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宵闇は消えず〜Side OWEN HAGUE〜

 管理棟の周辺へ配していた部下たちや仕掛けが、一瞬にして消えていく。


 いや、こういう時に我が主人はどう言うだろう。恐らく、「溶けている」と表現するのではないだろうか。


 オーエンは、雑貨店地下の居室で目の前にあるモニターの赤点が次々と消えていくのを眺めながら、そんな場違いのことを考えていた。


 綿密に組み上げた手札が、敵と触れた瞬間に形を失っていく光景を、聖女様は「溶けている」と表現していたことをはっきりと覚えている。言い得て妙だ、とオーエンはこんな時にも思う。


 ここの存在は、主人である聖女すらオーエンは教えていなかった。死の事務次官のスキル『異界想像』により、異世界の物体を発想し、この世界の物体を用いて再現する能力を得た時、大喜びした彼は本来ならすぐに聖女に報告し、これまで以上の献身が可能になったと伝えるつもりだった。


 しかし、実際に異界の物質(どうやらモニターという名前の映像投射装置らしい)に触れてみた時、なぜだか知らないが聖女と同じ性質の底知れぬ闇を感じずにはいられなかった。それはオーエンにとって恐怖の対象ではなく、信用と安らぎの対象ではあったものの、あまりに聖女の性質に似過ぎており、オーエンの中では不敬に当たるのではないか、との危惧が拭えなかった。


 そうして聖女に言い出せぬまま、モニターの運用を始めた。電気が必要らしかったので、アルバロに頼んで魔法書に大量の電気を溜め込み、それをスキル『異界想像』により創作した発電機とケーブルと呼ばれる機器を用いてモニターに接続し、映像の投射に成功した。映像をモニターに映すための装置(これが難解で複雑怪奇であり、異界ではパソコンと呼ぶらしいが、オーエンは叡智の箱と名づけている)と、外界で映像を撮影する機械(異界ではドローンと呼ぶらしいが、その見た目から空蜘蛛と命名してみた)や映像を送信するための電磁波作成装置なども併せて作成し、電波が王国中で取得できるように各地に装置を設置することまで完了している。


 そのため、迷宮管理棟周辺の情報も逐一把握できるのだが、制圧の速度が速すぎてオーエンの解析能力を持ってしても敵の正体に迫ることが難しかった。


 賢者が懐刀を隠している可能性は、主人である聖女から聞いていた。だがこれはそんな次元ではなく、主人の予想を覆す存在だ。そんな怪物がいるとしたら、それは主人と同格の者しかいない。


 賢者が主人と同格であることは聞いていた。しかし、今ここへ現れたのは、純粋な武に特化した方向での同格者だ。


 防衛戦を維持できない


 オーエンは即座にそう判断した。そして通信宝珠を通じてジェシカへ即時撤退を指示する。とにかく逃げ切ることを最優先にしろ、それ以外はすべてどうでもいいという内容の緊急司令だった。


 残したカディジャとスティーナが生き残る可能性は低いが、やむを得ない。ジェシカは、主人が万一この地を離れた時に、必要になる人材だ。権力者どもの喉元へ届く刃を持った存在がいなければ、宵闇は維持できず、主人の居場所も守れない。


 表の世界へ無理に適応しようとしている主人の、真の居場所を守り抜く。


 それがオーエンにとって、自分の存在価値を賭けた信念だった。


 結果として、ジェシカは何とか逃げ延びた。オーエンが保護した時には、まるで拳を飛ばしたかのような衝撃を一発もらっていたらしく、行動不能な程の重傷を負っていた。


 敵はどうやら、カディジャたちの相手を優先し、ジェシカの逃亡は容認したらしい。


 オーエンは、ジェシカの撤退を最優先にした判断が間違っていなかったと安堵する。だが同時に、これ以上自分にできることがない現実に、奥歯を噛みしめた。


 今回は完璧に読み違えた。異端審問局の雑魚狩りをしている時に、気づくべきだったのだ。連中は宵闇へちょっかいを出しているふりをしながら、裏では賢者の権威を利用し、王国そのものを動かす準備を進めていた。


 オーエンは怒りと悔しさで震える。


 主人が鑑定したとされる、異端審問局のジェンナーロという男。あの男は、正面から相対する場合、こちらに利があることを早い段階で悟った。だからこそ、組織の面子もかなぐり捨て、王国の象徴たる賢者と結託したのだろう。賢者自身にも聖女を潰す意図があったことまでは知らなかったはずだが、結果としてこちらにとって最悪の盤面が完成してしまった。


 後は、主人が何とか生き延びてもらうことを祈るしかない。


 どこででもいい、どんな立場に落ちてもいい、生きてさえいてくれれば


 私は必ず、主人が再起するための土台を完璧に整えてみせる


 オーエンは心からそう固く決意していた。


 暗い部屋の中で、その誓いだけが、刃物のように静かに光っていた。


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