カッシーニ家の女性たち
アントニオとレオナルドの模擬戦の後、富士宮はベアトリーチェに呼ばれ、中庭に面した小さな応接室へ通された。
窓からは午後の柔らかな光が入り、テーブルには香りのいい茶が用意されている。怪我人へ出すには少し洒落すぎではと思わなくもないが、ここは表向きはそういう家なのだろう。隠れ武門のくせに、こういうところだけ妙に優雅さがある。
ベアトリーチェは静かに富士宮の向かいに座ると、少しだけ間を置いてから口を開いた。
「あの子――アントニオのことです」
富士宮は自然と背筋を正す。
「私たちは、あの子を泣く泣く放逐しました」
声は穏やかだった。責任逃れをする響きは全くなく、むしろ一つひとつの言葉を自分の中で確かめながら置いているかのようだった。
「幼い頃から、あの子には武の才がありました。けれど、感情が激しすぎた。正義感も、怒りも、真っ直ぐすぎたのです。カッシーニ家が抱えている秘密を考えれば、いずれ外で大きな騒ぎを起こし、こちらまで危険へ晒すことになる。それは、夫と何度も話し合った末の結論でした」
富士宮はベアトリーチェの話を黙って聞いていた。
「一族を守るためには必要な判断だったと、今でも思っています。でも……母としては、何度も後悔しました」
その言葉には、静かな痛みが滲んでいた。
富士宮は少しだけ息をつく。家を守るために一人を切る、貴族にとってそういう判断が必要になることもあるのを、今の富士宮は理解できていた。けれど理解できることと、胸が痛まないことは別だ。ベアトリーチェは、真っ当な感覚の持ち主で、きっとそこを混同しない人なのだろう。
「それでも、あの子が今こうして……剣士の入り口に立てるまでになったのは、聖女様のおかげです」
真正面からまっすぐに言われ、富士宮は少し困ってしまう。こういうの、正直慣れてない。
「カッシーニ家を代表して、お礼を申し上げます」
ベアトリーチェは静かに頭を下げた。
「今後も、あの子をよろしくお願いします」
「い、いえ……こちらこそ、その……アントニオには何度も助けられていますので」
富士宮には珍しく言葉が少しだけぎこちなくなってしまった。
ベアトリーチェはそれを見て、やわらかく微笑んだ。
「ふふ。聖女様も案外、あの子に甘いのですね」
「そんなことは」
と言いかけて、富士宮は口を閉じる。
否定しきれないのが嫌だった。
だってあの子、普段は生意気だし、口悪いし、すぐ反抗的な顔するし、私を怖がるし、ヘイトも高いし、扱いにくさの塊みたいな子なのに、肝心なところでは絶対に前へ出るんだもの
そういうの、何かちょっとずるいのよ
ベアトリーチェはそんな富士宮の微妙な表情を見て、何も言わずに穏やかな表情で紅茶のおかわりを勧めてきた。
◇
その日の夕方、屋敷裏の屋外訓練場では、ナビルが射撃訓練をしていた。
彼の傷もまだ完全ではないのだが、富士宮ほど深手ではないため、回復は比較的早かった。もちろん無理は禁物だが、軽い調整と銃撃の感覚確認ぐらいならできる。
カッシーニ家の一族は近接系統ばかりだからだろう、ガンナー系統、それも二丁拳銃を使うナビルの戦い方にはかなり興味を惹かれているようだった。
特に見学へ来ていたのは、クラウディアとルチアの姉妹である。
ナビルが距離を取って的へ向けて撃つ。乾いた銃声が二発重なり、左右で異なる軌道を描いた銃弾が二つの的それぞれの真ん中を撃ち抜いた。
ルチアはその様子を見て目を輝かせていた。
「わーっ、すごい! いまどうやって撃ったの!? 左右で違うとこ狙ってたよね!?」
「ええと……慣れれば、そこまで難しくは……」
ナビルは少し困ったように答える。
「難しいでしょ絶対! だってすごいもん!」
ルチアは出会ったばかりのナビルに対しても一切遠慮がない。その横で、クラウディアは腕を組み、冷静にナビルの体の動きを観察していた。その視線は鋭く、感心しているのかいないのか分かりにくい。
しばらくして、彼女は短く言った。
「……近接しか攻撃手段のない相手からすると、かなり厄介ね」
ナビルが思わず高評価に少しだけ目を丸くする。その様子に構わず、クラウディアは続けた。
「その距離から、あれだけ正確に急所を撃ち抜けるなら、どんな戦場であっても十分脅威だわ。前衛が崩れた時の保険としても優秀だしね。連携前提なら、カッシーニ家の武芸とも相性は悪くないでしょうね」
ナビルは急にそんなふうに真面目に評価されて、やや困惑していた。
「ありがとうござい、ます……?」
クラウディアの褒めに戸惑ったナビルは、つい疑問系で感謝を述べてしまっていた。そんな微妙な空気を、当然のようにルチアがぶち壊しにかかる。
「でもさ、ナビルさんって思いっきりお姉ちゃんの好みだよね!」
場がぴたりと止まった。
ナビルが瞬きをし、クラウディアが数秒遅れて目を見開く。そんな空間でルチアだけが純粋にきょとんとしていた。本人は本当に本気かつ真剣に善意でしゃべっていたのだ。善意で爆弾を投げ込めるタイプというのは、本当に怖い。
「今度デートしてもらえばいいじゃん!」
空気なんで無視する勢いでさらに追い打ちをかけてくるルチアに対し、クラウディアが顔を真っ赤にさせて怒鳴りつけた。
「何言ってるの、ルチア!」
あの冷たく何事にも動じないような女性が感情のままに声を荒げるのを見て、ナビルは本気で困ってしまっていた。
「えっ、い、いや、その、僕は、あの……」
「ほら、困ってるじゃないの!」
「えー、でも絶対タイプじゃん! だってお姉ちゃん、こういう真面目そうなイケメン大好きそうだもん!」
「うるさい!黙りなさい!」
こうして屋敷裏手の屋外鍛錬場では、走り回る姉妹と、困った顔をして立ちすくむ青年の影が夕日に照らされて伸びていった。




