一時的なジョブチェンジ
デミトリスへの旅立ちに当たって、富士宮はパーティメンバーのジョブ編成を見直すことにした。
ラウルのユニークスキル《ヘリオス》により、旅の安全度に大きなバフがかかるため、移動経路上の事故や野盗との遭遇、悪天候、道に迷うなどのリスクは大幅な低減が期待できる。
それなら今この時期は、ナビルとアントニオにゴリゴリの戦闘ジョブを続けさせるより、将来の完成ビルドに必要な非戦闘ジョブを取らせる方が遥かに合理的だ。
まず初めにナビルについて見てみると、これまでの構成がたまたま戦闘に偏っていただけで、本来彼は多様な適性を持っている個体だ。しかも最終到達候補であるURランクジョブ《神々の執事》を狙うなら、複数の異なる上級系統ジョブをカンストしていかなければならない。そのため、他系統の前提となる生産・商業・雑務管理系の中級ジョブを経ておく必要があった。
そこで多様な選択肢から富士宮が選んだのは《家令》だった。
「会計や文書・補給の管理、対人折衝といった事務系の基礎スキルを広く取れますし、《家令》をマスターすることが上級ジョブ《執事》の取得条件の一つでもあります。ナビルには現場だけではなく、後方支援もお願いすることが増えていくでしょうから、それに相応しいジョブを今のうちから取っていただきたいと思っています」
そう説明すると、ナビルは少しだけ苦笑した。
「確かに、僕も本来はそちらの方が合っていると思っていましたから、ありがたいです。でも、それで聖女様のお側にいられなくなるのだとすると、ちょっと…」
「大丈夫ですよ。ナビルには、いつまでも護衛をお願いしたいと思っていますから。私が後方に下がった際に、あなたが色々と動けるようになって欲しいのです」
富士宮が素直に返答すると、ナビルはぱっと表情を明るくして、家礼へのジョブチェンジを喜んで受け入れてくれた。相変わらず、可愛すぎる。
ナビルは前線へ出しても十分に強いが、本当の価値はそこだけではない。だからこそ、今ここで《家令》を挟む意味は大きいと富士宮は考えていた。
問題はアントニオの方だった。
アントニオの成長の方向性については、富士宮自身も少し迷っていた。アントニオは刀マスターとしてすでに相当強いし、知力と精神にも補正がかかってきている手応えがある。だが最終的な到達点を考えれば、それだけでは小さくまとまり過ぎているような気がした。最後には前線で、単騎で戦場を支配できるほどの器になってもらわなければ困る。
ならば何を挟むか。いくつか候補はあったのだが、戦闘能力を大きく落としすぎず、かつ継戦能力の強化にもつながるものとなると、最も富士宮の中でしっくり来たのは《薬師》だった。
自己回復魔法を扱えるだけでなく、他者を癒すための回復アイテムの生成スキルも取得でき、解毒・解呪の初級スキルまで覚える万能型ヒーラー枠の中級ジョブだ。自己回復系のスキルを揃えておけば、前線で生き残る能力が上昇し、さらに苛烈な戦闘に立ち向かって経験を積み重ねることができる。ジョブのパブリックイメージとは裏腹に、今後のアントニオの成長を支えることのできる中継ジョブだと言えた。
「俺が、薬師……?」
しかしアントニオは、富士宮からその宣告を受けた時、心の底から嫌そうな顔をした。
「言いたいことはわかります。私だって、あなたには似合ってないと思ってます」
「だったら他のにしてくれよ!」
「ですが薬師を経ることであなたの継戦能力は格段に上がります。一人で怪我の応急処置ができる戦士って、中々バカにできないとは思いませんか?」
富士宮が理詰めで押し切ると、アントニオは露骨に舌打ちしたものの、最終的には従った。
プッと吹き出すような声がしたのでふと横を見ると、ナビルが笑いを堪えきれていない様子だった。アントニオがそれに気づかないはずもない。
「……てめえ、笑ってんのか?」
「い、いえ、別に」
「笑ってるじゃねえか!」
「だ、だって、君が薬師って」
そこでナビルはとうとう本格的に笑い始めた。
「いや、失礼なのは分かってるんですけど……でも、君が誰かを治療するなんて、あまりに似合わなくて……」
「あ?俺だってやりたかねえよ、こんなこと」
思わず口を滑らせた瞬間、アントニオはしまったという顔になって富士宮を振り返った。富士宮の底冷えのする笑顔を見て、アントニオは冷や汗を流して縮こまってしまう。
その反応があまりに分かりやすすぎて、ナビルがさらに笑ってしまい、アントニオに睨まれていた。富士宮はそんな二人を見ながら、旅立ちの空気が少しだけ柔らかくなったのを感じていた。何だかんだ言って、世話になったカッシーニ家を去ることに、富士宮自身が一定の郷愁を抱いていたのかもしれない。
ラウルについては、ジョブチェンジ先をまだ決めないことにした。いずれ上級ジョブにつかせること自体は確定している。だが現状ではユニークスキル《ヘリオス》だけでほとんどの役割をこなせているし、《鑑定眼・水》の能力もまだ未知数だ。これほどの大器の成長プランを間違えるわけにはいかないので、もう少し慎重にルートを検討してから着手したい。
「僕としても、決めるのが今すぐでない方が助かります」
ラウル本人も、そう言っていた。
「正直、自分で自分の方向性をまだ掴み切れていません。……やりたいことはたくさんありますけど、その中のどれが一番向いていることなのかは分からないと感じています」
「そこは長い旅の道中で一緒にゆっくり考えていきましょう。私もあなたには大きく育って欲しいですから」
富士宮がそう言うと、ラウルは少しだけ目を細めて笑った。




