビルとアントニオへ向き直る。
二人とももう何かを察したような、諦めたような、そんな顔をしていた。ラウルだけが何か面白いことが起こりそうだとでも言いたげに、やたらとにこにこしている。
富士宮は顔にいつもの聖女の微笑を浮かべながら、彼らに語りかけた。
「廃城見学、いいではありませんか。変わらない街道の景色も見飽きたことですし、気分転換に行ってみましょうか」
ナビルが一瞬だけ目を細める。
「聖女様、それは見学だけで済む話なのでしょうか」
「済めばそれでよし、済まなければもう少し詳しく見ればよろしいかと」
「要するに、やる気満々ということですね」
苦笑するナビルの横で、アントニオがふんっと鼻を鳴らす。
「最初から行く気だろ、この女」
ラウルは楽しそうに目を細めたまま言う。
「夜の廃城見学か。ちょっと面白そうですね」
そうして富士宮一行は、デミトリスへの道中で、霧に包まれた廃城へ寄り道する流れになるのだった。




