親子の剣
鍛錬場の空気は、回廊の穏やかさとはまるで別物だった。
広い床板を囲む壁際には、各種の武器がずらっと並べられており、まるで武器工場かのような威容を放っている。天井近くの明かり取り窓から差し込む細い光に照らされる鍛錬場中央には、すでにアントニオとレオナルドが向かい合って立っていた。周囲にはベアトリーチェ、クラウディア、ルチアといったカッシーニ一家、そして富士宮と同じく完全回復していないナビルまでいる。
また模擬戦ができるまでに回復したとはいえ、アントニオだってまだ病み上がりには違いない。顔色も万全ではないし、肩や胴にはまだ包帯が巻かれている。だがその目は死んでおらずギラギラと光っていた。むしろ、自分の家で、自分の父を相手にしているからこそ、いつも以上に刺々しく研がれているようすら見えた。
対するレオナルドは、訓練用の長剣を片手にぶら下げるように持って立っているだけだ。力んでいる様子は見えないし、その構えも大げさなものではない。なのに、一切の隙がない。
富士宮は改めてレオナルドを鑑定する。
SSRジョブ《グランドブレイドロード》、ジョブランクA
うん、無理だこれ
病み上がりとか何とか関係なく、完成度の差がえぐい
アントニオがどれだけ成長したといっても、今の段階では正面から戦ってどうにかなる相手じゃない
だってあのロイヤルナイトとほぼ同格だもの
にもかかわらず、アントニオは口の端を歪めて父親に言葉を投げつける。
「手加減すんなよ、クソ親父」
父親へ向ける物言いではない。だがレオナルドは眉一つ動かさない。
「体が動くのなら、いつでもかかって来い」
淡々とした返しだった。
開始の合図もないまま、アントニオが動く。一歩目の踏み込みから速い。レオナルドとの間合いを一気に詰め、白光を纏った木刀が突き出される。
刀マスタースキル【踏み込み穿つ隼爪の太刀】による瞬足の刺突攻撃だ。アントニオが愛用し、命中精度と会心率へのバフもかかる先手必勝の技。以前ならただの荒っぽい踏み込みだったものが、今では洗練された技として繰り出せるようになっていた。
だがレオナルドは、それを半歩身をずらしただけで受け流した。剣をぶつけるのではなく、ほんのわずか角度を変えて軌道ごと変えた。そのままレオナルドから返しの一撃が来る。アントニオは無理やり体を沈めてかわし、すぐさま鞘へ刀を納め、下から切り上げる居合に繋げる。
【跳ね上げ断つ鳳翼の太刀】、ロイヤルナイトをも感心させたアントニオの居合い抜きだ。
アントニオの剣筋は、最初に出会った頃の喧嘩殺法からは明らかに進化していた。荒々しさは残っているのに、そこにしっかりとした型を感じさせるのだ。先人たちが築き上げた叡智を素直に吸収しようとする姿勢の結果といっていいだろう。出会ったばかりの頃の彼にはなかったものだ。
だが、アントニオの成長をもってしても、レオナルドにはまだ届かない。
アントニオの斬り上げを剣の腹で受け止め、体勢も乱さず、一歩だけ下がって距離を測る。その下がり方すら一切の無駄を感じさせない。
アントニオの打ち込みをレオナルドが軽くいなすという攻防が何合か続いたところで、アントニオはさらに速度を上げた。
前への踏み込みはさらに深く早くなり、体の捻りは筋肉の限界に挑戦するかのような荒々しさだ。富士宮の目から見ても、これが本来のアントニオらしい戦い方だと感じられた。刀マスターの洗練されたスキルの先に、己の身体能力による圧倒的な暴力を実現させる。これこそ悪童たるアントニオにしかできない戦い方だった。
けれど、それでも届かない。
レオナルドの剣は正確で、無駄がなさすぎる。
アントニオの刀がいなされるたび、逆にアントニオ自身の重心が大きく揺れ、踏み込みの荒さだけが目立っていく。
最後の攻防でアントニオは、力業で強引に押し切ろうとする構えに出た。振りかぶった木刀が纏う白光が濃くなっていく。一か八かの大技に出るつもりだと、富士宮にはすぐ分かった。
だが、アントニオが大きく振りかぶった木刀を振り下ろそうとした瞬間、レオナルドの長剣が下から斜めに木刀を叩き、その軌道をまたしてもあっさりと逸らした。スキルの白光が粉々に砕け散る中、レオナルドは足払いに似た体術でアントニオの膝を崩し、地面に跪かせた。
あっ、と思った時には勝負が終わっていた。
レオナルドの剣先が、アントニオの喉元へぴたりと止まっている。
鍛錬場に静寂が落ちる。
アントニオは荒い息をしながら、悔しさを隠しきれない顔でレオナルドの剣先を睨んでいた。今の彼にとって、ここまで何もさせてもらえない敗北はかなり屈辱的だろう。
しばらくしてレオナルドが剣を引き、そして短く呟いた。
「……少しは見られるようになったな」
たったそれだけ。けれど、その一言へ込められたものの大きさは、見ていた全員に伝わった。
ルチアは分かりやすく目を輝かせ、クラウディアですら一瞬だけ驚いたような瞬きをする。アントニオ自身も、顔をしかめてはいるが、ほんの少しだけ耳が赤い。
ああ、これたぶん、父親からすると最大級の褒め言葉なんだろうな
レオナルドはそのまま踵を返して鍛錬場を出て行った。その表情はほとんど動かないが、同じ指導者として、レオナルドの内心の機微が富士宮には分かる気がした。
アントニオは、ようやく剣士の入り口へ立ったのだ。喧嘩の強い暴れ者ではなく、剣を振るう者として。
それは富士宮がこの少年へ時間をかけて指導をし(時にはだいぶ怯えられたが)、成長の方向性を示し、多少無理にでも型を教え込んだからこその変化だった。
どのような経緯があったとしても、父親として、息子の成長が嬉しくないはずがない。




