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レギオンの考察

 大聖堂内にある聖女の私室は、昼下がりの光を受けて静かに輝いていた。高い窓から差し込む淡い陽光が、磨き抜かれた床の上に細長い帯を作り、その中に置かれた卓や椅子、壁際の調度品を柔らかく照らしている。


 富士宮ひとみは、向かい合って座る二人の女を見つめる。ひとりは黒いとんがり帽子を被り、相変わらず派手な肉体を黒いローブでも隠しきれない元勇者パーティの魔術師、スティーナ・ブラックステニウス。もうひとりは、獣人らしい野性味と一流の剣士の緊張感をそのまま纏った元勇者パーティの剣士、カディジャ・ショーである。


 今、この二人以上に地下迷宮の攻略に関して信頼できる相談相手はいない。富士宮はそう考えて二人を私室に呼び、先日の迷宮攻略の顛末を伝えていた。


 富士宮の話を聞いて、最初に驚いたように反応したのはスティーナだった。彼女は十一層でミノタウロスが現れたと聞いた瞬間、珍しく露骨に眉を寄せ、信じられないという顔をした。


「十一層でミノタウロスが現れるなんて、あり得ませんわ」


 その声音には、普段の余裕のある調子とは別の、はっきりした懸念が滲んでいた。


「本来あれは二十層のエリアボスですもの。私でも、全盛期の頃に一度だけ、当時の最高戦力を揃えたパーティでかろうじて倒せただけですわ。そんな相手が十一層へ出るだなんて、迷宮そのものに何かの変化が起きているとしか思えません」


 富士宮は静かに頷きながら、その言葉を心の中で反芻した。自分の肌感でも、あの怪物は明らかに階層の格に見合っていなかった。だが今こうして、迷宮の最高記録保持者たるスティーナから「あり得ない」と断言されると、その異常さがよりはっきりと実感できる。


 カディジャも腕を組み、あっさりと同意した。


「私でも、あいつを真正面から相手するのは無理だな」


 迷いのない言い方だった。虚勢もなければ、過剰な謙遜もない。ただ事実を述べているだけという響きである。


「昔、一度だけ二十層まで潜ったことがある。その時は私ひとりじゃなく腕の立つ連中が何人もいたし、それでも辛くも勝ったという有様だ。前線で受けるタンク、火力を叩き込むアタッカー、後衛のヒーラー、その全部が高い次元で噛み合ってようやく勝てた」


 そこで富士宮は、前からぼんやり抱いていた疑問を口にした。


「魔王領の方が、もっと強敵が出るのではないのですか」


 そう問われて、カディジャは少しだけ口元を緩めた。笑ったというより、問いの素朴さを好ましく思ったような苦笑だった。


「確かに魔王領はきつい。だが、あっちは単純火力が正義の戦場の方が多い。地形だの仕掛けだの、変な搦め手だのを考える前に、とにかくぶち抜けるかどうかで決まる局面がある」


 そこで彼女は、一瞬だけ遠いものを見るような目をした。


「レナートは、そういう戦場においてはほぼ無敵だった」


 あの勇者の名が出た瞬間、部屋の空気がほんの少しだけ変わる。富士宮自身、その名を聞いて胸の奥に複雑なものが動くのを感じた。あの男はアホで、どうしようもなく軽薄で、女にもだらしなく、周囲の迷惑も空気も読めない、救いがたい愚物だった。それでも、カディジャが言った言葉には嘘がないのだろう。原始的な力と力のぶつかり合いという、最も古く、最も暴力的な戦場においては、間違いなく人類の希望だった。


 それを聖女が暗殺したとは、何とも皮肉な構図だと、富士宮は自分でも思う。だが、だからといって後悔はなかった。あの男を生かしておけば、いずれ自分の構想の大きな障害となっていたことだけは確信できる。


 富士宮は自然と、自身のパーティメンバーについて考え始める。イニゴ、ナビル、アントニオ、ハリー、アルバロ、エリー、今の迷宮攻略メンバーは役割構成はかなり整っている。メンバー全員に将来性があり、なおかつ現時点でもそこそこ強い。実際、十四層手前まで辿り着けたという結果が、その構成と個々の強度の優秀さを物語っている。


 しかし、分かりやすい火力という点になると、確かにまだ改善の余地がある。十層のストーンワイバーンを断ち切ったのも、退却時に十一層でミノタウロスへ膝をつかせたのも、どちらもアントニオの土壇場での覚醒だった。あれがなければ撤退すら覚束なかった可能性が高い。


 アントニオは確かに伸びているが、毎回そう上手くいく保証はない。安定して高火力を出せる個体の育成と配置は、やはり必要だ。


 火力の底上げは、何も地下迷宮のためだけではない。最近の富士宮の脳裏には、常にもう一人のプレーヤーの存在があった。ルイ・ムラサメ、彼は昔から単体高火力の個体を愛し、高火力ユニットで局面を破壊することを得意としていた。転生前の最後の対決でも、こちらが搦め手とシナジーを重ねて築いた優位を、最後は純粋な火力放射で叩き潰されたと言っていい。


 あれはとても悔しかった


 だからといって、自分が火力特化になるつもりはない。そもそも《タナトス》というユニークスキルが体現しているように、富士宮自身の特性は知力と速度という能力に寄っている。真正面からぶつかって殴り勝つプレーヤーではない。


 その時、富士宮は前世のルナアリスの仕様を思い出していた。戦闘行動の際、一つのレギオンは三×三の九マスで区切られた空間にユニットを配置することができる。理論上は九体置けるが、だからといって全部埋めればいいわけではない。速度型の個体は、自分の動線が塞がるとその価値を大きく失う。強い駒を詰め込みすぎたせいで、結局何も噛み合わなくなるというのは、初級者がよく陥る罠だ。


 今の迷宮攻略メンバーは六ユニット。スキル同士の噛み合わせも考慮すれば、火力ブーストのために増やせるのはせいぜいもう一ユニットが限界だろう。だが、その一ユニットによってレギオン全体の動きが劇的に変わることもある。イニゴたちの戦い方に、新たな火力個体がどう噛み合うか。そこをきちんと見抜ければ、単純に火力の不足を埋めるだけでなく、攻撃効率全体を一段上げることも可能なはずだ。


 となれば、今やるべきことは明確だった。イニゴたちが医務棟で回復している間に、新たな個体を発掘しに行く。


 富士宮はそこで、ほんの少しだけ心の中で口元を緩める。


 そもそもガチャが大好きだし


 新しい当たり個体がどこかに眠っているかもしれないと考えるだけで、胸の奥が少し高鳴る。迷宮攻略に必要な火力枠、今のレギオンに欠けている最後の一手を探しに行こう。


 次に雑貨店組の成長を確認しよう。ニコラスとブラヒムの訓練がどう進んでいるか、ジェシカとオーエンは最近何をやらかしているのか、イバンとリュシエンヌの仕事が順調かも確認する必要がある。


 富士宮は静かに紅茶のカップを置いた。大聖堂の高い窓の外では、柔らかな光が庭の石畳を照らしている。表面上は相変わらず、黒髪の聖女が物静かに祈りと沈思の時間を過ごしているようにしか見えないことだろう。けれどその内側では、次なる攻略のための思考が、ひどく前向きに、そして貪欲に回転し続けていた。


 結局のところ、自分はこういう時がいちばん楽しいのだと、富士宮は認めざるを得なかった。

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