南方ガチャの逸材
次に富士宮が向かったのは、定期診察のための医務棟だった。
カッシーニ家は隠れ武門の家柄であるため、家人の負傷も日常茶飯事らしく、医療体制がやたら充実していた。処置室は並の病院と同じぐらい広いし、薬棚の数や消毒や解呪の設備も下手な教会施設より整っているほどだ。
その医務棟の主が、魔族の薬師メルキオールだった。長い銀髪と深い青色の瞳を持ち、やや青みがかった皮膚の顔には時折、金色の魔力紋様が浮かぶ。最初に見た時、富士宮はその紋様をきれいだと思い、感想をそのまま口にしてしまった。
それに対してメルキオールはものすごく恐縮した。
「人族の、それも聖女様がそんなふうに言ってくださるとは……」
などと、びっくりするぐらい慎ましく返されて、逆に富士宮の方が少し気まずくなったくらいだ。迫害されてきた魔族からすると、魔力紋様はできるだけ隠しておきたい体の特徴らしい。あんなに美しいのにもったいない、としか富士宮には思えなかったのだが。
最初の出会いこそ気まずくなってしまったものの、何度も診察に通ううちに普通に会話できる仲になっていた。
富士宮は、王国にいた頃から善良な魔族もいるだろうと想像はしていた。だが実際に会ってみると、やはり少しの新鮮さを感じずにはいられなかったことを覚えている。恐らく、カロリーナ湖で出会ったリー・ランがテンプレ悪役魔族すぎた影響なのだろう。
「本日の経過はどうですか?」
相変わらず丁寧な所作で脇腹の傷を見ながら、メルキオールは真剣な顔で尋ねてきた。
「痛みはありますが、お屋敷内を歩き回るのには問題ありません。走るのはちょっとまだ無理そうですけど」
「そうですね、何か用事があったとしてもまだ走ってはいけませんよ」
「はい」
富士宮は素直に頷いた。この人に逆らっても何も得しないと、富士宮はすでに学習していたからだ。
診察の際に、本人の了承を得てメルキオールを鑑定したことがある。結果は、富士宮の予想どおり、オーエンに近い能力傾向だった。知力は何とかAに届いているが、それ以外の値は凡庸だ。武力なんて正直、かなり低い部類に入る。けれど、この世界での強さは表面上のステータスだけでは決まらない。オーエンがその最たる例と言える。
そしてメルキオールもまた、オーエンとは別方向の傑物だった。薬学・解呪・魔力循環補助といった治療に有用なスキル構成へと極振りした天才と言っていい。彼がいなければ、富士宮たちの回復はもう一ヶ月は遅れていただろうし、後遺症も普通に残った可能性がある。そしてこういった類の傑物を怒らせると碌なことがないと、富士宮は身に染みてわかっていたから、メルキオールの診察ではいつもおとなしくしていた。
「今日もありがとうございました」
診察が終わった後、富士宮は心からの礼をメルキオールに伝えた。それを受けてメルキオールは柔らかく微笑んだ。
「私にできることをしただけです」
さらっと言ってるけど、そのできることのレベルが高すぎるのよ、あなたは
富士宮は心の中でそう突っ込む。
医務棟を出て廊下を歩いていると、向こうから小さな影が駆けてきた。次の瞬間、その影は勢いよく富士宮へ抱きついてくる。
「ひとみさまー!」
リリアという名前の少女だ。小柄な体と長い白髪に、額の両端にちょこんと生えた二本の小さな角を持つ十歳手前の魔族の少女である。
リリアはサミラに保護されるまで、人族に捕らえられ、奴隷として迫害されていたらしい。だから最初は富士宮のこともものすごく怖がっていた。逃げ、隠れ、顔を見るだけで泣きそうになるといった有様だった。
だが天真爛漫なルチアと一緒に交流を進め、かつ富士宮自身も前世の頃から子どもの扱いには慣れていたこともあって、今ではかなり懐かれている。教会にいた頃は、意外と子どもとゆっくり触れ合う機会が少なかった。前世ではむしろ子どもと接する仕事の方が長かったので、リリアみたいな子へ懐かれるのは嫌いではない。
気づくと自然とリリアの頭を撫でていた。
「どうしたの、リリア」
「お歌、聞いて欲しいの!」
本来であればこんな微笑ましい希望はすぐに叶えてあげたいところだ。だが富士宮は一瞬だけ、ものすごく複雑な心境になって動きを停止していた。
というのも、以前にリリアを何気なく鑑定した際、富士宮の視界に黒雷が走ったのだ。
まだ子どもなので、現在ステータスはほとんど最低に近いのだが、潜在ステータスは、統率A/武力S/知力S/精神S/魅力A/幸運Bという異常な高さだった。
さらに獲得可能ジョブの最上位はURランクジョブ《魔帝》。加えてユニークスキルは、ギリシア神話由来の魔物にちなんだ《セイレーン》。
リリアが無邪気に「お歌、聞いて!」と言って来る時、富士宮の中の子どもを可愛がる気持ちと危機管理脳がいつも正面衝突をするのだ。ないとは思っているのだが、咄嗟に「歌に夢中になっている間に取って食われるのでは?」という懸念が生じてきてしまうのだ。
もちろん、実際のリリアはただの可愛い女の子である、少なくとも今はまだ。だから富士宮は、やや警戒しながらも膝を軽く折って目線を合わせながら答えた。
「短めならね」
「やった!」
リリアは満面の笑みになる。その様子を見ながら、富士宮は改めて思う。
魔族やユーラッハ族は、おしなべて人族より潜在値が高い傾向にある。
もちろん個体差はある。全員が全員、化け物候補というわけではない。だが平均的に見て成長上限が高い傾向にあるし、潜在ジョブやユニークスキルの質も人族全般より明らかに一段上だ。
ガチャ好きとしてはたまらない。
何ここ、宝の山?
富士宮は表には出さないが内心でかなりテンションが上がっていた。王国に戻れない身としては、このままカッシーニ家に留まり続けるのではなく、一旦魔王領に遠征してみたいと思っている。何らかの再起のチャンスがあるかもしれないし、何より潜在値の高い魔族を鑑定する機会がたくさん得られそうなので、趣味と実益が一致すると考えたからだ。
タイミングのいいことに、明日、カッシーニ家と魔族穏健派をつないでいる商人が来訪するという。富士宮はすでにレオナルドへ話を通し、その会談へ同席できるよう頼んであった。




