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十五層:呪いの黒騎士(後編)

 左肘の制御機構を失ったことで、カースナイトの近接能力と霧による防御は大幅に弱体化した。イニゴが真正面から黒剣を受け止められるようになり、ハリーの盾にも余裕が生まれてきている。ナビルの射撃と、アルバロの【エレメンタルバースト】が霧を突破して炸裂し、腰部の黒い装甲へひびが走る。さらにアントニオがそのひびを刀で叩き切り、追撃でジョンがさらに深く刺突を放ったことにより、機械が壊れる音とともに腰部の制御装置も稼働を停止したのが《タナトス》の視界で分かった。


 カースナイトの動きがさらに重くなった。最後に右胸を砕けば、この戦いに勝てる。


 だが同時にこちらも限界が近い。イニゴの息は荒く、ハリーの膝はガクガクと震えている。アントニオの呪いは完全には抜けていないし、ジョンも初めての本格的な死闘で消耗が激しい。ナビルの集中力とアルバロ、エリーの魔力もだいぶ消費されている。


 それでもこのパーティの底力を信じ、富士宮は最後の指示を飛ばした。


「ナビル、アルバロ、ジョン、アントニオ、右胸へ集中攻撃! イニゴ、最後はあなたが壊してください!」


 ナビルが指示に頷いた途端、銃声が二つ重なる。左右から放たれた弾丸が、一直線に右胸一点へ吸い込まれていく。わずかに残っていた黒い霧が右胸を守ろうとするが、弾丸に弾かれて霧散し、右胸に着弾した鈍い音が重なった。続いてアルバロの放った光線がそこを焼き、飛びかかったアントニオの刀がカースナイトの胸部を袈裟に走った。


 もがいて暴れようとするカースナイトの腹部にジョンが槍を突き刺し、さらに側部からハリーが盾を全力で叩きつけて、カースナイトの体勢を崩す。


 その瞬間、イニゴが前に踏み込む。派手な大技を放とうとしているわけではない。ただ最も確実な角度と深さで、ハルバードをカースナイトの右胸の継ぎ目へ突き立てた。ハルバードの刃が沈んで、内部のコアへ届いた手応えが、見ていた全員に伝わった。


 次の瞬間、黒い霧が内部から爆ぜて溢れた。鎧が一拍遅れて痙攣するように震え、まるで支えを失ったように崩れ落ちる。カースナイトが手に掴んでいた黒剣が石床へ落ち、重い音を立てた。


 何とか勝ったが、余裕はまったく残っていない。パーティ全員が疲労困憊の状態だった。


 富士宮は荒い息を整えながら、予定どおり地上へ戻るため15層の転移装置へ向かった。カースナイトが現れた地点の後ろに黒い真珠のような転送装置が置かれている。富士宮は起動のために真珠の表面に手を触れた。本来であれば、真珠の表面が波のように動き、波動が大きくなって使用者を包み込み転移させてくれる。


 のはずなのに、転移装置が全く起動しようとしない。富士宮が手をいくらかざしても、真珠の表面は揺らぎひとつ見せなかった。


「……え?」


 富士宮は一瞬、故障かと疑ったが、すぐに嫌な予感が胸を貫く。


 仕方なく十層まで戻ろうと退路を確認しにカースナイトの部屋から出る。十五層は螺旋状に続く回廊型のダンジョンであり、カースナイトの部屋から遥か下方に戻る道が見えるはずだった。しかし、遠目に見たところ、十四層へ繋がるはずの通路が、いつの間にか物理的に封鎖されているのが見えた。崩落でも自然発生でもなく、明らかに人為的に塞いだ形跡だった。しかも富士宮たちが攻略中にここまでの地形変更を行うとなると、それはもはや王都地下迷宮の存在自体に干渉できる者の仕業と言わざるを得ない。


 管理者どもめ、やりやがった


 富士宮は内心で激しく毒づくと共に、転生以来で最大級の焦りを覚える。ここまで露骨なやり口に出るということは、地上で対処に動いていた側――オーエン、ジェシカ、スティーナ、カディジャの方が、少なくとも予定どおりには処理しきれなかったということだ。スティーナとカディジャまでつけて、その上でこの封鎖が起こったということは、富士宮にとってのイレギュラーが発生したとしか思えない。


 とにかくすぐに地上へ戻らなければならない。敵がここまであからさまな攻撃を仕掛けてきた以上、一刻の猶予もない。


 この状況で残された手段はたった一つしかない。この後、二十層まで踏破し、ミノタウロスを倒して二十層の転移装置を使って脱出すること。ミノタウロスの討伐頻度が少ないため、二十層の転移装置はまだ管理者の権限が塗り替えられていないと聞いていた。


 しかし富士宮は逡巡する。


 今の疲弊した状態でできるのか

 あのミノタウロスを


 富士宮の表情の異変に、真っ先に気づいたのはナビルとアントニオだった。


「聖女様?」


「おい、何があった」


 二人の声が重なる。


 ここで富士宮はほんのわずかに迷いつつ、パーティメンバーに現在の状況を全て伝えた。さらにこのような事態を想定していながら、結果として防げなかった自分の判断が甘かったと、真摯に謝罪する。


 だが返ってきたのは、責める声ではなかった。


 ナビルがまず短く言う。


「やります」


 それは迷いのない声だった。続けてアントニオも当然とでも言うように鼻を鳴らす。


「今さら退くわけねえだろ」


 ジョンも、少し不機嫌そうな顔こそしたが、その表情からすると引くつもりはないらしい。ハリーは盾へ手をかけたまま静かに頷き、アルバロは顔色を悪くしながらも従う姿勢を見せた。エリーは不安そうに胸の前で手を組んでいたが、それでも下がろうとはしない。イニゴはただ黙って富士宮の指示を待っていた。


 富士宮は自分を信じて付いて来てくれるパーティメンバーの態度に胸の奥を熱くされつつ、前進の指示を出す。そして一行は、疲弊した身体のまま十六層へ潜っていくのだった。

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