やり手の商人
会談の場に現れた件の商人は、一見すると拍子抜けするほどに平凡だった。
富士宮ひとみは、カッシーニ家の応接棟にある小ぶりな会談室で、その男を最初に見た時、正直にそう思った。年齢は五十歳前後で、背丈も体つきも中肉中背、髪は年相応にやや薄くなり始めている。顔立ちも印象に残りにくい薄さで、服装は上質ではあるが格段華美でもない。
男はゴンサロ・ヴァレンテと名乗った。カッシーニ家と南方の魔族穏健派とを繋いでいる商人で、主に魔王領北部と王国領南部を商売エリアにしているらしい。
会談室にはレオナルドとベアトリーチェが同席し、少し後ろにはクラウディアが立ったままで控えている。富士宮は主賓ではないので、レオナルドからやや離れた席に一人で座っていた。傷の具合を考慮してなのか、厚めの背当てが置かれているのがカッシーニ家からの配慮を感じさせた。
ゴンサロは席へ着くと、最初に当たり障りのない雑談を始めた。南方の天候が荒れているとか、今年の支流の水量は多いので穀倉地帯の収穫も例年以上の量が見込めるなどなどだ。いかにも商人らしい話題だったが、話し始めてすぐ富士宮は、「この人、ただの商人じゃない」と悟ることになる。
商品の流通に対する洞察があまりに深かったためだ。塩、鉄、乾物、薬草、布、皮革、装飾品といった様々な品のうち、どれが今の南方で不足し、どの品が魔王領北部からの搬入で補われ、どこが物流の詰まりの原因になっているかといった説明に全く無駄がない。まるで物流の流れそのものを地図として頭の中に入れている人間の話し方だった。何より、この物流に対する深い理解は、ルナアリスの世界ではとても重宝されていた類の能力だったのだ。
「本来であれば、今の時期は南方山脈の麓から入る薬草と、デミトリス方面から回る保存加工品との交換取引が盛んになる季節のはずなのです」
ゴンサロは穏やかにそう言う。
「ところが近頃は、王国がこちらの魔王領への侵攻準備をちらつかせておりますでしょう。おかげで南方全域の交通手段が妙に制限されておりましてな。街道は軍用優先になってしまい大きな馬車は通せなくなるわ、水路は検問の増加で時間がかかるわ、余っている荷馬車があるだけで課税されるわで。いやはや、まったくもって商売あがったりでございます」
富士宮はこの時点でゴンサロに対してかなり好感を持ち始めていた。
そこからは会話内容がさらに重たくなっていった。
話題が魔王領北部の大都市デミトリスについてのものへ移ったのだ。魔王領北部最大級の交易都市であり、人間と魔族の双方の物資が堂々と売り買いされる大規模市場を都市内に何ヶ所も抱える巨大拠点だ。その都市の現状と、今の領主が王国側の不穏な動きをどう見ているかを、ゴンサロは実に手際よく整理して報告する。
「デミトリスの現領主は、少なくとも先に大規模な軍事衝突を起こすことは望んではおりませぬ」
ゴンサロは丁寧な口調のままで続ける。
「ただし、王国側が明確な侵攻姿勢を見せた場合、北部の穏健派だけで抑え込めるかは別問題ですな。南方山脈のこちら側で思われているより、魔王領内部の強硬派は声が大きいようです。魔王様でも抑え込むのに難儀する強硬派の貴族がいるとか。西方の新たな魔王領の一件もありますし、強硬派が台頭しやすい土台があるのでしょう。もしも王国が不用意に刃を抜けば、向こうも面子と実利のために動かざるを得ないかと」
そう語るゴンサロはもはや商人ではなく、敏腕の外交官僚のような口ぶりだった。
富士宮はゴンサロの優秀さに自然と《鑑定眼・宵》を走らせていた。
結果は知力、精神、魅力、幸運のいずれもがBと高水準にまとまった能力をしている。大きな方向性としてはオーエンやメルキオールと近いか。ただし一分野へ突き抜けているわけでもなく、商業系統スキルを広く高水準で持ちながらも密偵系統スキルまで取得している。隙の少ないゼネラリストといった趣だ。
ルナアリスで接触機会があったなら、間違いなく取りに行く類の個体だったろう。商業に関わる輸送・取引等の実務を全て任せることができ、密偵スキルを使って情報まで取得できるとなると重用しない方がおかしい。しかも今の富士宮のようにゼロから再起を図らなければいけない場面では、こういう総合力の高い個体の助力を得られることは単純に助かるのだ。
だがハイエンド領域では少し物足りないと言わざるを得ない。国家を単独でひっくり返す可能性を秘める化け物級個体ではなく、あくまで非常に優秀な現場の実務担当者といったところだろう。
そこまで評価した辺りで、富士宮は、ゴンサロの視線が時々こちらへ向いていることに気づいた。
露骨に警戒しているわけでないものの、じっと見定めるような目だ。その態度が妙に好ましく感じられて、富士宮は少しだけ内心で笑う。
いくらカッシーニ家が拾ってきたからって、自分の目で見て確認しないと気が済まないわよね
うん、それでこそ商人
最初から人のいい顔だけしてるやつより、よっぽど信用できる
ゴンサロは会談が進む中で、富士宮の境遇にも軽く探りを入れてきていた。全ての情報を伝えることこそしていないものの、王国の公式声明に加え、聖女の脇腹の治療具合を見れば、ここへ流れ着いた経緯がろくでもなかったことぐらいは察せられるのだろう。
「いやはや、聞いていたよりもずっと傷が深かったようですな」
「ええ、お恥ずかしいことに」
富士宮がそう返すと、ゴンサロは少しだけ眉を下げた。
「恥ではありますまい。生きてここまで来られたのなら、まずはそれで十分かと」
言い方は穏やかだが、その言葉に含まれる真剣さに富士宮はさらに好感を抱いた。
その後、会談はさらにセンシティブな内容に変わる気配を見せた。恐らくここから協議される話題は、未発見のユーラッハ族の足取り、魔族穏健派の結束状況、南方で王国側と繋がっている可能性のある商会の情報などだ。
さすがに完全な身内ではない富士宮に対し、レオナルドが静かに目線を向けてきた。当然富士宮もその意図は理解していたので、自ら会談室を辞することにする。
「では、私は一度失礼します。後ほど、お食事に時にでもまたお話をお聞かせくださいませ」
富士宮はおとなしく席を立ち、ゴンサロもほんのわずかに頭を下げて聖女が退室するのを見届けた。




