メッシーナ街道の襲撃(後編)
燃え盛る馬車の裏から現れたのは、長身でパーマがかった金髪を長く伸ばした中年の剣士だった。
ギラギラと輝きを放つ金色の全身鎧を装備し、右手にはこれまた全ての装飾が金色の大剣を掲げている。
見た目だけなら趣味の悪い成金仕様の装備に見えるが、その剣についた血の量と鎧に飛び散った返り血が、その男がただの派手好きではないと雄弁に物語っていた。立っている雰囲気だけで尋常な使い手ではないと、一目でわかる。
さらに、金色の騎士の後方には、黒いローブを目深にかぶり、背丈ほどのねじれ木の杖を持つ老年の男魔法使いがいた。空には鷲の頭とライオンの体を持つグリフォンへ騎乗し、巨大で煌びやかな装飾の長弓を構えたエルフの女性が浮いている。
この世界、エルフもいるんだ
富士宮がそんな呑気な感想を抱いた、その時だった。空中のエルフは迷いなく矢をつがえ、富士宮へ向けて強烈な射撃を撃ち込んでくる。
アントニオが咄嗟に前へ出て刀で弾いたが、その直後、彼は顔をしかめ、手首から先を振るようにして痺れを逃がそうとする。
現在のアントニオの膂力で、攻撃を受けただけで腕にダメージが入るということは、つまり今の一矢は、ミノタウロスの大斧級の威力を持っていたということを意味する。
富士宮は即座に三人を鑑定した。その結果は、思わず笑いたくなるぐらい最悪なものだった。
三人とも共和国所属で、しかも全員が上級ジョブ持ち。さらにジョブランクは魔法使いとエルフがA。
そして、金髪の剣士に至っては――
SSRジョブ《ロイヤルナイト》、ランクS。
上級ジョブのさらに一段上の存在でありながら、ジョブランクをカンストさせている。同じSSRジョブのスティーナでさえ、ランクSには届いていなかった。
ルナアリスの世界ランカー戦でも、余裕で一軍レギオンの火力担当へ採用される個体だ。つまり、この世界でも最強格の一人であることを意味する。
育成途中のナビルやアントニオでは到底歯が立たない上位者だ。もっと言えば、単なる上級ジョブカンスト個体のカディジャですら届かない高みにいる。
あ、そう
富士宮の頭が妙に冷えて思考が冴え渡る。
軟禁場所で暗殺するんじゃなくて、ここでさっさと潰すってことね
ルイらしいわ
さて、絶体絶命ってこういうことか
どうしようかしら
富士宮の理性は、タナトスを使うしかないと訴えているし、確かに出し惜しみしてる場合じゃない。でもタナトスは正面からの戦闘では使いづらい。まともにやり合えば、この三人の火力に押し潰される。目を逸らしてもらっている間に隙を狙うにしても、いくらアントニオやナビルであっても、この敵相手には十秒も持つかどうか。
そう逡巡していると、アントニオがすっと富士宮とナビルの前へ出た。
「ここは俺が抑える。おい軟弱王子、その女連れてさっさと逃げろ」
そうしていつもの憎まれ口を叩く。どんな状況でもアントニオの振る舞いは変わらない。
ナビルは珍しくすぐには言い返さなかった。その代わりに、焦りを露わにした声でアントニオの背中に向けて声をかける。
「アントニオ! いくら何でも無理です。僕も援護します!」
だがアントニオは、それを切り捨てるように言う。
「あの後衛の攻撃を見たろ? ただの弓の一撃がミノタウロス級だぜ? 馬車だって防御魔法てんこ盛りのシロモノだったのに、火炎弾だけでお釈迦だ。アルバロのちゃっちい火の球とは訳が違う。こいつらは本物だ」
普段の荒くれ者とは違う、妙に真剣な表情で語るその姿に、さすがのナビルもすぐに反論ができなかった。
直後、金色のロイヤルナイトがこちらへ向けてゆっくり歩いて近づいてきた。
ナビルは心底迷っている顔をしていた。その内心では逃げるべきか残るべきか、どちらが富士宮を生かす可能性が高いか、必死に計算をしようとしているのだろう。
その迷いを断ち切るように、アントニオが一気に踏み込む。
スキル発動を示す白い光が、アントニオの構える刀・無銘一文字の刀身を包み込んだ。
ロイヤルナイトの間合いへ入った瞬間、アントニオの手先がぶれたかと思うと、刀が刺突の形で突き出される。
【踏み込み穿つ隼爪の太刀】、刀マスターのスキルの一つで、瞬足の刺突を放つと同時に、自身へ命中精度と会心率のバフを乗せる先手必勝の技だ。
ロイヤルナイトは驚いた風もなく、黄金の剣の腹で受ける。
刀と大剣が衝突する甲高い音が響き渡る。凄まじい量の衝撃波が周囲へ広がり、街道脇の土と草を吹き飛ばす。
アントニオはその姿勢から急激に沈み込み、いつの間にか鞘へ納めていた刀を居合の形へ持っていく。そして次の瞬間、下から斬り上げるような居合抜きが走った。
【跳ね上げ断つ鳳翼の太刀】、 敵の体勢をわずかに浮かせ、次撃で仕留めるための対格上用スキル。さらに使用者の闘志上昇と反撃時の攻撃力補正を自身へ乗せる。
斬撃そのものは、またもロイヤルナイトに簡単に受け止められたように見えた。だが、さすがに受けた手に衝撃が走ったのか、あのロイヤルナイトが一歩引いた。
「ほう」
感心したような声が漏れる。突きの後に下段からの斬り上げという難度の高い連続技だ。アントニオの身体能力の高さがあってこその離れ業であることは誰の目から見てもわかった。
さらに追撃へ出ようとしたアントニオだったが、ふいに身を翻して飛翔した一矢をかわす。グリフォンの上から、エルフのアーチャーが再び矢を撃ってきたのだ。
ロイヤルナイトが、不満そうに空へ視線を向ける。
「邪魔をするな。せっかく楽しくなってきたところなのだ」
アーチャーのエルフは冷たく言い返す。
「ルイ様のために、あの女を確実に始末するのが優先よ、ヘンリー」
その会話の隙にアントニオが再び斬り込む。
そこから始まったのは、剣士同士の壮絶な斬り合いだった。アントニオの踏み込みは傍目から見てもとても鋭い。その踏み込みから放たれる剣撃も、速く重たい一撃ばかりだ。だがロイヤルナイトは、一つ一つの攻撃を大きな余裕を持って受け流していく。単純な技量の差というより、剣士としての完成度そのものが違うことが見て取れた。
そしてロイヤルナイトが攻撃へ転じた瞬間、アントニオは一気に劣勢へ追い込まれた。数合のうちに切り倒されかねない、そう思ったその刹那、ナビルの【クロスファイア】が走る。
連続する銃撃がロイヤルナイトの剣筋をわずかに逸らし、アントニオは何とか致命傷を免れた。
「さっさと逃げろ!」
アントニオがロイヤルナイトと切り結びながら叫ぶが、ナビルは退こうとしない。
「君では弱すぎて時間が稼げない。二人で持ち堪えるのが最善です。聖女様、今のうちにお逃げください!」
アントニオは、不敵に笑う。
「言うじゃねえか。いいぜ、どっちが最後まで残ってるか勝負だ」
ナビルも応じた。
「望むところです」
富士宮は、その二人の様子を内心微笑ましく見ていたが、彼らが作ってくれた機会を無駄にしないため、ロイヤルナイトたちとは反対方向へ逃走を始める。
空からアーチャーが何か叫んでいるのが聞こえるが、ロイヤルナイトがそれを重い声で制止する。
「問題ない。この場はすぐに終わる」
そこからの戦闘は、時間にすれば短かったが、内容はものすごく濃いものだった。
ロイヤルナイトとの勝ち目のない斬り合いに挑んだアントニオは、体を掠めていく剛剣に全身から血を流し、意識朦朧となりながらも本能だけで反撃を続けようとした。ナビルも襲いかかる剛弓と魔法使いの放つ熱線に傷つき、裂傷と火傷を負いながらも、最後までアントニオを支援しようとする。
しかし、交戦から一分もしないうちにアントニオの目から力が失われ始め、意識がほとんど飛びかける。
たたらを踏むアントニオに対し、ロイヤルナイトが黄金の大剣で強烈な振り下ろしを行う。その衝撃を受け止めた、その瞬間、アントニオは完全に意識を失い、糸が切れた人形のように地面に倒れ込んだ。
そもそも振り下ろしの大剣を受け止められたこと自体が奇跡だった。浅くない傷を負っているナビルは、続くロイヤルナイトの動きに反応できない。
ロイヤルナイトが、そのままアントニオの心臓へ剣を突き立てようとした、その時。
首筋に、強力な悪寒を感じた。ロイヤルナイトは何かを考えるより先に、反射的に身体を前に投げ出した。
冷たい刃が頸動脈へわずかに触れ、致命傷ではないが、無視できない量の血が吹き出す。
呆然としながら背後を振り返ったロイヤルナイトが見たもの。
それは眉間へナイフが突き立てられ、驚愕の表情で後ろに倒れ込む魔法使い、そして切り飛ばされた首で何が起こったか理解できない顔のまま、血を噴きながら崩れてグリフォンから体が落下していくエルフのアーチャーだった。
ロイヤルナイトは首筋からの出血を抑えようと必死で左手で首を押さえながら、思わず呻く。
「馬鹿な……何だこれは……この俺が、何の気配も感じなかっただと……」
見上げた先には、黒髪の聖女がいた。
黒光りするナイフを両手に構え、少し困ったように、しかし妙に冷めた声で言う。
「さすがにSSRを三匹目に回すと勘付かれますか」
ナビルは、重傷を負いながらその光景を呆然と見ていた。
全く見えなかった。
自分の主人が、この細く儚い雰囲気の黒髪の美女が、この光景を作り出したことだけは理解できる。だがその経過が分からない。戦場の意識と意識の隙間、まさに刹那の瞬間へ、異空間から刃だけが振り抜かれたような感覚だった。
だが、ナビルはロイヤルナイトがまだ片手で剣を構えているのを見逃さなかった。
聖女は近接戦闘の勘だけは鈍いのか、まだその危険へ気づいていない。
「聖女様、危ない!」
声と同時に、ロイヤルナイトが剣を横薙ぎに振るう。
光の斬撃エネルギーが飛ぶ。
先代勇者も愛用していた【光の斬波】、中距離で絶大な破壊力を持つ光属性スキルだ。
ロイヤルナイトからの攻撃に気づいた富士宮はわずかに体を逸らしたものの、左脇腹へ光の刃の端が掠め、深い裂傷を負ってしまった。聖女の血が吹き上がり、富士宮はたまらずその場へ倒れ込む。
ナビルは必死の形相で富士宮の元へと駆け寄った。
ロイヤルナイトは首筋を押さえながら、遅い挙動でありながらも確実に、聖女へ追撃の【光の斬波】を放とうとしていた。
ナビルは、なりふり構わず富士宮の軽い体を抱き上げる。そしてそのまま、街道脇を流れる大河へ、共に身を投げた。
その瞬間、富士宮の右手がわずかに動き、目に見えるか見えないかという細さの糸が放出され、アントニオの太腿へ巻きついた。
ロイヤルナイトは聖女に意識を向けていたため、咄嗟にアントニオまで連れ去るのを止められなかった。
そして富士宮、ナビル、アントニオの三人は、大河の激流に飲み込まれ、下流へとあっという間に流されていった。
ロイヤルナイトは首筋を押さえたまま、春先の雪解け水で轟々と流れる大河を見下ろした後、諦めたように天を仰いだ。魔王領にほど近いこの地域では、遠く上空に人外の生物が飛んでいることもあり、今もワイバーンのような影や、手足を広げて飛ぶ蜘蛛型の魔獣の姿が見える。北の大陸にある魔王領で生まれ育ったロイヤルナイトにとってはあまりに見慣れた光景だった。故郷に似た空気を持つこの地で、ロイヤルナイトは少し困った顔をしていた。
いつもの自分なら追跡は容易だったが、今は回復役がいない。自己回復スキルを全力で回さなければ、自分の身すら危うくなる。追撃は諦めるしかないか。さてさて、主人たるルイへどう報告したものか。
そう苦笑しつつも、ロイヤルナイトは内心で確信していた。
ルイと同格と言われるあのアサシンであれば、必ず生き延びているのだろうと。




