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将か兵士か

 ある朝、富士宮ひとみは、鍛錬場の方角からいつもより騒がしい音が響いてくるのに気づいた。


 カッシーニ家の屋敷では、朝から誰かしらが鍛錬していること自体は珍しくなく、むしろそれが日常とすら言える。当主のレオナルドは屋敷内の誰よりも早く鍛錬場に現れて、寡黙な顔で剣を振るうことを日課にしているぐらいだ。ベアトリーチェやクラウディアも各々に日々の鍛錬は欠かしていない。ルチアに関しては朝から大槌を自由気ままにぶん回して振り下ろしの練習をしているので、いくら頑丈とは言え鍛錬場の床が心配になるのだが。


 だが富士宮に聞こえた音には剣戟だけでなく、人が本気で言い争っている声が混じっている。しかも片方は、聞き覚えがある声だ。


 またアントニオが問題を起こしたのかな、と考えながら富士宮は鍛錬場へ向かった。


 富士宮の左脇腹の傷はまだ完治していないが、屋敷の中を歩き回る程度ならさほど問題ないところまで治っている。カッシーニ家の食客である医師のメルキオールとベアトリーチェの治療が優秀すぎる結果といえる。正直、あと一ヶ月は寝たきりを覚悟していたので、この回復速度には富士宮自身が一番驚いていた。


 鍛錬場へ足を踏み入れると、案の定、アントニオが誰かと真正面から言い争っていた。


「だからこのスペースは先に俺が使ってたんだよ!」


「はあ?鍛錬場に朝一番に来たのは私だけど?」


 声の主は若い女性だった。褐色の肌に赤みがかった黒髪が特徴的で、鋭い金色の瞳に剣呑な色を浮かべている。年齢は二十代前半といったところか。武装は槍と短剣で、その雰囲気には立っているだけで肌に突き刺さるような緊張感がある。全身から漂う苛烈さが、どこかカディジャを彷彿とさせる女性だった。


 ああ、確か


 富士宮は脳内で情報を引っ張り出す。


 女性の名前はサミラ・ユーラッハ。各地に散らばったユーラッハ族のまとめ役で、若いながらもかなりの実戦経験を持つ女戦士だったはずだ。立場的に、カッシーニ一族以外の王国関係者にはかなり強い不信感を抱いているとも聞いている。王国自体に対する個人的な恨みも相当根深いはずだ。


 そんな彼女がどうして朝からアントニオと口喧嘩しているのか、と思ったら理由は実にくだらなかった。単に鍛錬場の場所取りで揉めていて、後から来たアントニオが、サミラが目をつけていたスペースを傍若無人に使い出したのが我慢ならなかったようだ。本来は話し合いで解決できることなのだが、アントニオの態度が悪かったのも相まって、ここまで大事になってしまったようだった。


 あのなぁ、そんなだから家から追い出されるんだよ


 と富士宮は内心で深いため息をついた。さて、この場をどう取りなしたものか。


 アントニオはいつものように傲慢な態度を崩していないし、サミラも勝気な性格が全面に出ていて一歩も引く気配がない。

 

 富士宮はその様子に妙な既視感を覚えた。


 初期のアントニオとナビルだ。出会ったばかりの頃の、あの二人のギスギスした空気にものすごく似ている。その後、なんだかんだで仲良くしている二人の関係性を考えると、アントニオとサミラは見た目も年齢も、なんとなくお似合いな気さえしてきてしまう。


 そこでようやく、サミラが鍛錬場入り口に立っている富士宮の存在に気づいた。富士宮の存在のことは誰かから聞いていたのか、王国関係者がいると知って露骨に警戒を滲ませた視線をこちらへ向けてくる。


「……あんたが元聖女様?」


 歓迎されていないのがよく分かる、ぞんざいな言い方だった。まあ当然か、と富士宮は思う。ユーラッハ族にとって王国は迫害する側であり、自分はついこの前までその王国の象徴だったのだ。


 富士宮は軽く肩をすくめるようにして答える。


「一応その本人です。朝からうちのアントニオがうるさくしてすみません」


「うちのって何だよ」


「あら、違うのですか?」


「……違わねえけどよ」


 アントニオは妙なところだけ素直である。富士宮はアントニオに目線で「黙っていてくださいね」と訴えかけた後、サミラへ向き直った。


「鍛錬の参考にしたいので、あなたを鑑定してもいいですか?」


 ここは礼儀を持って接するのが大切だ。ユーラッハ族や魔族は、人族よりも鑑定されている感覚に敏い。これはナビルで実証済みだ。つまり富士宮が黙って神の眼を使えば、たぶん普通に気づかれるし、しかもサミラみたいな立場の人物にはかなり失礼になる。しかしこの場を取りなすために聖女の能力を見せつけ、あわよくば何らかのアドバイスができれば、関係改善の糸口になるのではないだろうか。能力を見てみたいという純粋な欲望もあるのだけど。


 サミラは一瞬だけ眉をひそめたが、次の瞬間には興味の色も見せた。


「音に聞く神の眼、ね。実はちょっと興味ある」


 意外にもあっさり快諾してくれたので、富士宮は軽く頷いて、さっそく鑑定眼・宵を起動した。


 サミラ・ユーラッハ

 年齢二十二

 現在ジョブ:アマゾネス

 ジョブレア度:SR

 ジョブランク:A


 アマゾネスは女性限定の近接系統上級ジョブだ。この年齢でここに届いているだけで、若手戦士としてはかなり優秀だと分かる。


 現在ステータス/統率A/武力B/知力C/精神C/魅力B/幸運D


 戦闘の基本値であるステータスも非常に高レベルでまとまっている。前衛だけではなく、指揮官へ回しても機能するタイプだ。今のままでも王国の優秀な正規軍人として十分に通用する。ユーラッハ族のまとめ役をしていることも頷けるというものだ。


 だが、サミラの本領は潜在能力にあった。


 潜在ステータス/統率S/武力B/知力A/精神S/魅力A/幸運A


 何この子、将軍じゃん


 局地戦の現場指揮官に留まらず、大軍を率いて戦局そのものに介入できる器だ。獲得可能ジョブの先にはURこそないが、一部のSSR将軍職に届く可能性が見えている。被差別部族の若い戦士という肩書きに収まる器ではない。


 富士宮は思わぬ才能の出現に沈黙していた。サミラはそれを悪い意味に取ったらしく、不機嫌そうに顎を上げる。


「何よ、その顔。そんなに酷い結果だったわけ?」


「逆です」


 富士宮は正直に答える。


「あなたには大軍を率いる才能があります」


 サミラが怪訝な顔をするので、富士宮は続けた。


「あなたは今のままでも十分強いです。現状でも優秀な戦士だと思います。でもあなたは、自分一人で最強になるタイプじゃありません。軍略や戦術を学んで、兵を動かす側へ立った方がもっと大きなことを成し遂げられます」


「はあ?」


「個人の武力はたぶん、ここから極端には伸びません。でも統率と精神は世界でも有数の能力になる可能性が高いです。指揮官になる道を極めれば、今よりもずっと強くなれます」


 富士宮がそう言うと、サミラは一瞬、悔しそうな顔をした。その表情に、富士宮は少しだけ首を傾げる。


「……もしかして、一人で強くなりたかったタイプですか?」


 サミラはしばらく黙ったあと、吐き捨てるように言った。


「当たり前でしょ。私がもっと強ければ、村を襲った王国軍を皆殺しにできた」


 富士宮はそこで理解する。サミラにとって、敵は自分の手で叩き潰し、復讐したかったのだ。だから、最前線で敵を殺せる強さを望んでいたのか。


 富士宮は少しだけ考えてから、言葉を選ぶ。


「将軍としての強さも、強さには違いないと思いますよ」


「……慰め?」


「違います。もっと実利的な話です」


 富士宮は冷たく聞こえるような声音で話を続ける。


「ユーラッハ族の力を王国に示したいなら、一人で暴れるより軍を率いて大打撃を与えた方がインパクトあります」


 そこで少しだけ間を置いてから、肩をすくめながら付け加えた。


「……まあ、それを王国の元聖女が言うのはどうかと思いますが」


 サミラは一瞬きょとんとして、それから噴き出した。


「変な女ね、あんた」


「よく言われます」


 富士宮は真顔で返す。その瞬間だけ、サミラの空気が少し柔らいだ気がした。完全に打ち解けたわけではないが、変だけど話は通じる女ぐらいには認識が変わった気がした。


 よし、ちょっと仲良くなれたかな


 富士宮がそう思って、その場を去ろうとした時だった。


「だから、ここを先に使ってたのは俺だって言ってんだろ!」


「さっきから何度もうるさいわね!だったらあんたが反対側のスペースでやりなさいよ!」


 ものの十数秒で、アントニオとサミラが再び同じ話題で喧嘩を始めた。あまりのことに富士宮は立ち止まり、念のためアントニオを鑑定してみる。


 ヘイト62


 ……からの、ぴこんと数値が上がり、70


 富士宮は深いため息をついた。


「何でここで上がるのよ……」


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