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天を衝く漆黒の円柱

 迷宮攻略組がそろって医務棟送りになってから、数日が経った。


 富士宮はこの期間のうちに、王都南部の貧民街への慰問へ出かけることにした。黒髪の聖女が、恵まれぬ民のもとへ自ら足を運ぶ。なんとも美しく、なんとも教会受けの良い行動だ。実際、出発前に教皇の間へ顔を出した時も、教皇はたいそう満足げだった。


「近頃のあなたの活動は実に素晴らしい。熱心な巡礼と慰問は、民へ信仰を広めるだけでなく、教会の慈愛を広く知らしめるものでございます」


 はいはいありがとうございます


 富士宮は表向き、静かな微笑みと共に頭を下げながら、内心ではそんな感じで受け流していた。褒められるのは別に悪くないのだが、今の自分の頭の中はもっと現実的なことでいっぱいである。


 雑貨店組、最近どうなってんのかな

 早く確認しに行きたいな


 特にジェシカは、オーエンに師事することへ妙に夢中で、大聖堂へ戻ってくる頻度が目に見えて減っていた。富士宮にとってジェシカは、もはや妹みたいな存在である。危ういし、ちょっとズレてるし、でも妙に愛着がある。


 変な方向に育ってないわよね……?

 もともと少し変なんだけど、もっとこう、取り返しのつかない感じになってないかっていう不安があるのよね


 今回の付き添いは、カディジャ・ショーのみだった。迷宮帰りの護衛組は医務棟にいるので、今は仕方がない。カディジャは余計なところで気を回さなくていいのが助かる。彼女は考え方が驚くほど単純明快なので、逆に安心できるのだ。


「随分と上機嫌だな」


 馬車へ揺られながら、カディジャから何気なく声をかけられた。


「そう見えますか」


「少なくとも慰問に行く顔じゃない」


 そのひどい言い草に富士宮は小さく息を吐いた。まあ否定はできない。今回の外出は表向きこそ慰問だが、実際には明けの商店街と雑貨店組の成長確認、ついでに新しい人材の手がかりがないかを見るための巡回でもある。要するに、半分は仕事、半分は趣味だ。


 王都南部へ着くと、明けの商店街は前に見た時よりさらに発展していた。今や小規模な市場のような区画ができ、露店が立ち、飲食店街らしき一角まで生まれている。焼いた肉の匂い、香草と煮込みの匂い、安酒の匂い、子どもたちの笑い声、値段交渉をする大人たちの怒鳴り声、それらが雑多に混ざり合って、不思議と生きている街の音になっていた。


 さらに驚いたのは、簡易な治療所までできていたことだ。粗末ではあるが清潔に保たれた建物の中で、怪我人へ包帯が巻かれ、熱のある子どもに薬草湯が飲まされている。通りには見張り役らしい男が立ち、少し離れた場所にはブラヒムやニコラスが巡回警備をしている姿も見えた。


 オーエン、仕事できすぎじゃない?


 富士宮は本気でそう思う。もちろん、死の事務次官なんてジョブを持ってる時点で、組織運営能力がおかしいのは知っていた。でも、ここまで短期間で貧民街の一角を治安が良くて経済活動が回る場所へ変えるのは、もはや有能とかそういう次元じゃない。


 何なのあの人

 味方でよかった


 もっとも、表向きにはそんなことを顔へ出すわけにもいかない。富士宮はまず、熱心な聖女として南部の施設を慰問に回る。子どもたちへ穏やかに声をかけ、老人の話へ耳を傾け、治療所の者たちを労い、必要があれば軽い祝福も与える。こういう外向きの立ち振る舞いは、もはやかなり板についてきていた。


 最初の頃は正直、聖女の演技ってめんどくさいなと思っていたのだが、人間というのは面白いもので、続けているとそれなりに上達する。声の落とし方、相手の目を見る角度、沈黙の間、そのへんを微調整するだけで、相手は驚くほど勝手に感動してくれる。ありがたいような、ちょっと申し訳ないような、でも便利だからいいか、みたいな気持ちだった。


 一通りの慰問を終えてから、富士宮は明けの商店街の中心にあるオーエンの雑貨店へ向かった。


 店の中では、オーエン、ブラヒム、ニコラス、ジェシカが待っていた。


 ニコラスだけは富士宮の実態を何も知らないので、気の毒なほど緊張している。そりゃそうだろう。聖女その人が、自分の勤め先へ来るのだ。普通に生きていたら一生に一回あるかどうかのイベントである。


「お、お、お待ちしておりました、聖女様……!」


 すごく真面目で、すごく良い子ね


 富士宮は内心で微笑みつつ、表向きは神秘的な微笑みを浮かべた。


「今日は明けの商店街の様子を拝見しにまいりました。皆さまのお働き、見事なものとお見受けいたします」


 そう言うと、オーエンはいつも通り柔らかく微笑み、ブラヒムは静かに一礼し、ジェシカは目をきらきらさせている。ニコラスだけが、さらに緊張して固くなっていた。


 富士宮は店内へ入り、自然な流れを装いながら皆の鑑定へ移る。


 まずはオーエン・ハーグ、基礎ステータスそのものはやはり大きく変わっていなかった。ステータスはもう、上がる余地がほとんどないのだろう。ただし死の事務次官のジョブレベルは順調に育っており、すでにBランクへ到達していた。問題はランクアップに伴って取得したスキルだった。


 前から持っている【拷問官吏】がヤバいのはもう知っている。だが、それ以外にも新しい裏社会特化スキルが増えている。


 一つ目は【エビデンスディリュート】、これはもう名前からして嫌な予感しかしないが、効果も想像通りえげつなかった。自分や配下が行った裏稼業の痕跡を、周辺情報の中へ自然に混ぜ込み、追跡の精度を落とすスキルらしい。単純に消すのではなく、見えているのに意味がある形で残らないよう薄めるという最悪な性質のものだ。


 二つ目は【ブラックレジャー】、裏金・密輸品・脅迫の材料・人員損耗・口止め費用など、表へ出してはいけない数字を異常な精度で管理できるスキルである。組織運営の効率が一段では済まないぐらい変わりそうだ。


 三つ目は【シャドウアロケーション】、密偵・暗殺者・情報屋・運び屋といった複数の裏人員を、互いに全体像を知らないまま最適配置で回せる指揮スキルだった。全員が全部を知らないのに、全体としては一つの意思で動くという怖すぎる能力だ。


 やっぱりこいつ、味方でよかったランキング上位だな


 そして次にブラヒムを見た瞬間、富士宮は思わず心の中で歓声を上げた。能力が急激に伸びていたのである。


 統率C/武力B/知力B/精神B/魅力C/幸運D


 加入以来ずっと順調に成長してきたが、ここへ来て劇的に成長した。しかも武力、知力、精神がBへ到達したことで、死霊兵系統の上級ジョブ解放条件まで満たしている。


 やっぱりカディジャの見立ては正しかった。ブラヒムは、生者との密な交流を通じて、生前の力と精神の輪郭を取り戻している。つまり、人間社会の中へ戻してやること自体が育成条件の一つになっていたのだろう。


 解放された上級ジョブも面白かった。近接系の【墓守騎士】は重装で前へ立つ継戦型の不死騎士。遠距離系の【骸骨射手将】は呪い矢や骨弓を使うHP削りと狙撃の専門家。指揮系の【亡軍統率官】は低位アンデッドの群れを効率運用するレギオン向きジョブ。そして死霊魔術系の【冥府祈祷師】は、死体や残留思念を使って呪詛や半蘇生を行う異色の魔術職だった。今度、正式な教会ルートを通さず、裏でジョブチェンジさせよう。


 次はニコラス・フュルクルクで、こちらも非常に良かった。


 統率D/武力B/知力E/精神A/魅力E/幸運A


 精神がもう潜在値まで到達しているし、武力もDからBまで急激に上がっている。もともと素直な性格だったから精神が伸びやすく、そこへカディジャの鬼指導がハマって武力まで押し上げたのだろう。


 ニコラスの最終到達ジョブは【ティターン】、地球神話の巨人族を思わせる名称だが、この世界にも同名の神格があるらしい。そのせいで、エリーやトーマスのような地球伝承限定の黒雷演出は出なかったのだと富士宮は考えている。とはいえ、強いことに違いはない。


 ティターンへ至るには、近接系統の上級ジョブ三つと上級守備系統一つを、全部Sランクまで仕上げる必要がある。道のりはまだ遠いが夢がある。まずは今以上に火力を伸ばすため、次に取らせるジョブは【バイキング】で決まりだろう。


 バイキングは、豪腕と水上での継戦能力に優れた破壊型の近接上級ジョブだ。重武器との相性が抜群で、乱戦や対多数で真価を発揮する。取得スキルも実にわかりやすく強いものが多い。ジョブチェンジと合わせて取得できるものだけでも、【海割る大鉈】は横方向へ大きく斬り払う範囲破壊技で、複数相手への物理攻撃が可能な強力な技だ。【血宴の咆哮】は敵を倒すほど攻撃力と勢いが増していく雪だるま式の強化スキル、そして【波濤踏破】は不安定な足場や悪地形での適性を高める、迷宮や荒地で非常に便利なスキルだ。


 そして最後にジェシカ、富士宮はもしかするとこの子が一番危ない成長をしているのではないかと思いながら鑑定した。そして結果は、予想以上だった。


 統率D/武力B/知力C/精神B/魅力D/幸運B


 加入直後を思い出せば、完全に別人である。武力と精神以外は潜在値のカンストが見え始めている。これほど短期間で、ここまで伸びるユニットはルナアリスでもそうそう見なかった。環境が合ったのだろう。栄養状態も精神状態も改善し、何より誰かのために努力できる場所があることが、この子には決定的だったに違いない。その上で、本人のやる気とオーエンの仕事に従事することによる補正が、ちょっと意味わかんないレベルで噛み合っていた。


 今は密偵見習いにつかせているが、もうその域は軽く超えている。正規のアサシンルートへ入るなら、ハイアサシン→グレートアサシン→最終的にマスターアサシンへ向かうのが王道だ。


 でも、富士宮は知っている。アサシン運用の最適解は、必ずしも王道ルートの一直線ではないということを。


 一つは忍者、アサシンに似ているようでいて、より潜入と撹乱に特化したジョブで、これを通しておくとマスターアサシンの行動の幅が劇的に変わる。もう一つが、暗殺者とは一見真逆に見える【スパルタン】。原始的な戦闘を突き詰めた肉体派の近接上級ジョブで、本来ならニコラスやイニゴ向きのように見える。


 だがマスターアサシンは、意外に火力を上げる手段が少ない。暗殺が露見した後の直接戦闘能力が、そのまま生存率と上位対象への殺害成功率へ繋がる。単純な条件で近接火力スキルを盛れるスパルタンは、アサシンへ噛ませるとかなり有益なのだ。


 富士宮は少しだけ悩んだが、今は全体的な火力不足を底上げする期間だ。ならば答えは一つ、ジェシカの次のジョブはスパルタンだ。


 一通りの鑑定を終え、次はリュシエンヌとイバンの様子でも見に行こうかと、富士宮が店の外へ出ようとした時だった。


 雑貨店の軒先に、十数人の子どもが集まっているのが見えた。服はぼろぼろで、皆やせていて、顔も手も汚れている。ここよりさらに南にあるスラム街から来ているらしい。年長らしい少年が一人いて、あとは皆十歳前後にしか見えない。


 オーエンが説明する。


「店のゴミ捨てや掃除などの軽作業と引き換えに、好きな駄菓子を持っていってよいことにしております」


 慈善事業としては素晴らしい。でもたぶん、オーエンなりに人材を集めて、富士宮へ見せたら喜ぶと思ったんだろうな、というのも伝わってきた。


 ぱっと見、有能そうな個体はいない。でも、オーエンの好意を無下にするほど、自分も薄情ではない。


 富士宮は、何気ない顔で《鑑定眼・宵》を発動した。


 その瞬間だった。視界が真っ黒に染まる。


 今まで経験した黒雷演出の、そのどれとも比べものにならない異常な光景だった。エリーやトーマスの時に見た黒雷ですら、前座に思えるほど濃く、重く、凶悪な闇が視界へ流れ込んでくる。黒い稲妻が縦横無尽に走り、世界そのものが裂けていくような錯覚に襲われた。


 富士宮は思わず息を止め、意識が飛びそうになるのを必死に堪える。膝が崩れかけ、カディジャが即座に腕を支えてくれなければ、その場に倒れていただろう。


「おい、大丈夫か」


 カディジャの声が、少し遠い。富士宮が何とか呼吸を繋ぎ止めてようやく平静を取り戻した後、ゆっくりと視線を上げた時、そこにあったのは今まで見たどの演出とも格の違う光景だった。


 無数の黒雷が、いまだに空を乱れ飛んでいる。しかも、その中心に立っているのは、エリーやトーマスの時ですら見なかったほど巨大な漆黒の円柱だった。まるで天まで届くのではないかと思うほどの高さを持ち、ただ屹立しているだけで周囲の光景を歪めて見せる。


 今までの当たりとは完全に次元が違う光景に、富士宮は思わず深く息を呑みこんだ。

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