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二度目の地下迷宮

 王都地下迷宮の入口は、相変わらず王都東部の外縁に口を開けていた。


 見た目だけなら、拍子抜けするほど地味な光景だ。だが、その先に広がるものを一度でも知ってしまえば、もう二度とただの穴だとは思えない。


 富士宮ひとみは、その入口を見つめながら小さく息を吐いた。


 前回の挑戦から約二週間、短いようでずいぶん濃い二週間だった。護衛組は全員、医務棟での治療と静養を経て回復し、その後に前回よりも激しいトレーニングに打ち込んだ。さらに、ジョン・デュランという才能まで新たに加わることになった。


 必ず前回より深く潜り、前回より多くの情報を持ち帰り、そしてできることなら二十層まで突破する。そんな決意を胸に、富士宮は再編成を終えた自分のパーティへ視線を向けた。


 今回の迷宮挑戦にあたり、富士宮は各自のジョブチェンジを決断していた。本来なら、もう少し慎重に通常ジョブを固めたかった。下位・中位ジョブでの基礎スキルの熟練は、最終的な完成度に大きく関わってくる場合が多い。それは前世のルナアリスでも、この世界でも、基本的には変わらないはずだ。


 だが、迷宮攻略という現実がそれを許さなかった。


 前回の攻略で明らかになったのは、十一層以降の敵の強さや戦いの質が跳ね上がるということだった。そうなると、通常ジョブで悠長に育てている余裕はもはやない。上位ジョブによる明確なステータス補正とスキル強化がなければ、戦線を維持することすらできない。前回、唯一上級ジョブの刀マスターに至っていたアントニオが、土壇場で二度も局面をひっくり返したことが、その何よりの証拠だった。


 まず、ナビル・ユーラッハは【ツインバレル・ヴァンガード】にクラスアップした。二丁拳銃による中距離制圧に特化した、ナビルの戦い方を最も素直に伸ばす上級ジョブである。ジョブチェンジと同時に新たに得たスキルは二つ。【クロスファイア】は左右の銃を時間差で連射し、相手の回避成功率を大きく下げる制圧射撃系統スキル、【サプレッション・ステップ】は左右への短い移動を繰り返して敵の接近を避けるステップ系統スキルだった。


 ナビルに関しては、劇的な方向転換をしたわけではない。今までの育成方針によって成長した長所をそのまま上級ジョブで強化することにより、より洗練された戦闘が可能になると考えた結果だ。


 次に、ハリー・マグワイアは【フォートレスガーディアン】にクラスアップした。その名の通り、要塞のように前線へ立ち、敵を受け止めることに特化した上級タンク職だ。取得した新スキルは【アイアンウォール】と【フォートレス・オーラ】。【アイアンウォール】は自身の物理防御、魔法防御、耐衝撃性能を大幅に上昇させる自己強化、【フォートレス・オーラ】は周囲の味方へ防御効率補正と被ダメージ軽減を付与する範囲バフである。


 アルバロ・レコバは、いよいよ本格的な高位黒魔術師ルートへ進ませた。選んだジョブは【エレメンタルアークメイジ】。高位黒魔術師系統の中でもっとも汎用性が高く、七属性適性を素直に活かせるジョブである。アルバロのユニークスキル【七色の適性】は本来それだけで反則級だ。無理に特定の適性に尖らせるより、高次元で全てを扱える方が現時点では価値が高いと判断した。


 新たに覚えた攻撃魔法は【エレメンタルバースト】、【プリズムテンペスト】、【セブンスレイ】の三つ。単体高火力、広域制圧、貫通射撃と、見事に用途が分かれていて構成が美しい。富士宮から見ても、迷宮の中で複数属性を使い分けられる後衛は本当にありがたいと感じる。


 エリー・カーペンターについては、最後まで少し迷った。純粋な白魔術師系統へ進むことも考えたが、彼女の神に対する信仰は本物であり、それを無理に切って性能だけを優先するのも違う気がした。だから選んだのは、シスター系統上級職の【ブレッシング・シスター】だった。回復系と支援系のスキルを軸にしながら、攻撃手段もそれなりに持てる実戦的な上級シスター職だ。ジョブチェンジによって習得したスキルは【グレイスヒール】、【ブレスドチャント】、【ホーリーバースト】の三つで、範囲回復・範囲バフ・光属性攻撃手段というまとまった構成だ。


 アントニオ・カッシーニは、前回の迷宮攻略での活躍によって刀マスターのジョブランクがAに上がっていた。


 もはや、ただの荒くれ者ではない。いまだに性格が荒くれなのは間違いないのだが、その荒さの中へきちんと刀使いとしての芯が生まれ始めている。新たな斬撃もいくつか習得しており、今回も期待できる。というか、迷宮みたいな極限環境へ放り込むと彼は本当に伸びる。性格の悪さと反骨心が、なぜか成長を急激に促しているようなのだ。


 イニゴ・マルティネスについては、ジョンの加入によって方向性がはっきりした。今までのイニゴは、前線の軸であり、火力役であり、育成係であり、なんなら精神的支柱まで兼ねていた。元から背負いすぎであると思っていたが、ジョンというわかりやすい高火力前衛が加わったことで、イニゴにはしばらくは前線火力として働いてもらいつつ、徐々に最前線に位置する比重を下げ支援に回ることにしてもらった。


 そして最後が、ジョン・デュラン。富士宮が今回、最も期待している新戦力だ。


 彼には【槍聖】へのジョブチェンジを施した。現時点のステータス適性、蜻蛉切りとの相性、そして今のパーティに足りないもの=火力を考えれば、ルートに特に迷いはなかったし、案の定ジョンの火力は跳ね上がった。


 習得した新スキルは【蜻蛉穿ち】と【無傷者の背中】。【蜻蛉穿ち】は、ほとんど予備動作のないまま放たれる超高速刺突で、凄まじい威力の貫通攻撃を行う。その破壊力は見ていてちょっと引くぐらいにはひどい。【無傷者の背中】は、大きな損傷を受けていない間、槍の威力・速度・反応へバフがかかる自己強化スキル。これによってジョンは戦闘開始時からフルスロットルで火力を出すことが可能になる。


 そして、このジョンのジョブチェンジがあまりにもわかりやすく強かったせいで、同じ前衛のアントニオがさっそくマウントを取り始めたのは、ほとんど予想通りの展開だった。


「へえ、槍聖ねえ。ずいぶん大層な名前じゃねえか」


 口元は笑っているが、目は笑っていない。一方、ジョンの方も売られた喧嘩は素直に買うタイプなので、すぐに空気が剣呑になる。


「そっちこそ、刀マスターだか何だか知らねえけど、名前負けしてんじゃねえのか」


 富士宮は、そこでにっこりと笑って二人を制した。


「そこまでにしてください」


 ただそれだけを発する。優しく、穏やかに、いつもの聖女の声で。なのになぜかアントニオもジョンも、揃ってびくっと肩を震わせ、わかりやすく怯えた顔をした。


 何なの、あんたら

 こっちは優しく笑っただけなんだけど?

 何で武力高い前衛って、こうも私の笑顔を怖がるのよ

 ちょっと失礼じゃない?

 それともタナトスの気配でも漏れてる?

 そんなつもりないんだけどね


 富士宮は若干納得いかないものを覚えつつ、これ以上そこを追及しても面倒なので、迷宮攻略へ意識を切り替えた。


 今回の地下迷宮攻略は、はっきり言って、前回とは比べものにならないほど順調だった。人数が増えたことで運べる食料も増えたので、潜れる日数は十二日分まで伸びている。だが本当に大きいのは、そこではない。ジョブチェンジによる明確なステータス補正と新スキルの取得、そしてジョンという高火力前衛の加入によって、攻略効率そのものが爆増していた。


 前回あれほど苦しんだ階層群も、今回は驚くほどスムーズに攻略できた。しかも連携の乱れがほとんどない。これはイニゴのリーダーシップが大きい。誰がどこで前線に出て、代わりに誰が引き、誰が支援に回るかの判断が非常に明快だ。その上でナビルが中衛から戦況を見て必要な指示を飛ばす。結果として、ジョンのような初参加組ですら、自然と連携に組み込まれて活躍できていた。


 十層ボスのストーンワイバーン戦など、前回とは比べるのも馬鹿らしいぐらい簡単だった。最後は、アントニオの新技とジョンの【蜻蛉穿ち】がほぼ同時に炸裂し、ストーンワイバーンの巨体は派手に砕け散った。


 なんかもう、ちょっと可哀想になるぐらいに、バラバラだった。


 三日目の終わりには、十五層ボスの直前まで到達していた。ここから先は、さすがにボス難易度が一気に跳ね上がる。つまり、今回の迷宮攻略の本番はここからだ。事前に決めていた通り、安全を期して十五層をクリアしたら一度地上へ戻る予定になっている。


 ナビルは、前回のようにミノタウロスが異常出現する可能性をまだ警戒していた。それは正しい感覚だ。だが、今回ばかりはおそらく大丈夫だろうと、富士宮は見ていた。


 スティーナと相談した結果、前回のミノタウロス発生の元凶はおおよそ絞り込めている。そちらへの対処は、すでにオーエンとジェシカへ託してあった。しかも今回はカディジャとスティーナまでつけている。あの布陣で崩れるなら、それはもう別の意味で諦めがつくレベルだ。


 本格的な処理や、その後の政治的な収拾は、地上へ戻ってから考えればいい。そこではトーマスにも全力で働いてもらわなければならない。でも、今はまず目の前の迷宮だ。


 富士宮は、十五層手前の静かな空間を見つめながら思う。


 ようやくここまで来た。ここからはレギオンの完成形へ向けて磨き上げていく段階だ。前世でランカーだった頃の感覚が少し戻ってくる。


 ああ、楽しい

 やっぱり私は、この育成の時間が一番楽しい


 そう思いながら、富士宮は静かに息を吐いた。

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