表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/71

喉を穿つ槍

 ボススペースへ入ると、空間の中央で黒い光が渦を巻き始めた。何度見ても、迷宮のボス出現演出は趣味が悪いと思う。


 黒い渦の中心から現れたのは、予想どおりミノタウロスだった。牛頭の巨体に大斧を掲げている。人間の常識を踏み潰すために存在しているような暴力の化身だ。前回十一層で出てきた異常個体と変わらない圧力を富士宮たちパーティに向けて放っている。


 ミノタウロスは出現と同時に大きく咆哮した。


 ブモォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!


 音圧だけで空気を震わせる圧倒的な迫力と存在感、そして威圧だ。二度目の邂逅とは言え慣れるものではない。後衛のアルバロとエリーは顔を青白くさせている。


 そして次の瞬間、ミノタウロスは一目散に富士宮へ向かって突進を始めた。巨体の割にその踏み込みは鋭く、あっという間に距離を詰めてくる。


 しかし異様だったのはその踏み込みの速さではなく、あまりにも迷いのない富士宮へ向けた直進運動を取っていることだった。まるで「聖女を潰すのが最優先である」と何者かに命令を埋め込まれているような動きだ。


「ッ、来ます!」


 ナビルが叫ぶ。


 だがその叫びより早く、アントニオが富士宮の前へ庇うように飛び出していた。


「ふざけんな、この牛野郎が!」


 罵声と共に、真正面から立ち塞がる。


 大斧を担いだ巨体が、止まらない勢いのままぶつかってくる。ミノタウロスの斧とアントニオの刀が交差した瞬間、衝撃波が周囲に飛び散り、富士宮は思わず右腕で顔を覆う。部屋の空気が軋み、石床が広範囲に割れ、衝突点を中心に細かな破片が跳ねた。アントニオの足元が割れた床へと沈み込む。ミノタウロスの膂力に身体ごと持っていかれそうになるが、決して倒れようとはしない。


 そのまま、半ば押し込まれながらも一旦刀を引き、ミノタウロスがわずかに体勢を崩したところを見逃さずに刀を真一文字に振る。


 アントニオの斬撃がミノタウロスの胸を大きく切り裂き、その胸板から血が噴いた。だが、怪物はわずかに後退しただけで、すぐに再加速の姿勢を取って、再び富士宮を目指して突っ込んでくる。体力も耐久も、そして執念も桁違いであることが肌感覚で分かってしまう相手だった。


 そこからは、本当にひどい消耗戦になった。アントニオとハリーが正面からの突撃を何度も受け止めるが、その度に体が軋むような衝撃を受けて徐々に疲弊していく。イニゴとジョンが側面から斬撃と刺突で攻撃しようとするが、意外に俊敏なミノタウロスにダメージを与えられず、かえって大斧の一振りを受けて吹き飛ばされることを繰り返す。ナビルとアルバロが射撃と魔法を重ねるが、ミノタウロウスの表皮にわずかな傷を残すだけだった。エリーは回復魔法の多重使用により、序盤からきつそうな表情を隠せない。


 まともに効いていると言える攻撃はアントニオの斬撃だけだった。ジョンの槍も一応は刺さる程度の威力はあるのだが、筋力自体の違いからか致命傷を通せるほどではなかった。


 そんなジリ貧の戦闘の中で、アントニオは富士宮を守るように前へ立ち続けた。


 最初はいつものように悪態をつきながら、途中からはほとんど呼吸を荒げながら、1本の刀のごとく立ち続け、ミノタウロスの前進を許さない。幾度も突進を受け止めて体は限界に近いはずなのに、それでも退かない。身体中に傷を負い、腕は痺れて感覚がなくなってきているはずなのに、刀だけは落とさない。


 富士宮はその姿を見ながら、少しだけ歯を噛み締めた。


 こういう時に限って、あいつは本当に頼もしい

 普段はあんなに生意気で、口も悪くて、こちらを怖がるくせに、肝心な時には自分から前へ出る

 そういうところ、少しずるいぞ

 かっこいいじゃないか


 ミノタウロスの方も、さすがにアントニオの斬撃を受けることが多いために出血が増え、疲労の色が見え始めていた。富士宮が、押し切れるかもしれない、とかすかな希望を抱いた、その直後だった。


 遂に、アントニオが膝をついて崩れ落ちた。本当はとっくの昔に限界だったのを精神力だけで繋ぎ止めてきたが、ミノタウロスの衰えない突進の威力にとうとう耐えきれなくなったのだ。


 ミノタウロはその隙を逃さず、アントニオの横をすり抜けて、富士宮へ向けて加速する。


 しかしそこへ今度はナビルが割り込んだ。


 ナビルはきれいな立ち姿のまま二丁拳銃を構え、常人では目に見えない速度で引き金を引く。【クロスファイア】が発動し、左右から発された精密射撃が時間差でミノタウロスに襲いかかる。至近距離から速く正確に重ねられた弾丸がミノタウロスの左目へ連続で吸い込まれ、そのままグシャっという嫌な音を鳴らして眼球を潰した。


 ダメージの総量自体は大したことはないだろうが、ミノタウロスは痛みと視界を奪われたことの衝撃で、天を仰いで大きな咆哮を放つ。至近距離での咆哮には恐らくスキル由来の威圧効果があるのか、アルバロやエリーだけでなく、イニゴとハリーまで一瞬硬直して動けなくなった。


 だがその瞬間、富士宮の《タナトス》がはっきりと攻略の糸口を示していた。


 真っ黒い視界の中、太い白線で牛頭に切り取られた人型が上を見上げて叫んでいる。その首の真ん中に、小さいが確かに明滅する赤い光点が視認できた。


 弱点は、喉だ。


「ジョン!喉です!」


 パーティ全員が硬直する中、ただ一人ミノタウロスに駆け寄って槍を突き刺そうとしていたジョンに向かい、富士宮が必死に叫ぶ。


 満身創痍で疲れているはずなのに、ジョンの踏み込みは鋭かった。アントニオを見て学んだ、あの前へねじ込むような進み方。さらにジョン自身の凶暴な身体能力が噛み合った加速が、右手に持つ槍の威力をさらに押し上げる。


 蜻蛉切りがスキル発動の白光を纏い、さらに武器固有の特殊能力により緑色の発光まで混ざり合い始める。ジョンの視線と同じく真っ直ぐに狙い定められた槍は、スキル【蜻蛉穿ち】の発動とともに緑白の光を放ちながらミノタウロスの喉を貫いた。


 周囲から見ると予備動作のほとんどない刺突が、牛頭の巨体を貫き、正面から仕留めた。ミノタウロスの目が見開かれ、次の瞬間にはそのまま仰向けに崩れ落ちる。巨体が倒れ込んだ大きな音と砂煙が去ったあと、そこには動かなくなった怪物の死体だけがあった。


 戦闘後、ジョンは肩で息をしながら、わざとらしくアントニオへ憎まれ口を叩いた。


「……ったく、だりーんだよ。先輩面するなら最後まで立ってろよ」


 だが、その後に続いたのは、とても不器用な一言だった。


「でも……最後まで受け止めてくれて助かった」


 小さく、早口で、言い逃げるみたいな響きだ。


 アントニオも恥ずかしがるかのように顔を背ける。元来、素直に答えるのは柄ではないのだろう。だが、しばらく黙ってから、ぼそっと言った。


「……あたりまえだろ」


 パーティの空気が少しだけ柔らかくなる。富士宮はそのことに優しい気持ちを抱きながらも、現状を再確認させるために空気を引き締める。


「すぐに地上へ戻りましょう」


 そう提案し、ボススペースの後方へあった転移装置へ向かった。金色の台座に、黒い真珠が載っているような奇妙な装置が置いてある。前回までの転移装置とは少し違う形状だが、迷っている暇はない。富士宮が起動すると、装置が静かに脈動し、黒と金の光の波がパーティ一行を包み込んだ。


 次の瞬間、富士宮たちは王都地下迷宮の入り口付近へ転移していた。しかしそこで待っていたのは、周囲をぐるりと取り囲む王国騎士団の精鋭たちと、複数の魔法使いで構成された包囲網だった。


 富士宮の心臓が一気に早鐘を打ち始める。


 ここまで対応が早いとは予想外すぎる。今のレギオンは、誰もが立っているのがやっとだ。正面からぶつかっても勝ち目はない。そもそも王国相手に刃向かうこと自体がそうそうできるものではない。


 富士宮の視線の先、そして包囲網の中心にいたのは、白いローブの老人だった。白髪白髭をたたえながらも、年老いた外見に似合わぬ、底知れない気配と飄々とした立ち姿の人物。


 大賢者ヒッポグリフ・ド・モルガンだ。


 富士宮は、その姿を見た瞬間、胸の底から冷たい殺意が噴き上がるのを感じた。老人は、その殺意に気づいていないのか、それとも気づいていてなお意に介さないのか、平然とした顔のまま口を開く。


「待っておりましたぞ、裏切りの聖女殿」


 その言葉を聞いた瞬間、富士宮は内心でただ一言、憎々しげにつぶやいた。


 佐藤

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ