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平和な魔王領

 カッシーニ家を発ってから、二週間が過ぎていた。


 馬車は今日も、南へ向かう街道を揺れながら進んでいる。富士宮ひとみは窓の外へ視線を向け、流れていく景色を眺めていた。晴れた日は遠くの稜線まで見え、曇れば空全体が淡く白んで、どこまでも続く道がぼやけて見える。王国の南方へ延びるこの街道は想像よりずっと整っていて、沿道には農地も村も点在している。行き交う人々の装いも、王都周辺とそこまで変わらない。


 魔王領へ向かう道という言葉から、富士宮が前世のゲーム脳で想像していたものとはかなり違っていた。


 もっとこう、荒野が広がりまくっている感じじゃないの

 空は常に暗雲に覆われ、地面は黒くひび割れ、遠くでは魔物が吠え、旅人は数歩ごとに命を落とす覚悟を決める(キリッ)、みたいな

 

 なのに現実は普通に畑が広がっていて、子どもが走り回っている。荷馬車も商人も平然と往来しているのだ。もちろん何も違いがないわけではない。額から角の生えている者、肌の色が独特な者、骨格や耳の形が人族と違う者が人族の往来に自然と混ざっている。


 富士宮は思わず呟いた。


「魔王領とは、もっとこう……殺伐とした荒野に魔物が蠢く大地だと思っておりました。レナート様たち勇者一行が冒険していた魔王領とは、一体何だったのでしょうか」


 馬車の御者席から振り返ったラウル・ヴァレンテが柔らかく笑う。


「その疑問はもっともですね。ですが勇者一行が相対した魔王領と、僕たちが今向かっている魔王領北部とではだいぶ事情が違います」


 ラウルは街道の先へ視線を流しながら続ける。


「王国が長年苦しめられているのは、魔王領の西側――つまり共和国とは反対側にある、王国南西部の境界地帯です。あの辺には魔王領の中でも屈指の好戦派貴族がいて、魔王の意向にも従わず好き勝手に暴れています」


「魔王に従わないのですか?」


「ええ、その貴族たち自身も強力ですが、配下にも高位個体が多いそうで。王国としては、今でも相当に苦労しているようです」


 富士宮は眉をわずかに上げる。


「では、魔王領全体が王国と戦争状態にあるわけではないのですね」


「少なくとも北部や東寄りでは、そこまで単純な話ではありません。むしろ、魔王領としてはその好戦派とはすでに縁を切ったような認識だと聞いています。実質的には、同じ魔王領の中でも別の国のような扱いですね」


 なるほど


 それを聞いた富士宮は、ようやく今の風景と魔王領という単語の齟齬が少し埋まるのを感じた。つまりレナートたちが行っていた魔王領討伐というのは、実態としては王国南西部の紛争地帯へ踏み込んでいた、ということなのだろう。そういえばカロリーナ湖は王都の南西方面にあったから、襲撃してきたリー・ランも西部魔王領の配下だったのだろう。


 それにしても、魔王も胃が痛いだろうな


 富士宮は内心でそう思う。トップの意向に従わない好戦派が勝手に暴れて、しかも外から見れば全部まとめて魔王領の脅威とされるとは、普通に同情する。

 

 目的地のデミトリスは王国の南方、やや東寄りにある魔王領北部の大都市だ。カッシーニ家からは約千キロ離れていて、馬車でおよそ一ヶ月の道のりになる。すでにそのうち二週間を走破しているので、旅はちょうど中盤に差しかかっている計算だった。


 この二週間、途中で野営することも何度かあった。にもかかわらず、野盗や魔物の類にはほとんど遭遇していない。これはラウルのユニークスキル《ヘルメス》の恩恵だろう。旅の安全度にバフがかかるといえば単純だが、その内実はエンカウント率低下、事故率低下、道迷い防止、天候運補正といった各種特殊効果のオンパレードだ。本来ならその中の一つの効果を得るために、ジョブチェンジやスキル取得を重ねる必要があるほどの便利技能が、なんと全部盛りになっているというお得感。


 だが果たしてそれだけだろうか、という思いもある。ラウル自身も、「今回はやけに順調ですね。魔王領のこちら側だって多少は治安が悪いし、護衛を連れていない馬車に絡んでくる輩との遭遇率は低くはないのですが。」と首をかしげていた。ラウルは、聖女と一緒にいることでヘルメス自体にさらにバフが乗ったと都合よく解釈しているようだが、富士宮には何となく思いついていることがあった。

 

 この数日間、富士宮はカッシーニ家に滞在中の一族の鑑定結果を何度も思い返していた。


 全員が概ね善良だったが、一人だけ気になる個体がいた。【執政官の指先】というサブジョブの持ち主だ。


 あれの素性はまだ分からないが、滞在中の様子を見る限り、すぐに敵対する気はないらしい。加えて、デミトリス方面に色々な理由をつけて出征していた時期があったため、どうやら富士宮たちを魔王領入り口で消耗させたくはない、という限度では協力的な立場なのだろう。もっとも、あの個体の目の奥にあった怪しげな光は決して味方のそれではなかったから、今後も十分に気を付けないといけないが。


 執政官という役職も気になるが、今回の王国追放とは直接の関係はなさそうだから、しばらくは様子見をしようと富士宮は決めていた。いずれ衝突する時期が来れば、オーエンの助力を得て正体はわかるようになるはずだ。


 そんなことよりも、富士宮の中ではサブジョブがあるということの方が衝撃的だった。ルナアリスでも長らく実装が期待されながら、全く運営が対応しようとしなかった仕様だ。確かにルナアリスは各ジョブに連なるスキルの重要性が高いがゆえに、一時的ではなく永続的に使用できることを望むプレーヤーの方が多かった。もっとも一部レアジョブにはジョブ固定のスキルも存在していて、そのようなジョブを使いこなす上位勢からは固定スキルを他のジョブでも使用したいという熱烈な要望が出されていた。


 まさか転生後に夢にまで見た仕様に出会えるとは

 この世界ではまだジョブ固定のスキルは見ていないけど、どこかにそんな素敵ジョブがあるのかしら

 これはデミトリスで神経焼き切れるまで鑑定しまくらないと

 今までの傾向からすると人族よりは魔族を優先して、いいえ、会ったことのない妖精族の中にこそ異常個体がいそうね

 あぁ、考えることが多い


 富士宮は内心でビルド研究兼ガチャ考察に没頭していくのであった。

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