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オーディンの器

 富士宮ひとみは、人生でもかなり上位に入るレベルの大当たりを引いた後のような、妙にふわふわした気分でその場に立っていた。


 異常な黒雷の量に意識を持っていかれそうになりつつも、カディジャに支えられつつ何とか踏みとどまった。呼吸を整え、視界の揺れを抑え、もう一度円柱の主を見据える。


 そこにいたのは、スラム街の子どもたちの中で一際年長に見える少年だった。


 黒髪の天然パーマで肌は浅黒く、顔立ちはまだあどけなさを残しているが、体格だけはすでに同年代の中で頭ひとつ抜けているだろうと思わせる長身だ。今は若干細身よりであるものの、いずれ大きく育つことが骨格だけでわかる、そういう身体つきだ。しかも立っているだけで妙に存在感がある。荒んだ目つきをしているが、やさぐれているというより、常に周囲へ警戒を向けている感じが強い。


 富士宮は、まだ少しだけ震える指先を隠しながら、再度《鑑定眼・宵》を起動した。


 ジョン・デュラン

 十五歳

 所属:スラムギャング

 ジョブ:スラムギャング

 ジョブランク:S


 十五歳で、下位ジョブとはいえジョブランクがカンストしている

 これはかなりすごい

 要するにこの子、人生のスタート地点で既に荒事のプロってことでしょ

 環境、最悪だったんだろうなあ


 だがジョンの本領はそこではなかった。富士宮は唾を飲み込みながら、表示された現在ステータスを見る。


 統率D/武力A/知力D/精神D/魅力D/幸運D


 十五歳で武力A!?

 待って待って待って、即戦力じゃん


 しかも潜在ステータスはさらにおかしかった。


 統率A/武力S/知力A/精神A/魅力A/幸運A


 富士宮は、その並びを見た瞬間、喉の奥で変な音が鳴りそうになった。


 え、なにこれ

 すごいとかそういう次元じゃないんだけど

 ナビルの武力特化バージョン、みたいな理解でいい? 

 でもどっかで見たことある気が、、、


 富士宮の脳裏に、とても嫌な形で見覚えのあるデータがよみがえった。


 この武力が突出していて、それなのに他のステータスも満遍なく高い感じは勇者レナート・カールだ。富士宮が自分の手で暗殺した、あのどうしようもないアホ勇者とほとんど同じ数値である。その事実に気づいた瞬間、富士宮はほんの少しだけ気分が悪くなった。


 しかし、ジョンに罪はない

 悪いのはあのアホ勇者であって、この子ではない

 落ち着け、私

 ゴミと神素材を同列に並べるな


 自分で自分へそう言い聞かせながら、富士宮はさらに鑑定を進める。


 潜在獲得可能ジョブが、また凄かった。【槍神】、【衝神】という初見の神格ジョブが並び、さらに何とも言えない気分になることに【勇者】まで候補へ入っている。


 そして、それ以上に富士宮の目を奪ったのは、円柱の回転とともに姿を現した、今回の黒雷演出の元凶と思しきジョブだった。


 URランクジョブ――【オーディン】。


 たぶん地球由来の神格ジョブだ。黒雷が出た以上、ほぼ間違いない。


 富士宮は息を止めて、その詳細を読む。


 騎乗時、もしくは槍装備時のバフ効果が盛りに盛られた火力特化ジョブ。さらに全属性、全状態異常への耐性極大がパッシブで付いている。


 ……は?

 ちょっと待って

 強すぎない?


 だが本当にひどいのは、ここからだった。


 潜在獲得可能スキル【グングニル】


 効果①:神格を持った駿馬に騎乗時に武力Exへ到達

 効果②:槍を装備した際の各種攻撃スキルへ特大バフ

 効果③:Sランク使い魔二体の使役により、パーティ全体の攻撃力へ極大補正

 効果④:女性と同一パーティで、かつスキル所有者が前衛へ出た際、自身へ各種バフ極大


 待って、いやちょっと本当に待って

 武力Exって何?

 なんでしれっと書いてあるの?

 あと他の効果も何かとりあえず強すぎるから!


 ルイ・ムラサメが大好きそうな、実にわかりやすい高火力特化個体。しかも最終的には状態異常耐性まで高いから隙が少ない。現時点でアントニオと同じ武力Aを持ちながら、最終到達点もアントニオ並み、いや方向性によってはそれ以上の怪物候補。


 富士宮は、目も眩むような興奮を覚えながら、何とか表面上の平静を保とうとした。そしてできる限り穏やかに、しかし内心では喉をひくつかせながら、ジョンへ話しかけた。


「そこのあなた、お名前を教えていただけますか」


 だが、返ってきたジョンの反応は露骨な警戒だった。それも、敵意に近い拒絶だ。彼は富士宮を見ただけで肩をこわばらせ、会話そのものを拒否するように視線を逸らす。あまりにわかりやすい反応に、富士宮は逆に少し面食らった。


 えっ、何それ

 こんなに優しくて美人な聖女に向かって、その態度ある?

 でもまあ、あるか

 見た目はどうあれ、教会の所属だけで嫌われることもあるわよね


 すると、近くで駄菓子を見ていた少女の一人が、富士宮へこっそり教えてくれた。昔、教会の神官によってジョンの幼馴染の少女が攫われ、そのまま凌辱されて殺されたのだという。それ以降、ジョンはスラム街で荒れに荒れ、今ではスラム街最強の不良少年として知られているらしい。今回ここへ来たのも、ジョン自身が駄菓子欲しさにつられたわけではなく、スラム街の子どもたちが安全に帰れるよう守るために渋々ついて来ただけだという。


 なるほど、そりゃ嫌うわ

 聖女なんて、一番信用しちゃいけない部類に見えてるまである


 富士宮がさてどう攻略しようかと悩んでいると、ちょうど後ろから足音が近づいてきた。


 振り返ると、リュシエンヌがこちらに向けて歩いて来るところだった。リュシエンヌは、黒髪の聖女が明けの商店街へ来ていると聞いて、歌劇の合間を縫って急いで駆けつけたらしい。ずいぶん忙しそうだが、それだけ劇場での立場が上がっている証拠でもある。


 ついでに富士宮が鑑定すると、ステータスは順調に伸びていた。


 統率C/武力E/知力B/精神B/魅力A/幸運C


 王都中央劇場で四番手の役を任されるところまで出世したというのも納得だった。踊り子のジョブランクもAへ達している。そろそろ本気で上級ジョブへのクラスアップを考えないといけない。


 リュシエンヌ本人は、宵闇と富士宮の関係を知らないので、聖女を前にした時の緊張を完全には隠せていない。だが以前、雑貨店へ逃げ込んできた時の怯え切った少女の面影は、もうかなり薄れていた。今の彼女は、舞台へ立つ者らしい凛とした気配を持っている。


 その間、オーエンがジョンへ話しかけていた。ジョンは、富士宮に対しては完全に拒絶姿勢なのに、オーエンへ対しては少しだけ態度が違った。同じ裏の匂いを感じ取っているのだろう。


 そしてジョンは低い声で、自分にはスラム街の安全を守る使命があるから、聖女のもとには下れない、と言った。だがその一方で、富士宮に視線を向ける時だけは明らかに怯えた表情を見せる。


 なによもう、最初の頃のアントニオみたいな反応しないでよ

 私こんなに優しくて美人で、今日なんて慰問モードで来てるんだけど?

 何で武力高い個体に限って私を怖がるのかしらね

 もっとこう、「あ、この聖女ならついていってもいいかも……」みたいな可愛い反応しなさいよ

 みんなにナビルを見習って欲しいもんだわ


 富士宮がそんな理不尽なことを考えていると、リュシエンヌがオーエンとジョンの会話に自然にすっと介入した。


 そういえば、ジョンとリュシエンヌは同い年だ。年が近いと、刺さる言葉も違うのだろう。また富士宮が《鑑定眼・宵》でリュシエンヌの動きを追うと、すでにいくつかのスキルが発動しているのが見えた。


 一つ目は【アイコンタクト】、視線を合わせた相手の注意を自分へ強く向けさせ、会話の主導権を握りやすくするスキルだ。

 二つ目は【フィールリンク】、相手の感情の揺れへ自分の声音や表情を合わせ、警戒を少しずつ薄める会話補助スキル。

 三つ目は【マインドリード】、直接心を読むわけではないが、相手が今一番気にしていること、触れられたくないこと、逆に揺さぶれば動くポイントを高精度で察知するスキル。


 つよ、この子


 リュシエンヌは、同年代の少女らしい柔らかさをまといながら、でも言うべきところはしっかり突いた。


「あなたが強くならないと、あの子たち困るんでしょ?」


 そして「守るって決めたなら、もっと強くなった方が早いんじゃない?」と続ける。言い方は穏やかだが、逃げ道をうまく塞いでいた。教会を信じろとか、聖女に従えとか、そういうことは一切言わない。ジョンの自尊心と役割意識だけを丁寧に撫でて、その先へ自然に導いていく。


 ジョンは見る見るうちに顔を赤くし、視線を逸らし、最後には完全に黙り込んだ。


 ……わかりやすすぎる。


 最終的に彼は、スラム街の平和を守ってくれるなら、という条件つきで聖女の従者になることを承諾した。


 その瞬間、オーエンがいつもの柔らかい笑みを浮かべて言う。


「もちろんです。今日以降、スラム街を害する者は、聖女様の名にかけてただでは済ませません」


 言葉だけ聞けば、たいへん頼もしい。だが、その底知れぬ迫力ときたらどうだろう。ジョンが軽く引いていた。


 全部を横で見ていたカディジャが、ぽんと富士宮の肩を叩いた。


「いい部下を持ったな」


 半笑いだったので、富士宮も半笑いで返すことにした。


「本当にそうですね」


 言いながら、富士宮は新たに手に入れた怪物候補――ジョン・デュランを見た。


 護衛組の最後の一枠として完璧な適性を持つ個体を発掘できた。先日確保した蜻蛉切りとの相性も期待大の逸材だ。そして将来的には【オーディン】という、どう考えてもぶっ壊れジョブへ届く器でもある。


 ようやく、理想の編成が見え始めてきた、と富士宮は内心で喝采していた。

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